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第3話 世話女房と幼馴染に挟まれて

我、勇気を出して登校ス。


手汗がダラダラと止まらない。教室のドアノブに手をかけ、滑らせるように横へ引こうとするのだが、汗のせいで滑って一向に開かない。

何度も手をスカスカとさせていると――


ガラッ!


突然、内側から勢いよくドアが開いた。


「……入口の前に立っていられると邪魔ですよ」


不機嫌そうに仁王立ちしていたのは美琴だった。だが、彼女は決して俺と目を合わせようとせず、ぷいっと視線を横へ逸らしている。


「すまん……」


美琴はいつもの癖で、俺の制服の乱れた襟を直そうとすっと手を伸ばしかけた。……が、途中でハッと何かに気づいたかのように手を止め、その指先を行き場なさそうにしている。


「あの……昨日のことなんだけど……」


「……美空から聞いたわ。それで、結局のところ、又二郎くんは美空とお付き合いしているの?」


「してない。断じてしてない」


「じゃあ何であんな破廉恥なことを……っ」


「違う! 誤解だ! お、俺には許嫁がいる……。美空に破廉恥などあるまじきことなんだよ!」


「い、許嫁……」


美琴は小声で一言そう呟くと、そのまま雷に打たれたように固まってしまった。


「おい、美琴?」


何が起きたのか理解が追いつかず、俺がオロオロしていると、教室の奥から美空が猛スピードで飛び出してきた。


「又ちゃん! 昨日の依頼、しくじったみたい!」


急ブレーキをかけ損ねた美空がそのまま美琴に衝突する。美琴の華奢な体が傾き、廊下の床へ倒れ込みそうになった。俺は慌てて美琴の肩を掴み、引き上げるように抱き留める。


「弾を外したってことか?」


「美琴、ごめんね。大丈夫?」


美空は俺の問いかけをスルーし、美琴へ平謝りしている。

当の美琴は自分で立つ気がないのか、体重を俺に預けっぱなしだ。


腕だけで支えるのはキツイので、美琴をそのまま俺の右肩に担ぎ上げることにした。

角材のように肩へ担がれた美琴は、弱々しい声で「……大丈夫」と美空に返事をしている。


「しくじったって……いつもの弾じゃなかったからか?」


「どうだろう……仲直りはできたらしいんだけど、朝起きたらまた奥様が激怒状態らしくて」


「効き目が切れるの早すぎないか? 一ヶ月は持つはずなのにな」


「とにかく、今晩もう一回やるわよ!」


「わかった。今度はもっと近いところから狙おう」


俺に担がれて、だら〜んとぶら下がっている美琴が、かすれた声で「……私もいく」と同行を希望した。


***


そして、放課後。

一度帰宅して着替えを済ませた俺は、軽く夕食を腹に放り込み、一呼吸置いてから作戦の準備に取りかかった。


大型ダッフルバッグに愛砲チワワを押し込み、それを折りたたみ台車に載せて押し始めると、早くも額から滝のような汗が噴き出してきた。

家を出て台車を押すこと十五分。時計の針は二十時を少し回ったところだ。


目的地である築浅の二階建てマンションに入り、すれ違った住民に怪しまれないよう軽く会釈を交わす。エレベーターを探すが見当たらない。

仕方がないので台車を折りたたんで一階フロアの隅に置き、重たいダッフルバッグを自らの背中に背負い直して階段を登った。


屋上に辿り着くと、潮の香りと共に夜の海が一望できた。

二階建ての屋上なのでそれほど高くはないが、南浜の街並みが見渡せる好立地だ。


もっともこの時間では暗くて景色自体は判然としないが、海上の遥か彼方で、火花のような光がチカチカと絶え間なく弾けているのが見えた。

南浜地区を守ってくれている守備隊の人たちが、夜間の空中戦でも繰り広げているのだろうか。

彼女たちのおかげで、俺たち島民は今日も平和ボケして暮らすことができる。


背中のチワワ入りバッグを下ろし、水筒の冷たいお茶で乾いた喉をうるおす。

ふと見ると、少し離れたフェンスの際で、きゃっきゃと楽しそうに談笑している美空と美琴の姿があった。どうやら先について待っていたようだ。


俺に気づいた美空が大きく手を振る。俺も手を振りかえし、「こっち来てくれ」とジェスチャーを送った。


汗だくになりながらバッグからチワワを引っ張り出し、迅速に狙撃体勢をとらせる。

ここからなら、通りを挟んだ向かい側にあるターゲット宅の二階の部屋はもちろん、玄関も庭も丸見えだ。絶好の狙撃ポジションである。


「なあ、あの部屋寝室みたいだぞ。これって、のぞいちゃダメなやつだろ?」


後ろを振り返ると、美空が自分の予備の作業着を取り出し、美琴の肩にかけてやっているところだった。


「私の作業着まだあるから、気にしないで着てていいよ」


「おい、人の話を聞けって。あとそれ、お前の作業着じゃないからね」


「美空ありがとう。ほんと、めっちゃ作業着だね。『徳山製作所』って胸に刺繍入ってる」


「そうなの、ウケるよね」


「ウケないわ。名前入ってんの普通だろ」


二人で地べたに座り込み、きゃっきゃ言いながら、うちの会社の作業着で盛り上がっている。


「又ちゃん、ここなら確実ね!」


「ああ、着弾をしっかり確認できる。そんじゃ、霊砲弾の準備だ」


俺が手を差し出すと、美空が少し間を置いてから口を開く。


「ごめん。忘れた」


「ふざけんなよ! またか? また昨日と同じパターンやりたいのか?」


