第1章 第1話 コンラートの死
本編の始まり始まり。
いきなり暗い話からスタートです。しばらくは暗くてじめじめした話になる予定です。
2018.9.19
修正して、1話、2話、3話をまとめました。
第1章 第1話 コンラートの死
リヒテンベルク家にその悲報が届いたのは、クラウスが9歳の夏の暑い日であった。
リヒテンベルク家の家臣であり、従軍していたボニファーツ・グーラが、ブルーノからの書簡を持って戦地より戻り、ゲルダに報告した。
その報告は、コンラートが戦死し、葬儀と家督相続のためにブルーノが一時帰還するという簡単なものであった。
ゲルダはそのことをブルーノの妻であるカトリナに話すことはなく、コンラートの葬儀とブルーノを迎える準備を勝手に始める。
コンラートとブルーノが戦地へと行って以来、ゲルダとカトリナの関係は、深刻なものとなっていたい。
当初、カトリナはゲルダに近づき、コンラート家の嫁として認めてもらえるように努力を続けたのだが、ゲルダがカトリナに対し、家政婦のように扱い、家族として決して認めようとしなかった。
それでも、コンラートとブルーノに言い含められていた、執事のディルク・ヘッケンや家人達により諫められ、ゲルダもカトリナに対してあまりひどい扱いもできずに、ゲルダは常にいらだちを抱えていた。
カトリナもそんなゲルダの様子に怯え、結局ディルクや家人達に間に入ってもらいながら、生活を続けていた。
そして、今回のこのブルーノからの書簡の件も、カトリナはディルクから別に報告を受け知ることとなる。
カトリナはゲルダに手伝いを申し出るが、その申し出をはねつけられ、結局カトリナはこの件に係らせてもらえずに、悲しんでいた。
そんな母の悲しみを知りながらも、クラウスもゲルダからいないもののように完全に無視されており、何もすることができずにいた。
報告が届いて十日ほど経ったころ、ブルーノは自身が率いていた従者と、コンラートが率いたリヒテンベルク家の従者を連れ、六人でコンラートの遺体を運んで王都アードラーへと帰ってきた。
ゲルダは慣習に従いディルク達家人を屋敷の門前に整列させ、コンラートの遺体が納棺された棺を迎える。
ゲルダはカトリナとクラウスが門前で、コンラートを迎えることに難色を示していたが、そこはディルクが執り成し、列の後ろで一緒に迎えることができた。
ブルーノは列の後ろにいた妻のカトリナとクラウスを近くに呼ぶと、ゲルダはそれに対して金切り声でブルーノに怒鳴りつける。
「そのようなものを、近づけるな。」
「何をおっしゃっているのですか、母上。カトリナは我が妻です。そして、クラウスはわが子ですよ。」
「そのようなこと、私は認めたことはない。ああ、お前らは棺に寄るでない。」
ブルーノに促され、カトリナはクラウスの手を引き家人の列の前に出て棺のほうへと近づいてきていたが、ゲルダが髪を振り乱しながら、地団駄を踏む様に怒り狂っているのを見て立ち止まる。
悲しみを持って迎えられていたその場は、ゲルダの奇行により壊れ、それまでは葬列の邪魔をしないように静かに通り過ぎていた通りを行く街の人々も、その大声に唖然とした表情で立ち止まって、ゲルダに好奇の視線を向けていた。
「奥方様、若様、まずは棺を屋敷へ運びませんと。コンラートさまもこのような暑いところで立ち止まられていては、安らかにお休みになれません。」
ディルクはゲルダとブルーノに向かって話しかけると、カトリナに一礼をしてカトリナを遠ざけ、整列していた家人達を呼び寄せ、棺を運んできた従者たちから受け取り、屋敷へと急いで運び込む。
ゲルダの怒りは収まらないようであったが、それでも棺が屋敷に入っていくのに続いて、屋敷の中へ入る。
ブルーノは憮然としながらも、街の人々に好奇な視線を向けられているのを感じ、恥じ入りながら、カトリナのほうへと近寄り、カトリナの肩を抱いて、屋敷へと入る。
そして、クラウスもブルーノとカトリナに続いて屋敷へと入ると、門前は元の静謐な空間に戻り、一時的に好奇な視線を向け立ち止まっていた街の人々も、興味を失ったように元の生活へと戻っていく。
家人たちにより、屋敷内へと運び込まれたコンラートの棺は、屋敷の広間に設えられた祭壇の前に置かれた。
ゲルダに命じられた執事のディルクによって、葬儀の準備は既に整えられており、コンラートの棺がそな設えられたことにより、いつでも始められるように準備されていた。
ブルーノとゲルダは家に入ってきてから、大声で先ほどのことを言い争っており、その様子を小さくなってブルーノのとなりでカトリナが見ている。
クラウスはゲルダがブルーノに対して怒りをぶつけている隙に、棺の窓を開けてコンラートの姿を確認する。
戦死したにしては、傷も目立たないコンラートがいた。
そんなコンラートの姿に、クラウスはコンラートの死が実感できない。
寝ているかのように穏やかな顔をしたコンラートを見て、彼の生前の出来事を思い出していた。
