窓
僕は毎朝窓を開ける。
ひんやりとした空気を吸うと、僕の一日が始まる。
通学路を走る。
はじめに吸ったものとは違う空気が口の中に入り込む。
途中で風が吹き、僕は立ち止まって目を閉じた。
そして、僕は風になった。
中学校まであと少しの距離。
風となった僕は校門を抜けて校舎に入る。
自分の教室を目的地に三階まで流れてきた。
暗く温度の低い部屋を通ると、僕は両側の窓をカタカタと鳴らしてみた。
誰も応じない。
僕は少しさみしくなった。
僕の教室は廊下の一番奥。
今はもう授業中で、僕の席に誰かが座っているのが見えた。
僕の席は後ろのドアに一番近い。
ドアの隙間を抜けて中へ入る。
昨日と何も変わらない。
『井上 日向』
僕の名前だ。
何年か前に書いた書道の作品がまだ後ろに飾られている。
金賞を取って両親にケーキを買ってもらったのをよく覚えている。
しばらくと眺めてから僕は自分の席を見た。
誰だろう。
あんな奴いたっけ…。
よく見るとみんな知らない顔だ。
先生は…僕の担任だ。
白井先生。
50代後半の男の先生だ。
何だか白髪が増えたみたいだ。
先生…シワも増えているな。
体調大丈夫なのかな。
説明をしながら度々咳をする先生はとても苦しそうだった。
「先生…」
先生に向けて僕は話しかけた。
「い、井上?」
僕の声は先生に届いた。
誰も僕に気がつかなかったのに、先生は応じてくれた。
嬉しさがこみ上げて、僕はクルクルと小風を躍らせた。
「先生…には僕が…」
そう、語りかけた時。
1人の生徒が先生に問いかけた。
「井上とは誰のことですか?」
僕はその声の主を見た。
その声は、僕の席に座っていた。
顔を見れば見るほど初めて見る顔で、誰だか見当もつかなかった。
「…私の元教え子だ。」
先生はうつむきながら呟いた。
すると、また例の生徒が発言をした。
「井上さんがどうかしたのですか?」
先生はカッと目を見開いてしゃがんだ。
肩を震わせる先生に僕は言った。
「僕はここに居ますよ…。」
すると、震えは強くなり、床に頭をつけ、ごめんなさい、ごめんなさいと呟き始めた。
「先生…井上さんに何かあったのですか?」
「ーは?」
僕はここにいる。
ここにいるのに。
何で誰も気づいてくれないのだろうか。
「井上はいじめにあっていたんだ。俺は気づいていたのに…助けてあげることができなかった…。」
「自殺…ですか。」
自殺?
いや、僕はここにいる。
いじめ?
そんなの…知らない。
分からない。
覚えていない。
今日が何日なのかも分からない。
もう何回このフレーズを聞いたかも…。
僕は忘れていたんだ。
「いいや、井上は死んでいない。自殺未遂で今もベッドの中で…」
そうだ。
僕は何もかもを思い出した。
毎日続く言葉と身体への暴力。
ついに僕は耐えられなくなり飛び降りた。
まるで風のようにするりと。
生暖かい風を受けながら。
先生…。
僕は、あなたを恨んでいません。
苦しい思いをさせてごめんなさい。
もう、謝らないでください!
僕はしゃがみこんでいる先生をおおいかぶさるように、抱きしめた。
「…?!」
その瞬間僕は白い光に包み込まれた。
そして、気がつくとベットの中だった。
「朝が…来た。」
いつも通り窓を開けて、朝の冷んやりとした空気を吸う。
1日が始まった。
僕はいつ本当の窓を開けることができるのか。
これが夢だとさえ僕は気づかない。
いや、思い出せない。
忘れてしまう。
今も僕は病院のベッドの中で植物状態。
起きる気配は一向にしない。
終