表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
上天の巫女は愛を奉じる  作者: 紬夏乃
夏の章 一巡
18/70






 翌朝、八重は田んぼに行って、稲の様子を確かめた。分けつが始まったので止水板を上げ、田んぼの水を抜き始める。


 水が抜けていく様子を見守りながら、八重は昨日割いた竹を麻紐で編んでいった。八重には竹の加工に関する知識がないのだ。本来なら竹は切った後乾燥させなくてはならないし、油抜きも必要だ。火で炙って竹を曲げる方法も知らなかったし、割いた竹の太さはまばらだった。


 思うように出来ず首を傾げ、苦心しながらなんとかそれらしい物を作り上げる。田んぼの水はとうに抜け、いつの間にか日も高くなっていた。


「行こう、ナズナちゃん」


 八重は(うけ)を抱えて山に入り、川を目指した。不格好な(うけ)は、それでも山女なら四匹くらいは入りそうな大きさで、直ぐに壊れそうにも見えない。筌口(うけくち)もきちんと二重にしてある。ものは試しだ、と八重は(うけ)を一瞥して頷いた。




龍守(たつのかみ)様、(うけ)を作ってまいりました」


 八重は川に着き、川辺に膝をついてから水面に向かって声を掛ける。水面はせり上がって、龍守(たつのかみ)が姿を現した。


「思うたより早かったの。どれ、見せてみよ」


「不出来ではございますが……」


 八重はおずおずと龍守(たつのかみ)(うけ)を差し出した。龍守(たつのかみ)(うけ)を見て、ふむ、と頷いて手を差し出す。


「魚があまた入るよう、(うけ)に加護を授けよう」


 龍守(たつのかみ)の手から光の粒が落ち、(うけ)に当たって弾ける。八重は慌てて(うけ)を掲げ、頭を下げた。


「なんとまあ、有難いことでございます。なんとお礼を申し上げてよいのやら……」


「よいよい。一番の大物を、白陽様へ献上しておくれ」


「もちろんにございます!」


「うむ。ではゆくぞ」


「はい!」


 龍守(たつのかみ)は水面を滑るように先に進む。八重はそれに付いて川辺を歩いた。しばらくすると、龍守(たつのかみ)は「ここが良かろう」と言って立ち止まった。八重はその場に(うけ)を沈めて繋いだ紐を近くの細木にくくり付け、龍守(たつのかみ)に向かって頭を下げる。


「本当にありがとうございます」


「なに、構わぬ」


 龍守(たつのかみ)の声は柔らかかった。八重はそれに勇気づけられ、思い切って言葉を続ける。


「あの! わかめも、芽かぶも、昆布の出汁も、とても美味しかったのです。白陽様のご相伴にあずかりました。ありがとうございました……っ!」


「そうかそうか」


 龍守(たつのかみ)は微笑んで、嬉しげな声を出す。


「また取ってきて進ぜよう。なに、泳ぐついでに爪にかけてくるだけのことよ」


「はい……! 楽しみにございます!」


 約束を交わし、八重は微笑んで龍守(たつのかみ)を見送った。山を下りて屋敷に戻り、夜にはいつものように白陽に膳を運ぶ。その夜は、白陽に話したいことが溢れるほどあった。




 翌日、歌を奉納して朝餉をとり、田の様子を確認した後八重は(うけ)に魚が入ったか見に行った。川底に沈む(うけ)は、上から細い隙間を覗くかぎり魚がいるように思えない。せっかく加護をいただいたのに、やはり元の出来が悪かったのだろうか。そう思いながら八重は紐を手繰り(うけ)を引き上げようとしたが、手応えが、妙にずっしりと重かった。


 なんとか(うけ)を引き上げて、不思議に思いながら八重は筌口(うけくち)を覗く。


「ひっひえっひええ」


 八重はどっと尻もちをついた。(うけ)を放り出さなかったのは、龍守(たつのかみ)から加護を賜った(うけ)だからか、それとも食欲のなせる業か。筌口(うけくち)からは、およそ(うけ)に入れそうにもない、大きな魚の腹がみっちりと覗いていた。


 八重は(うけ)を抱え、慌てて山を駆け下りた。ナズナも慌てふためくように八重の頭で跳ね続けている。息を切らしながら屋敷に駆け込み、八重は大声を張り上げた。


「いっ井守さん! 家守さん!!」


「どうされたのだ、八重殿」


 血相を変えて戻ってきた八重を、家守が迎える。今朝、嬉しそうに(うけ)を引き上げてくると声を弾ませる八重を見送ったのだ。まさか(うけ)が流されでもしたのかと思ったが、八重はしっかりと(うけ)を抱え込んでいる。


「これっこっどういたしましょう!!」


 八重は震える手で(うけ)を差し出す。井守も騒ぎに気付き土間に顔を出した。


「どうなさったのだ」


 井守は八重の差し出す(うけ)を受け取って、家守とふたりで筌口(うけくち)を覗いた。


「うわあ! 何事だこれは!!」


「なんと面妖な……」


 筌口(うけくち)にはみっちりとよく肥えた魚の腹が詰まっている。


(うけ)より大きな魚に見えるぞ……」


龍守(たつのかみ)様の御加護か……どうやって入ったのだ」


「どうすればよいのでしょう! どうやって取り出せば!!」


 井守と家守はなんとも言えない顔で(うけ)を眺め、八重はうろたえた声を上げる。


「一先ず口を開けてみるか……?」


「そうするより他あるまいよ……」


「いや待て、大きな桶を持ってこよう」


「それが良いな……」


 家守は慌てて土間の奥から桶を出してくる。井守は(うけ)の先端を回し、ねじった口を開いた。


「……ゆくぞ」


 桶を目掛けて(うけ)を傾ける。固唾をのんで見守る三人の視線の先で、滑り出るように大きな魚体が(うけ)から姿を現し桶にどちゃりと落ちた。


「…………どうやって出たのだ!!」


「…………(ます)だな」


「あわ、あわわ」


 家守は大声を出し、八重はいっそううろたえた。井守はしげしげと(うけ)の口を眺めている。


「いや待て。まだ入っている」


 井守はそう言って再び(うけ)を傾ける。(うけ)の口からつるつると、鮎と山女が合わせて九匹滑り出た。


「どうなっておるのだ……」


「神の御業としか言えんな……」


「ひえ、ひええ」


 八重が初めて作った不格好な(うけ)は、神器と呼ぶより他ない代物となった。三人は顔をあわせて頷きあう。食べきれないから、(うけ)を使うのは時折にしよう。皆の思いは一致していた。







口径10cmないくらいの筌の口から体長40cmほどの鱒が出ました。神器。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
神器、物理も無視する。
[良い点] 龍守様ったらお茶目さん☆ 三人の慌てっぷりが大変愉快でした。 どちゃり!!!
[一言] でた!名前を呼んだだけで絶対無理筋なデカさでも吸い込むひょうたん的な不思議現象! 宝具というか原因がハッキリと水神様な神器なんですけど……。 いやこれから神様増えるだろうし、この量で正解、な…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