第一話 タイフーンガール
ようやく主人公とヒロインの名前が。
「みんな、明けましておめでとう。冬休みは楽しんだか? まぁ、今日から三学期だからいつまでも休みボケして貰っても困るけどな。ハハハ。さて、突然だが今日はみんなにある知らせがある。今日から3組に仲間が一人増えるんだ。つまりは転校生って奴だ。ちなみに男な」
教室の扉の前、一月の冷気に身体を震わせていると中からそんな男性教師の声と生徒達の「転校生? 高校で?」「先生! イケメンですか!?」「うげっ、男かよー。可愛い女の子がよかったぜー」などなど悲喜こもごもな声が聞こえてきた。
転校なんて人生初めてだから緊張してる上にイケメンを期待されて嫌な感じだ。まぁ、生徒たちのああいうセリフはお決まりだって分かってるつもりだったけどさ。うわー入りたくねー、なんて思っていても勿論今更逃げられないわけで。
「じゃあ、入ってきてくれ」
よし! どうにでもなれ! と自分に発破をかけて勢いよくドアを開ける。
ガラガラガラー……。
開けて気づいた。挨拶考えるの忘れた。もういいよね、テンプレかつ必要最低限の挨拶でいいよね! そんな言い訳を自分自身にしてからツカツカと教壇まで歩き、ピタッと止まって回れ右――じゃなくて左。
「初めまして。藤堂艮と言います。こんな時期に来た突然の転校生ですが、人畜無害ですので仲良くして下さい。」
あれ、なんか途中から何言ってるか自分でもよくわからなくなったけど、俺別に変なこと言ってないよな?
なんかクラスの人たちの反応薄いんですけど。みんなポカーンと口開けてこっち見てるんですけど。先生、俺早くもここで上手くやっていく自信なくなったんですけど。
俺が一人テンパッてると……。
「イケメンキターーーー!」「イケメンじゃねえか! ただでさえ転校生男って聞いて落ち込んでたのによりによってイケメンかよ! ふざけんなよ!」「うふふ、転校生君のおかげで新しいカップリングが生まれそうだわ……」
といった声が復活した生徒達からあがった。なんか不穏な言葉も聞こえてきたんだがそれは俺の幻聴だと思いたい。
まぁでもあれだ、挨拶失敗したわけじゃなくて良かったな。あとそこそこ整った顔に産んでくれた母親に感謝だな。ん、いや待てよ。もしフツメンに産まれてたらそもそもこうして生徒がフリーズしたり変な歓声があがったり怪しい女子生徒の言葉が聞こえてきたりすることはなかったんじゃなかろうか。そう思うと感謝していいものかどうか微妙なところになってきたぞ。
まぁどんな顔でも親から貰ったもんだから気にしないけどさ。
これからクラスメイトになる彼らのリアクションに困る反応に愛想笑いを浮かべてたら担任が出してくれた助け舟は転校イベントではお決まりのあのセリフ。
「じゃあ、藤堂君の席は窓際最後方の空いてる席だ。みんな、これから仲良くするようにな」
お、そんなベスポジを俺にくれるんですか。まじありがたいです。え、しかも窓際に電気ストーブあるじゃないですかー。この時期にストーブに一番近い席に転校生来ちゃって大丈夫ですか? 俺他の人に恨まれたりしません?
そんなことを考えながらも席に向かう途中でクラスメイトによろしく、どうも、と声を掛けることは忘れない。うん、第一印象は大事だからな。
席に着くと前の坊主頭の男子生徒がぐりん、と身体ごとこちらを向いた。
「俺、永井友弥って言うんだ。友達の友に弥生時代の弥で友弥。野球部なんだ。ポジションはセカンドな。あ、艮だっけ? 俺艮って呼ぶからお前も俺のことは友弥って名前で呼んでくれよな」
坊主頭――友弥はそうまくし立てるとじゃっ、これからよろしくな! と言い残し前に向き直った。
嵐みたいなやつだ。でも嫌いなタイプじゃない。こいつとは仲良くできそうだ。そう思いながら今日の日程などを話し始めた担任の話に耳を傾けた。
今日は冬休み明けの初投稿日ということもあり、始業式LHRを終えたら放課のようだ。
ホームルームが終わるとクラスの生徒が一斉に俺の席の周りに集まり始めた。
あ、この感じ漫画で見たわ。
「誕生日いつ?」
「彼女いるのー?」
「血液型は?」
「どんな子がタイプ?」
「なんか部活入るの?」
「身長高いねー。何センチあるの?」
「……受けと責め、あなたはどっちなのかしら」
etc...
