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愛を吐瀉する魔物  作者: サウザンド★みかん
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
12/17

♯12

 わたしたちは、コタツに4つある辺のひとつに寝ていた。背中合わせ。どきどきして、これ以上は近寄れない。でも、じりじりと乾に近づこうとする、わたしの身体。


「……寝れないな。千璃(せんり)、何か話はないか」


 会話を求められるのが、なんだかむず痒い。


「わ、わかりました。それじゃあ、何でも質問してください」


 でも、さすがに下地も何もない状態からしゃべれっていうのは無茶振りだ。質問形式なら大丈夫かも。


「志上先生いるだろ。あの人とお前ら姉妹って、どういう関係なんだ? ただの教師生徒じゃない気がするんだよ。凄まじい信頼感というか、何らかの縁的なものを感じるんだよ……私は」


 いきなり確信を突かれる。


「志上先生……は……」

「じゃあ質問を変える。親は? 今日に限ってどっちも居ないって、そりゃあちょっとなあ……アニメじゃないんだし」


 どちらの質問も、互いに関係があった。さて、告げようか、告げるまいか。お姉ちゃんからは黙ってるように言われてる。そして、それは恩人の言葉でもあった。

 信頼できるの? この人を。

 わたしは、乾の方を向く。乾の背中。とてもごつごつしていそうで、大きな背中。


「乾。親は、親は……いない。死んだの」

「……悪いこと聞いた。じゃあな、お休み」

「まって。実は……志上先生に助けてもらったの」

「ん、どういうことだ」

「うちの父は駆け落ちで、母も身寄りがない人だったから頼れる人がいなくて。病院の人が市役所に連絡してくれて。死んだ後の手続き(※1)も、お姉ちゃんが頑張ったから何とかなったの。志上先生は、柔道つながりで父と知り合いだった。わたし達も小さい頃、あの人と柔道教室で知り合ったの」

「そうか、それで?」


 わたしの話を真剣に聞いている。それが嬉しくて、次の言葉に思いを込める。


「それで、市役所の人がコウケンニンがなんとか言ってたんだけど、その時期にお父さんの親戚が2人訪ねてきて……父の財産をもらう権利があるって」

「……」

「その場は何時間も粘って帰ってもらったんだけど、志上先生に相談したら……」

「したら?」

「その親戚と会う約束の日だった。志上先生が、その人たちを撃退してくれたの。わたしには分からない内容の話ばかりだったけど、すごい迫力だった。それでわたし達、志上先生に付いていこうって決めたの。それから、何度も助けてくれた。コウケンニンになるって言ってくれたり、あと、市役所の人にチンチャクリョウでだまされそうになったときも、単身で市役所に乗り込んで解決してくれた」

「騙されそうになった? おい、どこの賃借料もらってるんだ?」

「幸原道場のある一帯。昔から道場はそこにあったんだけど、父が地主から買ったの。父は、事業に使う予定だったらしいけど、その土地はハッピーマウンテン市も欲しかったらしくて。市役所との兼ね合いで、チンシャク契約? っていうのを結んでた。でも、父が死んでから電話があって。契約者名義と振込人名義が違うから、このままじゃお金を払えないって。トウキジコウ証明書を変更するか、全ソウゾクケンジャの印鑑と印鑑証明付きのセンニン届けを提出しないとって言われて。それで、ついでに契約も変えましょうって言われて、契約書をみたんだけど。よく分からない法律とか数式が記してあって、それだと毎年もらうお金が今までより少なくなるの。志上先生が言うには、危うく騙されるとこだった(※2)らしいんだけど……」

「そうか。賃借料、あの土地だと……1年で3,4百といったところか。細かい額は聞かんが」


 その金額の範囲には入ってないけど、かなり近い額だった。学校の先生って、こういう計算もできないとなれないの?

 それから、会話は途切れた。わたしは次第に眠くなってきて。そうなったなら、沈んでいく意識とともに、もうなんでもいいやと思いながら、両手を折って乾の背中に触れて――眠りについた。

※1……人間が死ぬと本当に面倒くさいです。葬儀の段取りは大変ですし、保険、税、相続など、数多くの書類を役所に提出しないといけません。その中でも一番やっかいなのは遺産分割です。守秘義務があるので詳しくは述べられませんが、特に土地などは人間の物念が付きやすいようで、資産的な価値がほとんどない筆(土地の単位。ふで。ひつ)であっても、残された相続人が凄まじい執念を発揮することもあります。これは金額の問題ではありません。仮に小さな相続財産でも、例えば兄弟同士で、「なんで親父は俺じゃなくてあいつにやったんだ」となるわけです。要するに相続人同士のメンツの問題です。

※2……賃借料を求める方法は、生産者米価による方法、路線価に地代利回りを掛ける方法、不動産評価額に期待利回りを掛ける方法など色々あります。今回の設定では、生産者米価方式(借地物件の地目を田とみなし、現在の米の市場取引価格から賃借料を求める)による算定よりも、市役所の内部要綱による算定の方が安いと判断したハッピーマウンテン市の財政係が、そういう土地賃借契約を結ぼうとしていた、ということです。なお、幸原道場の年間賃借料については、モデルになっている土地の固定資産税評価額を、市の固定資産税係で閲覧できる固定資産課税台帳で調べ、その評価額に期待利回りとして5%を掛けるという簡易計算で求めています。

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