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花の森

作者: 流れ星

願いは、人の心の中にある。

願いは変わらない。

すなわち、心の願いも変わらない。

花の記憶に耳を傾けて。

そして見つけてください。

あなたの願いを。

 辺境の地にある小さな村には、ある言い伝えがあった。

「月の輝く夜に、森の結晶を持ちながら流星の泉を見つけることができたなら、花の森へ行けるだろう」と。

 村の幼い子供たちは、この言い伝えを信じ、各々が「森の結晶」と思うものを持ち、森に入ろうとした。

 もちろん彼らは森になどは入れない。夜の森は危険だ。道が暗いだけでなく、クマやヘビがうろつく。大人たちが必死で止めていた。

 ましてや二十年前に大人の監視網を潜り抜けて森に忍び込んだ二人の少年のうち、一人が息絶えた姿で、もう一人が永遠に行方不明になったとあれば警戒心が強くなるのも否めない。

それでも…。


 村に住む8歳の少女がいた。彼女の名前は、るか、といった。

るかは村のなかでは幼い部類ではなく、子供の中でも年中人ぐらいの年齢とされている。

 彼女は村に一つしかない学校では学年トップの成績を持ち、人々から愛されていた。

 あるとき、るかは、学年の友人から七夕の祭りの誘いを受けていた。村にはいくつか伝統行事があるが、七夕祭りも行事のうち一つだった。そもそも村は山の麓にあるので、星が輝き、七夕を祝うにはもってこいの場所だった。

 この村の七夕祭りは主に中学生・高校生の有志が踊る舞が中心だった。もちろん屋台も並び、老若男女が楽しめるのがうりでもある。

 るかの兄も今年中学生になったばかりで、七夕祭りには意欲的だった。まだ詳細は決まっていないがおそらく、舞にも参加するだろう。


 月日は流れ、七夕の夜。小学3年生以下の子供は親の付き添いが条件であれば祭りに参加することができるのだが、るかは今年小学3年生になったので、兄、友人と三人で訪れることができた。

 兄が舞の準備のために舞台裏に移動したとき、友人の、さやかがるかに話しかけてきた。

「ねぇ、お兄さんの舞が終わったらさ、こっそり森に行かない?」

るかは一瞬きょとんとしていた。少しして言葉の意味に気づくと、

「危ないよ。大人に怒られる。」

と言って拒否した。さやかはそれでも行こう、と言ってきていて、るかは友人が自分から離れるのを恐れ、

「仕方ないなぁ…お兄ちゃんも一緒なら。」

「お兄さん一緒だと大人と同じこと言うでしょ?」

事実のようでいて、これは違う。るかの兄は小学生レベルで、幼い印象しかない人だった。

「お兄ちゃんはそんなに真面目じゃないよ。」

さやかは少し疑うような目をしたけれども、すぐに笑顔になり、「そうだね。」と呟いていた。

 兄の舞は、そこそこ、というレベルだった。優れているわけでもなく、かといって劣っているわけではない。

中学生の有志が今年は多く、学年ごとに有志がいた。そのおかげで祭りは盛り上がり、るかたち三人が何かしようとしていても、注目する人は誰もいなかった。

 るかの兄はやたら乗り気で、さやかの提案を聞くなり、首を縦に降った。あやうく法被のまま森に行こうとしたので、るかもさやかも兄を着替えさせなくてはいけなくなってしまった。

「はっぴのままだと、目立つよ!まずは着替えなくちゃ。」

「月が沈まないか?」

「お兄ちゃんそんなにちょーじかん着替えないでしょ!」

時刻はまだ夜8時半。月は、これから昇る、といっても過言ではない。そもそもそんな心配はしなくていいのだ。

 兄が着替えると、三人は大人に見つからないうちに付近の木の影に隠れた。少し様子を伺ってから恐る恐る足を前に出すと、数歩歩いただけで祭りの喧騒は聞こえなくなってしまった。

「暗いね…」

るかがそう呟くと、さやかが、

「花の森って本当にあるのかな?」

と答えるように呟いた。

るかはさやかの目的に気付き、慌てて質問した。

「まさか、花の森を信じているの?」

「もちろん。じゃなきゃ今日森に入るわけないでしょ。」

「あれはおとぎ話でしょう?」

「そうと決まったわけじゃないじゃん。大人の言い分だよ。」

「言い分って…」

「大人はみんな嘘をつく。私、大人がだいっ嫌い。」

るかは、さやかの言葉に口をつぐんでしまった。

 るかの兄は静かに歩を進めながら二人の会話を聞き、花の森について想いを馳せていた。曰く、花の森にたどり着いたものは皆、「命を取り戻す」以外の全ての願いを一つだけ叶えるという。彼は、妹たちがただただ大人に勘違いをしないことを願っていた。自分が一番大人だからこその想いだった。