コンラートはクラウスにとって優しい祖父であり、厳しい剣の師匠であった。
孫であるクラウスのことをかわいがってくれ、その愛情を疑うことなくクラウスは信じていた。
「おじいさま・・・」
クラウスは、呟くようにコンラートに向かって呼びかけていた。
起きてきて、またお話をしたい、剣の指導をしてほしいと、強く強く思い、何度も何度も、徐々に大きな声で呼びかける。
そしてその呼びかける声を聴いたゲルダは、クラウスがコンラートが納めれらた棺に張り付いているのに気が付き、ブルーノを振り切りクラウスのほうへと駆け寄って、クラウスの首に手を掛け、棺から引きはがす。
そして、大声でクラウスを怒鳴りつける。
「何やってるんだい、お前は。近寄るんでないよ。」
ブルーノとカトリナはゲルダを追うように駆けつけてくると、棺から引きはがされたクラウスを庇うようにして、ゲルダとクラウスの間に割って入る。
そして、カトリナはしゃがんでクラウスを抱き寄せる。
ブルーノはその前に立ち、ゲルダに向かって怒る。
「なにをするんですか、母上。クラウスはあなたの孫、そして父上の孫ですよ。」
「そんなことは認めた覚えがない。」
「あなたが認める、認めないの話ではない。」
「いや。お前の母親であるこの私が認めない以上、そのような下賤な女やその女が産んだ子など、わがリヒテンベルク家の一員であるはずがないであろう。」
「何を言っているのです、カトリナは父上もお認めくださった私の妻です。」
「コンラートは入り婿、そのコンラートが認めようと、私が認めない以上、その女とその子はリヒテンベルク家とは何のかかわりもない。」
「なぜ、母上はそのように頑なに・・・。」
「ああ、汚らわしい。そのような平民の娘が我が家にいるかと思うと、ブルーノ、お前には幼いころから何度も言ってきたであろう。我、リヒテンベルク家は領地を持たずとも、王家に絶対の忠誠を誓い、わが父、わが祖父の代より王より恩寵をいただき栄えてきた一族。お前は公爵家より嫁を迎えることすらできたのだぞ。まだ、遅くはない、そのような汚らわしい下賤の女や子など追い出すがよい。さすれば、この母がベネディクト公爵と話し、かのクレメンティーネ様との縁談を取りまとめて来よう。」
「馬鹿なことを、そのようなことできるわけもないし、この私がカトリナとクラウスを追いだすわけがない。彼女たちを追いだすぐらいであれば、この私が家を捨て、彼女たちと共に市井で生きる。」
「それこそ、何をばかなことを。お前はこのリヒテンベルク家の家督を継ぐもの。そのようなこと、コンラートの棺の前で言うなど、どれほどコンラートが嘆いているか。」
「それは、母上のその態度こそ、父上を嘆かしておいでのはず。父上はカトリナを自分の娘の様に慈しんでくださいましたし、クラウスなど目に入れても痛くないご様子で可愛がられておいででした。クラウスの剣の才能に私などより、クラウスに期待していたくらいです。」
「ああ、うるさい、うるさいよ。そのようなこと、私は知らないわ。とにかく、そのようなものがコンラートの棺に近づくことも葬儀に参加することも認めることはできないよ。」
「ばかな。喪主であるこの私の妻が参列しない葬儀など、世間に対してどのように説明する気ですか。」
「はっ、喪主の妻が参加しないことより、そのような下賤な女が一族の様な面で葬儀場に参列している方が、世の笑いものさね。」
「なにをばかな。分かっておられるのですか、母上。戦時中の葬儀とはいえ、わが父は赤犬騎士団の副長、そして王家の覚えもめでたいリヒテンベルク家の当主の葬儀ですよ。王都で留守を守っておられるお家ではご当主がご出席してくださるでしょうし、戦地に行っておられる家の方々も、それぞれ代理を出してくださるはずです。そのような場に、当家の中に不和があるようなこと、他家に見せられるはずがないでしょう。」
「ふん、言っているがいいさ。だが、私は何があっても、そのようなものは認めないからね。」
ゲルダは肩を怒らせながら、自室へと戻っていく。
広間を出る前に立ち止まると、思い立ったように振り返り、クラウスに怒鳴りつける。
「そこの坊主、棺に近づくでないよ。ああ、いやだいやだ。」
ゲルダが広間から出て行くと、ブルーノはクラウスを守るように抱きしめていたカトリナの肩に手を置き、申し訳なさそうな声で謝った。
「すまない、カトリナ。私が戦地に行っている間も、つらい思いをさせてしまったようだね。」
カトリナはクラウスから離れ立ち上がると、ブルーノの方を向いて悲しそうなほほえみをブルーノに見せる。
「いえ、私の方こそ、お義母様に気に入ってもらえなくて申し訳ありません。」
「いや、君はよくやってくれているんだ。あの人は、身分だけで人を判断する。君の美しい心や、クラウスの聡明さを、その本質を全然見てくれようとしない。」
「わたしとクラウスはご葬儀には、参加しないほうがよろしいのでは。お義父様には申し訳ありませんが、私たちは別の場で陰ながら見送りをさせていただきたいと思いますが。」
