魔導師と少女は出会う
以前に投稿した『魔法の科学的根拠』を見やすくしたものです。多少の変化こそありますが基本は変わらないので注意してください。まあ、もしかしたら大幅改編もあるかもしれませんが今のところ、2014年元旦の時点では考えてません。
変革と言うものは、いつかは訪れるものだと感じてはいた。真実と信じていたい現実が
異なる事も理解はしていた。それでも、こういった形での、こういった規模の変革が訪れようとは考えもしなかった。世界は変わった。科学の時代は新たな事実を受け入れなければならなくなった。魔法と言う長年否定の対象でしかなかったものへの肯定を持ってして――とある科学者。
これだけ科学の発展した時代になっても、時代を超えて蝋燭の光に照らし出せれているかのような夜のヨーロッパの街の一角、そんな文化的な街の空を魔法を使って飛ぶ者、魔法によって空を飛ぶ車が幾つか見える。それは確かに少ないが、確実にその世界に同居している。
世界は科学的根拠を持って魔法を受け入れた。
そんな魔法さえ混ざり合ったような都市部が酒飲みたちで活気づき始めたころ、都市部から少し外れたカフェで男はくつろいでいた。
そのカフェには何人かの客が彼と同じようにゆったりと時を過ごしていた。そのなかの一人の男がコーヒーを飲んで一息ついていた。男の動作の一つ一つは男の持つ優雅さと何とも言えない雰囲気が周りの人たちから見事に浮いてしまっていた。とはいっても、男の身なり自体がそもそも彼らとかけ離れているのだが。
体全体を隠すくらいの白いローブ、眼鏡と肩まで伸びた銀髪、透き通った白い肌、その何処か人ならざる風貌は明らかに彼の世界を作り出していた。
その格好のためか、客の何人かは彼に気付いたようだった。
「ねえ、あれって、魔導師のヴェルナ―様じゃない」
「えっ、本当だ」
彼のような有名人にとって、こういう光景は日常の一部のようなものである。それはこういった落ち着いた店でも例外ではない。
「ねえ、あんた。魔導師なんでしょ。戦おうよ」
かといって、こういうことにはあんまり出会うことではなかったのだが、最近では少ないことでもない。なぜなら、魔法を知ってしまった人間はその力を試したがるからだ。それでも、こんなに無邪気に気軽に言われたのはヴェルナ―にとって初めてのことだったが。
ヴェルナ―が目を向けると、フードで顔を隠した幼げな声の身長百六十くらいの背中あたりまで伸びた黒髪の少女がそこにいた。
少女は奇妙だった。フードで顔が分からないこともそうだが、ヴェルナ―にかけてきた声からはどこか懐かしさを感じたからだ。こんな女の子など知らない。確かにそのはずだ。その矛盾がどこから来るのか。考えるような余裕の無い少女の質問にヴェルナ―はゆっくりと答える。
「君、何を言っているのか。わかってますか」
魔導師ヴェルナ―は少女を窘めた。当然の対応だった。いくらかこういった輩の対処に慣れているとはいえ、ヴェルナ―はあくまで寛ぎにカフェに来ていたのだ。それを見ず知らずの少女に邪魔されては堪ったものではない。ところが、
「うん」
少女ははっきりと言い切った。その眼はどうやらヴェルナ―と戦うことしか考えてないようにすら見える。
「仕方ないですね」
ヴェルナ―は席を立ち金を払うと外に出た。少女も後を追う。店にいた客たちも後に続く。
ヴェルナ―は冷静だった。それはヴェルナ―のような人間にとってはもはや、慣れたものだという事もあるが、何よりすぐに終わると判断したためだ。なぜなら、ヴェルナ―は知っているのだ。そんな輩には本物を見せてやればいいことも、そしてすぐにこの面倒な少女も逃げ出すだろうことも。
そう、ヴェルナ―は強い。
だからこそ、それを見せれば全てはうまくいくと思っていた。
慢心と言えば慢心だが例えヴェルナ―が聖人のような人間であったとしても、ヴェルナ―のこの決断は変わらなかっただろう。
ヴェルナ―は気乗りしない表情で、少女を数少ない街灯が照らしてくれているような薄暗い公園に誘導した。その後をギャラリーが追いかける。