こ、これが転校生第二の関門、質問攻めか。というかまたも不穏な言葉が聞こえてきたが気にしない。ちなみに第一の関門は自己紹介だ。俺は少し躓いたが。
というか第二の関門もなかなか大変だ。こんなん聖徳太子でもないと対応できないだろう。
と、そこできたのが天の助け。
「ちょっとみんな、藤堂君困ってるでしょ! それにこれからすぐ始業式って浜やん言ってたし、はやく体育館いかないと怒られるよ! 質問はあとからでもできるじゃない」
そう声をあげたのは女子生徒。
長い髪を真ん中で分けて可愛らしい熊のヘアピンで止め、くりりとした大きい目、組まれた腕には豊かな胸が……げふんげふん。
なんか美少女が助けてくれた。ありがたい。周囲に群がっていた生徒達は女子生徒の言葉に素直に体育館に向かう準備を始めた。すごいな、まさに鶴の一声ってやつだ。
さて、俺も体育館に向かわないとな。転校してきたばかりで体育館の場所分かんないからはぐれないようにしっかり付いて行かないとな。
体育館へと向かう途中、先ほどの女子生徒が話掛けてきた。
「やぁやぁ転校生君、さっきは災難だったね?」
「いや、おかげさまで助ったよ。ありがとう」
それはよかった、と快活に笑う少女。何かあれだな、世話好きの元気っ子って感じだな。ギャルゲー思考だけど。あと可愛い。
「あ、自己紹介がまだだったねー。私、乾香織。こう見えてクラスの委員長なんだよ!」
こう見えてって私どういう風に見られてるんだよ!とハッとしたように自分に突っ込む乾さん。本当に元気っ子だったな、賑やかなのはいいことだけど。
「えっと、さっきも言ったけど一応……。藤堂艮だよ。これからよろしく、委員長」
「何だよー、いきなり役職で呼ぶなんて。これから少なくとも三月までは同じ教室で勉強するんだからさ、香織ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」
と、ニヤつきながら言う乾さん。これはあれか、「そ、そんなあ!いきなり女の子を名前で呼ぶなんてできないよぉ~!」みたいな初心な反応を俺から引き出そうとでもしているのか。
俺がそんな古典的な反応をしてたまるか。だから俺はそんなけしからん輩にこう言ってやった。
「あぁ、ごめん。改めてよろしく、乾」
その言葉にムキーッと分かりやすく頬を膨らませて怒る乾。「いきなり委員長に楯突くだなんて、生意気なんだよ!」とかなんとか言ってるが気にしない。
「あ、体育館見えてきた。そろそろ静かにしないと怒られるよ」
そう忠告するとぶつくさ言っていた彼女も委員長モードに切り替わり、クラスの先頭で生徒たちを先導し始めた。
……楽しい高校生活になりそうだ。いや、きっと楽しくなる。
俺はそう確信した。
☆
体育館の中に入ると既に多くの生徒が集まっていた。クラスごとに作られた列の先頭ではクラス委員長らしき生徒達が喋る生徒に注意したり、点呼をして担任教師に報告したりしていた。
乾も3組の生徒を1列に並べると数の確認作業に入る。転校生の俺は列の最後尾に並んでいた。
「38、39、40……41っと。浜やーん、3組41人全員いたよー」
「浜やん言うな。敬語を使え馬鹿者。まったく……じゃあ乾は藤堂の後ろな。もうすぐ始業式始まるから静かにな」
ごめんなさーい、と間延びした謝罪を担任教師に言い残すと乾は俺の後ろに続いた。
「うぅー、やっぱり一月の体育館は寒いねぇー。冷え性の私にとっては地獄だよ……」
自分の身体を抱きしめるようにしながら寒さに顔をしかめた乾が話しかけてきた。
「そろそろ始業式始まるのに委員長が喋っちゃマズいんじゃないの?」
俺が意地悪くそう返事をしてやると
「藤堂君って意地悪なんだね! そんな悪い子にはもう話しかけないからね!」
ふてくされてそっぽを向いてしまった。
うん、なんかいじめたくなるな、この委員長は。程々にしないとな、と自分を戒める。
全クラスの点呼が終わったのだろう、体育館の扉が閉め切られるとマイクを持った教師が始業式の開式を宣言する。
そこからはどこの学校でも見られるお決まりの長い校長の挨拶。
寒いんだからさっさと終わらせろ、とでも言うように多くの生徒が校長を恨めしげに見つめる。
そんな生徒たち視線も意に介さず優に10分は話した校長が満足気に壇上を降りると、「生徒副会長、挨拶」の言葉のあとに女子生徒が壇上に上がる。
壇上に上がったその生徒を見てまず思ったのは、頭良さそうだなーという何とも小学生の感想文のようなことだった。
――なんで会長じゃなくて副会長なんだ?