「今日は美琴につきっきりだったのよ。誤解の件とか説明したり、なんかずっと元気もなかったし。だからすっかり忘れてたの。ごめんね」


「おまえ、可愛く謝れば許すとでも思ってんのか! どうすんだよ弾は。またお前から吸うのか?」


『吸う』という言葉にピクっと反応した美琴が俺を見る。


「……その、吸うって……私からでも吸える?」


美琴の問いかけに、どう答えようかと迷ったが正直に答えることにした。


「吸えるよ。……まあ、おすすめはできないけど」


ちょうどその時、チワワが砲身で俺をつつくので、スコープを覗いてみると、ターゲットである幼妻とその旦那さんが部屋に入ってきたところだった。


「教えてくれてありがとう。偉いぞチワワ」


チワワは褒められたのが嬉しいのか、駆動音を「キュキュ」と鳴らした。


「二人とも、念のため伏せてくれ! この距離だと気づかれやすい」


俺はそう言って後ろへ振り返ると、美空がビー玉を美琴の頬に押し当てている。


自分に矛先が向く前にさっさと吸っちまおうという魂胆が丸出しだった。

陽気を吸われている美琴は、大粒の涙をポロポロとこぼしながら、嗚咽をこらえていた。


「美琴、痛かったりする? 無理なら言ってね」


「ううん……平気……っ。でも、すごく……すごく悲しいの。悲しみがどんどん溢れてくる感じ……っ」


昨日の美空とはだいぶ違う様子であったが、ガラス玉はすぐに変色を遂げた。

水色とも青ともつかない、氷のように冷ややかな『青色』だ。


「又ちゃん、用意できたよ」


「……なんかまた色違うのな。昨日は桜色だったけど」


「私のだと、ダメそう?」


充填を終え、すっかり元の元気を取り戻した美琴が俺に尋ねた。


「いや、そうじゃなくてさ、本来だと陽気の素って明るめの黄色なんだよ。なんだろうなあ、これって個人差とかあるのかな? 美空はいつもどうやって充填してんだ?」


「日光にあてるの。3時間くらい」


「……あ、そんな感じ? 人から吸うのがデフォではないのか」


「どっちかって言うと人から吸うのがデフォね。長くなるからまたの機会に話すけど。あと、これ本当はビー玉じゃないのよ」


「ん?」


「『霊水晶』っていうの。これ勝手に持ち出してるのが、うちのひいおばあちゃんにバレたらすごくマズイやつ」


深くは聞かないでおく。『俺は知らなかったんです』という最後のセリフを温存するために。


というわけで本日も霊砲弾に、いつもと違う玉を装填完了。さて、やるかと気を引き締めていると、美琴が俺の袖をぐいっと強く引っ張った。


「待って。その玉、使わない方がいいと思う。それ、多分、私の『悲しみの塊』だと思うの……っ」


「すまんが、もう少し詳しく頼む」


すっかり委員長モードに戻った美琴が、真剣な面持ちで語り始める。


「吸われてる時ね、悲しさが増幅するような感じで、『もう私ダメだ。限界かも』って思ったら、充填がちょうど終わったの」


「……感情が限界まで高まって溢れ出すと、充填も完了する。って感じか?」


美琴がコクコクと首を縦に振る。


「昨日、美空はどうだった?」


「私も同じね。でも充填が終わった後も、余韻がしばらくの間、消えなかったけど……」


「余韻? 私はそんなのなかったけど。……余韻って何の余韻かしら?」


美空は赤面して答えに詰まっている。

俺は手元にある霊砲弾を眺めていた。使わない方がいいって言われたが、さっきの青玉もう装填しちゃったんだよな。

霊砲弾を振ると装填した青玉が中でカラカラと音を立てる。


「あの……余韻じゃなくて、その、ええと……」


「吸い出されてる時、何を考えてたの?」


「いや、特には……っ」


なんとか青玉を取り出せないかと、落ちていた針金を霊砲弾の穴に突っ込んで引っかき回してみる。

……取れるわけないか。なんかこうパカっと開けられないものだろうか。


「正直に答えて、美空」


「え、ええと」


「昨日の玉って、どピンク色だったんでしょ!?」


「違うわよ! 綺麗な桜色だったわよ!」


霊砲弾から青玉を取り出すのは構造的に難しいと思われた。

仕方ない、この霊砲弾はこのまま厳重に保管だなと思ったその瞬間、手から滑り落ちてしまった。


「本当は、何か破廉恥なことでも考えてたんじゃないの?」


「ち、違うわよっ!」


「余韻って……破廉恥な、破廉恥な余韻なんでしょ? 答えて!!」


手から離れた霊砲弾が、スローモーションのようにコンクリートの床に向かって落ちていく。

慌てて手を伸ばすが、間に合わない――!


バンッ!!


足元で霊砲弾が炸裂した。

激しい爆破音と共に、美空と美琴が「きゃっ!?」と悲鳴を上げてしゃがみ込む。


そして、至近距離で『悲しみの塊』を真っ向から顔面に浴びた俺は――屋上のコンクリートに倒れ込んだ。


「どうしたの!? 又ちゃん!!」


「又二郎くん! 大丈夫!?」


猛烈な悲しみと眠気に襲われ、俺の視界はどんどん狭くなっていった……。

【更新スケジュールのおしらせ】

本作をお読みいただき、ありがとうございます。

本作は全5話の短編連載となっております。

明日、明後日の22時に順次更新し、8月18日(火)の22時をもって完結となります。


最後までお付き合いいただけますと幸いです。

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