公園の数少ない街灯が二人を照らす。これから戦おうとする二人とは思えないほど、二人は冷静だった。僅かなその光が照らしあげた二人の顔は一人は子どもとじゃれあうかのような慈悲に溢れ、片やもう一人は目の前の宝に飛びつかんとする欲求を抑え込むのに精いっぱいと言ったところだ。
そんな二人を何人かのギャラリーが遠くから見守る。
「さて、もう一度確認します。戦うのですね」
ヴェルナ―の目は決して戦いを望んではいない。だが、気をつけなければならないのは、それは決して少女を気遣ってのものではないという事である。
「くどいね。戦うよ」
ヴェルナ―の慣れきった行動にさえ、少女は怯まない。
「わかりました」
ヴェルナ―は残念そうに、面倒くさそうに少女を見た。そして、その表情は再び憐れみに変わる。
ヴェルナ―は空を見ながら、拝み始めた。
「裁きの六の羽」
ヴェルナ―の周りに六本のアンティーク調の筒が現れた。それはゆっくりと回転を始め、柱のようにさえ見える光を吐きだし始める。その光は、その粛清の光は、地面を砕いて行った。破壊。破壊。破壊。そこに確かにあったはずの公園という憩いの場は壊れ、砕け、燃えた。
光はヴェルナ―を天へと押し上げた。
その姿はヴェルナ―の服装と相成って、何処か天使に見える。
その、言ってみるなら、どうしようのない状況をみて少女はニヤッと笑った。
「それはいらないね」
少女は確かにそう言った。
「『いらない』ですか。随分な事を言いますね。こちらとしても、あなたの強さというものを見せていただかないと」
少女の意外な一言にも、ヴェルナ―は何も感じない。ただ単なるやせ我慢、ヴァルナ―には少女がそう考えているようにしか思えない。それだけの物をヴェルナ―は作り上げているからだ。
「わかったよ」
少女はヴェルナ―をじっと見る。少女の目には微かにヴェルナ―に対する敵意が見え隠れする。
「搾取」
・・・・・・・・・。
ギャラリーたちの反応は冷めたものだった。
当然と言えば、当然だ。何も起こらなかったのだから、いやヴェルナ―の戦意は奪ったようだ。
「はあ、止めましょうか。もう分ったでしょう。君では勝てませんよ」
ヴェルナ―の余りにも落胆した顔をしり目に少女のボルテージが少し上がっていく。
「ふふ、流石にいい物持ってるね」
訂正すべきだろうか。そうだ。何かは起きている。しかし、それに気づくことは非常に難しいのである。
「何かが起きていたということですか。それともはったりか。まあ、いいでしょう」
魔導師として何人もの相手と戦ってきたヴェルナ―から見ても、この状況は異常ではあったが、ヴェルナ―は慣れている。こんなよくわからない相手と戦う事にそして決して相手のペースに飲まれてはいけないことも。
だからこそ、冷静にヴェルナ―は光の柱を少女に向けた。その光にのまれるかどうかのタイミングで少女は唱える。
「天使化」
「死なない程度の加減はしました。これに懲りたら、このようなことはもうおよしなさい」
そんなヴェルナ―の一言の中、ギャラリーたちはヴェルナ―ではなく。少女を見ていた。しかし、決してボロボロな姿の少女がそこにいたのではなかった。
繭だ。
白く透き通った糸というより光と言った方が正しいほどの輝きを持った糸でできた繭。周りの驚きによる静寂の中、ヴェルナ―は笑う。
「くっくっく、これからが本番と言ったところでしょうか」
ヴェルナ―は感じていた。恐怖でも、憎悪でも、驚きでもなく、この少女からもたらされた確かな喜び。それが、頂点の力を持った者の反応としては別段特殊なものというものではない。問題はこれが満足感に変わるかどうかである。
繭はゆっくりと割れる。その中からは繭の外見とは似ても似つかない黒い何かがうごめいている。
その黒い何かの間から、少女が姿を現した。黒い十二本の羽をはやして、光に、粛清に、立ち向かう誇りを持って。
「『天使化』ですか。何処でその術を知ったかはわかりませんが、その術は私にも使えますよ」
「天使化」
・・・・・・・・・・。
何も起きない。
「あれ、これはどうしたことでしょうか」
「天使化」
・・・・・・・・・。