「そのようなこと、できるわけがない。お前は私の妻。リヒテンベルク家の次期当主の奥方が、父上の葬儀に列席しないなどありえない。それにクラウスも、私が当主とならばその跡取りなのだ。参加せずに済むはずがないではないか。」
「しかし、お義母様があの様子では、私たちが参加すると葬儀がどのようなことになるか。」
「いくら、母上でも、葬儀の場では、何もしないはず。そのぐらいの常識は母上であっても持ち合わせているよ。」
「しかし・・・」
そんな二人の会話を聞いていた執事のディルクが、葬儀の会場の準備の手を止め二人のそばに寄ってきて、二人に話しかける。
「若様、若奥様、出過ぎた申出で恐縮ですが、ここは若奥様とクラウス様には、葬儀にご遠慮いただいたほうがよろしいかと。」
これを聞いた、ブルーノがディルクに怒りをぶつける。
「お前まで、何をばかなことを。」
「申し訳ありません。ですがあえて言わせていただきたいと思います。若様。ご当主様と若様がご留守のこの二年間、奥様の行いは危ういものでした。私たちで何とか、奥様が誤った行いをしないようにお諫めしておりましたが、それでも若奥様に対していつもイライラとされており、何かあれば当たられておいででした。実を言いますと、何度か私に善からぬ者を見つけてくるようにとおっしゃられることもあり、奥様は非常に危ない精神状態であられるようです。ですから、ご当主様のご葬儀とはいえ、どのような行動に出られるか。」
「だとすれば、母こそ葬儀への参列を見合わせてもらえば。」
「いえ、それは、やはりコンラート様は入り婿であられ、ゲルダ様こそリヒテンベルク家の血を継ぐお方です。王家も諸侯の方々もゲルダ様なしでは、ブルーノ様のご家督や喪主を快く思わないでしょう。」
「だが、しかし・・・」
「ブルーノ様、やはり私とクラウスは葬儀への参列を見合わせます。クラウスには申し訳ないですが、クラウスが高熱を出しているということにして、私が看病にあたっているということであれば、葬儀に参列していなくても、皆様は納得してくださると思います。お世話になったお義父様の葬儀を壊してしまうようなことは、私はしたくないです。」
「だが、病気なのは母上のほうではないか。母上こそ精神を病んでおられる。」
「若様、リヒテンベルク家の為に堪えてください。若様が家督を継いでしまえば、またいろいろと奥様をご説得する方法もあると思います。若奥様とクラウス様には誠に申し訳ないですが、今回はご当主様の葬儀を滞りなく済ませ、若様が家督を滞りなく継げることを一番にお考え下さい。」
「ブルーノ様、私もクラウスも、この場でお義父様とはお別れさせていただきます。葬儀の間はクラウスのお部屋でお義父様の冥福を祈らせていただきます。そのようにしてください。」
それでも、渋っていたブルーノであったが、結局カトリナとクラウスは葬儀に参加せずに、葬儀を行うことに納得した。
「お母さま、おじいさまにご挨拶をしたいのですが。」
クラウスは大人たちの話し合いが終わったのを見て、カトリナの手を引きお願した。
ブルーノがクラウスの手を取り謝る。
「すまないな。父が頼りなくて、おじいさまの葬儀に参加させてあげられなくて。」
そして、クラウスの手を引き、棺の前へとクラウスを立たせる。
クラウスに手を引かれるように、棺の前でカトリナもクラウスと並んで立ち、コンラートの死に顔に涙したのだった。
コンラートの遺体とともにブルーノ達が帰還した翌日には、コンラートの葬儀とブルーノの家督継承式が行われた。
葬儀の日の朝方、コンラートの兄兄など、親族筋のものがリヒテンベルク家の屋敷の広間に集まり、そこで教会から派遣されてきている神父の祈りの言葉が、コンラートにかけられる。
その儀式が1時間ほどで終わると、親族やリヒテンベルク家の家人たちに担がれたコンラートの棺は、アードラー大聖堂と同じ敷地内にある、国葬会場へと運ばれる。
国葬会場には付き合いが深い諸侯家から参列者が集まっており、仮葬儀が行われる。
本葬儀はハーニャ・リカ帝国との戦争が終わってから、この戦争の戦死者全員の国葬が行われることになっている。
王都に入るまでは遺体は魔法による保存処理がなされていたため痛むことはなかったが、街の中では魔法の効果はなくなるため、魔法による保存処理は効かなくなる。
エンバーミング技術もあるものの、この国では火葬が一般的で、またキリエスト教の教えでは、遺体が残っている間は魂は遺体の周辺にあり、あまりに長い間遺体をそのままにすると魂が転生することができなくなり悪霊として現生に災いをなすと信じられており、遺体を火葬せずに保存しようという技術は発展しなかった。
したがって、この国のエンパーミングであれば、遺体を一か月持たせるのがせいぜいで、夏のこの暑い期間であれば2週間も持たせられるか不安がある。
そのため、諸侯たちにはコンラートの生前の姿と最後のお別れをしてもらうため、仮葬儀が行われる。
