その18 犬狛国宮殿・王女の部屋
自分の部屋で大きなケーキを食べているマイヌ。
フントが足早に部屋へ入って来る。
「あら、なあに。ノックもしないで…」口に付いたクリームを、慌ててナプキンで拭くマイヌ。
「ケーキなど食べている場合ではございません。シロネ王子がおいでです」
「え? シロネ王子が?」
顔がパーッと明るくなるマイヌ。
「ちょっと待っていただいて!」
慌ててクロゼットから何枚もドレスを出すマイヌ。鏡の前で合わせる。
「姫さま。こちらのピンクのドレスにいたしましょう」
「うーん」
「シロネ王子は気が短いと、もっぱらのご評判。待ちくたびれて帰ってしまわれたら、どうするのです!」
「そんなの困るわ!」
目にも止まらぬ速さでドレスを着替え、ばっちりメイクを施したマイヌ。
阿吽の呼吸でフントがドアを開けると、ドレスの裾を持ち、猛スピードで応接室へ駆け出した。
ドアの前でピタッと足を止めるマイヌ。再び阿吽の呼吸でフントが全身を写せる大きさの鏡を差し出す。
「完璧だわ」
マイヌはフントにうなづくと、フントが応接室のドアを開けた。
「シロネ王子! いらっしゃいませ!」
「ご無沙汰しております」
「ちょうどシロネ王子にお話がございましたのよ」
長椅子に座るシロネの横にぴったりとマイヌがくっつく。ドレスの中で尻尾がぶんぶんと振られているのがわかる。
そんなマイヌの様子を特に気にするでもなく、淡々と告げるシロネ。
「クロネが誘拐されました」
「え?」
「犯人が出して来た交換条件はダイヤモンドツナ缶です。お願いです。ツナ缶を渡して頂きたい」マイヌに頭を下げるシロネ。
「ええと…」困惑するマイヌ。
「その代わり、何でもそちらのお望みのものを差し上げます」
「何でも? それでは……」
「〝黄金の骨ガム〟を頂きましょう」フントが割って入る。
シロネがにっこり微笑み、手元の黄金の小箱を開ける。
「それでしたらここにござい……ん?」
箱の中には何もない。
“何で無いー!”
「どうかなさいまして?」尋ねるマイヌ。
シロネは顔の汗を拭いながら答えた。
「いえ、何でもありません。骨ガムは後ほどお持ちします」
「それにしても、いったい誰がクロネ王子を…」フントが心配そうにシロネに言う。
「私にできることでしたら、何なりとおっしゃって」マイヌが何度も何度もうなづきながら言う。
「ありがとうございます。とりあえずはツナ缶をお願いします」
「は、はい…」なぜか困惑した様子のマイヌ。
「ところでシロネ王子」フントが言う「保管場所が遠いため、ツナ缶をお渡しするのは二日後になります。それでよろしいでしょうか」
「わかりました。骨ガムはその時に」
マイヌに恭しく一礼すると、ドアを開けるシロネ。
「もうお帰りになりますの!」
「また二日後に」
シロネは振り向きもせず、部屋を出た。




