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第5話 砲で狙うは幼妻

美琴が父の湯呑みにお茶を淹れ直す。これで部屋に来てから三杯目だ。

(ちょっとすまねえ、便所行ってくるとか言い出さないだろうな……)

そんな俺の余計な心配をよそに、美空と美琴はぐっと息を呑んで正座し直し、親父の口元に注目していた。


親父は静かに湯呑みを座卓に置くと、腕を組んで重々しい口を開いた。


「許嫁は――わからない」


「……は?」


思わず素で声が出てしまった。

理解が追いつかない俺の横で、美空と美琴が弾かれたように親父の両肩へ飛びついた。


「おじさん、わからないって何!?」


「おじさま、詳しく理由を教えてください!」


ガックンガックンと肩を揺さぶられながら、親父は遠い目をして語り始めた。


「子供らが十八になったら具体的に話を進めようなって言って、その日はお開きになったんだよ。であれだ、又二郎が十六になった時に、この話を思い出してさ、又二郎には許嫁がいるぞって教えたんだよ」


高校に入学したばかりの頃、俺には許嫁がいると知り、なんと素晴らしいことかと舞い上がったのを今でもはっきり覚えている。


「だけどよ、伝えたはいいが、相手がどっちだったか思い出せなくてよ、『名前は「み」から始まる三文字で、この地区に住んでる娘さんだよ』としか言えなくてな」


なるほど、そういうことだったのか……。


「そんでもって後日な、影山と東山に許嫁の件を聞いたけどよ、あいつらも覚えてねえんだよ。俺ら三人とも泥酔して記憶すっぽり抜けちまっててさ」


数年間、胸に抱き続けてきた俺の密かな期待感が、音を立てて崩れ去っていく。


「父さん、許嫁の話は、成立してなかったのですね」


「すまん。お前、楽しみにしてたもんな。本当にすまない……」


親父はそう謝ってから頭を下げ、ゆっくりと立ち上がり部屋を出て行った。

残された俺たちは、しばらく無言で座り込んでいた。美琴がぽつり、気の抜けたような声で呟く。


「……期待させてから、落とされた」


二人はすくっと立ち上がると、無言で帰る支度を始め、美空が襖の取手に手をかけながら振り返る。


「驚いたわよね。急に許嫁だなんて言われるんだもん。又ちゃんに許嫁がいるなんて知らなかったから尚更……。あ、ごめんね……いなかったのよね……」


美空にそう言われてビクッと少し体が震えた。俺はそのまま布団に倒れ込み、二人は静かに部屋を出て行った。


***


翌朝。

夏の日差しが容赦なく照りつける中、俺はいつもの通学路を歩いていた。

ここ数年、顔も知らぬ誰かに思いを馳せていた自分が可笑しく思えた。憧れ続けた許嫁。まさかこんなオチだとは思ってもみなかった。


「いまはもう会えない許嫁か」


一人でフフンと鼻を鳴らしながら信号待ちをしていると、背後からパタパタと軽快な足音が近づいてくる。


「又ちゃん、おはよう!」


ポニーテールを揺らした美空が小走りで追いついてきた。


「ああ、おはよう。今日も『依頼』来てるのか?」


「新規の受付は停止中よ。この前の夫婦喧嘩の仲裁の依頼がまだ終わってないからね」


昨日あんなガッカリ事件があったというのに、美空の態度はいつものカラッとした幼馴染のそれだった。この感じが、今の俺には、たまらなくありがたい。


「そういえば二発目の砲撃まだだったな」


「そうなの、今夜やれそう?」


「大丈夫だけど。玉の準備はできてんのか?」


「もちろんよ。心配ないわ」


美空は嬉しそうに俺の手を握ると、青に変わった横断歩道をぐいぐいと引っ張って走り出した。


「おい、引っ張るなって!」


少し先を歩いていた美琴が、こちらに気づいて振り返る。


「おはよう、又二郎くん。朝から仲がよろしいのね」


眉間に小さなシワを寄せ、ツンとした態度で挨拶してくる美琴。


「おはよう、美琴。仲良いも何もないよ。今日も面倒ごとに付き合わされる相談をされてたとこだ」


「面倒ごと? ああ、例の『裏稼業』のことね」


「街のお悩み解決だけどな。なんでも今日は玉の準備に抜かりがないそうで」


「心配しないで! バッチリ充填してきたから、玉は十発分用意してあるわ」


十発とは随分とまた余裕がある。今夜は少しやりやすそうだ。


「ねえ、美空。またこの前のマンションの屋上に行くのかしら?」


「そのつもりだけど。ターゲット宅を狙うには、絶好の狙撃ポジションだからね」


「そのターゲットって、どんな人なの?」


一度同行したとはいえ、美琴はこの活動について詳細までは知らない。


「とある夫婦喧嘩の仲裁の依頼を受けてるのよ。ちょっと待って」


そう言って、美空はカバンから依頼の資料を取り出し、美琴に手渡した。

美琴は手渡された資料を開き、パラパラとめくっていたが、ターゲットの顔写真を見た瞬間、ぴくっと動きを止めた。


「ターゲットって……この人なの?」


「そうよ。笹木しのぶさん(十九歳)。新婚ホヤホヤなのに、毎日喧嘩ばかりだそうよ」


美琴の顔色が急激に青ざめていく。


「この依頼の……依頼者ってどなた?」


「ええと、下の方に書いてない? 確か旦那さんのお父さんね」


美琴はキョロキョロと周囲を警戒するように見回すと、俺と美空の袖を引っ張り、路地裏の空き地へと誘い込んだ。

空き地に着き、何度か深呼吸してから美琴が小声で話し始める。


「二人とも、この依頼からは、手を引いてちょうだい」


「なんでよ? もうお金だってもらっちゃってるし」


ん? お金だと?


