第二想・想曲/参~雨音~
「・・・・・・・あら?」
目の前に広がる菖蒲の花の群れに我に返る。まるで迷子にでもなったかのように、彼女は辺りを見回した。
「…あら?」
見慣れない風景に、頬に手を当てて小首を傾げる。
「ここは、何処?」
晴天だった空はいつの間にか厚い雲で覆われ、そこから落ちてくる雫が熱された大地を冷やしていく。
鉄柵の向こうで咲き乱れている菖蒲の花。こまめに手入れされた砂利道の続く先には、まるで中世の城を小さくしたような、赤レンガ造りの建物が聳え立っていた。
天へと聳え立つその建物は、しかし不思議と見る者を威圧しない。
まるでタイムスリップしてしまったかのような気分で、彼女はその美しい色の建物を見つめていた。
「――――どうぞ、お入りください」
突然声を掛けられ、彼女は視線を動かした。鉄柵の向こうに、いつの間にか傘を差した優しげな風貌の青年が立っていた。
「そのままでは、風邪を召されてしまいますよ」
鉄柵を開けて近付いてきた彼に傘を差しかけられて初めて、彼女は自分がびしょ濡れであることに気が付いた。
まだ半ば夢の中のような状態の彼女の手を取り、その青年は中に入るよう促す。
「あ…でも…私…」
戸惑いを隠せない彼女に、青年は人を落ち着かせる柔らかな微笑みを浮かべて見せた。
「落ち着いて。大丈夫です。貴女をここへ導いた理由を、貴女は既にご存知でしょう?」
「え…?」
言葉の意味を理解しかねてポカンとしている彼女に笑いかけ、青年は再度中に入るよう促した。