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小説家気取り

作者: 横瀬 旭

 何のために文章なんか書いていたのだろう。


自分が小説投稿サイトに載せた三十以上の作品。それらをどういうつもりで書いて載せたのか、どういう気持ちで書いていたのか今ではさっぱりわからない。本や小説が好きかと問われれば「大嫌いだ」と答えるだろう。しかし、自分が文章を書く参考に、文法や言葉を知るために、それまでに一年間で一冊も本を読まなかったのに、三十冊ほど読むようになった。


川端康成「伊豆の踊子」

中上健次「岬」

ヘミングウェイ「老人と海」

ドストエフスキー「罪と罰」


有名な純文学などをいくつか読んだが、苦痛だった。通勤電車で暇だから読んでいたが、正直に言えば音楽を聴きながら景色を見ている方が楽しかった。


 文章を書き始めたのは前の仕事をやめ、今の職場でアルバイトを始めた頃だった。社員と古株のアルバイト従業員に見下され、下賤な自分を思い知って書き出した。


「自分は小説家であって、バイトは副業だ。お前ら、俺の名前も知らないんだろう。そのうち有名になるから、よく眺めておくといい。このクソジジイども。おべっかババアども」


社員とばかり口を聞き、自分のような新入りアルバイトを見下す口を使うおばさんを、みっともない、見苦しいと思っていた。


 しかし、本当にみっともないのは自分自身で、一銭にもならない文章を書き、インターネットに載せているだけで小説家を気取り、それを自分の本業だと思い込み、守る必要もない期限(土曜の二十三時)を守り、それで一週間のやるべきことをやり切ったつもりになっていた。


それこそ見苦しいし下賤だ。さすれば、自分の地位を保つものはもう何もない。


近所迷惑になるような大声で泣きわめく夢を見た。親に向かって「今の自分の所作が不甲斐なくて情けなくて悔しい」と泣き叫んでいた。


 以来、自分の身分はどうあがいても低いものだと思うようになり、全てがどうでもよくなった。


髪が伸びれば自分で切り、帽子をかぶり、毎日サンダル、同じパーカーを着、ズボンを穿く。


白痴のふりをし、ムイシュキン公爵のように俗世の事を何も知らないふりをする。


歳だけを重ねて、子供だったのに勝手に大人にさせられたふりをする。


仕事ができないふりをし、先輩にありがたく仕事を教わるふりをし、間違いを指摘せず、心の中で罵詈雑言を発し、大笑いする。


 今まで見てきたもの、聞いたもの、心で感じ、言葉を絞り出し、それらを書き起こして文章にする。


小説家のふりをする。


そういう生活をしているふりをする。

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[一言] 「一銭にもならない文章を書き、インターネットに載せているだけで小説家を気取り、それを自分の本業だと思い込み、守る必要もない期限を守り、それで一週間のやるべきことをやり切ったつもりになっていた…
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