その21 犬狛国宮殿・王女の部屋
マイヌの前で、深々と頭を下げるシロネとコブタエ。
「どうかお願いします」シロネが頼む。
マイヌの横にたたずむフント、メガネを少し上げ、コホンと咳をする。
「先にツナ缶を渡した場合、骨ガムがこちらに渡る保証はございませんが」
「そこは信用していただくしか…」
シロネが言うと、フントは待ってましたとばかりにマイヌのほうを見る。
「姫さま。では例の件を条件にしてはいかがで…」
マイヌが、コブタエが持参した山盛りの羽二重餅に手を出そうとしているのに気づいたフントが、険しい顔になる。
「姫さま! 餅など食べている場合ではございません!」
ちらりとフントを見るが、羽二重餅をパクリと頬張るマイヌ。
「姫さま!」
マイヌに駆け寄ろうとしたフントがコブタエとぶつかる。コブタエのまとっていた葉っぱが落ちる。
「わっ」慌てるコブタエ。
「失礼いたし…ああっ。おまえはあの時の金庫破り!」
コブタエの正体に気付いたフントが叫んだ。
とっさにコブタエが頭を下げる。
「この前はごめんなさい! 怖くて逃げちゃったんです」
「盗人が何を言う!」
「盗人ではありませんから!」フントに言い返すコブタエ。「羽二重餅を献上しに来た時に、パラグライダーから落ちてしまったんです。それで塔の屋根を突き破って、金庫の上に落ちたら、倒れて金庫の扉が開いちゃったんです!」
“…そうだっけ?”顔をしかめるシロネ。
「そんな言い訳が通用するか」フントが声を荒げる。
「もうよい、フント」口に付いた片栗粉をナプキンで拭いながら言うマイヌ。
「ですが姫さま…」
「いわば過失です。その程度で壊れる屋根と金庫にも問題があるのでは?」
「姫さま…」
「おいしい羽二重餅が食べられたのは事実です。その件はそれでよしとしましょう」
「恐れ入ります」マイヌに頭を下げるシロネ。
「いいえ~ん」マイヌの尻尾が大きくバタバタと動く。
フントが苦々し気に言う。「わかりました。シロネ王子、お供の方の件は大目に見るとしましょう」
「かたじけない。それではツナ缶の件に話を戻します」
「あ。ちょっとお待ちになって」マイヌがシロネに微笑む。
「何か?」
「彼女には…」コブタエを見つめるマイヌ。「次回、シロネ王子がいらっしゃるまで、私の元にいてもらいます」
「コブタエに?」
「私に羽二重餅を作るのです」
マイヌの満面の笑みを見たフントとシロネが顔をしかめた。
咳払いするマイヌ。「とにかく、この程度の交換条件は必要と考えます」
「わかりました。従います」コブタエが言う。
「でもおまえ、ハブタエンヌ試験が…」
「試験でしたら、ツナ缶引き渡し日の午後ですから、ギリギリ間に合います」微笑むコブタエ。
「だが…」
「大丈夫ですから。それに、美味しいと言って下さる姫さまに、もっともっと羽二重餅を食べていただきたいです」
「まあ! 話のわかる子だわ」口元によだれが浮かぶマイヌ。
「では、よろしく頼む。コブタエ」
「はい」
部屋を出ていくシロネ。閉まったドアの外で、コブタエに深く頭を下げると、急ぎ廊下を駆け抜けていった。
“俺は俺で、自分にできることを精一杯するんだ”
マイヌは手元のハンドベルでメイドを呼んだ。
「コブタエちゃん。お部屋に案内させますから。どうかゆっくりとおくつろぎになって」
「ありがとうございます」
コブタエは、メイドと共に部屋を出て行った。
その後も、羽二重餅を食べ続けているマイヌ。横にいるフントが苛立たし気に言う。
「せっかく、あの話を持ち出すチャンスでしたのに」
「だって、おいしくて、それどころじゃなかったんですもの」
「その食いしん坊が、今のピンチを招いているのですぞ!」
フントに叱られ、不満げなマイヌ。
「で、そっちは間に合うのかしら?」
「二日後までに何としてでも」
フントは低い声で答えた。