「おい、美空、これって無償奉仕じゃないのか?」


「そのつもりだったけど、依頼者の皆さん受け取ってくれってきかないのよ」


「初耳だぞ!! 今までの報酬はどうしてんだ?」


「使ってないわよ。今度話さなきゃと思ってたもの」


なるほど。少し安心した。

中抜きどころか全抜きするような女だったら、さすがに付き合い方を考えねばならないところだ。

美琴が軽く咳払いをして、本題を切り出した。


「とにかく、この依頼からは手を引いて。少し面倒な話だから」


「面倒って、どういうことだ?」


「だから、もうお金もらっちゃってるし、今さら断れないわよ」


美琴は少し言い淀んでいたが、意を決したように重い口を開いた。


「そのターゲットの人……私の『はとこ』なの」


「はとこ? 再従姉妹のことよね?」


美空の質問に美琴はコクリと頷く。


「旧姓は影山、影山しのぶ、十九歳。南浜隊所属の一級砲手で、現在進行形の『脱走兵』よ」


「「脱走兵!?」」


俺と美空の声がハモった。美琴は「しーっ!」と人差し指を口に当て、声をひそめて事の顛末を語り始めた。


美琴の話をまとめるとこうだ。

しのぶさんは、影山家にとって三十年ぶりの一級霊位であり、五山の家々の期待の星であった。

しかし入隊前日、一級霊位の男性とお見合いして一目惚れ。即日交際をスタートしたものの、翌日には軍隊生活に突入。

「他の女に取られたらどうしよう!」とご乱心したしのぶさんは、あろうことか南浜隊舎から脱走。

お見合い相手のところに転がり込み、そのまま入籍。

逃亡罪の時効である一年間をなんとか逃げ切らせ、期待の星が拘引(事実上の逮捕)という不名誉を避けるというのが五山の総意。

現在は五山の家々が、しのぶさんを匿うことで守備隊の追跡を免れている。


だから俺たちに「これ以上、騒ぎを起こしてほしくない」とのことだった。


「美琴、質問なんだが……そもそも脱走ってかなり重罪なのでは?」


「昔は厳しかったみたいだけど、今はそこまででもないみたい。時効も一年だし」


「なら、正直に出頭して、すみませんで、いいのでは?」


「五山の人たちが納得しないと思う。落ちぶれた一族とはいえ、期待の星が逮捕じゃカッコつかないもの」


「脱走した時点で不名誉ではないのか?」


「まだセーフだと思うわ。守備隊は自隊から脱走兵が出たなんて公表しないでしょうし」


美琴が美空の方を見ながら返事をした。


「ごめん、美琴、私あんまりその辺の事情わかってなくて。でも要するに、しのぶさんは逃亡生活にイライラしてるんでしょ?」


「たぶん、そうだと思うけど」


「だったら鎮静の意味でも、砲撃を続けるでいいんじゃないかしら? 近所で有名な大喧嘩を放置する方が、かえって目立っちゃうわよ!」


「たしかに、そうかも……」


「でしょ? だったら、継続で! それにチワワは豆鉄砲だから、砲撃も目立たないし、いいと思うの」


チワワを侮辱するような発言はやめてもらいたいが、一理あるとは思った。

チワワの霊砲弾は小さく、そして霧散しやすいので周囲に気づかれる可能性は確かに低い。

(砲撃音も小さいからね)


