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上天の巫女は愛を奉じる  作者: 紬夏乃
夏の章 一巡
19/70

新たな目覚め






 (ます)はあの後、家守によって見事に捌かれ、切り身になった。夕餉の膳には、塩麹に漬けて焼かれた(ます)が乗った。(ます)のあらは筍と一緒にあら汁に。そちらには木の芽があしらわれていた。


 八重は膳を運んだ際、どんなに驚いたかを身振り手振りを交えて白陽に話した。「こんな(うけ)に、こんな(ます)が!」と手を広げて大きさを伝える。それは少し誇張されていて、しかしその様子が八重の驚きをいっそう表していた。ナズナも同意するかのように八重の頭の上で飛び跳ねる。


 白陽は「それは驚いただろうね」と、珍しく高らかに笑った。白陽は動かない。目も口も開かず、表情を変えることはなかった。それでも、笑い方や声音から伝わってくる感情に、八重はあんぐりと口を開けて頬を染めた。数度瞬いて、「はい」と返す。顔を真っ赤にして照れながら、微笑みを浮かべて。


 膳を下げて、八重は自分の夕餉を前に手を合わせた。(ます)の塩麹焼きは、表面は香ばしく、中の身はふっくらと柔らかかった。塩むすびはいつもより塩が控えめで、塩麹焼きの甘味を含んだ塩気に丁度よい。おむすびと塩麹焼きを食べる合間にあら汁をすする。丁寧に下処理されたあらは臭みもなく、昆布の出汁と相まって染みるほどに旨かった。


 鮎と山女は、桶で泳いでいる。残った(ます)の身は、海水で洗って干してあった。保存食になるのだ。


 家守は限られた材料で、驚くほど豊かに膳を彩る。それでももっと、苦労なく腕を振るって欲しいと八重は思う。


 稲はもうすぐ出穂する頃だ。あの稲が実れば、次に目覚めるのは、上天にも、人の世にも届けられるものは、きっと――


 八重はきれいに空になった膳に手を合わせた。食事が美味しい。働くことが楽しい。日々の暮らしが、有難かった。




 稲は出穂し、たわわに実った。八重はその世話をしながら、山菜を採り、時折川で魚を取る。(うけ)を開ける度に、井守や家守と何が入ったかと言って笑い合った。


 そうして日々を繰り返すうちに、稲穂は色付き、重く頭を垂れる。波打つように風になびく姿は、まるで黄金に輝く川のようだ。八重は、三度目の収穫を迎えていた。


 稲を刈り、田面に並べる。稲束は以前よりもずっしりと重かった。塩水選の効果が現れたのだろう、実付きが良いのだ。一日干した稲束を、白陽の元へ運ぶ。その重さが、増えた往復回数が、確かな手応えだった。


「稲穂を、白陽様に奉納致します」


 八重は積み上げた稲穂を前に額づいた。


「ああ、受け取る」


 稲穂は光の渦となって掻き消える。また、白陽の指先が光を湛えた。


「八重、手を出しなさい」


「はい」


 八重は頭を上げて、両手を差し出した。空中に光が集まり、輝く雫となる。その雫は以前よりも強く輝き、八重の手のひらの上に落ちて、しゃん、と高く澄んだ音を立てた。


「八重、日々よく力を尽くしたね。歌の奉納と、稲穂の奉納。どちらも以前よりずっと力を増している。此度は二柱、目覚めさせることが出来る」


 八重は白陽の言葉に、驚いて目を見開いた。


「さあ、鳥居に向かいなさい。牛守(うしのかみ)蛇守(みのかみ)を目覚めさせるんだ。牛守(うしのかみ)は豊穣を、そして蛇守(みのかみ)は病気平癒を司る。人の子らを、守ってあげなさい」


「はい、はい……!」


 望んでもみないことだった。八重はぎゅうと目を閉じ、両手を押し頂く。


「行って参ります」


 八重は立ち上がり、強く一歩踏み出した。




 灰の町を進む。通り過ぎた参道に、色を取り戻した屋敷は一軒。そしてきっと、今からそれが三軒になる。鳥居を見上げ、八重は町を振り返った。


 その場に座し、拍手(かしわで)を打つ。澄んだ鈴の音が町に響いた。


「上天に御座(おわ)牛守(うしのかみ)蛇守(みのかみ)に、かしこみかしこみ(もう)す。白陽様より預かりし御力、献じます。目覚め給え、祓え給い、清め給え」


 合わせた手が光り輝く。しゃん、しゃんと鈴の音が鳴り響く。一際大きな音が鳴った瞬間、光が弾けた。吹き抜けた風に瞼を開けると、目の前には二柱、男神と女神が姿を現していた。


 よく日に焼けた肌に刈り込まれた黒の髪と無精髭。黒柿色の着物に藍墨茶色の袴姿の男神は、頭に二本、前にせり出す角を生やしている。そして女神は、青白い肌に結わえた白髪。黒地に赤と金で彼岸花が刺繍された、正絹の着物を身に纏っていた。


 守護神らが手を打ち鳴らす。手元から、芽生え実るように、灰を打ち払うように、清い波動が発される。八重の視界の先で、屋敷が二軒、色を取り戻した。


 牛守(うしのかみ)蛇守(みのかみ)が揃って八重の頭上に手をかざす。加護の光が二粒、八重の頭に落ちて弾けた。


「礼を言おう、巫女殿」


「そなたのおかげで目覚めることが出来た」


 額づく八重に、二柱が声を掛ける。


「病を集め、喰ろうてやろう」


「さあ巫女殿、共に実りをもたらそうぞ!」


 蛇守(みのかみ)婀娜(あだ)っぽく艶やかに、牛守(うしのかみ)は大声を上げて高らかに笑う。


「はい……!」


 八重は頭を上げて、大きく返事をする。行く先の道に、強く光が差した気がした。






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白陽は「それは驚いただろうね」と、珍しく高らかに笑った。白陽は動かない。目も口も開かず、表情を変えることはなかった。それでも、笑い方や声音から伝わってくる感情に、八重はあんぐりと口を開けて頬を染めた。…
きたわよ! 牛守! でも今は、病を食わんとする蛇守様が気になる! 以前汐さんが描かれていたお姉様ね!
[良い点] 妖艶な女神様キタ……! [気になる点] 村人たち、八重垣…変換で垣ついちゃうな…八重ちゃんが美形に囲まれて元気に過ごしてるって分からないだろうから、ちょっと可哀想だな……。 いや、たしかに…
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