第二話 再邂逅
サブタイトルがなかなか思い浮かばない……。
道中の廊下を走るなぁ! という教師陣の注意を無視しながら俺を引っ張って爆進を続けた乾が止まったのは
「……生徒会室?」
そう、生徒会室の前だった。本気で部活を作るつもりなのか、こいつ。顧問とか部員とかどうすんだよ、全く。
「よし、入っちゃおう!」
タイフーンガールは止まらない。
「え、ちょっ、待った! まじで入んの? ってもうドア開けたし。あーもう!」
俺にいじられた腹いせか、このやろうめ。
入るよー、という気の抜けた声をあげながら俺を連れたまま入室する乾。俺の言葉を聞いちゃいねぇ。
「どもー、楓先輩。始業式ぶりですねー」
「……香織。一応会議中なんだけど?」
ため息をついてそう言った声の主はさっきの始業式で挨拶をしていたクールビューティーの人だった。たしか副会長だったか。名前は香織で苗字は……そうだ坤だ。変わった苗字だから印象に残ってる。
坤さんの周りの役員らしき人達は会議中の乱入者二人に唖然としている。いや、本当すいません。俺は止めたんですけどこのタイフーンガールが自重しないもんで。
「まーまー。用事済んだらすぐ帰りますから許して下さいな」
乾が先輩、しかも生徒会の副会長に対してここまで遠慮がないのはよほど仲が良いからだと思う、というかそう信じたい。
転校して早々生徒会に睨まれるなんて勘弁だぞ、俺は。
「まぁ、今日の議題はそこまで重要なものでもないし、会長もいらっしゃらないから別に問題はないけどね。ちょっとは遠慮ってもんを覚えなさいよ」
そんな坤さんの諫言にごめんないさい、と少ししょんぼりしながら返す乾。謝るくらいなら最初からやりなさんな。というか俺にも謝りなさい、いきなりこんなとこ連れてこられて心臓バクバクだぞ。
「それで、用事っていうのはそちらの男の子に関係あるのかな?」
思い出したようにあ、はい! そうです! と言って俺に目配せをする乾。
え、ここから俺任せですか。めちゃくちゃですやーん。まぁいいけど。さっきいじめたのはこれでチャラにしてもらうぞ。
「お初にお目にかかります。今日こちらに転校してきました、乾さんのクラスメイトの藤堂艮といいます」
「ええ、よろしく。……でも、君も災難ね。転校初日にこんなとこまで連れられて」
同情の眼差しをくれる坤先輩。俺の中で彼女への好感度が急上昇した。
もし仲良くなれたら乾関係の愚痴を聞いてもらおう、うん。
「それで、ここにお邪魔した用件なんですが……。えっと部活を新しく作りたいんです」
俺がそう言うと隣の乾がまるで輪唱するようにです! とキリッとした表情で言い切る。
俺もう、この子のキャラが分からないよ……。これからするであろう苦労を考えると目頭が少し熱くなった。
「ふむ、新しい部活の創部ね。生徒手帳にも書いてあると思うけど部活を創部するには担当の顧問一人、部員三名が最低でもいるのよ。あと活動内容が学生生活を豊かにするものであるか否か、みたいなのも条件としてあるからあんまりふざけた部活は創れないけど大丈夫かしら?」
そんな坤先輩の言葉を聞いて俺は
「よし、乾。創部は諦めよう! それでは、お騒がせしてすいませんでした。失礼します!」
――さっくり諦めた。
まぁ、高校でも助っ人やりたい気持ちがなかったといえば嘘になるが活動内容を考えると認可してもらえるとはとても考えられないし、顧問の先生や部員も集まらないだろう。
ほら、行くぞ! と、ここに来るときとは反対に俺が乾を引っ張って部屋から出ようとするが……。
……乾が動かない。
「おい! もう帰るぞ! まだグラウンドだって案内してもらってないしさ」
「えー、やだよ! 作ろうよ、助っ人部!」
「いや、さっきの先輩の話聞いてたか? 顧問の先生一人と部員三人いるんだぞ? お前が入ってくれたとしても部員は二人だし、顧問の問題は解決してねぇ。それに活動内容だって異端だろう」
「ただのボランティアじゃんか! ちょー慈善事業だよ! 助っ人するこっちも助っ人頼む方も喜ぶウィン・ウィンな関係だよ! こんな素晴らしい部活が他の部活と同じ創部条件なんておかしいよ、特例認めちゃおう!」
いや、がっつり報酬貰うけど。働いたら。ってかこの子ほんとハチャメチャだ。
いきなり生徒会室で言い合いをおっぱじめた一年生にあの坤先輩も口ポカーンだよ。周りの役員の方はもう形容し難い表情になっちゃってるよ。
ほんとすいません、先輩方。このデンジャラスタイフーンガールは私が責任を持ってここから連れ出しますので。
俺がもう一度乾の手を引っ張ろうとしたその瞬間。
教室に坤先輩のクスクスという笑い声が響いた。
突然の笑い声に俺と乾だけでなく役員の先輩方も坤先輩の方を見てポカーンだ。
え、何? 俺と乾のやり取りに笑う要素ありましたっけ?
