表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋喰

作者: おやまき
掲載日:2025/09/07

 春。桜が舞う新学期。

 教室の窓際に座る僕――桐生レン――の隣に、ひとりの転校生がやってきた。


「黒瀬アイです。よろしくお願いします」


 白く透き通る肌、漆黒の瞳、そして整った顔立ち。

 まるで人形のように静かで、教室中の視線が一斉に集まった。


(……会ったことあるような……?)


 初めて見るはずなのに、心の奥がざわつく。

 不思議な既視感に、胸が少し高鳴った。




 席替えの結果、アイは僕の隣になった。

 初めて話すのに、どこか昔から知っている気がする。


「よろしく、桐生くん」

「あ、ああ、よろしく」


 放課後。アイが筆箱を忘れたというので貸すと、小さく笑って「ありがとう」と言った。

 その笑顔は、どうしてか、胸にすとんと落ちるようだった。


 それから僕らは、自然と一緒に帰るようになった。

 道を歩きながら、くだらない話や学校の噂話を笑い合う。

 しかし時折、彼女は昨日話したことを覚えていない素振りを見せた。


「昨日、どこに行ったか覚えてる?」

「え……? 昨日?」

「ほら、放課後に一緒に……」

「あ、そっか。ごめん、忘れちゃった」


 不思議に思ったけれど、僕は「まあ、天然なんだろう」と流してしまった。




 ある日、駅前で偶然アイと出会った。

 カフェに入り、コーヒーを飲みながら並んで座る。


「こういうの、デートみたいだね」

 冗談めかして言った僕に、彼女は目を大きく開けてから笑った。


「うん、そうかもしれないね」


 でも、その夜、家に帰ってふと思い出そうとしても、昨日の記憶が霧のように消えていった。

 食べたアイスの味も、カフェでの会話も、あの日見た夕焼けも――まるで存在しなかったかのように。


(……あれ? 昨日、何してたっけ?)


 胸に小さな不安が広がる。




 次の日、教室で僕は思い切って尋ねた。


「昨日、俺たち一緒に帰ったよね?」

「え……そうだっけ?」

 彼女はきょとんとした顔をした。


 その夜、僕は放課後の教室でアイと二人きりになった。

 夕日が窓から差し込む中、彼女は小さく呟いた。


「桐生くん……ごめんね。私、人の記憶を食べちゃうの」


 ぞくりと背筋が冷えた。

 どういうことだ?


「悪意はないの。気づかれないくらい、ちょっとずつ……でも、桐生くんは気づいちゃったんだね」


 彼女は真剣な眼差しで僕を見つめる。

 恐怖よりも、不思議な悲しさが胸に迫る。




「……それでも、一緒にいたい」

 僕は自然にそう言った。

 記憶を失っても、彼女と過ごす時間は確かにここにある。


 アイは驚いたように目を見開いた後、小さく笑った。


「……うん。じゃあ、これからも、よろしくね」


 その日から、僕らの時間は始まった。

 記憶は失われても、心に残るのは「今一緒にいる幸せ」だった。



 春の夕焼けの下で、僕は誓った。

 たとえ明日の記憶が消えても、また君を好きになる――と。


――――


【完】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