棺の横に立つ神父によって、霊送りの神言が唱えられる間、代わる代わる諸侯たちが、コンラートの棺の前に立ち、棺の窓からコンラートの顔を眺め、最後の別れの言葉をかける。
諸侯たちの別れが終わると、喪主であるブルーノからコンラートの最後が語られる。
「わが父、コンラートとの別れを済まされました皆様、父になり代わり、リヒテンベルク家の家督を継ぐこのブルーノ・リヒテンベルクがお礼申し上げます。」
ブルーノは頭を下げて、いったん息を整えて、挨拶を続ける。
「父の最後は、かのハーニャ・リカ帝国との争いの激戦地、アレマニア平原でした。我王から全権を預けられた将軍ハイアーマン侯爵指揮の元、わが父が副長を務める赤犬騎士団もアレマニア平原における会戦に参加しておりました。私も父とともに赤犬騎士団に加わり、父のそばでその戦に参加してきました。七月五日の明け方両軍が睨み合いあから、ハイアーマン侯爵による突撃命令を受けた赤犬騎士団は、先陣の名誉を与えられ、敵左翼へ突撃をしました。我ら赤犬騎士団による突撃を受けた敵左翼は、当初善戦したものの、次第に混乱し、我ら赤犬騎士団によって、敵左翼を突破することに成功しました。そして、そのまま、ハイアーマン侯爵率いる主攻の軍に攻めかけられていた中央へ横槍を入れるべく、突撃を敢行し見事中央軍の混乱を誘うことに成功しました。しかしながら、ハーニャ・リカ帝国は後詰に、わが軍に倍する兵力を送ってきており、その軍が会戦に参加することにより、残念ながらわが軍は善戦むなしく撤退することになります。その際、先陣にあった我赤犬騎士団は、殿を務めることになり、必死の思いで敵の追撃を食い止め味方を逃がすことに尽力いたしました。父は赤犬騎士団への攻撃を食い止めるべく、列の最後尾に身を置き、敵の攻撃を退け獅子奮迅の戦いをしておりましたが、その際に腹に槍を受け、その傷により帰陣後、陣中にて間もなく亡くなりました。敗戦の最中ということもあり、残念ながら治癒魔導士の治療は間に合わず、もしもう少し治癒魔導士が我赤犬騎士団に派遣されていればと悔やみます。しかし、父は名誉ある戦いの末の戦死であり、その魂は安らかなる眠りにつき、いずれの転生を待つことでしょう。」
ブルーノはここまで一気に語り終えると、鼻をすすり、天を見上げる。
そして、また諸侯の方を向き、話を続ける。
「父は混戦の戦場で散ることなく、首狩りの被害に遭うこともなく、父の名誉が守られ、このような場で皆様がたとお別れできたことは、戦地に生きるものとしては望外の喜びです。これまで、父を我リヒテンベルク家を支え、ご指導いただきました皆様には、今後もぜひ若輩ではありますが、このブルーノにお力をお貸いただきたいと思います。私は父に誓い、わがドリチェントル王国に忠誠を誓い、我が国を守る防人として、今後の人生をドリチェントル王国に捧げます。皆様方にはこれからも我リヒテンベルク家に、そしてこのブルーノにご支援ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます。」
ブルーノは挨拶を終えると、会場の諸侯に一礼をして、席へと戻る。
司祭はハンドベルを鳴らし、葬儀の終了を知らせる。
列席していた諸侯は、葬儀場から退場をして、コンラートの親族と家人だけになると、棺を担ぎ葬儀場のとなりにある大きな煙突が三角屋根から突き出た、小さな煉瓦造りの小屋へと向かう。
そこは、火葬場であり、コンラートの遺体は親族や家人が見守る中、火葬に付されることとなる。
一方、葬儀に出ることがかなわず、自宅で留守番をしていたカトリナとクラウス。
当初はコンラートを忍んで、コンラートに対する思い出話をしていた、カトリナとクラウスであったが、クラウスはゲルダの異常な行動について、そのわけを確かめるべく話を切りだす。
「母さま、何故、お祖母さまは、母さまのことをいじめるのです。」
「いじめられているのではないのですよ、クラウス。そんな風に言わないでね。」
これまで、クラウスが特にカトリナとゲルダの確執に対して、質問することはなかった。
コンラートと一緒に暮らしているときは、カトリナとゲルダに確執があることを、クラウスは気が付いていなかったが、コンラートとブルーノが戦地に行ってその確執に気が付いたものの、この葬儀まではどこにでもある嫁姑問題だと思っていた。
コンラート、ブルーノ、カトリナ、乳母のエマ、家庭教師のアンネ達にすごく愛されていたクラウスとしては、お祖母さまは子供嫌いかなと、簡単に考えてしまっていたところがあった。
しかし、今後リヒテンベルク家でクラウスが暮らしていく上で、ゲルダとどのように係るべきかを考えておかなければならないと、クラウスはコンラートの葬儀に参加させてもらえなかったことで強く感じていた。
そこで、クラウスは最近では子供らしく話すことになれ、当たり前のように子供っぽくふるまえていたが、今回ばかりは子供っぽさを捨て、真剣にカトリナに問いかける。