俺のそんな疑問に答えたわけではないだろうがクールビューティーということばを体現したようなその生徒が口を開く。
「全国高校サッカー選手権大会に出場するため現在東京にいる会長に代わり、副会長である私、坤楓が挨拶させて頂きます。みなさん、二週間に満たない冬休みでしたが、どのように過ごしましたか? 勉強や部活動に精を出した人もいれば、家族や友人とゆっくり過ごした人もいるかもしれません。ですが一年生、二年生諸君は学校での生活サイクルにいち早く身体を戻し、丹鹿学園の生徒として恥ずかしくない振る舞いを心がけて下さい。また、三年生のみなさん受験が迫っている方が多くいらっしゃると思います。無理はせず、受験本番に向けて身体を労りながら勉学に励んで下さい。それでは、簡単ですが以上生徒会を代表して副会長の挨拶とさせて頂きます」
そう締めくくって颯爽と降壇する彼女の姿にあ、やっぱクールビューティーだわと強く思わされた。
その後簡単に始業式後の予定を教師が説明すると、10分ほどの始業式が終了し教室の戻って再びホームルームとなった。
「明日からは普通に一日授業があるからな。授業と昼食の準備を忘れるなよ。それと、藤堂には持ってくる物とか誰か教えてやれよー。以上、ホームルーム終わり!」
わずか10秒ほどのホームルームが終わるとクラスの中がガヤガヤと騒がしくなる。部活に向かう者、家路に就く者、残って談笑する者と様々だが、俺の席の周りにはちょっとした人だかりができていた。
「このあとどうするのー?」
「家ってどこの辺にあんのー?」
「カラオケ行こうぜ!」
朝の質問攻めの続きだ。朝より人が減ってるのがせめてもの救いというところか。
サクサクと質問に応答していると委員長、いや乾が声を掛けてきた。
「藤堂君、これから時間あるんだったら部活とか学校の案内してあげようか?」
お、これはありがたい。まだ学校をしっかり見て回ってなかったからな。というか乾が外野に「お、委員長さっそく転校生に唾つけとくのか?」とかからかわれて顔真っ赤にしてるがやっぱりクラスでもいじられキャラなんじゃないか。俺がいじめたくなるのも仕方ないな、うん。
「じゃあ、案内お願いするわ。委員長」
「う、うん。わかった」
俺が案内を頼むとまだ赤みが残った顔で乾が了解した。
☆
「藤堂君はさ、もう入る部活とか決まってる?」
校舎の案内を終えグラウンドへと向かっている途中、乾が聞いてきた。
「んー、まだ特に決めてないんだよね。何かやりたいとは思ってるけど」
「中学とか、前の高校では何かしてた?」
「中学の時はサッカーしてた。でもサッカーは中学まででやめて高校では助っ人やってたな」
「す、助っ人?」
乾のなんだそれ? と言わんばかりの表情に思わず吹き出しそうになるが、それは流石に可哀想なので我慢。
「あーうん。簡単に言えば有償のボランティアみたいな感じ。練習試合とかで助っ人として出て、結果出したら報酬もらって結果出せなかったらタダ働き」
「変わったことしてたんだねー。なんでそんなことしようと思ったの?」
「うーん、なんかさ。俺飽きっぽいのか一つのスポーツとかだけやるのって続かなくてさ。だったらいっそ色んな運動部とか文化部の手伝いして全部楽しみたいなーって思ってさ。それであわよくば報酬も貰っちゃおうって感じで始めたのが助っ人」
「ふーむ、そういう考えもあるのかー」
そう言ってしきりに頷く乾。
と、突然あっ! と声を上げる。
俺がぎょっとして顔を向けると
「じゃあうちの学校でも助っ人やればいいよ! うん!」
なんて言ってのけた。
「色々やりたかったらわざわざ一つの部活に絞る必要なんてないもんね! 助っ人やろう! というか助っ人部作っちゃおう!」
なんなんだこのタイフーンガール。俺がポカーンとしていると、思い立ったら即行動! と言わんばかりに乾が俺を引っ張って来ていた道を引き返し始めた。
ちょっ、グラウンドにはいかないのか!?