おちつきました -”呪われました”の8作目-
とある辺境の”お山”、凶悪な”怪物”が跳梁跋扈するそこには、ひとりの竜の人が住んでいました。御歳10万と38歳、巨大な身体(都会にある大きな建物くらい)で鱗の色は漆黒。名前はヤミさんといいます。”お山”の住人には”鍛冶屋”の親父さんとして慕われています。一緒に卵を温めてくれる可愛いお嫁さんを常時募集している、好青年?です。
ヤミさんが住むところは、大きくて広い洞窟です。もともとは自然な洞窟でしたが、住みやすいように色々工夫したり、拡張したりして快適な空間となっています。もちろん、対応力の高い竜の人に準拠しているだけでなく、もっと身体が頑丈でない人々も住めるような環境です。
その、だだっ広い空間に、長年一人暮らしをしていたヤミさんですが、最近同居人が増えました。彼女の名前はエルさんといいます。残念ながらヤミさんのお嫁さんではありません。彼女との出会いは、ヤミさんが虚空を跳躍んでいる時に、ひっかけた(超物理的に)のが縁でございました。その後少々アクシデントがあり彼女は元いた場所に戻れなくなったので、無駄に広く快適な住居を所持しているヤミさんが、ひっかけた責任をとって、住居を提供したのです。
それで、こちらが、エルさんです。ゆったりとした服ですが、胸のところは大きく盛り上がり、その存在を強調しています。白い肌と、金色の髪の毛が奇麗です、そして、一番の特徴は、真っ黒な羽根を背中から一対生やしているところです。もともと、その羽根は鮮やかな白でしたが、”お山”に来た時に少々のアクシデントがあって、宗教的な禁忌に触れたので、変化したのだそうです。彼女の説明では、”天使”が”堕落”して”堕天使”になった、との事でした。
「誰に説明してるのさ?」巨大な竜のヤミさんが、広い空間をその声で揺らしながら言います。
「さあ?状況のまとめをしているだけですよ……たぶん」10歳くらいの少女が、小首をかしげながら応えます。彼女はシルフィさんと言って、最近”お山”の住人になった”ガンマン”のお弟子さんです。手元にはやや大きめの弁当箱くらいの大きさの黒い箱から一本のレバーが飛び出ていて、箱の上面に4つのボタンがナナメに並んでいるものがあり、それを器用な手つきで操作しています。
視線は、大きな四角い箱に向けられています。その箱の少女達が見ている面には、細かい光によって描かれた絵が描いてあります。内容は、それぞれ特徴的な、姿形、衣装で、種類の違う武器を構えた人が、大勢の観客?の前で相対しているものでした。驚くことにその絵は動いていました。中の人がそのキャンパスの上を縦横無尽に、走り回り、飛び回り、手にした武器でお互いに攻撃しあっています。同時にその箱からは、勇壮なノリのいい音楽と、武器を振り回すたびに、デフォルメされた斬撃音が聞こえてきます。どうやら、シルフィさん、エルさんの手前にある、箱のレバーを操作すると、連動して、四角い箱のキャンバスに描かれた人物が動いているようです。
「どうだい、この異世界の”ゲーム”は?”コントローラー”でキャラクターを動かして、格闘で対戦するタイプ、いわゆる格ゲーの初期にあたる作品で、当時では珍しく武器を持ったヤツなんだ。再現するのに時間がかかったよ」
「すごいですねー、”魔法”や”スキル”とは違うのですよね」シルフィさんが感心しながら、しかしその手は止めないで応えます。
「そうなんだ、これは”技術”だね。”電子工学”と”プログラミング”かな?とくに”プログラム”、電子機器に命令を刻み込んで、計算をさせて、色々と仕事をしてもらう、という概念!素晴らしいね。いやそもそも、”電気”という現象の発見は偉大だったんだと思うのですよ」いささか興奮して、言葉を続ける竜のヤミさん。
「それで真っ先に再現するのが遊戯というのはすごいのだかなんなのかですが」エルさんが少しとげのある言葉を吐きますが、その手はめまぐるしく動いています。同時に画面のキャラクターが特殊なエフェクトとともに、技を放っていきます。投げ技のようです、空高く画面の外まで相手と一緒に上昇して、相手の頭を地面に叩き付けています。画面の上部に表示されている”棒”が叩き付けられたキャラクターの方が、急激に減っていきます。どうやら、それが尽きると勝負が決するようです。
「やりますね、エルさん。ではこちらも、です」シルフィさんの操作速度が更に上がります、その手の動きは既に目で追えるものではありません。動かす手と、空気との摩擦熱によって、炎が立ち上っています。操作するキャラクターが常識の範囲外の動きを見せていきます。
「負けませんよ」エルさんは背中の羽根をひろげて、宙に浮きます。そして全身から”雷”を出してゲームの筐体をその雷で包みます。直接電子信号でキャラクターを操り、こちらも常識外の動きをさせます。といいますか、あまりよろしくないところを短絡させて、わざとバグを起こして、通常ではあり得ない結果を表示させていきます。
「あー……本来のものとは違って、結構、頑丈にはつくってありますが、あまり非常識的な技をしれっと使わないで下さいな。壊れます」ヤミさんが困った声でツッコミを入れるのでした。
***
「”プログラミング”って面白いですね」ゲームの対戦が一段落した後、シルフィさんは、ヤミさんが作った資料をパラパラとめくりながら、言います。
「そうだろう?きちんと作り上げてやれば、間違いを起こさずに素早く結果を出すことが出来る、複雑な計算でも、時間のかかる計算でもあっという間に、することが出来るんだ、まあ、”電子計算機”を作れるのは、今、このあたりでは、たぶん僕だけだろうけどね」得意そうにヤミさんが言います。
