第二想・想曲/漆~玉響~
問いかけられ、若菜は返す言葉が見つからなかった。真っ直ぐに見下ろしてくる深緑の双眸から逃げるように視線を外し、一輪だけ花弁を下に向けている菖蒲を見つめる。
「―――朔さんから、貴女への言伝を預かっています」
彼の言葉に、若菜は顔を上げた。その黒曜石の瞳が、揺れる。
「゛生きてくれ、母さん"」
紡がれた、その言葉に。託された、その想いに。
若菜は顔を覆った。その頬を落ちる雫は、雨ではなくて。
たった一輪だけ、花弁を下に向けた菖蒲。まるで泣いているようだと思った。そしてその涙は、自分に向けられたもの。ならば…。
「そこに…いるの?あの子は…朔は、そこにいるのね?」
『やっと気付いたのかよ』
呆れたような、けれど何処かほっとしたような響きを含んだ声が耳に届き、少年の深緑の瞳が若菜を通り越してその先へと向けられる。
降り止まない雨の中、彼はそこにいた。
しかし、若菜の視線は動かない。彼女には、彼の姿が見えていないのだ。だから、声も届かない。
『ありがとな、キスイ』
もうどんなに願っても、大切な人に声を届けることは出来ないから。
『言葉が届かないって事が、すげぇもどかしくてさ。でも、やっと気付いてくれたみたいだ』
自分を認識して見つめてくる深い色の瞳に、朔は笑いかける。
『これで…安心して逝けるよ』
もう一度若菜に視線を向け、朔は晴れやかな笑顔を浮かべた。心の底から安心したように。全てを納得して、彼は逝くのだ。
キスイの深緑の双眸が、天へと昇っていく彼の姿を追う。
魂が、還って行く。在るべき場所へ。現世への憂いを拭い去った彼は、もう迷う事無く彼の川を渡ることが出来るだろう。
あそこは、死者の眠る場所だから。
一輪だけ花弁を下に向けていた菖蒲が、ゆっくりと天を仰ぎ見る。流れる涙を拭い、顔を上げた若菜を励ますかのように。
天から落ちてくる雫が花弁を叩く。一つの悲しみの終わりを告げる、それは玉響の音。
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