もしかして乾のあまりのバカさに呆れて笑うしかないってやつですか?
「ふふふ、いいわ。助っ人部……よね? 新しい部活として認定するわ。副会長特権でね」
そう言ってウインクをパチリ。あら可愛い。クールビューティーな感じとのギャップが……じゃなくて。
「「「ええええええええええええええ!?」」」
坤先輩以外の驚きの声が生徒会室にこだました。
☆
「いやー、自分で言うのもなんだけどまさか認めてもらえるとはねー」
びっくりびっくり、と笑顔の乾。
いや、俺の方がびっくりだよ。丹鹿学園ワケ分かんない人ランキングの一位をついさっきまで乾が独走してたはずなのにいつのまにか猛追撃で坤先輩が乾に並んでるよ。どういうこっちゃ。
あの後坤先輩に新しい部活を申請するための用紙をもらって俺たちはお暇した。さすがに会議中の生徒会室にいつまでもお邪魔するわけにはいかないし。
今は改めて学校案内をしてもらってる最中で、グラウンドで活動をしている野球部やサッカー部を見学している。
突然だが、丹鹿学園は学業・部活動共に盛んな学校で、体育科と普通科の二つが存在する。
サッカー部のような全国大会常連の部活も少なくなく、そういった部活の主力メンバーは体育科に籍を置いている生徒がほとんど……らしい。
らしい、というのはこれらの情報は全部乾の受け売りだからだ。委員長をしているだけあってか、乾はあの部活の成績はどうだったとか、あの部活のキャプテンはどういう人だとかいった情報に詳しい。
さっきみたいな突然すぎる行動がなけりゃ本当にいい委員長だと思う。
既存部活の中でも大所帯である野球部とサッカー部が同時に練習が出来るほどの大きさを誇る丹鹿学園の第一グラウンド――驚くことにこれと同じくらいの大きさのグラウンドが学区内にもう三つほどあるらしい――で熱心に汗を流している部員を眺めているとこちらに気づいた野球部の部員が一人、近づいてきた。
野球部は全員坊主のため、遠目では分からなかったがその部員は友弥だった。
「おーっす、艮。委員長と一緒に学校見て回ってんのか。お前、野球部入んね?」
「そんなところだ。あと野球部には入らん。なんか流れで新しい部活作ることになったからな」
まさか友弥も本気で誘ってきたわけではないだろうが一応そう断っておく。
「うーん、お前背高いから外野とかファーストやらせてみたかったんだけどなー。まぁしょうがないな」
そう言ってニシシと笑う友弥。乾の方をちらっと見るとボーっとグラウンドの方を眺めている。何してんだか。
「そういや、野球部ってサッカー部より部員少ないのな。もうちょっといるかと思ったよ」
俺のその言葉にそうなんだよー! 友弥が食いついてきた。
「サッカー部は全国大会常連で何にもしなくても部員集まるってのに、うちの部は甲子園なんて何年も前に一回出たきりだから全然人増えないんだよー。学校側も全国で通用する部活何個も抱えてるからあんまり野球部に使う金は増やせないみたいだしよー。サッカー部と同じグラウンド使うのも結構肩身狭いんだよな……。というわけで! 艮野球部入ってー!」
「いや、さっきしょうがないつって諦めたじゃねーか!」
「あ、そうだったな、わりぃわりぃ」
そうして友弥と話しているとグラウンドから怒声が飛んでくる。
「オラァー! 永井ぃー! お前いつまでくっちゃべってんだアホ!」
「やっべ、うちの監督だ! じゃあな、艮。また明日学校でなー」
早口でそう言い残すと友弥はすいませーん、と叫びながら部員が集まっているところに戻っていった。
「いやぁー、永井君も忙しそうですなー」
いつの間にやら復活した乾が声をかけてくる。さっきまでボーっとしてたのにな。
「これでとりあえず学校は見終わったけど、改めて見ておきたい場所とか聞きたいこととかあるかな?」
「うんにゃ、特にないかな。案内ありがとうな、乾」
「いやいや、これも委員長の仕事だからねー」
ニョホホと笑う乾。なんだかんだでこいつの案内は上手だったと思う。途中の暴走がなければ100点の花丸をあげるところだったが、生徒会室での俺の心労のせいでせいぜい30点というところか。
じゃあ、今日はここで解散しよっかーと正門の方へ向かう乾に
「じゃあな、30点! 明日から改めてよろしくな!」
と言って走り去った。
30点ってなんのことー!? という乾の叫びを背中で聞きながら俺の胸は既に明日からの学校生活に向けて高鳴っていた。
