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プロローグ 幼年期

 はじめまして、ファンタジー小説というのは前から書いてみたかったのですが、プロローグのあたりだけ書いては、やめてしまう3日坊主でした。

 ここは、一念発起して、まだ雑ではありますが、とにかく投稿しなければというプレッシャーで続きを書こうと思い、投稿してしまいました。

 修正加筆が入るかもしれませんし、設定が変わってしまうかもしれませんがご了承ください。

 プロローグ(幼少期)


 クラウスには生まれたときから記憶があった。

 それどころか、胎児の時も、前世の記憶もあった。  

 前世のクラウスが死んだときの年齢が四二歳。

 クラウスの前世は平凡な人生だった。

 地球の日本の昭和と平成という平和な時代を生きていた。

 一般的なサラリーマンの父と専業主婦の母がいる中流家庭の一人っ子として生まれ、地方の国立大学を無事卒業し、その地方では名が知れた企業に就職して、毎日深夜近くまで残業をしながら、それでも三五歳で二歳下の子と社内結婚をし、子供はいなかったものの特に離婚の危機もなく、普通に幸せに生活していた。

 でも、四一歳の時すい臓がんであることが分かり、そのままあっという間に死んでしまった。

 前世の妻には、病気のことで苦労させてしまい、一人残してしまったことを後悔していたが、この世界の母のお腹の中に宿った時に、前世での後悔や未練、死ぬときの苦しみなどのすべての感情は、泡のようにふわふわと漂い消えていった。

 たぶん、通常なら前世の記憶も感情と同じように消えていくのだろうと思ったが、なぜだかクラウスの前世での記憶は脳の中にこびりついたまま、消えることがなかった。

 この世界で生まれ変わり、母のお腹の中にいるときは幸せだった。

 ただ、ただ、安らかで、時間も緩やかに流れているようで、安心して羊水の中を漂っていればよかった。

 でも、あるとき、突然外の世界へと母のお腹の中から追い出される。

 産道を通るときには、頭がつぶれ、身体がつぶれ、、ものすごい痛みと苦しみがクラウスを襲い、そしてこの世界に産まれた。

 生まれたばかりの頃には身体も自由に動かすことができず、目を開けても白い光がいっぱいで何も見ることができず、母のお腹の中ではよく聞こえていた音も何か雑音が入って聞き取りにくくなっていた。

 しかし、数週間もたてば、普通に音は聞こえるようになり、物を見ることもできるようになった。

 この世界の言葉は日本語ではないようだった。

 産まれたばかりのクラウスは、周りで家族と思われる大人たちが話す言葉を理解することはできなかった。

 しかし、徐々にこの世界の言葉を理解することができるようになった。

 赤ちゃんの脳の性能は驚くばかりで、前世では英語も覚えるのが苦手だったが、周りの話を聞いているだけで、どんどんと何を言っているのかが分かるようになった。

 前世の日本でも幼児教育の重要性をよくテレビで取り上げていたし、0歳からの教育こそ投資効果も大きいといっていたのを覚えていたため、せっかく前世の記憶を残して生まれ変わったのだから、今からできるだけのことをして、この人生をより良いものにしようと心に決めたのだった。 

 とはいっても、0歳児でできることもなく、前世での知識を振り返ったり、ただ頭の中で四則演算を繰り返してみたり、周りを見ては目をつぶり見たことを詳細に思いだそうとしてみたり、人の言葉を聞き取ってその内容を理解しようと努めたり、ベッドの中でただそんなことを繰り返すだけだった。

 