ありえない。内心でヴェルナ―の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。当然だ。いつもの主力の術がない。唱えられない。でも、それでも、すぐに冷静に、ポーカーフェイスで、ヴェルナ―は判断した。
「先ほどの術のせいですか」
「さあね」
少女は楽しそうに、無邪気にほほ笑んでるようだった。
少女は羽を動かし空に舞う。さっきのヴェルナ―の攻撃で抉れた土を羽から生まれた風が吹き飛ばす。周りの街灯の明かりが、その砂埃を通して少女を照らし出す。漆黒に紛れ込んでしまった天使を。
少女は勢い良く、そのままヴェルナ―のところに飛んで行った。
猛スピードで向かってくる彼女に、怯むことなく冷静にヴェルナ―は光の柱に少女を襲わせる。
しかし、そこには少し前までの余裕はない。二度にもわたる詠唱の結果が失敗、自分の主力呪文の喪失、それは確実にヴェルナ―の心理に影を落とす。
ギャラリーたちは唖然としていた。それは当たり前と言えば、あたりまえのことではある。
魔導師、ヴェルナ―は魔導師である。
十数年前の話になるが学会に奇妙な論文が提出された。
魔法の科学的根拠。
そう書かれた論文は多くの科学者の嘲笑を買ったが、実験すればするほどにその論文の正しさは認められることなる。そして、科学者は魔法の研究を始めた。
そして、世間は魔法を受け入れたのだ。
その際、魔法の技術レベルを三段階に分けた。
魔法を使えるものを魔法使い。
魔法を使いこなすものを魔術師。
そして、魔法を作り上げる者を魔導師。
しかも、魔導師は数えられるほどしかおらず、言ってみれば頂点なのである。それは知能や、権力のようなわかり難いものではない。余りにも単純な強さ。世界最強の九人。
その魔導師がやられそうになっている。
そんなギャラリーの動揺をよそに少女の進行は止まらない。光の柱の直撃を受けながらも前に進んでいく。
最悪なことに光は天使となった少女には効かなくなっている。
そうだ、光の支配者こそ天使だからだ。
ヴェルナ―はゆっくりと後退しながら言った。
「あなたは誰なんです。あなたに興味がある。私と互角に戦っているあなたに」
少女は少し考えてから言った。
「ボク、ボクは、いや、名乗るのは止めておくよ」
「そうですか。残念です」
そう言うと、ヴェルナ―は目の前の空間を振り払った。必要なのだ。空間が、生まれ来る災悪を閉じ込め、嘲笑し、共に踊るべきステージが、
「悪魔の降臨」
ヴェルナ―の前方の地面に魔法陣が描かれる。
その魔法陣の中からゆっくりと美女が姿を現す。妖艶という言葉を擬人化したような見た目と周りの客たちから震えが止まらなくなる強烈な禍々しさ。現実に存在してはいけない、そう言う兵器を、惨状を、データとして、視覚情報として理解するのではなく。本能に直接、自分の禍々しさを浴びせかけてくる。黒い蝙蝠のような羽をした黒い長髪に喪服の美女はヴェルナーのほうを見る。
「久しぶりね。私とまた、踊ってくれるの?」
女の言葉には仲間でも、敵でもない、言ってみるなら、ビジネスの相手と言った距離感の口調で、女はヴェルナ―に語りかける。
「いやまだわからないが、彼女次第かな」
ヴェルナ―は少女の顔を見る。
「へえ、かわいい子ね、食べちゃおうかしら」
女のその一言は今まで有利かと思われていた少女とそれに苦戦していた魔導師ヴェルナ―という図を、確実にドロドロとした混沌にもっていく。
「ああ、頼むよ」
その声を聞くが早いかのタイミングで女は少女の元に飛んで行った。
速い。
一瞬消えたのかと見間違うような速さで女は少女の目の前に現れた。
さっきまでのあくまで互いの術の確認程度の空気は一変する。
ここからは第二ラウンドだ。
そして、その主役は言うまでもなく彼女となった。
「あら、天使になっているのね。なら、私でも殴れるわね」
その声を少女が聞き取った瞬間に少女の体は公園近くのビルの中にいた。
強い。
わかりやすいような強さである。人が数十メートル飛ばすといったこの異常な状況、わかりやすい強さがあの女にはある。
「ふふ、わかったみたいね。こんなんで果ててしまってはだめよ。あなたのを見せて」
