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人獄リインカーネイション  作者: 安田誠
1/1

自殺した先で人殺しとか鬱

――もう無理です。

――降ります。

ユタカはそう言うと、ゴミ袋をかぶったままボンベのコックを開ける。

そして……一、二、三と数を数えていたが、五まで届かぬうちに意識は霧散し、二度と今生で目を開くことはなかった。


  ◇


「……てよ」

「起きてよ」

誰かの声に反応して再び目を開けたとき、ユタカは広大な白い空間にいた。

しかも、眠っていたはずなのに、なぜか、二本の足で立っている。

立ったまま夢を見ていたのだろうか……いや、まさかそんなはずはあるまいと思っていると、目の前に――誇張なく目の前数センチのところに、お面のような顔のみが現れた。

「やあ、お目覚めのようだね」

口から声が発せられると、次第にその顔からは髪や体が生えてきて、黒髪のツインテールを肩に垂らした小学校高学年くらいの少女の姿を形作る。

「え?」

ユタカが疑問を口にする前に、少女は状況を説明しはじめた。

「ここはレンゴク。君はスイサイドしたので、ここに転送されたんだ」

「…………ああ」

ユタカは少し前の出来事を思い出し、納得したような声を漏らす。

少女はユタカの表情から言葉の意味を理解したのを見てとると、説明を続けた。

「キミはこれから、この世界で魂の浄化を目指すことになる。そして、浄化に成功すればテンゴクへ、失敗すればヂゴクへ送られることになるだろう。ここまでは理解した? それじゃあ早速……」

そこでユタカは慌てて口を開いた。

「ここがレンゴクだって? あのカトリックの教義にある?」

「おや、君は耶蘇なのかい」

「いや、そういうわけじゃ……」

宗教には苦い思い出があったユタカは、ちょっとだけ口ごもった。

「ふーん、まあいいや。ここは『煉獄』とはちょっと概念が違うけど、まあ死者を浄化するって点は同じかな。ただ、ボクは漢字を当てるなら、ここはレンホーの人にノヤマゴクの獄で『人獄』が相応しいと思うけど」

「レンホーって、鳴きの入らない第一巡ツモの前に、ロンあがりすると付く役のこと?」

ユタカが確認すると、少女は嬉しそうに反応した。

「そう、そのとおり。キミはなかなか勘がいいようだね。しかも定義が正確だ。ここで、二重国籍だとか、二番目じゃダメだとか、的外れなことを言うようだったら、面談を即刻打ち切って放逐するところだったよ」

――あぶねーっ!

ユタカは心の内で叫んだ。わざととぼけて外したつもりが、思いがけず正解を拾っていたらしい。そして、どこに地雷があるかわからないので、野山獄については敢えて触れずにおこうと心に決めたユタカであった。

「さて、そんな勘のいい君には、このスペシャルなガチャコインをあげることにしよう!」

「ガチャコイン?」

ユタカは訝しげに繰り返す。

「そう、これは超激レア以上確定のガチャコインだよ。普通ならもったいなくて絶対にあげないやつだ。これでガチャを回すと、獄強い御使いが手に入れられる。いちおう言っとくけど、オツカイじゃないぞ、ミツカイだ! 勘のいいキミなら、きっと使いこなせるんじゃないかな。期待してるよ」

畳みかけるように少女は言うと、息が切れたのか、呼吸を荒くしている。

――超激レアだとか御使いだとか意味不明だけど、なにか召使いのようなものがもらえるのか?

ユタカはお好み焼きほどもある大きなコインを受け取り、でもいったいどこで回すんだと、疑問を口にしようとしたとき、「ドーン!」と地響きを立てて、空から巨大な黄金色のガチャマシンが降ってきた。

「はい、回してみてみて!」

そう言いながら、少女は手のひらを上に向けて催促する。

「あ、はい」

ユタカは頭上にあるコイン投入口に超激レア確定コインを投入すると、両手でレバーを回す。すると、「ガララ、ガララ」というメカニカルな音が鳴り響き、巨大なカプセルが飛び出してきた。