 クラウスがこの世界で初めて認識した人は、やはり母だった。

 母の名前はカトリナ、赤い髪で、灰色の瞳の整った美人だが、背が低いためかわいらしいという印象を持たれやすい人だった。

 クラウスのことをよく抱いてはあやしているし、すごく愛情を持って接しているが、カトリナは十八歳と若いため、子育てをサポートするために乳母が雇われていた。

 乳母はエマという名の黒髪で灰色の瞳の美しい人だった。

 エマは最近高齢で妊娠していたが、生まれた子は残念ながら死産だった。

 しかし、エマには既に成人した子も含めて三人の子がいて、子育てにおいてはベテランだった。

 エマは女性にしては身長が高くスタイルがよい美人で、胸も大きくお乳の出も良かったため、クラウスの乳母として雇われたのだった。

 クラウスの家は乳母を雇うことができるくらいに裕福な家であった。

 家名はリヒテンベルク、階位は男爵で貴族に列せられていた。

 現当主はクラウスの祖父であるコンラートで、四十二才の最近渋みが出てきた金髪碧眼で高身長のイケメンだった。

 コンラートはリヒテンベルク男爵家が仕えるドリチェントル王国の赤犬騎士団の副将で、豪勇な武将として知られていた。

 ドリチェントル王国で十指に入る王宮剣術の達人で、国家の剣と呼ばれるドリチェントル王国の武術大会の優勝経験者でもあった。

 クラウスの父はブルーノという名の父親によく似た金髪碧眼のイケメンで、今は十九歳。

 十五歳で成人したときに赤犬騎士団に入団し、昨年十八歳の時に正式に団員として認められ、今も毎日厳しい訓練の日々を送っていた。

 ブルーノも若くして王宮剣術で免許皆伝の目録を取得し、昨年初めて参加した武術大会でも準々決勝まで進み、いずれ国家の剣となることを期待されている。

 コンラートにしても、ブルーノにしても、家にいるときにはクラウスが起きていれば抱いてあやしたり、クラウスが寝ていれば何時までも眺めていたりと、初孫、初めての我が子をありったけの愛情を注ぎ可愛がっていた。

 しかし、クラウスの祖母のゲルダは、リヒテンベルク家では、唯一ほとんどクラウスに関心を示さない存在だった。

 ゲルダはクラウスの存在を完全に無視しており、クラウスが歩けるようになり、家の中を探検できるようになるまで、クラウスはゲルダを全く知らないでいた。

 ゲルダはブルーノに対して子離れ出来ずに執着していて、ブルーノの妻であるカトリナに対しては敵視といってもいいほどの対応をしており、その子であるクラウスに対し、その存在はないものとして扱っているようだった。

 

 クラウスがハイハイで動き回れるようになったのは生まれてから八か月ぐらいだった。

 普通の成長だと思う。

 お座りをできるようになると、乳母のエマは床の上にクラウスを座らせてくれることが多くなった。

 ブルーノはもう生まれたばかりの頃から、クラウスがハイハイするのを期待して、床の上に寝かせることをしてくれていたが、カトリナやエマに見つかると怒られて、ベッドの上に連れていかれていた。

 クラウスとしても、早く動けるようになりたかったので、寝ながら足を蹴るような運動を一生懸命したつもりだったが、結局ハイハイができるようになったのは、生まれてから八か月ぐらいたってからだった。

 ただ、この世界は日本とは違い欧米のように家の中で土足のため、日本人としての前世の記憶を持つクラウスは、床に寝かされたり、ハイハイをするのは少し嫌な気分であった。

 クラウスはハイハイができるようになれば、行動範囲が広がるので家の中を探検しようと決めていたが、乳母のエマはなかなか目を離してくれず、エマが目から離なすときにはベッドの上に寝かされてしまい、部屋を出て冒険することができないでいた。

 クラウスとしては、とにかく家の中を探検すべく、次は歩けるようになるために、ハイハイとつかまり立ちで足腰の筋力を強くしようと頑張ったが、結局よちよちと歩けるようになったのも、普通の成長と同じで一歳を過ぎたころだった。

 

 クラウスは、歩けるようになった頃には、言葉もだいぶ理解できるようになっていた。

 クラウスは話すこともできるのだが、どういう話し方がよいか悩んでしまい、最初に言葉を発したのは二歳になってからだった。そのため家族には、障害があるのではないかとだいぶ心配をかけていた。

 あれだけ悩んでいたものの、結局最初に発した言葉は、別のことに気を取られていて花瓶を乗せていたテーブルに引っかかりそうになったブルーノに対して、「ブルーノ、あぶない。」との掛け声だった。

 前世の記憶を持つ身としては、あまり赤ちゃん言葉だと恥ずかしかったので、それからは子供として許容できる範囲の普通の言葉で話し始めた。

 全く話すことができなかったクラウスが、今度はだいぶ大人っぽい話し方をするようになったため、家族に天才なのではと逆の方向へ心配させることとなったが、しばらくすると家族も落ち着きを取り戻し、クラウスも子供らしい話し方の適度な加減ができるようになっていた。