そして、文字通り悪魔のごとき容赦のなさ。
追撃が少女の体を消し飛ばす。
再び、少女の体は向かいのビルに向かう。
「仕方ないな」
ビルの中、少女の突っ込んだ階で仕事途中のサラリーマンの視線の中、少女は確かにそう言った。
何の動揺も見せずに。
効いてはいる。女の容赦のない連撃は、確実に少女にダメージを与えてはいる。しかし、天使になったことで、飛躍的に防御力も上がったのだ。
少女は反撃の準備を始めた。ヴェルナ―のように自分の前の空間を払いのけて、夢を、娯楽を、目的を、それらを愛し、食わんとするその娘を呼ぶために。
「悪夢の降臨」
少女の前に現れた魔法陣からは幼女が現れた。
幼女自身よりも長い黒髪、黒いワンピースを着ている。大きな眼を見開いて、幼女は言う。
「ねえ、今日の私の遊び相手はだ、あ、れ」
戦慄、ビルに居たサラリーマンはそれを感じていた。もちろん、ドラゴンや悪魔を見て、彼らが戦慄しないわけがない。しかし、その戦慄は確実に異なるものだった。命の危機とは少し異なる。体を、心を、ぐちゃぐちゃにされてしまうような、自分が、自分で無くなるような恐怖、それに彼らは戦慄したのだ。
「今日はあのお姉さんだ」
そう言って、少女はとどめを刺しに来た女を指さす。
「わかった。じゃあ、お人形遊びしようか。お姉さん」
無邪気な幼女のほほえみ、幼女は胸元から女に似た人形を取り出した。
その間も、女は少女のもとに飛んできていた。
女の手が少女の喉元まで来た時。
「よし、準備ができたよ」
女の手が止まる。
いや、違う。女の動きが止まる。
さっきまでの女の連撃と言ってもいい攻撃の嵐がやんだ。かよわそうな一人の幼女によって。
「ねえ、二人じゃつまらない。もう一人、遊んでくれないと」
「じゃあ、あそこのオジサンと遊んだらどう」
少女は様子を見に来た男を指さす。
「うん。わかった」
幼女はそう言うと満面の笑顔で胸元から今度はヴェルナ―に似た人形を取り出した。さらに、幼女はその二つの人形を戦わせ始める。
「ああ、ふふふ、戦わせるのって、面白いな。ふふふ」
女がまるで体を操られているかのように宙を舞い、ヴェルナ―に襲いかかった。
「あら、ごめんなさい。体の自由が利かないの」
そう言いながら、女は冷静な顔でヴェルナ―を見る。それでも体は間違いなくヴェルナ―に蹴りや拳をぶつけていた。
「あの子の仕業のようですね。それにしても、随分あなたは楽しそうですね」
ため息交じりに、ヴェルナ―は女の性格の悪さを否定する。
「あら、気のせいじゃない。あなたをほんとに殴れたら、もっと楽しめるかもしれないけど」
悪魔である彼女は魔法によって生まれたものにしか影響を与えられない。だからこそ、彼女の一撃も連撃もヴェルナ―には届かない。
それは彼女の強さゆえの制約であり、ルールなのだ。
「はあ、どうして、私の周りの人はこういう人が多いのでしょうか。さて、どうしたものでしょうか」
そんな中、ヴェルナ―の携帯電話が鳴る。そして、それは確かにヴェルナ―に冷静さを取り戻させていた。
「ええと、もしもし」
電話からは野獣のような気迫が漏れだしてきた。
電話の相手はトマス・ヤングというヴェルナ―の親友で魔導師の男だった。
「よう、ヴェルナ―、お前。この町の近くまで来てんだろ。なんで、顔出さないんだ?」
ヴェルナ―さえ忘れてしまっていたが、ヴェルナ―は魔導師として自分の弟子ができたことを正式に弟子のいる学校に提出しに行くためにここにいた。
これから、忙しくなるとヴェルナ―自身感じていたが、まさか書類提出して一時間でこんなことになるなどとは微塵も考えてはいなかった。
「ああ、明日も仕事でしてそれに魔導師同士の接触は良くないですし」
「まあ、かたいこと言うなよ。お前、今何処にいる?一緒に飲まねえか」
電話の受話器からハイテンションな男たちからの声が聞こえてくる。無論、電話の相手も酔っているのか声が大きい。
「ええ、私もそう言いたいところなのですが、実は」
ヴェルナ―はトマスに今の状況を言った。トマスは酔いが消えうせたように声の大きさが小さくなったが、確実にテンションはそれに反比例して、上がってきていることが電話からでも伝わってくる。
