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13.霧影

「世界は焼け、世界は変わった。それでも霧影は、ただ霧を撒き、潮騒の彼方に生きていた。」

 

■■■■■■

 

 戦後も霧影はただ存在するだけで、日本やアメリカのみならず、世界全体に計り知れない影響を与え続けていた。


 特にアメリカへの霧影襲撃以降、各国は日本に対して慎重な外交政策を取るようになり、強硬な軍事行動は著しく減少した。

 日本近海での活動においては、どの国も霧影の反応を警戒し、慎重な議論を重ねるようになった。

 日本との関係悪化が霧影の敵意を引き起こす可能性を考慮し、国際社会は日本との外交を極めて慎重に進めることを余儀なくされた。

 

 その影響は朝鮮戦争にも及んだ。

 戦争自体は勃発したものの、霧影の存在を意識せざるを得なかった各国は、過去の悲劇を繰り返さぬよう戦局の泥沼化を避ける道を模索した。

 特にアメリカは、霧影襲撃の傷がまだ癒えていなかったことに加え、再び霧影を刺激することを恐れて軍事介入を控える方針を取った。

 その結果、朝鮮戦争は短期間で収束し、戦域は限定的なものに留まった。


 霧影は戦後の世界秩序に影響を及ぼし続け、各国の軍事・外交戦略に“霧影の存在”を考慮させる要因となったのだった。


 一方で戦後の霧影の行動で最も顕著に変わったのは、海外への警戒心だった。

 日本艦が近海を航行していても、霧影は一瞥するだけでそのまま通り過ぎる。

 しかし、外国艦が日本近海へ進入すると、遠方からでも霧影は姿を現し、じっと警戒の眼差しを向ける。


 かつては通用した偽旗作戦も、今では一切通じない。

 外国艦が日本の旗を掲げても、霧影はそれを正確に偽物と見抜いた。

 霧影の反応を研究する学者たちは、さらに興味深い事実にたどり着いた。

 霧影は国旗だけでなく、その国の言語や文化的要素にまで敏感に反応していたのだ。

 この事実から、学者たちは戦後の霧影の行動を分析し、ある仮説を立てた。

 

「霧影はあのとき、ニューヨークに掲げられた日本の旗を偽物と見抜いていたのではないか?」

 

 だが、もしそうだとすれば、なぜ霧影は引き下がったのか?


「霧影はあのとき、降伏したふりに"騙された"のではなく、"それを理解した上で引き下がった"のではないか?」


 その仮説は、霧影が単なる本能的な生物ではなく、高度な知性を持つ存在であることを示していた。

 

 それを証明するかのような事件があった。


 2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ。

 世界貿易センタービルとペンタゴンが襲撃されたこの事件は、アメリカ史上最悪のテロとして記録された。


 しかし、その裏ではもう一つの危険な計画が進行していた。


「もう一度、霧影にアメリカを襲撃させる」


 テロリストたちは、日本政府の機能を混乱させ、霧影の生息域で爆発を起こし、無線で霧影を罵倒し続けた。

 それがアメリカの仕業であると見せかけるために、星条旗を掲げ、英語で罵声を浴びせるなど、あらゆる手を使って霧影を刺激し、再びアメリカを破壊させようとしたのだ。


 しかし、霧影が向かったのはアメリカではなかった。


 ある日、突如として日本に潜伏していたテロリストのアジトが壊滅した。


 建物は瓦礫と化し、逃げ惑う人影は霧の中で次々と姿を消していった。

 破壊された無線基地には、焦げついた通信機器、偽装用の星条旗が散乱していた。


 霧影は、ただ暴れたわけではなかった。

 狙いを定め、意図的に、テロ組織のみを攻撃したのだ。

 民間人への被害は一切なく、周辺の自然環境にも影響はなかった。

 まるで、そこだけを切り取るように。

 

 電波を探知したのか、それとも何か別の方法で敵を感知したのかは不明だったが、一つだけ確かなのは、霧影が“何をされ、何を意図されたか”を正確に理解していたという事実だ。

 そしてその上で、誰を罰し、誰を見逃すかを、自らの判断で選んでいた。

 それは人類にとって、核よりも、戦争よりも、何よりも恐ろしい事実だった。

 