「それに先方からね、単発の依頼から週一度の定期契約でお願いできないかって連絡も来てるの。又ちゃん、チワワの追加開発費が欲しいんでしょ?」


美空は俺の密かな願望に気づいていたようだ。


「……仕方ない、続けるか。美琴もそれで構わないか?」


「え、ええ。構わないわ」


「又ちゃん、そうと決まったら、定期的にしっかりと奥様を発散させてあげましょう!」


***


その夜。

初回と同じ裏山の芝生に、俺たちは陣取っていた。

俺の左側には徳山製作所の作業着を着た美琴が腹ばいで寝そべり、右側には同じ格好の美空が双眼鏡を構えている。


チワワのスコープ表示は、『索敵中』から『捕捉』へ切り替わり済みだ。

これでいつでも撃てる。そう思った瞬間、美空が叫ぶ。


「撃鉄、起こせ!」


「ねえよ、そんなもん! いつもは言ってないだろ! そんなセリフ!!」


こいつ、はしゃいでやがる……。幼妻の状況を知り、盛り上がってるのと、定期契約を獲得したからだろう。

俺が美空に静かにするよう注意していると、美琴が「いま、話しても大丈夫?」と聞いてきた。


「ん? チワワに撃鉄はないぞ」


美琴は、腹ばいのままターゲット宅を眺めながら「ふふっ」と笑い、なんだか嬉しそうな顔をして話を続けた。


「あのね、うちのお父さん、すごくお酒強いの。だからね……許嫁が誰だか覚えてるって……」


な、なんだと……。


「誰だって? 誰って言ってた?」


美琴は身体を起こすと、月明かりの下で思わせぶりにクスッと微笑んだ。


「……ナイショ♪」


そう言い残すと、美琴は軽やかな足取りで山を駆け下りていった。


「ちょっと、又ちゃん砲撃まだなの? あれ、美琴はどこ行ったの!?」


「作戦中止!」


「なんでよ? いいから早く撃ちなさい!!」


ドンッ!


俺は引き金を引き、着弾の確認をほったらかして美琴を追いかけたが、彼女の軽快な足音はすっかり遠ざかっていた。

狙撃ポジションから「命中! さすが又ちゃん!」と叫ぶ美空の声が夜空に響き渡る。


二人のヒロインに振り回されながら、俺の高校生活最後の夏はまだまだ続いていく。


「いまだ会えない許嫁、か」


俺は、フフンと鼻を鳴らしながら、チワワを回収する準備を始めた。



『世話女房と幼馴染に挟まれて、砲で狙うは幼妻。〜こちら離小島防衛隊〜』 完

今回短編小説を初めて執筆しました。

普段は個人開発でスマホゲーム「こちら離小島防衛隊」の開発を行っています。

ゲームを公開してもう少しで3年半になります。

ゲームの世界観をさらに広げた物語として、島民である高校生を主役とした作品を公開してみました。


投稿しても新着に載るのは一瞬で、そんな中、本作を最後まで読んでくださった皆様には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

ご感想いただけますと幸いです。


ゲーム版もよろしければチェックしてみてください。

この度は、最後までお読みいただき本当にありがとうございました!


■ ゲームの詳細について

本アカウントのプロフィール欄に詳細を載せております。

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