半分ぐらい
ジャンルは迷ったんですが、SF(パニック)にしました。
半分ぐらい
序
さて、古くから狐や狸や貉が怪奇な姿に化け、人々を驚かすなどと云う伝承がありますが、これもその中の一つであると思います。
果たして、この話は一体何が化けた妖怪の類なのでしょうか?
一
文化の末年頃の事である。
江戸の本所(今の墨田区南部)付近は水路が多く、よく庶民が釣りを楽しんでいたそうな。
錦糸堀(錦糸町)で釣りをしていたある男がいた。
大層釣れ、魚籠の中は魚で大量である。
日が暮れ始めたので、さて次で最後だと、釣り上げたのだが、それは魚ではなく、何やら不可思議な物体。
銀色に輝く小さな竹筒のようなもので、「これはひょっとして質屋にでも入れりゃあ、それなりの金銭が得られるんじゃあねぇか」と、魚籠にこれも入れ、帰路につこうとする男。
「置いて行け」
堀の中から声がするではないか。
これは妖怪の類だと思い、男は三匹程の魚を魚籠から出し、これで安心と退散しようとする。
「置いて行け」
ザアッ、と深い堀の水の中から、声の主が現れ、再び同じ言葉を発する。
男は仰天。
その姿、如何見ても、妖怪怪奇の類。
背丈は男の腰のあたりぐらいだが、頭髪の無いつるりとした頭は異様に大きく、両の眼は巨大で釣り上がり真っ黒だ。
鼻はなく、唇の無い小さく開いた口の上に、両の鼻の穴らしき、小さな空洞がある。
何より異様なのは、その者の全身は鼠色の肌をしているではないか。
男は恐怖から逃げ出した。魚籠を持って。
二
男はある屋台の蕎麦屋へ入る。
一息ついて、家へ帰ろうと思ったからだ。
処が、主人はいない。男は誰何する。
「ちょっと待っていろ」
姿は無いが主人らしき声がする。身を屈め仕込でもしているのか。
男は構わず、先程起きた出来事を、姿の見えぬ主人に話し始めた。
「……まったく、何て化け物に出くわしたんだ。全身が鼠色で、俺の半分ぐらいの背丈なのに、顔が異様に大きくて、目が真っ黒で」
「ひょっとして、出くわしたのは、こんな感じか?」
主人が身を乗り出し、対面に現れた。
男は又も仰天。堀で見かけた同じ姿をした、人の半分ぐらいの大きさのあの鼠色の化物である。
「……!」
男は奇声を発し、屋台の蕎麦屋から逃げ出す。魚籠は置いたままだ。
「ああ、あったあった。これがないと発進できない」
男が勇気を持って立ち止まり、振り向けば、件の化け物が魚籠から銀色に輝く小さな竹筒のような物を取り出し、このような言葉を発したのを確認したであろう。
三
男が自宅のある長屋に着いた頃。
ほぼ日は暮れ、外に居る者たちは少なかったが、男を初め少数の者たちが、以下の現象を体験している。
それは、あの錦糸堀辺りから、蓋付きの椀のような銀色に輝く物体が、ゆるゆると浮かび上がり、瞬時に遥か上空へと飛び消えていった。
男は距離と見えたこの銀色の物体の大きさから、実際の大きさは自分の住む長屋の部屋より、一回り大きいほどか、と推測した。
また、男はこの銀色の空飛ぶ物体が、最後に釣り上げた小さな竹筒のような物と色合いが似ていたな、と思い出し、身震いする。
その日は、魚籠を取り戻しに行く気も起らなかったので、食も取らず、寝てしまった。
翌朝、男の長屋の外では数人が話し込んでいる。
例の銀色の空飛ぶ物体を見た者たちだ。
男も見たので、その話の輪の中に入る。
四
「それより、俺はその前に恐ろしい化け物を見たんだ」
男は堀で釣りから帰る時と、逃げ込んだ先の屋台の蕎麦屋で出くわした妖怪の話をする。
それを聞いたある別の男が笑う。
「何だって? お前さんの半分ぐれぃの背丈だって? そんなちんちくりんの妖怪から逃げ出したのかよ」
周囲もそんな小さな妖怪に恐怖して、逃げ出したこの男に呆れる。
この男は、妖怪「半分ぐれぃ」から逃げ出した臆病者と笑い者にされたのだが、何故か時が経つにつれ「半分」が省略され、この妖怪は「ぐれい」と呼ばれるようになる。
そして、本所の一部では「ぐれい」の姿、及びあの奇妙な飛行物体が、細々と語り継がれて行く。
末
天保から明治初期に活躍した、浮世絵師の二代目歌川敷内が、この妖怪「ぐれい」を描いたらしいのですが、残念ながら、早くからこの絵は散逸してしまったそうです。
歌川派の敷内一門は、妖怪の存在を「疑わしくない」と称し、このような妖怪や怪奇の浮世絵を多く残している系統として有名です。
この二代目敷内の絵を見た数少ない者は、後に次のように「ぐれい」を表現しています。
「全身は灰色で身体や手足は細いが、頭は大きく頭髪が無く、黒い釣り上がった巨大な眼。両の鼻の穴は点くらい、その下に小さく開いた口があった」
「また、ぐれいの上には、銀色の蓋付きの椀ような物体が描かれていた」
何とも不思議な妖怪がいたものですが、何が化けた奴だったんでしょうね。
半分ぐらい 了
最後のほう、すみません。m(__)m
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