表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋喰

作者: おやまき

 春。桜が舞う新学期。

 教室の窓際に座る僕――桐生レン――の隣に、ひとりの転校生がやってきた。


「黒瀬アイです。よろしくお願いします」


 白く透き通る肌、漆黒の瞳、そして整った顔立ち。

 まるで人形のように静かで、教室中の視線が一斉に集まった。


(……会ったことあるような……?)


 初めて見るはずなのに、心の奥がざわつく。

 不思議な既視感に、胸が少し高鳴った。




 席替えの結果、アイは僕の隣になった。

 初めて話すのに、どこか昔から知っている気がする。


「よろしく、桐生くん」

「あ、ああ、よろしく」


 放課後。アイが筆箱を忘れたというので貸すと、小さく笑って「ありがとう」と言った。

 その笑顔は、どうしてか、胸にすとんと落ちるようだった。


 それから僕らは、自然と一緒に帰るようになった。

 道を歩きながら、くだらない話や学校の噂話を笑い合う。

 しかし時折、彼女は昨日話したことを覚えていない素振りを見せた。


「昨日、どこに行ったか覚えてる?」

「え……? 昨日?」

「ほら、放課後に一緒に……」

「あ、そっか。ごめん、忘れちゃった」


 不思議に思ったけれど、僕は「まあ、天然なんだろう」と流してしまった。




 ある日、駅前で偶然アイと出会った。

 カフェに入り、コーヒーを飲みながら並んで座る。


「こういうの、デートみたいだね」

 冗談めかして言った僕に、彼女は目を大きく開けてから笑った。


「うん、そうかもしれないね」


 でも、その夜、家に帰ってふと思い出そうとしても、昨日の記憶が霧のように消えていった。

 食べたアイスの味も、カフェでの会話も、あの日見た夕焼けも――まるで存在しなかったかのように。


(……あれ? 昨日、何してたっけ?)


 胸に小さな不安が広がる。




 次の日、教室で僕は思い切って尋ねた。


「昨日、俺たち一緒に帰ったよね?」

「え……そうだっけ?」

 彼女はきょとんとした顔をした。


 その夜、僕は放課後の教室でアイと二人きりになった。

 夕日が窓から差し込む中、彼女は小さく呟いた。


「桐生くん……ごめんね。私、人の記憶を食べちゃうの」


 ぞくりと背筋が冷えた。

 どういうことだ?


「悪意はないの。気づかれないくらい、ちょっとずつ……でも、桐生くんは気づいちゃったんだね」


 彼女は真剣な眼差しで僕を見つめる。

 恐怖よりも、不思議な悲しさが胸に迫る。




「……それでも、一緒にいたい」

 僕は自然にそう言った。

 記憶を失っても、彼女と過ごす時間は確かにここにある。


 アイは驚いたように目を見開いた後、小さく笑った。


「……うん。じゃあ、これからも、よろしくね」


 その日から、僕らの時間は始まった。

 記憶は失われても、心に残るのは「今一緒にいる幸せ」だった。



 春の夕焼けの下で、僕は誓った。

 たとえ明日の記憶が消えても、また君を好きになる――と。


――――


【完】


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