 

 二歳になるころには、クラウスもこの世界のことがだいぶ分かってきた。

 乳母のエマが優秀なため、なかなか一人で冒険することはできないでいるが、クラウスと遊んでくれるコンラートやブルーノは、クラウスを抱いて家の中を歩き回ったり、家の近所へ連れて行ってくれるようになった。

 もともとは中世ヨーロッパに似た異世界であると考えていたが、いろいろと見聞しているうちに、中世ヨーロッパのような部分と、近世や現代並みに文明が発達している部分もあると知る。

 例えば、都市は非常に衛生的に管理されている。

 街にゴミなどが落ちていることはあまりなく、道路の脇には、掃除用の水を流した後に、ごみを流す側溝のような設備が設置されている。

 もちろん、上下水道も完備されていて、トイレは水洗トイレが利用されている。

 さすがに日本の温水シャワー式とはいかないが、ビデは設置されており、局部を清潔に保つことができる。

 風呂などもヨーロッパと違い日本式であり、湯船にお湯をためることができ、我が家にも設置されている。

 公衆浴場も街にはたくさんあり、入浴料の設定もピンからキリまであり、湯男や湯女が世話をしてくれるような高級なところから、そこそこ薄汚く貧民達でも利用できる安価な公営の大浴場まである。

 庶民たちにとって、公衆浴場は社交場であり、毎日のように通う者も多く、街では不衛生にしている人々がいない。

 そのような面では、現代的で文明が進んでいると思う一方、電力の利用もされていないし、内燃機関の発明などもされていない。

 したがって、太陽がある間働き、太陽が沈めば、一部の歓楽街を覗けば町は静かなものである。

 照明設備の主なものは火であり、蝋燭や油を使用したランプである。

 蝋燭は高価であるためあまり利用されていないが、食用にはならない何かの油は、どうやら豊富にあるようで、リヒテンベルク家ではランプが主に使用されている。

 移動手段は主に徒歩、乗り物としては馬に騎乗するか、馬や牛などに車を引かせるものが主流である。

 ただ、馬で牛でもない、この世界特有の動物に車を引かせているものも町では見かける。

 前世の記憶を持ったままの転生というのが、もはや小説の世界だし、異世界であっても何も驚きはしないが、できたら魔法が使えたり、ダンジョンとか冒険できたら楽しいなと、前世ではライトノベルが大好きでよく読んでいたクラウスは、最近よく妄想を膨らましていた。

 そして、クラウスが生まれた家が貴族階級だが領土を持たない無領地貴族であることや、コンラートはこの世界では尊敬をされている人物であることや、その子であるブルーノも期待されている人物なことが、町を歩くとコンラートやブルーノに声をかけてくる人々の様子から分かってきた。


 クラウスはある程度自由に歩き回れるほど成長すると、コンラートやブルーノが家にいるときは、彼らについて回るようになった。

 コンラートやブルーノが、庭で剣技の訓練をしているときには、彼らの動きをまねしていた。

 ブルーノは、クラウスが自分のまねをして、ころころと動き回っているのがかわいらしく、おもちゃの木剣を与えた。

 クラウスは暇があれば素振りをして、またコンラートやブルーノの動きをまねた型を行っていた。

 クラウスとしては、この中世ヨーロッパのような世界で、それなりの地位を確保して生き抜くためには、剣術が大事であるだろうと強く思っていた。

 そして、おもちゃではあるが木剣をもらったので、前世に漫画で読んだ薩摩示現流の立木打ちをまねして、屋敷の庭の木に向かって、木剣を打っていた。

 最初のうちは力もなく木にダメージを与えることもなかったし、打ち付ける自分の手のほうがだいぶ痛いと感じていた。

 しかし、素振りを繰り返したり、立木打ちを続けるうちに、徐々に木剣に力を乗せられるようになってきた。

 そして、前世では全くやったこともなかった剣術が意外と楽しくなってきていた。


 コンラートはクラウスの練習を最初は幼児の遊びとしてほほえましく見ていたが、徐々に様になっていく姿に、まだ幼いが本気で教えても良いのではないだろうかと思い始めるに至った。