「母さま、いじめられているのではないかもしれませんが、お祖母さまは母さまを疎ましく思っておられますよね。それは、お祖母さまが父さまを大事に思うあまりに、母さまを疎ましく思っているだけではないような気がします。何かあったのでしょうか。」
カトリナは大人っぽく話し始めたクラウスに多少驚いたようで、少し目を見開きながらクラウスを見つめたが、すぐにいつもの優しい笑顔をクラウスに向けて、話しかける。
「そうね、クラウスはよく気が付く子ですから、今回のことで心配になったかもしれないですね。でも、本当にお祖母さまは良い方なのですよ。そうですね、でもコンラート様のことや私のお父さまや実家のことや、あなたのお父さまと私の出会いのことをお話ししましょうか。」
「はい、母さま、母さまのお家のことや、母さまと父さまのことが知りたいです。」
「いいわ、少し長くなるお話ですが、飽きてしまったら言いなさいね。」
カトリナはそういうと、ソファーの横に座っていたクラウスから視線をはずし、少し目線を上にずらしゆっくりと語り始める。
「そうね、まずはコンラート様と私の父のお話ね。私の父はクラウスが生まれる前になくなってしまったから、クラウスは私の父には会ったことがないですね。私の父のベンノ・ブレルとコンラート様は若いころ一緒に冒険家をしていたの。コンラート様は子爵家の三男でしたが、成人してすぐに冒険に出られたそうです。貴族の家の子とはいえ、大貴族の長男でなければ、ほとんどが成人すれば家を出るものよ。あなたは一人っ子の長男で、リヒテンベルク家を継ぐことになるでしょうから、あまり考えたことはないかもしれませんが、どこの家の子でも長男として生まれなければ、親からも家を出て独立することを言われ、子供の頃から独立のことを考えるものです。そして、コンラート様もやはり成人するとすぐに家を出られ冒険家になったそうです。」
カトリナは少し息を継ぎ、続きを話す。
「私の父の家は普通の農家で平民だったようです。父も三男でやはり成人するとすぐに家を出たようです。そして、父は港町のブラッセの商家に奉公に上がったそうです。ブラッセには冒険者たちが集まる大きなガステリア迷宮があって、父が奉公に上がったのは、その冒険者を相手にする武具を扱うお店だったようです。そして、コンラート様は冒険者としてブラッセに来て、父の働くお店によく来ていたそうよ。そして、コンラート様と父は、どういう経緯かは聞いていませんが、とても息があり、仲良くなったそうです。」
「お祖父さまは仲がよかったんですか。」
「ええ、とても。だから、私の父が生きている頃は、よく私の家にコンラート様がブルーノを連れて遊びに来ていたわ。」
「そうなんですか。」
「ええ、でも、その話はもう少し後でね。とはいっても、私の生まれる前のことはあまり知らないの。冒険者としての名声もあり、剣の技量でも名をはせていたコンラート様は、迷宮で発見した魔道具を王室に献上したことで、王様に気に入られ、当時男子がいなかったリヒテンベルク家を継ぐため、お祖母さまと結婚されたようです。そして、その頃私の父はコンラート様から資金を借りて、独立して自分のお店を持ったみたいです。」
「コンラートお祖父さまは、すごかったんですね。」
「そうね、私の父はコンラート様に会えたことで運が開けたとよく言っていたわ。そして、コンラート様にはとても感謝していました。」
「そうなんですね。それでどうなったんですか。」
「ええ、コンラート様はリヒテンベルク家を継いで、赤犬騎士団に入団したの。すぐに実力を認められ、一年もしないうちに小隊長となったと聞いているわ。」
「すごいんですね。」
「そうね、コンラート様は本当にすごい方でした。」
「お母さまのお父さまはどうされたんですか。」
「私の父は、コンラート様からの支援もあって、お仕事は成功したの。今は、あなたも会ったことがあるでしょ。あなたのおじさまで、私の兄のエッケハルトが継いでいるわ。父はコンラート様の紹介で赤犬騎士団に武具を収める商売を始めたの。父もブラッセでの経験と人脈で、良い職人たちと縁を持てたことが成功につながったのね。特にブラッセの鍛冶師親方のケヴィン・フンペ様にかわいがっていただき、ブルッセで作られた質のよい武具を赤犬騎士団に収め、それが評判を呼び、他の騎士団からも注文を受けるようになって、今のブルッセ・ヴォン・ブルノ商会の基礎になったの。父には商才があったのね、その後武具だけではなく、ブルッセで麻製品を王都で販売し、莫大の利益をあげたみたい。父が亡くなった後も、父の築いたブルッセ・ヴォン・ブルノ商会はエッケハルトが、ブルッセと王都をつなぐ形で商売を続けているの。」
「ああ、だから、エッケハルトおじさまは、いつもお土産で高いご本を持ってきてくださるのですね。」
「そうね、あなたが小さいころは、子供が喜ぶおもちゃも持ってきてくれていたのよ。でも、あなたは本ばかり読んで、あまりおもちゃには興味を示さなかったから、本ばかり持ってきてくれるようになったようね。」
