第三想・想曲/伍〜笑顔〜
「さっきはごめんなさい。痛かったよね?」
太陽のような笑顔が曇れば、ラウは宥めるように頬にそっと触れる。その暖かさに、男の子はくすぐったそうに声を上げて笑った。
「暖かいや。早く、未来ちゃんに見せてあげなきゃ」
その顔に笑顔が戻れば、男の子は雨の中歩き出す。
小さなその体は空から落ちてくる天の涙でずぶ濡れで、風邪を引かないだろうかとラウは空を見上げた。降り止んでくれればいいのにと願うも、頬を叩く雫を落とす天は泣き止む気配を見せない。
「未来ちゃんとは、入院していた病院で友達になったんだ。僕は風邪をこじらせただけだったけど、未来ちゃんはもっと大きな病気で、ずっと病院にいるんだって」
ラウの心配を他所に目的地である病院への道を歩く男の子の横顔は嬉しさで輝いていた。余程、その未来ちゃんという子の事が好きなのだろう。
彼自身ですら気付いていない淡い恋心に、ラウはその鋭い双眸を優しげに細める。
「未来ちゃんがね、僕に絵本を見せてくれたんだ。そこには、鳥さんみたいに綺麗な赤い色をした鳥がいてね。いつかこんな鳥が見てみたいって、未来ちゃんが言うから」
些か頬を上気させて楽しそうに語る男の子に相槌の声はない。それでも、彼はラウに向けて喋り続けた。
「だから、僕が見つけてきてあげるって、約束したんだ。絶対に見せてあげるよって言ったら、未来ちゃん、凄く嬉しそうに笑って」
その時の光景を思い出したのか、俯いたその頬が更に赤くなる。それは決して降り続く雨に冷やされた空気だけが原因ではなく、その純粋さが微笑ましい。
「何か、早く見せたくなっちゃった」
伏せていた顔を上げた男の子は、一旦立ち止まると、急に走り出した。流石に不安定に揺れる場所ではとまってはいられず、ラウは宙に舞い上がる。
「早く、未来ちゃんの笑顔が見たい!」
病院はもう視界に入っている。道路を渡ればすぐそこだ。
青信号を走って渡っていく男の子の後を、ラウは雫を含んで些か重たくなった緋色の翼をはためかせて追った。
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