 そして、クラウスが3歳になった頃。

 コンラートはいつものような幼児を相手にするような優しい問いかけではなく、ある程度成長したものに対するような物言いで、クラウスに話しかけた。

 「クラウスよ。お前は剣術を本気で修行する気があるのかい。」

 「はい、おじいさま。」

 クラウスは、口調の変わったコンラートがやっと本気で認めてくれたと、そしてここで修行を始められれば、他の人々に差がつけられると考え、喜んで答えた。

 「クラウスよ。剣術の修業というものは楽しいだけではなく、苦しいものだよ。痛い思いをしたり、場合によっては怪我をしたり命を落としてしまうこともあるものだよ。我が家は貴族で、武家だ。だから、クラウスがもっと大きくなったら、剣術は教えようと思っていたのだけれども、今はまだ今までのように楽しく遊んでいても良いのだよ。もっと大きくなってから剣術の修業を始めても、良いのだよ。クラウスには私の話すことが難しいかもしれないし、剣術の修業が苦しいということが理解できないかもしれないが、もし本気で修行するのならば、私もブルーノも今までのようにやさしさだけで、クラウスに接してあげることができないよ。だから、クラウスはこのじじもブルーノも嫌いになって憎むことになるかもしれないよ。そして、じしやブルーノは、クラウスが剣術の修業を始めてしまったら、途中でやめることは絶対に許さないよ。それでも、剣術の修業をはじめたいのかい。」

 クラウスはコンラートが、本気で心配してくれて、その上で本気で修業をつけてくれようとしていることを感じ取り、多少子供っぽく話していた言葉遣いを改めて答えることにした。

 「おじいさま、私は剣術が楽しいと思っております。そして、剣術を身につけることが、私が生きて行く上で大事だと感じています。だから、苦しい修行であっても必ず耐えてみせます。どうか、私に剣術を教えてください。」

 三歳とは思えない口調で真剣に願うクラウスに、コンラートは少し驚いたようであったが、コンラートはクラウスの希望を受け入れ、剣術の稽古をつけることを約束した。

 

 まず、クラウスには、訓練用の刃をつぶした鉄の剣が与えられた。

 与えられた剣は、クラウスの身長合わせて短い剣ではあったが、鉄製であり、三歳の子が持つにはかなり重いものであった。

 その重い練習用の剣を素振りすることで、最初は剣に振り回されていたクラウスだったが、徐々に剣を振れるようになっていた。

 三歳で重い剣を普通に振れることは驚くべき才能だと思うが、努力を惜しむことはなかった。

 クラウスは努力をしているという感覚がなく、ただただ剣を振ることが楽しかった。

 生まれ変わったクラウスのこの身体には、剣の努力を楽しめる才能が備わっているようで、ますます剣にのめりこむのだった。

 練習用の剣を与えられ二か月も経つころには、次の段階の王宮剣術の型を教えてもらうことになる。

 王宮剣術での基本の構えは三種類、上段、中段、下段である。

 頭の上に振りかぶる上段の構え、相手ののどへ向けに剣先を突きつけるような中段の構え、相手の足元に剣先を下げる下段の構えで、日本の剣術に似ている。

 上段の構えからは一撃必殺の型や先手必勝の型など攻撃的なものが多く、中段の構えからは攻防一体となったバランスの取れた型が多く、下段の構えからは防御や後の先など防御的なものが多い。

 上段、中段、下段それぞれに五十近い型があり、一つの型に少ないもので十手、多いものだと百手を超える。

 免許皆伝となるためには、全ての型を覚え、その上で実践においても戦えるレベルであることが、最低条件であった。

 

 クラウスは五歳ぐらいまでの二年間は、ほとんど剣術に打ち込んでいた。

 クラウスはリヒテンベルク家の男たちが持つ剣の才能を、余すところなく持って生まれたようだった。

 二年間で王宮剣術の全ての型を学び終え、コンラートやブルーノを相手に、実践的な立ち合いを行うようになっていた。

 その立ち合いでは、練習用の刃を丸めた鉄の剣が使われた。

 王宮剣術では、初心者の実践稽古では、直接打撃することを推奨しており、寸止めは皆伝者以上としていた。

 そのため、初心者同士の訓練であれば、通常鉄の剣ではなく、細い鉄の芯の入った布や綿でクッションを効かせた練習用の革製の棒を剣に見立てて、立ち合いを行うのだが、コンラートはクラウスに練習用の鉄の剣を使うように指導した。