「はい、それにおじさまは、僕にどんな本がほしいか聞いてくださるので、小さいころは高価なものとは知らずに、お願してしまいました。」
「エッケハルト兄さまは、あなたがあんな難しい本を理解できるのかと、はじめは思っていたようですが、それでも面白がってとっても難しいといわれる本をあなたに与え、それをあなたが喜んで読んでしまい、またおねだりしたのが面白かったのか、興味を引いたのか、あなたのことはかわいがってくれて、いろいろと本を持ってきてくれたわね。」
「はい、おじさまには、本当に良くしてもらっています。」
「そうね、そして父の築いたブルッセ・ヴォン・ブルノ商会は、小さな甥に面白がって高価な本を与えるぐらいには、利益を出して、裕福な生活を送れているわ。」
「はい、それで、母さまと父さまはどうしてご結婚なされたのでしょう。」
「そうね、私がまだ物心がつく前の小さいころから、コンラート様はブルーノを連れて私の家に遊びにおいでだったようです。ブルーノはエッケハルト兄さまと気が合い、コンラート様とお父さまのように仲良かったの。そして、私もエッケハルト兄さまとブルーノと一緒に小さいころから一緒に遊んでいたのよ。そんなことで、ブルーノのことはずっと兄と思い慕っていましたし、それが年ごろを迎え恋心に代わるのも不思議ではなかったと思うわ。ブルーノも同じような気持ちであったと思います。こういうお話をするのは、恥ずかしいわね。そういうわけで、二人ともお互いのことを好き合っていたと思うの。でも、そんな時、ブルーノには結婚話が持ち上がるの。ブルーノは貴族で私は平民の商人、それでも王都でそれなりに名の知れた商会の娘だったので、貴族の家に嫁ぐことができないわけではなかったわ。だから、私もブルーノも子供ながらに将来を誓いあってたの。でも、リヒテンベルク家のことを考えていたゲルダ様は、ベネディクト公爵家の姫様とのご婚約をまとめようと画策なされていたようです。」
「それで、おばあさまはベネディクト公爵家のお話されていたのですね。」
「そうね、実際、おばあさまはベネディクト公爵と繋がるため、いろいろ画策され、婚約話も進みそうになっていたの。それに気が付いたブルーノが、コンラート様にご相談して、コンラート様が強引に私とブルーノの結婚を進めてくださったの。そして、少し若かったけども、ブルーノと結婚したの。」
「そうなのですね、父さまと母さまがご結婚できてよかったです。二人が結婚されたので、私も生まれてくることができました。」
「ええ、あなたが生まれたときはそれはうれしかったわ。ブルーノもコンラート様もそれは喜んでくださったわ」
カトリナはそう言って微笑む。
「おばあさまはどうだったのですか。」
クラウスの質問にカトリナの微笑みに少し陰りがさすが、それでも微笑みながら続ける。
「ゲルダさまもそれは喜んでくださったと思うのよ。」
「そうなのですか。」
クラウスはカトリナの表情から、ゲルダが喜んでいなかったのだろうなと想像する。
「でも、おばあさまは私とはあまりお話ししてくださいませんでした。」
「それは、ゲルダ様はあまり小さい子供がお得意でないのでしょう。」
「そうなのかもしれません。私もずっとそう思ってきましたから。しかし、今回のおばあさまを見て違うような気がします。」
クラウスはそう言って、少し姿勢を改めて椅子に腰かけ直し続ける。
「母さま、おばあさまの考えを知っておくことは大事なことのように思います。どうか、教えていただけないでしょうか。」
カトリナは困ったような顔でクラウスを見ていたが、少し諦めたように話しだす。
「そうね、あなたは賢い子ですし、よく気が付くから、そうですね。孫がかわいくないということはないと思うの。でも、あなたは私の子で、私はゲルダ様が思っていた嫁とは違うので、あなたのこともあまり良く思っていないかもしれない。ごめんなさい。私がゲルダ様に認めていただけていたら、あなたに心配かけなくてよかったのにね。本当に、ごめんなさい。」
「母さまが悪いことなど何もありません。気に障るようなことをお聞きして申し訳ありません。ですが、そういうことではなく、おばあさまとベネディクト公爵家との今のご関係を教えていただけないでしょうか。たぶん、そのことに注意を払っていないと、おばあさまに何かされてしまうのではないかと不安です。」
クラウスが大人びた表情でそのように語る姿に、カトリナはため息をついて、続ける。
「あなたが、そのようなこと心配しなくても良いの。あなたはこのリヒテンベルク家の跡取りなのですから、ゲルダ様もいい顔はしていませんが、今までと何も変わることはないのです。私とあなたはゲルダ様に気に入られるように、そしてあなたはリヒテンベルク家の跡取りとしてふさわしいよう、鍛錬を続ければゲルダ様も心を開いてくださいます。あなたにこのようなお話をしてしまいましたが、ゲルダ様のことを悪く思うようなことは、やめなさい。あなたのおばあさまは、リヒテンベルク家のことを大事に思っているだけなのですから。」
