私は愛を信じられない
勢いで書きました。
生前の私には大嫌いな小説があった。
その小説はヒロインが様々な困難を乗り越えて婚約者の王子と結ばれる「愛」がテーマの話で、始めその本を読んだとき反吐が出そうだった。というのも生前の私は家庭環境のせいもあって酷く捻くれた性格をしていた。だからこの小説を読んで、こんなお綺麗な話ある訳ないでしょ。きっと物語の裏側では昼ドラ並みのドロドロとした陰謀や策略が渦巻いていたに決まってる。だからもし転生したとしてもこの小説の世界にだけは生まれ変わりたくないと思っていた。だって最近ゲームの世界に転生とか流行ってるし、ひょっとしたらひょっとするかもしれないから。
でも運命とは残酷かな。気づけば大嫌いな小説の世界に転生していた。しかもヒロインとして。最悪だった。あんなに嫌だったのに。生前は碌な人生じゃなかったから来世こそはと思ってたのに…神様はどんだけ私が嫌いなんだろう。
あーあ、今回の人生も多分碌なものじゃない…
きっと両親は仮面夫婦で、子供なんて政略の道具でしかないんだろうなぁ
私かわいそう…なんて考えていた。
けれど実際は家族の仲は冷え切っているなんてことはなかった。両親は仮面夫婦には見えなかったし、むしろ仲がいいように、愛し合っているように見えた。兄妹の関係だって悪く無い。私の家は絵に描いたような幸せな家庭そんな感じだった。
婚約者の王子だってそうだ。彼はきっとヒロインの事をただ決められただけの婚約者としか、都合の良い存在としか考えてないと思っていたのに、まるで私の事を本当に愛しているように見えた。
こんなの私が思っていた世界と違う…。
私はその事が信じられず、受け入れる事が出来なかった。
こんな幸せな世界が受け入れられなくて、私は家族とも婚約者とも距離を置いて接した。それなのに彼らは変わらず、私に優しかった。
私にはそれが理解できなかった。だからライバルが現れたとき私は何もしなかった。本当なら婚約者を取られまいとヒロインが奮闘するのだが、私は動かなかった。取られるのならそれでいいと思った。その時は違う相手と婚約すればいいと。やがてライバルとの戦いで傷付いた彼女はそのつらい時に自分に優しくしてくれる男に心を揺さぶられるが、私の心は乱れなかった。だって、どんなに優しい言葉を掛けられても私はそもそも傷ついていないから。小説の中の彼女は王子を愛していたからこそ傷ついていたけれどこの世界の私は彼を愛していなかったから…
だからきっとそんな私を捨てて彼女を選ぶと思ったのに…
どうして彼は私の目の前にいるの?
どうして貴方を愛すこともできないで、拒絶するばかりの私と共に居ようとするの?
彼は白いタキシードに身を包み、歩みを止めた私に向かって微笑みながら手を伸ばした。
ああ…本当は分かっていたんだ。
彼は何度も私を愛していると言ってくれた。そして私がその言葉を信じる事が出来るようになるまで何度でも言うといってくれた。
前世の私は愛を知らなかった。だから今世でたくさんの愛情を与えられてもそれを信じることが出来なかった。だって一度でも知ってしまったらもう知らなかった頃には戻れない。失ってしまったらきっと耐えられない。その事が怖くて私は私に向けられる愛を拒み続けた。
けれど彼らはそんな私を見捨てず、何も聞かずに寄り添ってくれた。そして何度でも愛情を与えてくれた。
今ならわかる。生前の私はこの小説を嫌っていたんじゃない。妬んでいたんだ。
私がずっと望んでいたものを手に入れた彼らが羨ましかったんだ…
私は差し出された手を取った。
…信じてもいい?
彼は私の隣で永遠の愛を誓ってくれた。
私も涙を流しながら誓いの言葉を口にする。
初めて口にした誓いは上手く言えていただろうか
青い空の美しいこの日。人々の祝福の声に包まれて、
私は大嫌いだったこの世界でずっと欲しかった愛を手に入れた。
ご拝読ありがとうございました。