 もちろん、コンラートやブルーノはクラウスの体に当てる前に剣の勢いを殺し、致命傷にならないように剣をコントロールしていたが、痣を作るぐらいの打撃は与えていた。

 クラウスは彼らと立ち合いを行えば、全身痣だらけとなり、最初のうちは十分も立っていられれば良い方という激しい訓練を行っていた。

 立会の稽古は、身体の回復も考え週に一度程度であったが、素振りや型の稽古は一人で毎日行うことを日課にして、どんなに立ち合いで痛めつけられていても休むことなく続けていた。

 

 五歳を迎えたクラウスは、ブルーノとカトリナに連れられて、アードラー大聖堂を訪れた。

 アードラー大聖堂は、ドリチェントル王国の国教であるギエリスト教の教会であり、総教主がいるギエリスト教の総本山とも呼ぶべき場所であった。

 ギエリスト教総教主は王族の中から選ばれ、王が即位する際には総教主の承認が必要とされることからも、ギエリスト教とドリチェントル王家との関係は深い。

 ドリチェントル王国国民は、五歳の誕生日に、各教区に配された教会でギエリスト教の洗礼を受けることになっている。

 ドリチェントル王国の無領地貴族達の多くが、居を王都であるアードラーに構えているため、必然的にアードラー大聖堂で洗礼を受けることになる。

 アードラー大聖堂は美しく磨かれた白い石材で造られている。

 王宮の次に広い敷地を持ち、白い建物の美しさもさることながら、季節ごとに美しい花が咲き乱れる庭園が華やかで、王宮とは違い、一般の庶民にも開放されていることから、アードラー教区の民たちの憩いの場となっていた。

 クラウスはブルーノとカトリナに手を引かれ、賑わいを見せる庭園を教会の建物へと向かって歩いていく。

 教会は、正面から見ると白い大きな三角形の建物で、無数のピナクルが聳え立つ。

 入り口は昼間であれば、門徒を拒むことなくいつでも開け放たれており、誰しもが教会の中でお祈りする自由があった。

 クラウスたちは、前室で教会への人の出入りを見守っている司祭に挨拶をして教会の中へと進む。

 教会の中はステンドグラスが嵌められた窓から差し込む神秘的な光で、荘厳な雰囲気が作りだされていた。

 側郎には支柱が並び木製のベンチが配され、内陣の祭壇へと続く身廊をブルーノとカトリナに手を引かれクラウスは歩く。

 ベンチでは祈りを捧げる人々がたくさんいたが、教会内は静かで庭園にいたときのような喧噪さは感じない。

 天井を見上げれば、天へと召されていく救世主ギリエストの周りを天使たちが舞い、地上では信者たちが祈りを捧げる宗教画が一面に描かれている。

 内陣に設えた祭壇の前へとクラウスたちが歩み寄ると、洗礼の準備を進めていた司祭が祭壇におかれていたハンドベルを鳴らす。

 すると、教会内で祈りを捧げていた信者たちが立ち上がり、教会から出て行く。

 ブルーノはクラウスの頭に手を置いて、クラウスを安心させるように微笑して、そのまま少し頭を撫でて、カトリナを促して出口へと向かう。

 カトリナはクラウスの前にしゃがんでクラウスと目線を合わせて、両手でクラウスの手を包むと、クラウスに優しく声をかける。

 「大丈夫よ、しっかり司祭様の言うことを聞いてね。」

 そして、カトリナは立ち上がり、ブルーノの後をついて二人とも教会内から出て行く。

 ブルーノとカトリナが教会から出ると、入り口に控えていた司祭により教会の入り口の扉が閉められ、教会内には司祭たちとクラウスだけになる。

 祈りを捧げていた信者たちが去った教会は、いっそう荘厳な空気を醸し出し、クラウスは少し圧倒されていた。

 ハンドベルを鳴らした、祭壇の前に立つ司祭の周りに、先ほどまで信者たちの世話をしていた五人の司祭たちが集まっていた。

 ただ、入り口の扉を閉めた司祭だけが、前室に控えていた。

 「クラウス君」

 ハンドベルを鳴らした司祭がクラウスに声をかける。

 「ここにいるのが、これからクラウス君に洗礼を授ける洗礼司祭達です。私は主任司祭のベルノルト。そして、私の右にいるのがクレーメンス司祭、左側にいるのがエッカルト司祭、その向こうにいるのがダニエル司祭、そしてクラウス君の横に立つのがアヒム司祭といいます。よろしくお願いしますね。」

