三日月が綺麗な或る宵の一幕
ξ˚⊿˚)ξなろうラジオ大賞用短編なので短いのは仕様なのです。
入選し、朗読いただきました。ありがとうございます!
三日月が綺麗な宵だった。
僕は……いや、ここは当世の書生風に僕と訓じようか。
僕は神社の片隅、狛犬の影に身を横たえ、滅しかけていた。
妖には寿命がない。だが、現世から興味が薄れると滅するが運命である。
ここ数十年で時代は大きく変わった。それに興味を示す妖もいるし、あらたに生まれた妖もいる。
でも僕はその時代の変化というものに取り残されているようだ。疲れてしまったともいう。
そういう意味で僕はずいぶんと長く生きてきたけれど、その旅路もそろそろ終わりを迎えようとしていたのだ。
死ぬには良い夜だった。神社の境内では祭りが行われていて賑やかで、でも喧騒はここからは遠く聞こえるくらい。暑くもなく寒くもなく、秋桜の香りが風に乗って運ばれてきて、月も美しいのだ。
だがその月が突如として翳った。
「あら、猫ちゃんだわ」
叢雲ではない。通りがかった人が僕の前にかがみ込んだのである。
声は若い、生気に満ちた女性の声であった。
髪を飾る桜色の大きな布、リボンと言ったか。それがふわりと揺れ、猫の本能が釣られて視線を送った。
若く、魅力的といえる人間の娘である。頬はまろやかで、唇は艶やかな紅色をしていた。
紫紺の矢絣模様の着物に、海老茶色の女袴。裾から覗く脛まで覆う長靴からはまだ新しい革の匂いがした。
片手には金魚の入った瓶を抱えている。祭りの屋台で得た戦利品か。
彼女は僕が観察している間にも、僕に近づき「かわいい、かわいい」と声をあげる。無遠慮に触ってこないところにも好感が持てた。
彼女は呑気な声でこう言った。
「あなた尻尾が二つあるのねえ」
この少女、視えている。
そもそも僕はごく簡易のものだが人払いの呪を使っていたのだ。でも僕に気づいたということは、この少女は異能者であり、妖を見ることができるということである。
僕の猫又としての二本目の尾が視えるのも当然と言えよう。
やれやれ、化物だなんだと騒がれる前に何処かに逃げるとしようか。
せっかく死ぬのに良さそうな場所であったのに。
僕は無念を感じつつもゆっくりと立ち上がる。
しかし彼女は僕に瓶を持たぬ方の手を差し伸べてこう言った。
「貴方、うちの子になる?」
そう言われた時には、もう僕の心に生きる意欲が取り戻されていたのかもしれない。
僕は「なぁ」とひと鳴きし、彼女の手に頭をこすりつけることでそれに答えた。
彼女の顔に満面の笑みが浮かんだ。
そう、それは三日月がとても綺麗な宵のことだったのだ。