カトリナはクラウスに言い含めるように、ゆっくりと話す。
クラウスは、納得できなかったものの、カトリナから今のリヒテンベルク家とベネディクト公爵家との関係を聞きだすことは難しいと考え、他にこのことを探る手はないかと考えながら、カトリナを安心させるように答える。
「はい、おばあさまに安心していただけるよう、これからはもっと精進してリヒテンベルク家の跡取り男となります。母さまも、そのようなお顔をせず、安心してください。私がおばあさまに認めていただきますから。」
「ええ、そうね、私もゲルダ様により一層尽くして、ゲルダ様より認めてもらえるように頑張るわね。」
「母上はどうかされている。」
ブルーノの怒鳴り声が聞こえる。
ブルーノとゲルダの言い合いは、コンラートの葬儀が終わってから二日間、絶えることなく続いていた。
二人の争う姿にカトリナは、心を痛めていたものの、ブルーノに意見することも、ゲルダに話しかけることもできずにただ日々が過ぎていた。
そして、今日はブルーノが戦場へと出立しなければいけない日であった。
クラウスはカトリナから、コンラート家における確執の経緯を聞いたが、現在の状況については、幼いクラウスに心配をかけまいとするカトリナや家人の配慮により、結局ブルーノとゲルダの争いの中から聞こえてくる話でしか知ることができないでいた。
しかも、ブルーノとゲルダが争い始めると、クラウスは争いの場から家人たちに遠ざけられるように別の部屋へと連れられてしまうため、なかなか現状が分からないでいたが、とぎれとぎれに聞こえてくる争う声から、何となく現状を想像していた。
クラウスは転生前の知識から、ある意味嫁姑問題と割り切っても良いような気もしているのだが、それでも転生前の日本では考えられない貴族の家のことでもあるし、今後の生活に何らかの悪影響があるのではないかとの心配も少なからずしていた。
そして、ゲルダの主張は、カトリナとクラウスを家から追い出して、リヒテンベルク家にふさわしいと思われるベネディクト公爵家からブルーノの嫁を迎えろということのようだった。
格上である公爵家から、いくらブルーノがカトリナを追いだしたとしても、嫁に入ってくれる娘がいるのかと思っていたが、ゲルダが言うには、ブルーノとカトリナの結婚前にゲルダが画策した際の公爵令嬢は今も未婚であり、それはブルーノを想ってのことであるとのことだった。
そして、その令嬢とゲルダは、今まで手紙のやり取りを続けているとのことだった。
クラウスとしては、今でもゲルダとベネディクト公爵家に繋がりがあるのであれば、ブルーノの留守の間に強引にでも進められたら、対処のしようがないと思ったし、そしてゲルダの様子ではまさにカトリナとクラウスを追いだしそうな様子がありありと見えているため、ブルーノが出かける前に何か対策を考えないとと思っているが、子ども扱いをされているクラウスには何もすることができないまま、ブルーノが戦場へと出立する日を迎えてしまった。
再び戦場へと戻ろうとするブルーノと帰って来た時に引き連れていた従者六人は門前で、別れを惜しむカトリナとクラウスに送られて、旅立とうとしていた。
クラウスとカトリナの後ろにはディルクをはじめとする家人が並んで、ブルーノ達を見送っていたが、ゲルダは門前に出てくることなく、部屋に籠っているようであった。
ブルーノは門前でまたゲルダと争わないですんだと思い、いくらか和やかにカトリナやクラウスに声をかけていた。
「すまなかった、カトリナ。母があのようなことを言いだして。父が亡くなって、少しおかしくなっているようだが、しばらくすれば落ち着くと思うので許してほしい。」
「いえ、わたくしも嫁として至らなかったのです。これからはゲルダ様に気に入っていただけるように、尽くしてまいりたいと思っています。」
「そんなことはないんだ。カトリナは本当に良くやってくれている。君には何の不満もないし、それどころか、いつもよく尽くしてくれ、それに男爵家の奥方として、うちのことをよく差配してくれている。母にはよく言い含めたつもりだが、あんな調子なので、しばらくはカトリナにつらい思いをさせるかもしれない。許してほしい。」
「大丈夫です。私は何を言われても、ブルーノさえいてくれれば気にもなりません。家のことは心配せず、ブルーノ様こそ体にお気をつけになり、武勲をお立てください。」
「ああ、必ず武勲を挙げて帰ってくるよ。」
ブルーノはそう言うと、クラウスの頭に手を置いて、クラウスに向けて話しかける。
「クラウス、家のことを頼んだよ。父が亡き今、クラウスがこの家の跡取りだ。私がいない間の留守は、クラウスが守るんだ。」
「はい、父さま。どうか武勲を。」
「ああ、必ず武勲を上げてみせる。」
