想曲・肆〜忘却〜
燈牙は目を覆った。
「赦されない恋だとは解っていた。俺には幼少の頃に両親が決めた許嫁がいる。永遠を苦しめるだけだと、解ってはいたけれど…」
胸の高鳴りを。溢れ出した想いを、抑えることができなかった。何を犠牲にしてもいい。貴女と、生きていくことができるなら。
「でも、結局貴方は永遠さんではなく美鈴さんを選んだ」
ナダは事実をただ淡々と告げる。
あぁ、そうだ。俺は、永遠ではなく美鈴を選んだ。あの夜。急に先のことに不安を覚えて待ち合わせの場所に行かなかった。彼女を選ぶことが本当に正しいのか、わからなくなった。
永遠は、どんな気持ちで自分を待っていたのだろう。初めて逢ったあの桜の木の下で。来ない相手を、何時までも何時までも。
彼女は、自分を最後まで信じてくれたのだろうか。
燈牙は立ち上がった。距離を隔てて椅子に座るナダを虚ろな瞳で見つめる。
「…お前は、俺を裁く為にそこにいるのか…?どちらが正しかったんだ…ッ」
搾り出された言葉。顔を覆い、その唇からは微かな嗚咽が洩れる。
ナダは何処までも静かだった。右手に持っていたペンダントを置き、一度瞬く。深緑の瞳が、不規則に揺れた。
「――僕はただ、永遠さんから貴方への言伝を預かってきただけです」
「言伝…?」
のろのろと顔を上げた燈牙の鸚鵡返しに、こくりとナダは頷く。
「“貴方を、愛していた”と」
燈牙は目を瞠った。自分の耳が信じられなかった。彼は今、何と言った?
「“貴方に逢えた事。貴方を愛することが出来た事。後悔など、していない”」
少年の声に重なるのは、愛しい人の囁きだ。
「“全ては私の選んだ事。でも、私はもう貴方の傍にはいられない。貴方の過去の足枷にはなりたくない。貴方には幸せになってほしい。だから――…”」
ナダが言葉を紡ぐ。死者の最期の想いを。
「“私のことは、忘れてください”」
少年が椅子から立ち上がる。ゆっくりとこちらに歩いてくる姿を視界に入れながら、それでも燈牙は動けなかった。永遠の言葉が繰り返し耳に蘇る。もう遅すぎる、それは死者の想い。
ナダが燈牙の前に立つ。彼を見上げて微笑したナダは、その額に指を当てた。
淡い光が視界を覆い、燈牙の中にあった大切な何かが消えていく。手放したくないと足掻いてみても、それは留まってくれなくて。
燈牙の瞼がゆっくりと落ちる。
「――僕は、貴方を裁く立場にいない」
意識が完全に闇に落ちる瞬間、燈牙はナダの言葉を聞いた。
ΨΨΨΨ