 そういうと、各々クライムに向かってお辞儀をした。

 「これから、きみに洗礼を与えるから、きみの隣に立つアヒム司祭の言うことを聞いて、彼の言うとおりにするんだよ。よいかね。」

 クラウスの隣にはいつの間にか、背の低い司祭が立っており、クラウスの方を見て微笑して、頷いていた。

 「はい、分かりました。」

 クラウスがベルノルトに答えると、ベルノルト司祭、クレーメンス司祭、エッカルト司祭、ダニエル司祭の四人は祭壇の前に並び立つ。

 アヒム司祭はクラウスの手を引いて、クラウスに少し下がるように促す。

 祭壇の前に立つ四人の司祭は祭壇に向かって何やら祈りをささげ始める。

 そして、一番左にいたダニエル司祭が、水晶球のような透明な丸い球を掲げ持つと、クラウスの前にやってきてしゃがみ、クラウスの顔の高さに、その透明な丸い球を両手で捧げるように近づける。

 「さあ、クラウス君、その球に額を押し付けて目をつむり、司祭様たちの祈りに耳を傾けなさい。」

 アヒム司祭の指示にクラウスは素直に従い、目の前に差し出された球に額を押し付け、目をつむった。

 それから数分、祭壇の前で祈りを捧げていた司祭たちの声が途切れたときに、クラウス目の前で透明な球を持っていた司祭は球を胸の前に引き寄せ立ち上がる。

 クラウスはその間、司祭たちの声や、冷たい球の固い感触に、心地よさを感じていた。

 しかし、それが終わったことで、瞑っていた眼を開けて、案内をしてくれていたアヒム司祭の方を見上げる。

 アヒム司祭はクラウスに頷いて、祭壇の方を見ているように促す。

 祭壇で祈りを捧げていた司祭たちは、祭壇に背を向けてこちらに振り返っており、球を持っていた司祭は、祭壇で祈りの中心となっていたベルノルト司祭の前でひざまずき、球を頭の上に捧げるようにして、ベルノルト司祭に見せる。

 ベルノルト司祭が捧げられていた球を受け取ると、ダニエル司祭はエッカルト司祭の右側に戻り、祭壇に背を向けクラウスの方を向き司祭たちの列に並ぶ。

 ベルノルト司祭は受け取った球を、両手で抱えるように持ち、顔の高さまで持ち上げて、何やらまた祈りをささげ始める。

 すると、一瞬、球からはフラッシュのような白い強い光が輝いた。

 それを確認したベルノルト司祭は、少し驚きの表情を見せる。

 そして、ベルノルト司祭は球を祭壇の元の位置に戻すと、クラウスの前に立ち、クラウスの頭に手を置いて、何やらまた祈りを囁く。

 ベルノルト司祭は祈りを終えるとハンドベルを取り、それを鳴らす。

 ハンドベルの音が教会に鳴り響くと、前室に控えていた司祭が入り口扉を開ける。

 すると、教会の中に人々が祈りを捧げるために入ってくる。

 そんな、信者たちと一緒に、入り口で待っていたブルーノとカトリナも入ってきて、クラウスのそばまで近寄ってきて、カトリナはクラウスの前でしゃがみ、クラウスを抱きしめ、ブルーノはクラウスの頭に手を置いて、軽く撫でる。

 「無事、洗礼は終わりました。」

 ベルノルト司祭はブルーノに向かって声をかける。

 ベルノルト司祭以外の他の四人の司祭は、また教会内の持ち場に戻って、信者たちの相手を始めていた。

 「ありがとうございました。司祭様。」

 ブルーノはベルノルトに対して頭を下げ、クラウスを抱きしめていたカトリナは立ち上がり、ブルーノの横でやはりベルノルトに対して頭を下げていた。

 「ご子息ですが、このままお過ごしいただいて構わないでしょう。」

 「そうですか、魔法の才能はありませんでしたか。」

 「いえ、私も今まで見たことがないほどの強い光を放ちましたので、魔法を使うための知性は申し分ないといえますが、光を放ったのがあまりに一瞬でしたので保有魔力は全く期待できないと思われます。したがって、神官として神にお仕えするなり、研究者への道へ進むなり、行政官としての道へ進むなりしても、素晴らしい才能を発揮されると思われます。しかし、魔法を研究し理解することはできても、クラウス君が魔法を使うことはできないと思われます。」