――うへぇ、中に人が入ってる。

半透明のカプセルの中には、肉の塊がギチギチに詰まっているのが透けて見えた。

「早く出してあげないと、機嫌が悪くなるかもだよ」

ユタカがカプセルを観察していると、少女がそうアドバイスをくれた。

確かにそのカプセルは、御使いの苦しみを表現するかのようにガタガタと揺れている。

「でも、いったいどうやって開ければ……」

そのカプセルは馬鹿でかいだけでなく、球全体が硬そうなアクリルっぽい素材で、簡単には開きそうにない。

「やだなあ、カプセルオープナーを使うに決まってるでしょ!」

――いや、決まってはいないよね。少なくとも、コスモスとか日商貿易のガチャカプセルには、そんなもの使わなかったし。

ユタカが戸惑っていると、カミサマはかつてティファニーで売っていた「電話のダイアル回し棒」を巨大化したようなものを投げてよこした。

カプセルを検分すると、繋ぎ目にすぼまった窪みがある。

ユタカはその隘路にティファニー(以下略)をぐいっと突っ込み、てこの要領で力をこめた。

すると、カプセルはパカッと大きな音を立てて開き、中から長い金髪をなびかせた、ゴージャス感のある女性が飛び出してきた。

「なんで裸ですか!」

カプセルから飛び出すなり、金髪(以下略)は叫ぶ。

一応、しゃがみ込んで胸を腕で隠そうとしているが、隠せているのは山頂付近のみで、山の中腹から麓にかけては丸見えだ。

「あれっ、そういう設定じゃなかったっけ?」

「前は違いました!」

少女がとぼけた様子で尋ねると、金髪が即座に否定する。

それを聞いた少女は、にやにやしながら両手の先よりフォースの青い稲妻のようなものを放つ。そして稲妻が金髪の体を覆うと、彼女は一瞬で真っ白な多段フリルのワンピース姿へと変身していた。

――まるで魔法だな。

ユタカは驚きを通り越して、無感動に呟いた。

金髪は衣装を確認するとどうやら満足したらしく、「コホン」と咳をして、自己紹介的なものをはじめる。

「ミシェールを出すなんて、獄ラッキーね! マスターのお名前はなにですか?」

「あっ、ユタカです。よろしく」

テンション高めの金髪改めミシェールに対し、やや引き気味のユタカ。

しかし気にすることなくミシェールは続ける。

「よろしくです、マスター・ユタカ」

そう言いながら、ミシェールは優雅にお辞儀をする。

「いやー、まさか獄レアのミシェールが出るとはね。ここだけの話、獄レアの排出率は百万分の一なんだよ。ミシェールがいれば、鼻歌まじりでテンゴクに行けちゃうんじゃない?」

――なにそのひどい確率。消費者庁から勧告受けるでしょ。

ユタカはそう思いながらも、ミシェールの能力に期待を膨らませる。

「そんなに絞られているなら、ものすごく強いんですかね?」

ユタカが頬を緩ませながら訊ねると、少女は意地悪そうな顔つきで質問を転送した。

「ミシェール、前回どれくらいまで行ったんだっけ?」

「いやだなー、知ってるくせに。ここを出てすぐにやられちゃったんですよ。しかもコモンに……。あたし、ここ来るの二回目ですから、まだはじまりの街にすら行ったことないんですよー」

