冬支度
米が、実った。
刈り取った稲は細く、採れた米はたっぷりとは言えない。だが、黍や稗もある。食いつなぐには十分な量だった。
畑の甘藷はたっぷりと実った。米や雑穀と一緒に雑炊にして、腹いっぱいに食えることに、涙が溢れた。
畑には大根や蕪、人参、白菜や生姜が植わっている。山に入れば茸や栗が採れた。囲炉裏端で栗を焼きながら、茹でた甘藷を切って、茸を硬く絞った濡れ布巾で拭いて、共に笊に並べた。天日に干して保存食にするのだ。
冬が越せる。今年の冬は、もう、木の根を齧らなくてもいい。収穫と、冬支度と。忙しい秋はまたたく間に流れる。その忙しさが、うれしかった。
晩秋、囲炉裏で大きな鍋に湯を沸かしながら、とよは渋柿を剥いていた。皮を剥き終えたら笊に乗せ、またたっぷりと積み上がった柿から一つ手にとって皮を剥き始める。
痛む膝をさすり、とよはふと隣に目を向けた。隣には誰もいない。『いえ、私もやりたいです。干し柿は美味しいですよねえ』と言って柿を手に取った、いつかの少女の姿を思い出す。『八重ちゃんは巫女様なんだから、そんなことしなくてもいいんだよ』と言ったとよに、あの子が控えめな微笑みを見せたのはいつだったろう。
とよはまた膝をさすった。年々痛みを増す膝はたまらないが、去年はひときわ辛かった。最近ものが食べられるようになったからか、少し楽になった気がする。
ふうと息を吐いて、とよはまた柿の皮を剥き始めた。全て剥き終わったら紐で結わえて、鍋の湯につけて、軒下に干して――干し柿が出来たら、ああ、あの子にもっと食べさせてやりたかった、と思いながら。
§
溶けゆく祈りの名残りを見送りながら、八重は蒼天を見上げた。
あの後、猪守は踵を返して走り去った。それから一度も姿を見かけない。走り去る一瞬に見せた苦しげな瞳が、八重は忘れられなかった。
巫覡の喪失、人の欲によって引き起こされた災厄……八重たちが知らぬ間に引き起こされていた『何か』
(守りたい)
人の世を、里のみんなを。もうすぐまた冬が来る頃だ。寒さに震えてはいないだろうか、冬の備えは十分にできただろうか。守りたい。悪しき災いが、皆を襲わないように。
八重は瞳を閉じて、目覚めた神々の顔を思い起こす。
大鹿守、井守と家守、龍守、牛守、蛇守、猿守、犬守、そして、猪守。
皆、優しい神だ。八重にとてもよくしてくれる。人の世に、守りを与えてくださっている。猪守の行動には理由がある。それも、人が起こした過ちに起因する理由が。それでも八重に加護を与えてくれた。目覚めてくれただけでもありがたいのに。――そして。
八重は目を開き、白陽を見つめる。
力を失った、動かぬ大御神。なぜ、巫覡が失われたのか、なぜ、白陽が力を失ったのか、なぜ、神々が眠りについたのか――白陽は、きっと全てを知っているのだろう。
(いつか、お話くださる日が来る)
八重は膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめた。
夕暮れ赤く 染まる稲穂よ
実れ実れよ 頭を垂れて――