第三想・想曲/漆〜長雨〜
「失礼します」
一声掛け、扉を開ける。生乾きの髪のままいつもの皮椅子に腰掛け、早速読書を開始した主が珍しく顔を上げた。
「ダルベシアです」
恐らくは室内を一瞬にして満たした香りで自分の持ってきた紅茶の種類を推測した主のそんな行動に零れそうになる笑みを何とか堪えたラキは、しおりを挟んで本を閉じた彼の前に桜の花が描かれたカップとチョコレートケーキを置いた。
「・・・・・・・・」
優雅な手付きで取っ手に指を絡ませ、香りを存分に堪能してからその見事な桜色をした液体に口を付ける。口の中に広がった味を堪能するかのように数秒沈黙した彼の唇から漏れた微かな吐息に、ラキは満足げな笑みを浮かべた。
「…それにしても」
待ちに待った紅茶を楽しむ主に背を向け、ラキは部屋の窓を開ける。流れ込んできた雨の匂いに、その紫の双眸を細めた。
「今日は、随分と長雨ですね」
見上げた天は、未だ泣き止む気配を見せない。流され続ける涙は、地上に生きる者達の心を沈ませてしまう。
「…もう、止む」
いつまで降り続くのかと溜め息をついたラキの耳朶を、主の静かな声音が叩く。
滅多に言葉を返してこない主の返答に、ラキは驚いたように背後を振り返った。先程の読書中断といい、今回の返答といい、珍しい事ばかり起きている。この雨が長く続いている原因の一端は主にあるのではないかと、その背を見つめながらラキが思ってしまった程だ。
「この雨は、謂わば導きだ」
「導き…?」
零れ落ちた言葉の意味が解らず、眉を顰めたラキの鸚鵡返しに、しかし主からのそれ以上の説明はなく。