そう言いながら、舌を出す。

――なんだか不安すぎる。というか、全然強くないじゃん。

ユタカは落胆すると同時に、憤りを感じた。

「あっ、そうだっけ? でも、あんたの能力はチートすぎるから、初心者の手引きはあーげないっと」

「なんか、それってすごく役に立ちそうなんですけど……」

ユタカが呟くと、ミシェールも抗議の声を上げる。

「そんないじわるやめてください!」

「やーだね、あっかんべろべろべー」

――ひどい。幼児性が強すぎる。

両手を開き交互に上げ下げしながら、白目を剥いて舌を出し入れする少女に、ユタカは呆れた様子で呟く。

「だいたい、あんたはしゃべれるんだから、自分で教えてやりゃーいいでしょ、じゃーねー、バハハーイ!」

少女が一方的に別れを告げると同時に、彼女の姿はだんだんと透過率を上げていく。

「だからー、あたしはこの世界のことあまり知らないんだって……………………あーあ、消えちゃった」

そして抗議の言葉も虚しく、少女の姿が完全に消えてしまうと、二人は屋外へと転送されていた。


     ◇


二人が転送された先には、荒野とでもいうべき世界が広がっている。

遠方には低い岩山が連なっており、灌木がまばらに生えた地面は舗装もされていない。

人の往来の跡は見られるが、道というほどはっきりとしたものはなかった。

「あの女の子に対する疑問は後でゆっくり訊くことにして……ここがレンゴクなの? なんにもないんだね」

幌馬車でも走っていそうな茶色い風景を見回して、ユタカが訊ねる。

「安心してくださーい。たしか三時間も歩けば、はじまりの街に着くはずでーす」

少女とのやりとりが精神的にキたのか、口調とは裏腹にミシェールの声に力はない。

ユタカも同様でなんともやりきれない気分だったが、気持ちを切り替えてこの世界に関する知識を得ようと試みる。

「なんで、そんな微妙な長距離を歩かせるのかな?」

「街に着くまでに、パートナー同士の理解を深めるのでーす。ちなみに、あたしの能力の根本はサキヨミ、現状では約一秒先に起こることがわかりまーす」

――えっ、たったの一秒?

ユタカが心の内で思うと、どうやら顔に出てしまったようだ。

「あっ、いま、あたしの能力を馬鹿にしましたね。いいでしょう、これがどれだけすごいことか教えてあげましょう!」

そういいながら、元気を回復したらしい彼女は拳を握りしめる。

「じゃーん、けーん」

「えっ、じゃんけん?」

「ぽん!」

反射的にユタカがグーを出すと、彼女はパー。

「続けて十回いきますよー」

「じゃーん、けーん……」

結果、ユタカはあいこなしの全敗。最初の一回は反射的に出したので、思考を読んだわけでもなさそうだ。彼女の能力のすごさは認めざるを得ない。

「このように、勝負には読み合いの要素が少なからずありまーす。わずか一秒でも先を読めれば、簡単に勝てる状況を作り出せるのでーす」

「なるほど、チート呼ばわりされるだけのことはあるね」

「いやー、それほどでもー」

褒められて得意気なミシェールに、ユタカは水を差す。

「でも、前回は瞬殺されたんでしょ?」

「そ、それは、油断していたトイウカ……」

「というか?」

先を促すと、ミシェールは「長くなるけど」と前置きをして話しはじめた。

「あのガチャから排出されるのは、テンゴクやヂゴクのクリーチャーなんでーす。で、この世界ではマルアークと呼ばれているね」

「マルアーク?」

「シシャって意味だよ。死んだ人じゃなくて、お使いする人」

「ああ、だから彼女は御使いと呼んでいたのか」

とそこで、ツインテールの少女のことを思い出す。

「あの女の子のことなんだけど……」

「ああ、カミサマですね」

「えっ、あの子、カミサマなの?」

「そうでーす。役職に人格が追いついていなくて、みんな大迷惑してまーす。……あ、こんなことカミサマには言わないでくださいね」

慌てて取り繕うミシェールに、ユタカは苦笑しながら「言わないよ」と答える。

「あんな調子だから敵を作るんですよ。この間だって……」

ミシェールはカミサマに対する不満をひとくさり並びたてる。

――まあ、ただものじゃないとは思っていたけど、まさかカミサマとはね。

確かに、普段からあの調子では業務に支障がありそうだが、そもそもカミサマの業務についてユタカが知るところは少ない。デフォルトで荒ぶっていて、すぐに街を滅ぼしたり、洪水を起こしたり、といった程度の知識はあったが、どうもあの少女とは結びつかないようだ。

ユタカがそんなことを考えながらミシェールの愚痴を聞き流していると、唐突に話の流れが修復される。

「そう、それでですね。マルアークの元々の能力には、もんげー差があるんですが、ここに呼ばれると、ステータスやスキルがレベル1相当(運営発表値)に下げられて、本来の力を発揮できなくなりまーす」

――運営? レベル? もんげー?