クラウスはブルーノに対して、ゲルダのことについて何か言っておかないとと思うものの、何を言っていいかもわからず、また戦場に出かける場において父親に話すこととしてふさわしくないと思い、結局当たり障りのない挨拶しか言えなかった自分を情けなく思い顔をしかめてしまっていた。
そんなクラウスの顔を心配そうにブルーノも見ていたが、やはり何も言えず、頭を一撫でして、家人のディルクに声をかける。
「ディルク、家のことを頼む。特に母があのような調子だ。母の様子をよく見て、カトリナの指示に従い対処するように。」
「はい、ご安心ください、ブルーノ様。家の事はカトリナさまとよく相談いたしまして、仔細滞りなく対応いたします。」
「ああ、頼んだよ。」
そして、ブルーノは乗馬する。
馬上から送りだしてくれるクラウスやカトリナや家人達を見回して、戦場へと連れて行く従者へ向かって、出立の合図を出す。
「では、行ってまいる。皆行くぞ。」
クラウスやカトリナや家人たちは、ブルーノ達一行が通りの向こうへ見え無くなるまで見送り、そして家へと戻っていく。
玄関へ入っていくとゲルダがカトリナを待ち構えるように、仁王立ちしていた。
「行ったかい。」
そう言うと、玄関へと入ってきたカトリナとクラウスを一睨みして、特に何も言うでもなく、また部屋へと戻っていく。
「ディルク、ちょっと来なさい。」
振り向くでもなく、そう一言残して、ずんずんと歩いていってしまった。
カトリナとクラウスは顔を見合わせ、特に何も言われなかったことに逆に不安を覚えたものの、ディルクが慌てたように、一言残し、ゲルダを追っていく後姿を眺めていた。
「若奥様、失礼いたします。皆は通常の仕事に戻るように。」
そして、ゲルダの指示に従い、残された家人たちもそれぞれの持ち場へと向かい各々散っていく。
カトリナはクラウスの手を引き、これからの生活の不安を抱えながら部屋へと向かうのだった。
「ディルク、お前は実のところどう考えているんだい。」
ゲルダの部屋にゲルダに付いて入って来たディルクが扉を閉めると、ゲルダは椅子に腰かけながら、おもむろに切り出した。
「奥様、なんのことでしょうか。」
「そんなもの、決まっているでないか。カトリナとか言う平民の女のことだよ。」
「若奥様のことでしょうか。」
「若奥様などと、そんな風に呼ばなくても良い。あのようなもの。」
「しかし、ブルーノ様の奥さまですし、とても良いお方と思っております。」
「ふん、おまえは、あの女が来る前は、一緒にブルーノのためにベネディクト公爵家のクレメンティーネ様との婚姻のため、骨を折ってくれておったではないか。それを、あの女が来たからと言って、そのようなことを言うのかい。よく、思い出してごらん。クレメンティーネ様が、わが息子との婚姻話を持っていったときの喜びよう。あのような、女を迎え、ベネディクト公爵様にもクレメンティーネ様にも、本当に顔向けができないよ。それなのに、ベネディクト公爵様にもクレメンティーネ様も、今でも私を信じ待っていてくださっているのだよ。なんとしても、あの女を追いだして、クレメンティーネ様を我が家に迎えなければ、リヒテンベルク家はこのドリチェントル王国で生きていかれないよ。」
「そのことなのですが、大奥様、本当でしょうか。ベネディクト公爵家としては、誠に申し訳ないことながらリヒテンベルク家との婚姻にそれほどの価値が見いだされるということはないと思うのですが。」
「それは、クレメンティーネ様がブルーノをどうしてもとおっしゃっていただいているからさ。」
「しかし、それは貴族の家の事、ご令嬢様とはいえ、個人の好き嫌いでどうなるものではないのでは。」
「そんなことは、うちのばか息子だって、あのような女を連れ込んだではないか。」
「しかし、やはり、ベネディクト公爵家がリヒテンベルク家に拘るのは、常識で考えてみるとおかしきことかと。何か裏があるのではないかと思われるのですが。」
そういって、ディルクは首をひねり、さらに続けた。
「それに、リヒテンベルク家としては、若奥様の実家からもたらされる経済的援助は捨てがたいものがございます。」
「そんなものは、ブルーノがクレメンティーネ様と結婚すれば、念願の領地が与えられるのは間違いがない。領地さえ持てばリヒテンベルク家の家計は安定するではないか。嫁の実家から援助を受け続けるなどという、貴族にあるまじき屈辱的なことをいつまでも続けてよいわけないであろう。」
「そのようなことは、どこの家でも、資産家の親戚を持つのは貴族家としては当たり前のこと。恥ということではないのではないでしょうか。」
「ふん、嫌なのさ、あのようなものから、援助を受け続けるというのは。」
「しかし、確かにリヒテンベルク家としては、ベネディクト公爵家との縁組には利益があります。そうですね、ベネディクト公爵家の思惑を調べてみて、もしリヒテンベルク家の利益になるようでしたら、大奥様の言う通り、ブルーノ様には考えてもらうのもよいかもしれませんね。」
「それなら、さっさと調べて、何とかしておくれ。」
1話目が書けた。頑張って投稿を続けます。