 

 この世界には魔法を使える人々がいる。

 五歳の誕生日になると、この国で暮らすものは全員ギエリスト教の教会を訪れ、そこで洗礼を受ける。

 そして、その洗礼こそが魔力試験となっており、クラウスが今回受けた洗礼の正体であった。

 魔力を使うためには知性と魔力が必要であり、儀式において水晶玉が放つ光の強さが知性を、光っている長さが魔力量を現すとされる。

 五歳までは、魔力も安定せず、増え続けるといわれているが、五歳以降は魔力は変化をすることがないと研究されていた。

 この儀式において、水晶球が光り続ける長さが三十秒以上のものは、魔法を使うに十分な魔力を持つといわれている。

 しかし、実際にはこの儀式において水晶球に光らせる者は、十人に一人といわれ、実際に魔力が使えるほど水晶球を光らせる者は、百人に一人ぐらいの割合である。

 この魔力試験において、魔法が使えると判定されたものは、次の年より2年間、王都にある魔道学校初等科への入学が義務付けられる。

 そして、魔導士としての倫理観を厳しく指導され、国家魔導士としての称号を与えられる。

 魔道学校への入学を拒否することはできないが、実際に拒否しようと思うものもいない。

 なぜなら、魔道学校初等科へ入学後2年間は、給金が支給され、また国立図書館の丁号閲覧資格が与えられる。

 国家魔導士の称号があれば、魔道学校中等科、高等科への進学の道や、魔道研究所の研究員への道も開け、国家行政官に就職することも、有力諸侯に仕えることも、冒険者としてパーティーに加わるにしても、とにかく引く手あまたで、将来喰う困らないどころか、それなりの地位や富が約束される。

 ただし、国家魔導士には義務が課され、毎年一定量の魔力を魔石に込めて、国家に提出しなければならない。

 ドリチェントル王国の各町には、魔道結界管理官が各都市の規模に合わせて必要人数配置されており、魔道結界を発生させる魔方陣の管理をしている。

 その魔方陣に魔石に蓄えられた魔力を注ぐことで、町に結界を張り町へ魔物が進入することを防いでいる。 

 また、結界内においては魔法を使えなくなることから、結界内で魔法による犯罪や、他国の諜報活動を防止している。

 ドリチェントル王国の全ての町で魔道結界が働いているため、街の中で魔法を見ることはなく、クラウスもこの儀式を受けるまで、この異世界でも魔法はないのだと考えていた。

 

 「まぁ、よかったよな。」

 クラウスの右側でクラウスと手をつないでいるブルーノが、クラウスの左側でクラウスと手をつないでいるカトリナに対して、クラウスの頭越しに話し始める。

 「国家魔導士になれば、将来は安泰だけど、我が家は代々ドリチェントル王国に剣を持って使える家だしな。それに、クラウスには、剣の才能が間違いなくある。国家魔導士でなくとも、将来は国家に仕え、その名を轟かすに違いない。」

 「わたしは、クラウスが幸せにさえなってくれれば、何になってくれても構いません。」

 カトリナがクラウスの方へ目線を下し微笑みながら、ブルーノにはっきりと答える。

 「でも、あなたや義父様のように、軍人として国に仕えるとなると、命がけでのお仕事ですから、心配が絶えませんわ。クラウスは賢い子のようですし、司祭様も知性があるとおっしゃっていましたので、国家行政官として国に仕えてくれれば、安心なのですが。」

 「ああ、だが、我が家は武家、やはり軍人として仕えることになるだろう。」

 「でも、まだクラウスは5歳ですし、魔導士の素質はなかったのですから、来年になっても家にいてくれます。クラウスには、そろそろ家庭教師をつけたほうがよいのではないでしょうか。」

 「そうだな、魔道学校へ進むことはなかったが、十才になれば王立士官学校へ入学できるし、それまで家庭教師を雇って知識を身に着けるのも良いな。父上にお願して、優秀な家庭教師を紹介してもらうか。」

