その1 猫魂の森
生い茂る森の一角。四方を囲むサンドバッグ相手にパンチや跳び蹴りを連発する白猫の猫又、シロネの姿。
何かに気付いたのか、ふと動きを止め、辺りの匂いを嗅ぐと問いかけるシロネ。
「シノブか?」
その問いに答えるかのように、瞬時に現れたクリーム色の猫又シノブ。すぐさまシロネの前にひざまずく。
「申し上げます。クロネさまが犬狛国のマイヌ王女にさらわれました」
「何だと!」
黄金に輝く箱をシロネに差し出すシノブ。
「これを持ってお姿をお隠し下さい」
「これは〝黄金の骨ガム〟ではないか…」
「敵の狙いはこの骨ガム。クロネさまはそれを阻止せんとして囚われたのです」
「ならば、敵は当然、骨ガムとクロネを交換だと言ってくるだろうな」
「ですがクロネさまは拉致されながら、天井裏の私に向かっておっしゃいました。“渡せば猫魂国は犬狛国に乗っ取られる。死守しろ”と」
「だが渡さねばクロネの身が……」顔がくもるシロネ。
シノブが、すっくと立ちあがる。
「クロネさまは我々密偵部隊が必ず救出します。シロネさまはすぐにここからお離れ下さい」
「そんな! クロネを置いて逃げるなど…!」
シノブがシロネをかばうようにしながら、周囲の気配を気遣う。草むらをかき分ける複数の足音が聞こえてくる。
「追手が迫っております。どうか」
「だが…」
「どうか!」
「…わかった」覚悟を決めるシロネ。「後を頼んだぞ、シノブ」
一瞬のうちに森を駆け抜けていくシロネ。
シノブは、その後ろ姿に敬礼すると、木の上に素早く登り、木々を渡り、走り抜けていった。