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「ユーフォリア侯爵、侯爵夫人、アナスタシア嬢。本日は急な呼び立てにも関わらずご苦労であった」
話があるからと3人が王宮に呼び出されたのは、ビクトルと王たちが話してからわずか2時間後のことだった。
迅速に確認する必要があると、しきたりなどは多少無視して会合を持つことにしたのだ。
普段王家と臣下が話すのであれば、謁見の間を使用し、王家は上段の玉座、臣下は下に控えて頭を垂れるのが通例だ。しかし、多くの関係者に見られるような謁見の間でこの話をすることを危惧した王が、非公式に客間を利用することを決めた。
アナスタシアの両親は、急な王家からの呼び出しに見当がつかず、何事かと馳せ参じた。
ただ、アナスタシアだけが、急な話し合いのおおよその内容を予想できていた。
アナスタシア側は両親と合わせて3人、王家側は王と王妃とビクトルが、それぞれ向かい合って座った。
「両陛下並びに第一王子殿下にご挨拶申し上げます。……して、どのようなご要件でしょうか。火急の用と伺っておりますが」
アナスタシアの父が、スラリと高い背をまっすぐ伸ばして王を見た。その隣で、表情こそ変えていないが、どこか所在無げなアナスタシアの母。父を挟んでその反対隣には、冷え冷えとするほど無表情のアナスタシアが座っていた。
「話と言うのは、ビクトルとアナスタシア嬢の婚約の件だ。侯爵も学園での噂話くらいは把握しているだろう」
ピクリとユーフォリア侯爵の眉が揺れる。しかしそれ以外は、冷静さを崩すことなく答えた。
「ええ、まあ。殿下がマーレイ子爵令嬢と懇意である、という程度は」
いくら学園という限られた場所でも、第一王子の話題はすぐに社交界に知れ渡る。国内一の力を持つ侯爵家として、情報は金よりも大切にしていた。王子の話を知らないわけはない。
父の言葉に、アナスタシアはほんの少し俯いた。
わかっていた、両親がビクトルの噂を把握していることくらい。それなのに、なぜか悪いことがバレてしまった子どものような気持ちになる。
「特別懇意に見えるとは聞いています。しかし、お二人は節度ある関係を保っているのだと思っておりましたが」
王を見据えるユーフォリア侯爵の眼光が鋭くなる。
もしや不貞を犯したというのか。アナスタシアがいながら。学園で恋をしてしまうくらいのことは、殿下も人間だから止めることはできない。だが、一線を越えようとするなら話は変わってくる。
「いや、節度を持った関係であることは間違いない。そうだな、ビクトル」
王はやや疲れが見える顔でビクトルに問いかけた。
「もちろんです。そのような不義理をするわけがありません」
ビクトルはまっすぐに答えるが、婚約者がいながら特定の女性と懇意にしている時点でほめられたものではない。悪びれた様子がないことに、アナスタシアの両親は眉間に力が入った。
「今回呼び立てたのは…ビクトルが、アナスタシア嬢との婚約を解消し、マーレイ子爵令嬢と再婚約したいと言い出したためだ」
王の言葉に、両親が息を飲んだのがわかった。ただ一人、アナスタシアだけは『ああ来るべき時がきたのね』という感じで、感情も凪いでいる。
そんなアナスタシアの様子を見て、王妃が震える声で言った。
「息子が13の時にあなたにすでに話していた、というのは本当だったのね…」
どういうことだ、と疑問符を浮かべているアナスタシアの両親、たいして、国王夫妻はこちらが申し訳なくなるような悲痛な面持ちだった。
両親からの視線を受け、アナスタシアは初めて口を開いた。
「…殿下より、はじめの顔合わせの際に言われた言葉がございます。『この婚約を自由を奪う重荷のように感じている』と。今後の関係性で婚約解消も見込んでいこうというお話でした」
両親の表情がどんどん歪んでいく。王と王妃も、もともと悪かった顔色がさらに悪化した。
「殿下は、婚約者としての務めを欠かされることはありませんでした。しかし、その傍ら、ずっと、もっとご自身にふさわしい女性を探しているように感じました。私には了承を得ているとのお考えだったのでしょう。良い人が見つかれば私との婚約は解消し、見つからなければ私で妥協しようとお考えだったのだと思います」
アナスタシアがビクトルを見ると、彼は少し眉をひそめた。
「妥協という言葉は適切ではないな。君以上の存在がいないのであれば、君と結婚するのが最善だろう」
「そういうことではないだろう!」
ビクトルの言葉にしびれを切らして怒鳴ったのは国王だった。国王が声を挙げなければ、こぶしを握り締めたユーフォリア侯爵が不敬を働いている可能性があった。
「なぜ、今いる婚約者に向き合って大切にしようとしない!お前はアナスタシア嬢がお前に興味がないようだと言ったが、はじめからそんな宣言をされてお前といい関係を築いていこうと思える令嬢などおらん!」
「そんなあなただけが選択の自由を持っている婚約なんておかしいでしょう!アナスタシアさんにはあなたよりいい人がいたとしても、侯爵家から王家との婚約を解消することなど、まずできないというのに!」
アナスタシアの両親以上に国王夫妻が激高しているため、両親は怒りを爆発させずにすんでいた。
「第一王子である私と結婚する以上によい条件の人などいないでしょう。それに、王族が優位に立つのは当然のことでは?」
「お前は…なんという…!」
ビクトルが堂々と言い放った言葉に、国王は力が入りすぎてなにも言えなくなっていた。