 アメリカを始めとした各国の軍は、戦後も長らく軍事技術の開発を進めていた。

 核兵器を外交における抑止力としつつ、超音速爆撃機、レーザー兵器、生物兵器など、あらゆる手段が研究されてきた。

 霧影への対抗策として、特殊な合金による徹甲弾や極低温を利用した冷却兵器などの実験も行われたが、いずれも決定打にはなり得なかった。


 どれだけ技術が進歩しても、パワーバランスの頂点には必ず霧影がいた。

 戦時中に確認された圧倒的な戦闘能力と、戦後の研究で明らかになった体細胞の異常な防御力と再生能力から、あらゆる兵器をもってしても霧影を止めることはできないとの計算が出ていた。

 

「そもそも、我々は霧影に勝てるのか?」


 この疑問が、未だに各国の軍部の奥深くに横たわっている。

 抑止力としての核すら通用しない存在を前に、人類は未だに答えを見出せずにいた。


 ――――――


 日本は、戦後から現在に至るまで、霧影の影響を受けながらも経済発展を遂げてきた。

 肥沃な土地と安定した食糧生産。

 それを可能にしたのは、間違いなく霧影の放つ霧だった。


 一方、世界の国々は、日本だけが霧影の恩恵を受け続ける状況を快く思っていなかった。


 土壌を豊かにする力——それは農業を劇的に発展させ、国の食料問題を解決する可能性を持つ。

 都市を壊滅させる力——それは最強の軍事兵器として機能し、敵対国を圧倒できる。

 

 この二つの力を手に入れれば、国際社会における優位性を確立できる。

 霧影が日本に留まり続ける限り、日本は世界に対して絶対的な交渉力を持ち続けることになる。


 当然、多くの国が霧影の力を手に入れようとした。


 ある国は、霧影をどうにか自国の領域に住まわせようとした。

 政府はあらゆる手を尽くし、食料を大量に供給し、日本の国旗を掲げ、日本語を話し、日本の童謡を流し、日本の文化を真似た。


 だが、霧影は関心を示すことなく、日本以外の地を"自分の領域"として認識しなかった。

 どれほど豊かな土地であっても、どれほど安全であっても、霧影は決して日本を離れようとはしなかった。


 ある国は、密かに霧影のDNAを採取し、クローンを作ろうと試みた。

 最高峰のバイオテクノロジーと莫大な資金を投入し、数十年にもわたる研究が続けられた。


 しかし、どれだけ技術が発展しても、彼らが生み出せたのは、脆弱で短命な生物に過ぎなかった。

 同じ遺伝子を持つはずの生物は成長することもなく、霧影の持つ特殊な能力の片鱗すら見せなかった。


 一部の研究者は、霧影の力は単なる遺伝情報に依存しているわけではないという仮説を立てた。

 

「何か別の要素が関わっているのではないか?」


 それが何なのかは誰にも分からなかったが、確かなのは、クローンでは本物の霧影にはなれないという事実だった。


 また、ある国は、宗教的なアプローチをとった。


「霧影は神であり、我が国にも祝福を与えるべきだ」


 彼らは、日本政府に対し、「霧影を分け与えよ」と真剣に要求した。

 しかし、日本はそもそも制御などできておらず、無茶ぶり以外の何物でもなかった。

 そして何より、霧影自身が彼らの言葉に耳を傾けることはなかった。


――――――

 

 日本と各国の科学者たちは、霧影がなぜここまで日本にこだわるのかを解明しようとしていた。


「なぜ日本だけなのか?」

「なぜ他国には同じ影響を及ぼさないのか?」

「霧影にとって日本とは何なのか?」


 霧影は数ヶ月に一度、日本に現れては白い霧を放出し、大地を豊かにする。

 それだけでなく、都市の環境を浄化し、時には負傷者の治癒すら促している可能性があった。


 これは、単なる偶然や本能ではなく、もっと根本的な理由があるはずだと確信していた学者たちは、最新の潜水艦、深海探査機、人工衛星――技術の粋を集めた調査の末、驚くべき事実が判明する。


 探査機が捉えた映像には、霧影が海底の日本列島の地盤に噛みついている姿が映っていた。

 まるで、何かを“吸い取る”かのように。


 そして、霧影が噛みついた部分からは、微細な発光粒子のようなものが流れ出ていた。

 学者たちはそれはただの海底資源ではなく、未知の“エネルギー”である可能性を指摘した。


「この霧影は、日本列島そのものから何らかのエネルギーを摂取している……?」


 霧影は、このエネルギーを糧にして生きているのか?