☆
「副会長、なんで新しい部活なんて認めたんですか?」
会議が終わったあとの生徒会室で、私にそう声をかけてきたの書記を務める須藤君。
私に聞いたのは須藤君だが、みんなの視線から察するに他のみんなも会議中の乱入者に対して私が下した判断について疑問が残っていたようだ。
「まさか乾さんとは仲がいいからとか言わないですよね?」
「そんなわけないじゃない。私が部活を認めたのは彼がイケメンだったからよ」
――私のその言葉に生徒会室の時が止まった。
「嘘よ」
――そして時が動き出す。
「変な冗談言わないでくださいよ!」
「トーンがマジだから本当かと思ったじゃないですか!」
「副会長、びっくりしすぎて山田君が気絶しました!」
周囲からの猛バッシング。何よ、私には冗談の一つも言う権利がないのかしら。あと山田君、ごめんなさい。
「彼――藤堂君だったわね。彼、転校生じゃない?」
「山田君のことはスルーですか!?」
「あら、謝ったわよ。……心の中で」
「いやいやいや! 心の中じゃわかりませんって!」
「須藤君、あなたツッコミ下手ね……」
「それは申し訳ございませんでしたぁ!!!」
ハァハァと荒く呼吸を繰り返す須藤君。ちょっと変質者みたいね。
「えっと、そろそろ話戻しませんか?」
後輩の女の子にそう諭されては私も本題に戻るしかない。
「彼が転校生って確認したところまで話したわね。……彼は普通科の生徒なんだけど、みんなうちの学校の普通科の偏差値って覚えてる?」
私がそう聞くとさっき私を諭した子がおずおずと挙手する。
「はい、渡部さん」
「えっと、たしか70……でしたよね?」
「そう、70。まぁ体育科はもっと低いけどね。偏差値70といえば県内どころか国内でもそれなりの進学校として名前が知られるレベルよね。それでは、うちの学校の転入試験に必要な偏差値っていくつぐらいだと思う?」
さすがに転入試験の合格偏差までは誰も知らないだろう。私も先生に教えられなかったら知らなかったし。
「……78よ」
みんなの顔に驚きが宿る。それはそうだろう、偏差値が8も違えば実際の点数ではもっと大きな開きが生じるのだ。偏差値78なんていう生徒はうちの学校の普通科の生徒でも数えるほど――それも両手で事足りるほどの――しかいないだろう。
「まぁ、それだけなら別にうちの学校にもいないわけじゃないからいいんだけどね。問題は彼の転入試験の結果よ」
「え、なんで副会長転入生の入試結果なんて知ってるんですか?」
「彼の転入の知らせを聞いた時に先生がこぼしたのよ。うちの学校に転入なんてそれだけで珍しいのに、転入試験満点合格なんて前代未聞だ……ってね」
「それはそれは……学園始まって以来の才女なんて言われている副会長ならともかく、入試で合格ラインすれすれだった俺じゃ絶対落ちたようなその転入試験で満点っすかー。どんだけ頭いいんだよ……」
須藤君入試ギリギリだったのね。まぁいつもテスト前になったら私に泣きついてくるから要領はあまり良い方じゃないとは思っていたけれど。
というか、いくら私でも満点なんて取れない。……たぶん。……まぁ勉強をしっかりしていれば望みはなくはないとは思うけれど。
「そんなことを事前に聞いていたからね。どんな真面目君が転校してくるのかと思ったら"アレ"でしょう? なんか肩の力抜けちゃったわ」
「あー、早速乾さんに振り回されてる感じでしたね。顔に、暴走してるこの子は俺が責任もってここから連れ出します、ごめんなさいって書いてありましたもん」
その時の光景を思い出したのか、須藤君が少し笑いながらそう言った。
「それでね、転校早々振り回されて苦労しちゃってるし予想外に面白そうな子だったし、副会長権限使っちゃうのもいいかなーと思って許可しちゃったってわけ」
「確かに、いろいろ面白いことが起こりそうですしね。賛成かなー」
須藤君の言葉に周りもウンウンと同調する。
「じゃあ話はこれでおしまい。部活行く人は部活行って、そうじゃない人は早く帰りましょう」
私がそう言うと各々部活や帰宅の準備をいそいそと始めた。
私自身も帰る準備をしていたが、ふっと窓から外に目をやると件の男子生徒が走って校門を出ていくところだった。
「面白い事件、期待してるわね。転校生君」
そんな私の呟きは、窓にぶつかって消えた。
一応4日~1週間に一話の更新を目指しています。