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上天の巫女は愛を奉じる  作者: 紬夏乃
冬の章 兆し
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決意を胸に






 夕方、田仕事を終えて屋敷の前に戻った八重は、丁度白陽の下を辞した馬守(うまのかみ)が紙束を持って歩く姿を見かけた。馬守(うまのかみ)はふと顔を上げた瞬間に八重に気付いて軽く頭を下げ、そのまま八重に向かって歩いてくる。


「巫女殿、田仕事お疲れ様です」


馬守(うまのかみ)様こそ。今日も白陽様と話し合われていたのですね」


 八重も馬守(うまのかみ)に頭を下げて言葉を返す。馬守(うまのかみ)は毎日のように白陽の下を訪れて、どう災厄の目覚めに備えるかを話し合っているのだ。


「ええ、しくじるわけには参りませんからね」


 馬守(うまのかみ)は手元の紙に視線を送り、顔を上げて八重に微笑みかける。


「――とはいえ、私は調整役のようなものです。全員で集まり話し合えれば一番早かったのですが」


「集まることは出来ないのですか?」


「集まること自体は出来るのです。ただ」


 馬守(うまのかみ)は言葉を切り、少し逡巡してから八重を真っ直ぐに見つめた。


「白陽様の影の内にいるものに、音は聞こえるのではないか、と推測しています」


 八重は馬守(うまのかみ)の言葉に目を見開いた。馬守(うまのかみ)は真剣な面持ちで頷き、話を続ける。


「視界や心の内を頒つことはないそうなのですが、間違いなくそこに『居る』のですから」


 白陽も動けないとはいえ、思考し、言葉を交わすことが出来る。災厄が同じ状態であると考えないわけにはいかなかった。


 馬守(うまのかみ)はまず、何をどう備えるか、どう対抗するか等を守護神らから考えを聞き、それらを文章に起こして白陽の元に持ってくる。白陽はそれに目を通し、可か否かを答える。否であった場合は馬守(うまのかみ)が紙に新たな案を書き出し、また白陽に問う。答えが出なければ持ち帰り、また守護神らと話し合っていた。災厄に音が聞こえることを前提に、警戒し続けているのだ。


 そしてそれこそが、白陽が八重に想いを返せない理由だった。八重に危険が及ぶ可能性を出来るだけ低減させたいと、白陽は心を秘している。


 八重と馬守(うまのかみ)は、白陽の心を知らぬまま話を続ける。


「私は、今までそのようなこと考えもつかずに……」


「いえ、巫女殿はどうかそのままで」


 馬守(うまのかみ)は真剣な表情のまま、浅慮を悔いる八重に向かって再度頷く。


「今までのことをお聞きしましたが、巫女殿はどうも余計なことをおっしゃらない。ただ日々の暮らしがどうであったかを語られる巫女殿のお言葉は、災厄の内に残る人であった部分を刺激出来るかもしれません」


 可能性は薄いですが、と馬守(うまのかみ)は下を向き、首を振ってからまた八重に淡く微笑みかけた。


「……こうして備えることができるのは、皆巫女殿のおかげです。お会い出来たら改めてお礼申し上げたいと思っていました」


「いいえ、いいえ、私の方こそ。今まで人の世をお守りいただき、今もこうして守ろうとして下さることを、心から感謝しております」


 八重は馬守(うまのかみ)に向かって深々と頭を下げた。八重は確かに、白陽に向かって神々の事情を問うことも、己の想いを告げようとしたこともなかった。ただ魚を捕まえたことや、田や山で何を見つけたか等を話すばかり。自分の話すことなど他愛もないことばかりだが、さざ波を起こせるかもしれないのならば、と八重は胸元で拳を握り頭を上げる。日々の平穏な暮らしは、儚く、愛しく、尊いものだ。飢饉を経て、八重はそのありがたみを噛み締めている。守ろうとしてくれる神々に対する深い感謝も。『何か』に届けと、八重は真っ直ぐに馬守(うまのかみ)を見つめた。


 八重の澄んだ瞳に、馬守(うまのかみ)は柔らかく顔をほころばせる。


「実のところ、私達に出来ることも少ないのです。私達の力は、全て白陽様に拠っておりますので」


 眷族たちは皆、白陽に『そうあれかし』と生み出された存在だ。巫覡とは比べ物にならないほど白陽と深く繋がっており、いざ白陽が全力で力を振るおうとすれば、眷族の持つ力は全て白陽に還ってしまう。前回は、前触れもなく突如現れた災厄に、構える間もなく一瞬の内に力を吸い上げられた。


「ですが、決して諦めません。巫女殿に頂いたこの機会、必ず、勝ちましょう」


 抗ってみせる、と馬守(うまのかみ)は力強く頷く。存在を保つことに注力し、持てる力の全てを白陽の護りに変えてみせるという強い意志を込めて。


「はい!」


 八重も、決意を胸に頷き返した。微力でも、ほんの些細なことかもしれなくても。自分に出来る限りを尽くして共に人の世を守りたいと、八重は強く強く、心の底からそう願っていた。






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