 学者たちはさらなる調査と研究の末、ある仮説にたどり着いた。

 

「日本の生態系全体が、霧影の“栄養循環”の一部なのではないか?」

 

 その仮説を起点にした研究が進むにつれ、霧影の霧の本当の役割が次第に明らかになってきた。

 

 霧影の白い霧は、動植物の成長を異常な速度で促進させるだけでなく、生物の肉体を強靭にし、同時に闘争本能を刺激することで、苛烈な生存競争を作り上げていた。

 その苛烈な環境に適応してきた日本人もまた、例外ではない。

 身体能力、知性、社会構造に至るまで、その進化の一部には、霧影がもたらす環境が影響していた可能性がある。


 さらに、霧には死者の肉体を急速に分解し、土壌へと還元する作用も備わっていた。

 これにより、日本では生と死のサイクルが極端に速くなり、土壌には膨大な栄養素が蓄積され、それを定期的に摂取することで、霧影は生存していた。

 これは単なる生態系の活性化ではなく、霧影がエネルギーを“育てる”ための仕組みであり、日本列島そのものが、霧影のための“農場”だったということになる。

 

 では、戦時中にアメリカを不毛の地に変えた赤い霧は何なのか?


 赤い霧は、白い霧の進化形とも言えるもので、死後の分解を促進するだけでなく、生物の活動エネルギーすら吸収する性質を持っていた可能性が高い。

 動植物からエネルギーを奪い尽くし、枯渇させ、強制的に死を早める。

 さらに、それを体内に取り込んでから白い霧へと変換させる。


 この仮説を裏付けるかのように、霧影は海底火山でも赤い霧を放ち、マグマの熱を吸収している姿が確認された。

 

 では、なぜ霧影は戦時中にアメリカで赤い霧を使用したのか?

 その目的は、単に敵を排除するためだけではなく、赤い霧でエネルギーを奪い、それを白い霧に変換して日本の再生に利用しようとした可能性がある。

 

 霧影はそれまで、日本国内でどれほど激しい戦争が起きようとも、決して直接的な介入を行わなかった。

 戦国時代をはじめ、日本史の中では幾度となく流血と混乱が繰り返されたが、そのたびに霧影は静かに霧を放出し、大地を潤し、自然を回復へと導くだけだった。


 それは、日本国内での争いが“生態系の枠内”で起こる、小規模な生物同士の諍いに過ぎなかったからだ。

 たとえ多くの人命が失われようと、森や山河といった自然体系そのものが致命的に損なわれることは稀であり、霧影にとっては“白い霧”の作用だけで容易に回復可能な範囲内だった。

 むしろ、死によってもたらされる有機物の堆積や土壌への還元を考えれば、一定の戦いは“土地を肥やす”という意味で、霧影にとって無害どころか有益ですらあったとも言える。

 また、外敵の襲来があったとしても、それが日本人自身の手によって排除・解決されるものである限り、霧影はその動向を黙して見守り続けてきた。


 しかし、太平洋戦争は決定的に異なっていた。

 それは、日本列島に“外部の生物”――つまり異国の文明による大規模な攻撃が発生し、それにより山野が焦土と化し、空と大地が一体となって汚染された、異常な戦争だったからである。 

 とりわけ、広島への原子爆弾投下は、単なる人間社会の破壊に留まらず、霧影の“農地”そのもの――自然環境、土壌、水系、生態系にまで深刻な損壊を与えた。

 

 そこで霧影は、本来であれば決して使用しないはずの“赤い霧”――破壊と吸収を司る、極めて攻撃的な性質を持つ第二の霧――を解放し、アメリカ本土からエネルギーを奪い取るという、かつてない行動に出た。


 だが、本当に“略奪”を目的にアメリカを襲撃したのかという問いに対し、あくまでそれは“ついででしかなかった”、とされている。


 確かに赤い霧によって膨大な熱量や生物的エネルギーが吸収されたが、それだけが目的であるならば、霧影が太平洋を越えてまで直接アメリカを襲う理由には乏しい。

 実際のところ、いかに広島の被害が深刻であったとしても、海底火山や地殻活動といった自然由来のエネルギー源を用いれば、ある程度の代替は可能であったとされている。


 それでもなお、霧影は自らの意思で海を渡り、アメリカ大陸に牙を剥いた。

 その行動の真の動機として現在有力視されているのは、「資源の補填」ではなく、「縄張りを攻撃した外敵に対する報復」、すなわち――“侵略者の駆除”だったという説である。