「へえ、面白そうだな。俺も行くわ」
電話が切れた。
少しして、再び電話が鳴る。
「すまん、お前が何処にいるのか聞くの忘れてた」
「はいはい」
そうこうしてる間に、少女は体を休め終わり再びヴェルナ―のもとに飛んでいく。そして、少女はヴェルナ―と女の今の現状を見て、にっこりとほほ笑んだ。
「ふふ、二人して楽しそうなことやってるね」
ヴェルナ―は残念そうに少女を見る。
「ああ、彼女は私を殴れない。でも、彼女は無効化されてしまったよ」
少女は突然、真剣な顔になって言う。
「まあ、しょうがないんじゃないかなあ。ボクが相手をしたかったのはあなたで、その女の人じゃないんだから」
「そうだね。ごめん、ごめんついでに一人、私の友達が来る。彼も魔導師で強いよ」
少女は少し考えた後に言う。
「へえ、わかった。じゃあ、急がないと」
少女は羽をはばたかせ、ヴェルナ―に殴りかかった。
ヴェルナ―は光の柱を目隠しに使いながら、それを巧みにかわしていく。かと言って、ヴェルナ―が防戦一方な状況に変わりはない。
「ねえ、そろそろ、次の呪文唱えたら」
彼女のアドバイスにヴェルナ―はほほ笑みながら答える。その笑みには確実に冷静さを感じられる。
「そうですね。彼も接近していますし」
そんな中、少女が何かに気づく。
空から落ちてくる何かに。その何かは空を引き裂くような音を立てて落ちてくる。いや、飛んでくる。
それはドラゴン。赤く巨大なドラゴンだった。
7メートルはあるだろうその大きさ、牙、爪、それらが伝えてくるのは、それが常識なんかを書きかえられるだけの殺傷能力があるという事、わかりやすく本能に語りかけてくる事実、命が危ない。
ドラゴンをよく見ると、大男が乗っている。男は肩まで伸びた髪、上半身裸で、下は、ジーンズを着ていた。
そうだ。このまるで野人のような男こそがトマスである。
「ほお、そいつが例の少女か。思っていたより普通だな。まあ、魔法に体格は関係ないけどな」
「ええ、久しぶりに楽しく戦えていますよ」
少女はトマスをじっくり見て言う。
「あんたの知り合い?」
「ええ、先ほど言った魔導師です」
少女は少し考え始める。
「ふーん。止めた」
「えっ」
そこにいる誰もが驚いた。
さっきまで、魔導師相手に死闘を演じたそいつが止めたいと言ったのだ。確かに流石にこのまま戦えば二対一になって負けてしまうだろう。
その判断は正しい。でも、だからと言って、それをこんなあっさりと表現する。そうだ。そうなのだ。今の少女にとって、この戦いはその程度の意味しか持たない。それは勝てない事実によるものなのだろうか。それとも・・・・。
「止めた。戦うの」
「えっ、せっかく来たばっかなのによぉ、そりゃないんじゃないの」
トマスは深い落胆の表情でそう言った。単純にトマスは二人の戦いを冷やかしに来たわけでも、一人の少女を二人でいたぶるために来たわけではなかった。
戦いたい。その純粋で本能を原動力とした欲求を満たすため、トマスは来たのだ。
だが、彼女は淡々と今の自分の意思を伝える。
「二人相手はきつい。だから、帰る」
そう言うと少女は羽をはばたかせて、空に昇り消えていった。
「どうする?ドラゴンなら追いつくかもしれないが」
トマスは未練たらしい提案をヴェルナ―にした。しかし、冷静に的確にヴェルナ―は真実を告げる。
「止めておきましょう。彼女は強い。深追いしては危険だと思います」
「へえ、お前から、そんな言葉が聞けるとは思わなかったな」
トマスは驚いたようにそう言った。
「それに、彼のあの呪文が何なのか調べたいですし」
「何だ。変な呪文でもくらったのか」
「ええ」
ヴェルナ―はトマスに『搾取』をくらった時のことを話した。
「なるほど、そいつは確かに奇妙ではあるな」
「ええ、しかも私にはこんなタイプの術の心当たりがない」
「確かにな、つっても俺たちが全ての術を知っているわけじゃあないだろ」
「ですが、脅威として考えて間違いではないでしょう」
「そうだな」
ドラゴンが咆哮する。何かを告げるように。