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タセと『窓際のトットちゃん』の「退学」

作者: 仁
掲載日:2026/03/31

タセは帰り道に僕に訊いた。

「“退学”なんてさ、本当には無いよね?小学校に」

今朝、先生が読み始めた『窓際のトットちゃん』の話だ。

「…うーん、でも登校拒否があるよ」

と、適当な返事をしてしまった。だって分からなかったから。

でも、それは僕も気になった事だった。もしトットちゃんの話で言われていた様に、先生が僕らを退学させてしまえるとしたら、僕らどうしよう。いつもドキドキしていないといけない。辞めさせられない様に、忘れ物がないか何度も何度も確認しなきゃいけない。その上で、遅刻もしちゃいけない訳だろ?それってひどい。僕には出来そうもない。

タセは僕の答えになってない答えのせいで話に興味を失ったから、僕の言った事に返事をしない様子だった。

でももっと気に入らない答えをした時には、とにかく意地悪な事を半分怒って言い出す。「ノロマ!」とか、そんな様な言葉。僕は言われるばっかりだから、意地悪な言葉の例を上手く上げられないけど、まあ大体そんな様な言葉だ。

タセはいつも何かにイライラしている。だから、正直最初にあった頃は、ヤな奴なんだと思っていた。でもそれは、ちょっと違うようだいう事に、だんだん気付いた。

タセは、特に先生とかみたいな、堂々としている大人にイライラする事が多いらしい。僕に対しても頻繁に怒っては見せるけど、それは本気の怒りじゃ無いらしい。それに、どうやら僕に対しては、親友だと思ってくれてるみたいなんだ。大分歩いてから、

「…登校拒否なんかすんなよな。どうしてもしたくなったら、俺も誘え。一緒に休むから」

と、随分前の言葉に返事した。ほらね、なんかすごく友達だと思ってくれてる。

僕はタセの他に、こういう親友っぽい人が出来た事がなかったから、タセが意地悪な言葉を沢山言ってくるちょっとヤな奴だとしても、大事だった。

「うん」とだけ僕は答えた。それから、ありがとう、って言えば良かったかな、と心の中だけで思った。言葉に出さないのは照れくさいからだ。

それから、「明日、柴崎先生に訊いて見ようよ。小学校に退学なんて、本当にあるんですか?って」と提案した。

その僕の提案はやっぱり適当な考えだったから、タセは返事をしなかった。でも罵りもしない。明日、先生に訊くのに、一緒に付き合ってはくれそうだ、と僕は勝手に思った。そういうやつなのだ、タセは。そういうやつだと、僕は親友だから分かっているし、タセはある程度意地悪で捻くれていても、そのままで別にいい。意地悪だと繰り返したけど、「登校拒否を一緒にしてやる」の話みたいに、意地悪じゃない普通の人達が言わない様な事も言ってくれる。二人の時だとね。だから、それがタセなんだ。

でも、まあ時々裏切ったりもする。僕がエリナのこと好きだって言いふらしたりとか。それには僕も怒った。マジでキレた。でも、まあ、分かってるからいいんだ、タセはちょっとヤな奴だけどそんなに悪い奴じゃないし、こういう親友がいるって事も、中々いいもんだ、って事。


その帰り道の次の日、先生に「トットちゃんみたいに、小学校に退学はあるのか?」って訊いた筈だ。それは確かだ。でも、もう一つ、先生がなんて答えたのか、覚えてない。日記も書いてないし、僕は大体の事に対して忘れっぽくて。

だから忘れ物も多くて、自分で自分にビクビクしながら毎日通ってる。なんでビクビクしなきゃいけないかっていうと、忘れ物をしたら、先生は必ず怒るから。いや、「叱る」だっけか?「先生は怒っているのではないんです。叱っているんです」って、いつも言うものな。でも、まあどっちでもいいや。どうせ僕には二つの違いが分からない。

とにかく怒られるのは嫌だ。僕は怒られるのが嫌だから、反抗してばかりの問題児のタセと違って、優等生なんだ。怒られるのが嫌な人は、みんな自然と優等生になるんだと、僕は思ってる。…違うかな。怒られるのが好きな人なんてどこにもいないのかもしれないけど。