 外部の生物による本土への武力侵攻。

 広島という一都市だけでなく、白い霧に包まれていた人々までもが瞬時に消し飛ばされたという事実。

 それらは、霧影にとって明確な“敵対行動”として認識されたのだ。

 

 一方、日本へ帰還する際に太平洋へ向かう途中、日本軍の占領地を通過時に霧影が白い霧を撒いた行動も注目された。

 そこは日本人が制圧していたとはいえ、敵国の土地であり、霧影の行動は奇妙に思えたが、それもまた“示威”の一環だった可能性がある。

 つまり、敵に対して“自分の力”を誇示した行為と解釈できる。

 そして、日本軍の存在を認識していた霧影は、その支配を後押しするかのように白い霧を撒き、無言の威嚇を行った。


「自分はいくらでも環境を都合良く作り変えられる」

「自分には味方がいる」、と。


 霧影にとって、日本は単なる「生息地」ではなく、代えの利かない命の供給源なのだ。

 日本列島そのものが自らのエネルギー源であり、農場であり、守るべき場所だった。

 ただ住んでいるのではなく、利用し、守り、育て、収穫している。

 だからこそ、日本を攻撃した敵には容赦なく報復し、日本が占領した地にも影響を及ぼしていたのかもしれない。

 

 ではなぜ、霧影はそこまでして日本に固執するのか?

 地球上には他にも多くの陸地や島が存在している。

 たとえば台湾やインドネシアのように、面積や環境的に適した島国は他にもあるはずだ。

 ましてや大陸の一部であれば、より広大な農場も成立するはずだ。

 

 にもかかわらず、霧影は日本から離れない。

 他の島々、大陸、どれほど広かろうと関心を示すことなく、霧影は常に日本列島に留まり、白い霧を降らせ続けた。

 たとえ日本が政治的拡張や領有を主張したとしても、霧影はそうした“拡張された日本”には目を向けない。

 あくまで、北方領土から沖縄までの自然地理としての日本列島を、自らの縄張りとして厳密に定めているように見える。


 なぜなのか?

 四季があり、気温変化も穏やかで、多湿な気候を有する日本が、単純に霧影にとって環境的に最適だったのか?

 それとも、そもそも霧影自身が、日本列島の生態系、気候、さらには大地そのものを、遥か古代から時間をかけて作り上げてきたのか?

 あるいは、その両方なのかもしれない。


 人間が農業を行う際、ただ適当に種を蒔くことはない。

 地形を整え、排水を調整し、肥沃な土を作り、気候や陽当たりを考慮する。

 霧影もまた、日本列島という“霧の農地”を、何千年、あるいはそれ以上の歳月をかけて整地し、調整してきたのではないかという仮説が浮かび上がる。


 山地の多さ、複雑に入り組んだ海岸線、季節風の影響を受けやすい湿潤な気候――。

 こうした地理的・気候的要因は、自然の偶然の産物と見ることもできるが、霧影の能力と意図を前提にすれば、それらは“霧の発生と滞留に最適化された地形”と見ることもできる。

 それは、霧影という存在による“改良”――あるいは“計画的な造成”の痕跡ではないのか。

 

 日本は霧影にとって、ただの棲み処ではなく、自らが選び、手を加え、整え、育んできた“人工的な楽園”なのかもしれない。

 

 人類にとって国家とは、政治と領土の単位である。

 だが霧影にとって日本列島とは、地球という惑星の中に築かれた、自らの手で“最適化された領域”であり、外敵や異質な存在の侵入は、まさに“畑を荒らされる”ことに等しい行為なのだ。


――――――


 長い研究で様々な事実が明らかとなり、有力な説がいくつも立てられたが、それでも多くの疑問が残っている。

  