「この”プログラミング”を頭の中で構築しておけば、”スキル”の代用にもなりそうですよ、というかもともと”なんだか良く分からない目に見えない力”通称”魔力”とか”事象の可能性”とか、を使用する時には、直接それを認識して、的確な時間と場所を指定して動かしていましたから、その思考方法の補強につながりそうです、これはすごいのです、画期的です」喜びながら言うシルフィさんです。
「なるほど、その通りだね。というか、現存しているスキルというのは、”世界”に記述されている、一種の”プログラム”かもしれないということかな?なかなか興味深い発想ですね」感心するヤミさんです。
もっとも、スキルの代わりに使うには、長い”プログラム”を完璧に記憶しておき、鋭い感覚で周囲の”力”を感知し続けるという一般人の持つ、常識的な能力では、まず不可能なことをすることが出来なければならないという、前提が必要であります。が、そうゆう超越した、能力を自然に(呪いの副作用によって)持つことになったシルフィさんや、もともと規格外の存在が跳梁跋扈する”お山”では、できることが当たり前だという認識で生活していますので、特に違和感をもつこともなく、お話が進んでいきます。
もっとも最近こちらに住むことになった”堕天使”さんは、一応、一般常識を知っているので……
「うーん、聞けば聞くほどこの”お山”の非常識さが際立ってきますね」苦笑いをしています。が特に認識を訂正しようとは思わないようです。まあ、知らない方が幸せということもありますし……
「いちいち突っ込むのも……疲れました」と何故か壊れた笑みです「あ、すいません替え玉(お代わり)いただけますか?」と食べていた熱ものの汁物の中に入れられた細長い縮れ面を食べ切った、美しいお嬢様(髪が邪魔にならないように後ろでひとつに縛った)は言います。「固めでお願いしますね」
「へいへい、よろこんで~♪」
「あ、わたしもお願いします」同じく夜食を食べていたシルフィさんも、頼みます。
御丁寧にねじり鉢巻に着流しを身につけた、巨大な黒い竜の親父さんが、これまた趣味に走って作成した木製の移動可能な飲食店施設、ヤミさん曰く『屋台』で、『豚骨ラーメン』の麺を、見えない手で湯きりしています。
「しかしなんだかまったりしますね」にこにこと笑いながら美少女のシルフィさんが器用にラーメンをすすります。
「本当ですねー、まあせっかく”堕天”したのですし、働きづめだった身体を、このさいしばらく休ませましょうかね?……十年くらい?」なんとなく、現実から逃避したような目をしている、美人さんのエルさんです。
「”堕天”てそういう軽いものなの?」ヤミさんが尋ねます。
「まあ、”堕天”しても”ここ”なら緩いですし、本気を出せばすぐに戻れるですよ……たぶん」目が泳いでいます。
「それは、駄目な人の思考じゃないかな~。まあ僕はいいけどお仕事先の同僚とか上司とかは大丈夫なんですか?」ひょいひょいと替え玉を丼に投入しながらヤミさんは言います。
「ここ、二千年ばかり働き詰めだったのです。このくらいは勘弁してもらいましょう。丁度総務からも有給を消化して下さいと言ってきた所でしたし、本当に困ったら連絡が来ますよ……来ますよね?」
つるつると食べながら、少し心配そうに。
「まあ、ここなら、御大そのもが顕現されても、受け止められるような所ですから、連絡くらいは比較的簡単につきますが……大概あちらさんもアバウトですな」とヤミさんが言います。
「どうゆうことです?」シルフィさんがお汁を飲んで、尋ねます。
「四大とか、七大とか呼ばれている役職の方がいなくなっても回っている所?」疑問系な回答のヤミさんです。
「……まあ、結構代わりはいるものですよ、どんな役職でも。だいたい、内のボス自体最近はあまり働いていませんしねー」けろりと毒をはく美人さんです。「もう一杯くださいますか?」
「太りますよ?」
「……」
「エルさん、後で運動しましょう」シルフィさんが笑いながら言います。
「そうですね、腹ごなしです。勘が鈍るのも考えものですし、”狩り”でもしますか」
「丁度、エルさんの使う術式や、体術も練習したかったですし」
「……横で見ているだけで、だいたい習得してしまわれると、なんだかいろいろ考える所があるんですがねー」半眼になって少女を見る堕天使さんです。
「?基本はおんなしですから?」疑問系で応える、色々過剰性能な少女さんです。
「ちょっと本気でやろうかしら?」
「頼むから、”ラッパ”を吹くのはやめて下さいね。色々シャレにならないから……まあ、後が面倒くさいというレベルですけど」新しいラーメンを作りながら応える巨大な竜の人です。
***
そのころ某所では
「最近なんだか忙しくありませんか?人手が足りないような」
「あーそういえば一人姿が見えませんね、どうりで職場にうるおいがないと思いました」
「……いつからだ?」
「えーと?あれ、かなり前からでは?」
「……結構ストレスを溜めていたからなー」
「Bossに報告あげておきますか?」
「まあ、代役を立てておけば当面は大丈夫だろー。一応彼女には連絡を入れるように言っておこう」
しばらくして
「……おーい、彼女今"堕天"してるってさ、帰還は未定だと」乾いた笑いとともにです。
『まじで!?』
驚愕の表情で、一斉に声をそろえる天使さん達なのでした。
***
「……ほんとうに大丈夫なのかなー?」竜のヤミさんがたずねます。
「た、たぶん?」微妙に視線を逸らせる"堕天使"のエルさんです。
「さあ、がんばって"狩り"をしましょう!」気にせずにこにこ笑う"ガンマン"のシルフィさんです。
意外と世の中は平和なようですよ?
はれるや