 頭の上で親たちがクラウスの教育問題を話していたが、本人の意思は関係なく、家庭教師がつくことに決まりそうであった。

 クラウスとしては、この世界に転生してきたときも思っていたが、よりよく生きるために努力を怠るつもりもなかったので、家庭教師をつけてくれることは大歓迎であった。

 

 一月後、クラウスの家庭教師としてリヒテンベルク家へやってきたのは、魔導士のアンネ・ベルツという二十代前半の若い女性であった。

 アンネは、魔道高等科を卒業後、冒険者の道を選び、北部辺境冒険者ギルドに所属して氷の魔境にある古代遺跡に挑戦していた。

 かの遺跡には魔瘴気が充満しており、冒険者の連続探査期間を最大三年に制限しており、三年探査をした後、十年間の休養期間をもうけなければ、再探査ができないことになっている。

 アンネは遺跡で冒険者としての活動を行うことと並行して、魔瘴気の魔力変換の研究をしており、かの地での研究素材が一通り集まったため、王都に戻り、魔道研究所で研究を始めようとしていた。

 当初は魔道研究所の研究員として、魔道研究所に所属を希望していたが、彼女が戻った際に研究職員枠が空いておらず、私研究者として所属することになる。

 私研究者は論文提出により研究予算が認められる場合、魔道研究所から少額の研究費が支給されるが、給与は支給されない。

 そのため、私研究者として所属する魔導士は、冒険者などをして蓄えた私財を切り崩して研究を行うか、貴族や商人にスポンサーについてもらい研究を行う。

 アンネも三年間の冒険者生活で私財の貯えにも余裕があったため、研究費が出れば今後十年間は研究に没頭できると考えていた。

 しかし、王都に来て私研究者としての論文も認められ研究費の補助がもらえるとなった時に、近づいてきた大商人を名乗る詐欺師に、今後の生活の安定にと投資を勧められ、それに騙されて私財をすべて失ってしまった。

 アンネはそのため王都での生活に困窮することになる。

 その噂を聞きつけたコンラートは、アンネのスポンサーに名乗り出て、その条件として孫の家庭教師を引き受けてもらったのだった。

 

 クラウスに家庭教師がつくことになった日に、クラウスは自分の部屋をもらった。

 屋敷の東側の部屋で、東側には大きめの板窓がついている。

 午前中に板窓を開けると日の光が入いる明るい部屋だ。

 窓の下には机と椅子、北側の壁にはベッドと、置いてあるものはそれだけのシンプルな部屋であった。

 ここで、クラウスは初めて、家庭教師のアンネに会った。

 国家魔導士であるアンネはとてもきれいな人で、知識が豊富だった。

 家庭教師をするのは初めてだというが、教え方も上手で、クラウスの疑問には何でも答えてくれた。

 クラウスも好奇心旺盛で次々と知識を吸収する。

 当初、アンネが依頼されたのは、国語と歴史を教えることであったが、クラウスの好奇心はそれだけに収まらず、神代言語、魔道理論、科学、数学などの、魔道高等科で学ぶようなことにまで及んだ。

 クラウスは前世の知識において、この世界の原始的な科学や数学については余裕で理解することができ、魔道理論についても、実はコンピューターのプログラミングに似ていて、前世でSEであったクラウスにとって、理解がしやすいものであった。

 王都では結界のせいで魔法は使うことができないので試すことはできないが、クラウスには魔力がないため、魔法は使えないといわれた。

 一応、クラウスも試してみたが、魔力がないせいか、王都でのせいか結局何ら魔法のようなものは使えなかった。

 神代言語は大昔の統一文明世界において、使われていた言語であり、歴史や遺跡、古代遺物などの記録を調べるためには、必須の言語である。

 また、魔法を使う際に詠唱する言葉は神代言語であり、神代言語が使えない魔導士はいない。

 また、この世界の国際公用語であり、各国の外交などの場では神代言語が使われる。

 

 アンネがクラウスの家庭教師となり二年、クラウスが七歳の時、ドリチェントル王国は隣国のハーニャ・リカ帝国と戦争が始まる。

 コンラートやブルーノが所属する赤犬騎士団も前線へと送られた。



 プロローグという名の、設定紹介でした。

 今後、物語を書いていて、設定的におかしい時は、修正加筆してしまう予定です。


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