 まずは、知能。 

 霧影の知能は極めて高く、人間の行動だけでなく社会構造や軍事的動きすら観察し、意図を見抜く力を持つことが分かっている。

 “偽旗作戦”を見破っていた可能性が示唆されていることからも、単なる反射的行動ではなく、高度な判断能力と観察眼を備えているのは明らかだ。


 この知能の高さは、環境を安定的に調整するために、長年にわたって生態系を観察し続けた結果であるという仮説が有力視されている。


 しかし、やはり疑問は残る。

 生態系の調整者として長く自然を観察し続けてきて、鋭い観察力を持ったとしても、それはもはや動物の知能の範囲を超えている。

 嘘を見抜いて集団の心理や意図を読み取り、攻撃と保護を明確に使い分け、戦略的に行動する。

 これが一匹の生物が長い年月の中で進化した帰結にしては、明確な社会的知性を持つ存在の振る舞いであり、あまりにも“人間的”すぎた。


 そして研究者たちの中で、次第に無視できないもう一つの疑問が囁かれるようになった。


「霧影は、本当に“進化”の果てに生まれた生物なのか?」


 その疑問には、いくつかの根拠がある。

 様々な技術を用いて調査された霧影だが、未だに確認されているのはただ一体のみ。

 世界中を探しても、祖先と思われる化石や中間種の痕跡は一切見つかっておらず、繁殖行動や群れを成すような生態も観測されたことがない。

 “絶滅寸前”などという次元ではなく、まるで初めから「一体しか存在しない」ことを前提に設計されたかのような孤絶性がある。

 

 さらに特異なのは、その生態だ。

 霧を撒いて周囲の生態系を活性化させ、そこから生成される膨大な養分を餌とするという、前例のない“農耕型捕食”とでも呼ぶべき仕組み。

 捕食するのではなく、生物や自然からエネルギーを吸収する能力。

 状況や勢力を正確に把握し、敵意を識別して攻撃する高度な知性。

 原爆すら耐えきった異常な防御力。

 そして、口から放たれる、山すら抉り取る破壊的な熱線――捕食や防衛の域を超えた、明らかに“戦闘に特化した”破壊手段。


 こうした要素を前にして、霧影がただ自然界の中で偶然に進化した存在だと考えるのは、もはや非現実的とさえ言われるようになった。

 果たして、これほど高度かつ整合的な機能が、何億年もの偶然の積み重ね――すなわち長い進化の果てに生まれたものなのか?

 それとも、自然に生まれ、進化した生物ではなく古代文明――あるいは現代科学でも到達し得ない何者かによって、「自然の維持と制御」を目的に創造された存在なのか。

 もしくは、この世界そのものとは異なる次元、あるいは地球外から偶然、迷い込んできた存在だったのかもしれない。


 戦争終結から数十年が経った今でも、霧影は多くの謎に包まれたままだ。

 そしてその謎は、なおも我々の文明の限界を問い続けている。


―――――― 


 霧影は今も日本近海を漂い、時には上陸して静かに生き続けている。

 アメリカを焼き尽くした破壊の象徴は、今ではただ、山と海に霧を撒き、作物を育てる存在に戻っていた。

 神とも、怪物ともつかないその巨影。

 誰も近づこうとはせず、誰も手を出そうとも思わない。

 そして、日本が日本である限り、霧影は決して滅びることはないだろう。


■■■■■■



 《平穏に暮らし、巻き込まれた者――太平洋戦争と、ある巨大な存在》(英題:A Quiet Life, Then the Colossus: War in the Pacific and the Thing)

 著者:ジョセフ・P・ハリス

 1914 ― 2012(没)

 階級:アメリカ海軍 大尉(1945年当時)

 所属:太平洋艦隊 民事情報部・占領地調査員


 第二次世界大戦以降、様々な軍務を経てアメリカ軍を退役した後、霧影への個人的な興味から日本へと移住。

 一人の語り部として、全く新しい人生を歩み始めた。

 日本の大学では、戦中・戦後のアメリカ社会や軍の内情を語る特別講師として教壇に立ち、また博物館や資料館では訪問者に歴史の証人としての体験を語り続けた。


 彼は生物学者ではなかったが、霧影に強く惹かれ、個人的な関心からその資料を独自に収集。

 日米双方の記録や証言を突き合わせ、その存在の意味を探り続けた。

 

 日本人への変質後、正式に日本へ帰化。

 アメリカに生まれた彼は、霧影の棲むこの地を自らの終の棲家と定め、静かにその生涯を閉じた。


 彼の語った証言、残された記録は後に多くの研究者たちによって検証の対象となっていくことになる。

https://www.pixiv.net/artworks/130138528

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― 新着の感想 ―
生体金属を用いた巨大ロボット説
霧影にとっての日本=自分の牧場。 なるほど、荒らしてきたら過剰な報復するわけである(農家出身感)  
とんでもねえ 祟り神 がおる
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