でも、どんなに怒られるのが嫌な僕でも、忘れ物はしてしまう。気を付けていれば忘れ物は減る筈だけど、どうしても、他の人より多く忘れ物をしてしまう。

他の人より忘れ物が多いという事は、他の人より気を付けていないって事…そういう事になるらしいんだ、先生からすると。

それで怒る。ん、叱る?でも、どっちにしろ、僕は叱られても忘れ物を無くせない。暫くすると、また忘れる。柴崎先生は、怒れば僕の忘れ物癖が良くなると思ってるんだ、きっと。でも、それは違うんじゃないかと思う。違う様に思えて、思えて仕方がなくて、とても苦しくなる。僕はこれ以上良くもならないし、だからこの先生きてもいけない様な気がしてくる。

一度、「そうじゃない」って事を言おうと頑張った事があった。「僕はどうしても物忘れが多くて無くせない様に生まれてきてしまったみたいだから、治せないんです。出来たら、そのままでいてもいい、って言ってください」って、言ってみたいと思った。だってその時は、僕の次位に忘れ物が多くて、おまけにテストの成績も悪いタツオ君も、一緒に叱られていたから。だから僕だけの為じゃないんだ。

僕達みたいな、頑張ってるのに他の人と同じ様に出来ないやつも居るんだって事を、どうにかして分かって欲しかった。

それで、先生の「分かりましたか?」に、返事をしないでいたんだ。でも、「言いたい事があるなら、言ってごらんなさい!」と先生に大きな声で言われると、何だか言葉なんかでそうにない位に縮こまってしまって、その代わりに目の前が涙で見えなくなりかけたんだ。

その時だった。タセが怒り出した柴崎先生の後ろで、アカンベエだか、ベロベロバアだかみたいなふざけた事をしたのは。

周りのみんながクスクス笑うから、先生もすぐに気付いた。それで、ただでさえ怒っている時だったから、もういきなり、「タセェ!」とフルスロットルで怒鳴った。

いつものタセのおふざけなら、そこで終わりの筈だった。

ここで少し説明を入れなきゃならない。僕らの担任の柴崎先生は女性だけど、右側の頭に髪の毛が無い所があって、それをカツラみたいなもので隠してる。時々、風の強い日の外での体育の時間とかに、カツラがめくれて、見えたりする事がある。そんな瞬間、一瞬だけだけど先生は少し痛い傷がある時の様な険しい顔になったし、だから僕達生徒も、どうしていいか分からない感じに目が泳いだ。

男の大人の禿だったら、まあ多少悪ふざけで揶揄うのもいいだろう。けど、女の先生の禿げは、さすがに揶揄えない。僕ら小学三年生の子供だったけれど、女の人の髪が無いのが、特別悲しい事だってくらいは、分かってたから。だから、誰も柴崎先生の頭に禿げがあるなんて、影でも言わなかった。話してて悲しくなる事は、悪戯にならない。その位は三年生だって分かる。

…でも、その日のタセは違った。既に本気で怒っている柴崎先生に、こう言ったんだ。「うるせえよ、このハゲッ!」。柴崎先生は当然激怒して、タセの耳を思い切り引っ張って、どこかへ連れて行ってしまった。


ああ、思えばその日からだったかも知れない。タセと僕が毎日一緒に帰る様になったのは。それと、タセのやつが時々思い出した様に、「俺達って親友だよな?」と言う様になったのは。その日からだって考えると、タセと僕が親友だって事は、本当に心の底から納得できる。それで僕も、ちゃんと毎回、こう返事してやる。「そうだよ。当たり前だろ」って。


きっと、柴崎先生に、二人で「トットちゃんみたいに小学校を退学させられる事はあるのか?」って聞いたはずだ。でもよく覚えてない。タセはきっと、退学させられるような事があるなら、自分が一番それに近いだろうって事を分かりながら聞いたんだろうな。

柴崎先生はよく怒ったが、心は優しい先生だったから、ちゃんと僕らの質問に考えて答えてくれたと思うし、ちょっとヤな奴で時々とびきりきかん坊のタセを、退学させてしまうなんて事は、最後までしなかった。

でも、なんて答えてくれたっけなあ…どうしても思い出せない。思い出せるのは、僕が「タセがもし退学させられたら、僕もきっと一緒に退学しよう。タセが僕の登校拒否に付き合うって言ってくれたんだから、それが当り前さ」と、繰り返し思っていた事くらいだ。

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