「ところでさ。」

るかは小声で静寂を破った。

「森の結晶って、何だろうね?」

あ、と言いながらさやかが足を止める。毛頭忘れていたらしい。

「そ、それにさ。そもそも森の結晶が何なのかが伝わっていないならわからないんじゃない?」

「それじゃ意味ないよ…」

「えーー…帰らなきゃいけないのー…?」

小さな冒険に三人は心踊らせていた。花の森が見つかるかもしれないと、無垢に思い込んでいた。

事実に気づいた三人は、自然と、帰るという選択肢をとっていた。そして三人は、もと来た道を戻った。

そう、したかった。

 振り返った三人はすぐに、猛獣の唸り声に気づいてしまった。森の獣との対応を知っていたるかの兄以外の二人は、慌てて叫び声をあげてしまった。

 獣、いや、クマは驚くと同時に獲物に一直線に駆け寄った。るか、さやかとるかの兄はクマから逃げるように走り回り、なんとかクマが追いかけてこないように逃げ切っていた。

 三人はクマとの遭遇に驚き、呼吸を整えながら、三人の無事をそれぞれが確認していた。

「皆大丈夫、だよね!?」

やっと呼吸を整えたさやかが質問した。

「うん、大丈夫。」

るかの兄はすでに辺りの様子に気を配っていた。気を配ると同時に、別のことにも気づいていた。

「ここ…どこだ?」


 三人は森の奥深くにやってきてしまっていた。木々が密集し、先ほど走ってきたはずの道は雑草に紛れ、闇の中では到底見分けられなかった。雨水の溜まった水溜まりが月を反射して辺りに少しだけの光を満たしている。

 るかは現状に気付き、他の二人と同様、かなり焦っていた。

最初に落ち着きを取り戻したるかの兄は、水溜まりに気づいて言った。

「今は9時少し前だから…うん、あっちが北だな。」

「どうしたの?」

「いや、月は東から昇って西へ沈むだろ?それを応用して…あ、わりぃ、お前らじゃわからないか。」

るかとさやかは「ヒガシ?ニシ?」と疑問が顔に表されているほどだった。

るかの兄は二人におおざっぱに東西南北について説明すると、続けて言った。

「村は南にあるから、こっちに進めば戻れる可能性があるってことだよ。」

「でも…クマがいるんじゃ…」

「それはクマがいたいた時に考えよう。」

三人は、一縷の望みにかけて、村へ帰ろうと、した。

るかがもし、蝶に気づかなければ。

 るかはふと、頭上でひらひらと羽を動かし飛ぶ蝶に気づいた。どうも三人の真上をいったりきたりしているらしい。

「ちょうちょ、どうしてあんな飛びかたをするの?」

るかが聞くと、るかの兄が蝶を追い払おうとした。

「ダメだよ、生き物をいじめちゃ!」

るかがそうやって兄を止めようとした、その時。

いきなり蝶は水溜まりへと飛び込み、月の光を辺りに飛び散らせた。水溜まりに入った蝶は姿を消し、呆然としている三人を残していった。そして、三人が驚き叫ぶ前に、水溜まりが光輝いた。


 るかが恐る恐る目を開くと、そこは、色とりどりの花が咲く幻想的な森の中にいた。さやか、るかの兄もそばにいる。

「ねぇ…これって…」

「もしかして、これが…花の森?」

「俺ら死んだ訳じゃないよな?それとも夢見てるのか?」

月明かりに照らされた、視界いっぱいに、いや、それ以上の範囲に広がる色とりどりの花々。あちこちに黄金色の蝶がひらりひらりと舞い、光の欠片で作られた橋がきらびやかに光を灯している。

るかは、三人のもとにやってくる一匹の蝶に気づいた。

『迷える子供よ。あなたたちの望みは、何ですか?』

静かな、けれど落ち着きがある優しい声がどこからともなくしてきた。

 さやかとるかの兄はぎょっとしているようだった。るかはなぜか落ち着き、今の、そして心から求める望みを口にした。

「家に帰りたい。」



 三人が気づくと、三人は祭りの会場にいた。高校生の有志がまだ舞を踊っていて、祭りもクライマックスに近づいている。

暫くぼぅっとしていた三人は今の現状に気付き、他の二人の顔を伺った。夢なのだろうか?

「さっきの…どう思う?」

「どうって…何が?」

「森のこと…花の森のこと!」

るかの言葉に、さやかは驚いたような、嬉しいかのような微笑みを見せた。

「やっぱり私たち、花の森に行ったんだね!」

「あんなメルヘンチックな場所が現実だったとはねぇ…」

るかの兄が台無しになるようなことを言うと、るかとさやかがるかの兄を叱った。

「あれはあれで良いの!」

「夢を壊さないで!!」

るかの兄は二人の迫力に驚き、すぐに声を出して笑った。それにつられ、るかもさやかも笑い出した。

「なんだかすごかったね。」

「村に戻れてよかったじゃないか。」

「花の森…すごかったなぁ…」


  曰く、かの森には秘密が多い。

  中でも有名なのは、花の森の話だろう。

  黄金の蝶が舞い、光の橋が目を惹き付ける。

  花々は虹色に踊り、子供たちを驚かせる。

  月の輝く夜、森の結晶と呼ばれる蝶に出会ったのなら

  そのそばに泉となる天の恵みがあるだろう。

  花の森を忘れるべからず。

  七夕の夜、蝶の舞が舞われるころ、

  迷える子供よ、花の森へ足を向けよ。

  願いは、命あるもの全てを叶えてくれるだろう…。

人はなぜか、家を求めます。それがどんな家なのかは人それぞれですが、ほとんどの人が、暖かい家庭を想像します。

それがいかに人の心の中に根付き、そしていかに難しいのか、私はまだわかりません。

ですが、難しいからこそ求めるものを願いとするなら、私はやっぱり家を求めます。

どういうわけか、家って、家族って、心の拠り所なんですよ?

もしこの話を読んでくださった皆様がこの後書きまで読んでくれるのなら。

私は願います。皆さん、家族を大切にしてください。富、名声などの一時的なものではなく、永遠の記憶となる家族に心を向けてください。

光はきっと、すぐそばにありますから。

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