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学園内で囁かれるようになった噂話。

それが子を伝い親に届くまで、そう時間はかからなかった。

次期国王の座は堅いだろうと言われていたビクトルの話題であるだけに、それは速やかに行われた。

そうすると、話の真偽を確かめるために親たちは国王にそれとなく伺い始める。



国王と王妃は、各方面からもたらされる話に驚き通しだった。しかし、そんなことはおくびにも出さず、鷹揚に構えて「時を待つように」と回答し続けた。内心は冷や汗ものである。

はじめに子爵令嬢の話が上がったときから、即座に調査を開始、情報が確かであると裏取りを行った。

今までビクトルは大変優秀で、アナスタシアとも良好な関係を築いているように見えた。

素行の良い王子に、学園の中ではお目付け役をつけるほどでもないと、自由にさせていたツケが回ってきたようだ。


もたらされる報告のどれもが、王と王妃にとって寝耳に水であった。


王と王妃は、大きくため息をつきあい、息子を呼ぶようにと申し付けた。




ビクトルは程なくして王の私室へやってきた。


「お呼びでしょうか」


部屋に入ればソファーに並んで腰掛ける両親の姿。

忙しい彼らが揃って呼び出すとだから、なにか大事なのだろうと察せられた。

促されるままに向かいのソファーに座る。


「ロザンナ嬢と親しくしていると聞いたが」


王が重い口を開く。

諦めの混じる言葉に、ビクトルは軽く頷いた。


「はい、ご報告できておらず申し訳ありません。そろそろ、お伺いを立てようと思っていたところでした」


悪びれない息子の様子に、王妃の眉間にシワが寄る。


「あなたは、ロザンナ嬢を側室に据えるつもりなの?」


王妃の声がかすかに震えた。

その言葉に、ビクトルは首をかしげる。


「側室は、子がなせない場合に仕方なく娶るものだと認識しておりますが?」


「なぜそれがわかっていて…!」


王が声を荒げ、ぐっと呑み込む。臣下の前では保っていた冷静な仮面も、妻と息子しかいない空間では油断してしまう。


「……では、お前はロザンナ嬢と結婚し、アナスタシア嬢との婚約は解消するつもりだというのか?」


瞬間の怒りを呑み込んだ王が、静かに問うた。


「はい。ロザンナが私にとってより良い伴侶であると判断いたしました。アナスタシアとの婚約については、近日中に父上母上にもお話ししたいと思っていたところです」


淡々と、本当に悪びれていないビクトルの様子に、王も王妃もわけがわからない。今までよく知っていると思っていた息子が、全然知らない人のように思えてくる。


「ビクトル、アナスタシア嬢との婚約は10歳のときから決まっていたのよ?国の益にかかる問題でもあるの。それを、そんなにあっさりと解消できるわけないじゃない……」


王妃は眉尻を下げて息子に言い聞かせるように言った。臣下に対するときの自信に満ちた顔とは大違いだった。

それに対しても、ビクトルはわかっているとしっかり頷く。



「マーレイ子爵の領地でこの度ダイヤモンド鉱脈が発見されました。手つかずのダイヤモンド鉱脈が発見されるのは実に100年ぶりの快挙です。それだけで、マーレイ子爵は莫大な資産を築くでしょう。保護するためにも、王家として縁付くに十分な理由となります」


王と王妃はビクトルの言に顔をしかめた。

マーレイ子爵領でのダイヤモンド鉱脈発見は確かに一大ニュースである。ほんの一月前に発見された鉱脈は、今まで手つかずだったことが奇跡のような話だった。


だが、両親が言いたいことはそこではないのだ。

今話題にしているのは、マーレイ子爵令嬢を伴侶とする妥当性などではない。


しかし、2人の沈黙をどう取ったか、想定通りであるとビクトルは続ける。


「もちろん、一過性の財産だけでロザンナが伴侶にふさわしいとは言っておりません。マーレイ子爵家はこの度の鉄道開発にも主力として関わり成功を納めております。今後もさらに発展が見込まれる産業で、我が国の経済に貢献したとして、近々伯爵への陞爵が打診されると聞いています」



鉄道も、数年前から動き出し、やっと形になってきた産業だった。そこにマーレイ子爵のアイデアが必要不可欠だったこと、その貢献に報いる話が出ていることは確かである。



しかし。


「ビクトルよ、そうではないのだ。マーレイ子爵の貢献は確かに我々もわかっている。お前に婚約者がいないなら、たとえ子爵令嬢であってもロザンナ嬢を伴侶とすることになんの問題もないほどだとも。しかし、お前はアナスタシア嬢と婚約しているではないか。10歳から8年、お前の婚約者として生きてきたアナスタシア嬢の気持ちは、立場はどうなる」


王は頭痛を感じて額をさすった。

腰掛けたソファーがゆっくり沈んでいくような気すらする。


対して、ビクトルはぴしっと背筋を伸ばして視線はまっすぐ、なんの疑問もなくすらりと座っている。


「アナスタシアには、13歳のはじめの交流のときにすでに確認をとっています。お互いの家の利益しか考えていないこの婚約は、今後の状況によっては考え直していこうと」



「はぁ!?」


王は思わず身を乗り出した。王妃も手を口に当て声を押さえている。


「はじめの交流で、そんなことをアナスタシア嬢に言ったのか!?なぜ!?」


「なぜって……。家の利益を考えての婚約なのですから、もっと他に利益がある婚約があれば考え直すのは当たり前では?利益があり、かつ私を真摯に愛しているロザンナと結婚したほうが合理的ではないですか。アナスタシアはさほど私に興味もないようですし」



王と王妃は、何も言えずに目の前の息子を見つめた。

まっすぐに見つめ返すビクトルの瞳に、なにひとつ曇りはない。自分は間違っていないと信じて疑っていないのだ。


しばし無言で見つめ合い、諦めたように王が口を開いた。


「お前の言い分は聞いた。アナスタシア嬢にも確認する必要がある」


「はい、父上。承知しております」


淡々とした様子の息子に、ふたりはもはや何も言う気力は残っていなかった。

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