いくつか引っかかる単語があったが、ユタカは話の腰を折らずに続きを促す。

「まあ、同じレベル1でも、コモンと獄レアじゃあ雲泥の差だけど。でも、ある程度レベルを上げたコモンが束になったら、低レベルの獄レアじゃ太刀打ちできないよ」

「なのに、いつもの感覚で雑魚敵に対処しようとしたら、あっさりやられてしまったと……」

――それなら納得だ。前回はこの世界に来るの初めてだったらしいし。

「そうなんでーす。いまのスキルでは、相手が大人数とか、攻撃の手数が多いとか、避けきれないんだ」

――先読みに体がついていかないんだな……とユタカが納得していると、ミシェールがとんでもないことを言い出した。

「そういえば、前回あたしがやられた初心者狩りの人たちは、この辺りで襲ってきたんじゃないかなー」

「初心者狩り?」

「レンゴクに来たばっかの初心者を狙って、経験値を稼いでる連中がいるんだよ」

「はあっ? 早く言ってよそんなこと」

「この辺りには野良モンスターがいないから、レベルアップするための経験値を稼ぐには、人を殺すのが手っ取り早いね」

「なんだか物騒な世界だね。罪を浄化するレンゴクで罪を重ねたら、ヂゴク行きじゃないの?」

「ここでは、人を殺すのは罪じゃないよ。殺されることによって、罪が浄化される場合もあるしー」

なんなの、その殉教システム。

「じゃあ、テンゴクに行く一番の近道は殺されることなの?」

「んー、そうとは言えないね。一定のカルマ値が貯まっていなければ、殺されたあと、さっきの神殿からやり直しだしー。せっかく貯めた経験値もお金も御使いもすべて再取得になるよ」

「へえ、カルマ値ね」

またしても登場した初出の用語に、ユタカは説明の邪魔にならない程度に呟いた。

「しかもカルマ値は隠しステータスだから、自分の現在値がわからないんだ。でも、カミサマが望まない行動を取るとポイントが下がって、一定のマイナス値に達するとヂゴクに送られるらしいよ」

「つまり、あのカミサマが、レンゴクに送られた連中の行いに対する善悪を評価したものがカルマ値ってことかな。で、その基準では、悪業の中に殺人は含まれないと」

ユタカは要点を自分なりに整理する。

「んー、だいたいそんな感じかな。殺人の方法や目的によっては、カルマ値が下がることもあるっぽいけどね」

「具体的にカルマ値が下がるのはどういう場合?」

「そういうのは初心者の手引きに書いてあるんだけど、カミサマがくれなかったから、詳しいことは覚えてないよ」

「えっ? じゃあ僕は、何を基準に行動すれば……」

「大丈夫。はじまりの街に行けば、市販のガイドブックが買えるらしいから」

「ならいいか。でも、お金はどうやって手に入れるの?」

「人を殺すか、仕事をするかどちらかだね」

「僕は絶対に人を殺さないよ」

「それじゃあ、あたしの能力が上がらないんですけど……」

不満を口にするミシェールに、ユタカは違和感を覚える。

「えっ? ここに来た連中はみんなそのルールに馴染んでんの?」

「最初は戸惑うかもしれないけど、復活可能なんだから、ゲームだと思って気楽に殺ってるんじゃないかなー」

ユタカはまだレンゴクに慣れていないので、殺人に関してはとりあえず保留することにした。

「あと、仕事っていうのは、どんなものがあるんだ」

「元の世界とあまり変わらないよ。たとえば……」

と言いかけたとき、目の前に一人の男が現れた。

「お話し中のところすみませんね。レンゴク初心者とお見受けしますが……」

「そうですけど、あなたも?」

「いえ、私は初心者狩りをしている者です」

「なにっ!」

その刹那、中世ヨーロッパの死刑執行人を想起させる半裸のマルアークがミシェールの背後に現れ、その斧が振り下ろされる。

――斬られた!

そう思った瞬間……ほんの少し体をひねって斧を避けたエリスは、いつの間にか左手で抜いた短剣を相手の喉に突き刺していた。

そして、ゆっくりと短剣を引き抜き、ユタカに向かって微笑む。

「ほら、あたしってば強いでしょう?」

彼女の背後では、盛大に血を噴き上げるマルアークの姿があった。


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