3.夕焼け色に包まれて
葬儀が終わったのは何日前だっただろう。
新しい生活にはすっかり慣れていた。
神殿の者の中には異端的なわたしを胡散臭がるものもいるし、冷たく接するものもいる。けれど、多くはそうではないし、友好的な人も当然いる。
どうにかやってはいけそうだ。
朱鷺と鵺の推薦で入れたのだから、勿論そうでなくてはならないのだけれど。
やるべきことは沢山あったが、そうであっても自由な時間を持て余す。そのたびに、わたしは神殿の敷地外れの丘の上へとやってきた。
昼間は一般人も珍しくないこの場所。
特に今は時代の転換期だ。亡くなったばかりの巫女と聖女を弔うために訪れる民は多く、さまざまな願いとともに供物が捧げられている。
訪れるものは様々らしい。
身なりのいいものもいれば、貧相なものもいる。
聖女はかつて孤児だった。その頃の仲間とおぼしき人物の訪れもあったらしい。
みな、暗い顔で墓石をぼんやりと眺め、何もつぶやくことなく去っていく。彼らは何を思っただろう。自分たちの生活の為に命を燃やした勇敢の剣に対して、何を感じたことだろう。
一人でも多くの人に見つめてもらいたい。
追悼の痕跡を見つめるたびに、わたしは思った。
そして、日が沈もうとしている今の時間、一般人の訪れはほとんどなくなる。この追悼もいつまでのことだろう。すでに生まれている聖女が育つまでの三年ほどのことだろうか。
考えたところで今はまだ分からない。
日がいよいよ沈もうとしている。
赤色が血のようで不気味だ。
あの色に勇敢の剣は何度包まれることになるのだろう。
残酷な役目ながらも直向きに戦い続けた聖女はもういない。恐れや不安を抱えながらもこの国の民を平等に見守っていた巫女と眠っている。いや、生まれ変わりというものが本当ならば、もうとっくにこの場所にはおらず、都と神殿で再会の時を待っているのだろう。死後の世界というものがあるのならば、二人はきっと天国からわたしを見つめているのだろう。
だから、どちらにしても、この墓場には誰もいない。
それでも手向けられる花はいつだって美しい。
一般人の供物だけではない。必ず一日に一回以上、わたしのようにここを訪れるものが数名いるためだ。
その一人がささやかながら一輪だけ花を置いた。
「昔、カタナ様がお好きだったのです」
感情がたしかにこもる声。
機械人形ながら、彼女には心が宿っている。
「突然この場所に引き取られて慣れない生活に怯えていたあの方が興味を抱いたのが、この神殿の外庭に一斉に咲いた赤。彼岸花はこの国ではあまり好かれませんが、あの方はお好きでした」
夕暮の手向けるその花は、天使の羽のように美しい色形をしていた。
カタナはどうしてこの花が好きだったのだろうか。
そんなことを戯れにも考えた。
「わたくしはそろそろ戻ります。鴉様、お風邪などひかれませぬよう」
丁寧に頭を下げて、夕暮は戻っていった。
夕焼けの色に染まるその背中を、わたしはぼんやりと見送った。
カタナの世話係だった夕暮。彼女は次の勇敢の剣の世話係となるだろう。あと三年は待つことになる。その三年の間、夕暮はあとどれだけの花をこの墓に手向けることになるだろうか。
そして、わたしは。
わたしは何回、この墓に問いにくるだろう。
答えは返ってこない。壁にぶつかり、問いかけたとしても、答えを見つけ出すのはわたし自身だ。それでも、思い出に残るカタナの姿は、わたしの中の勇者の姿に間違いない。
彼女こそ勇敢。
この国で描かれ、造られたいかなる天使の像よりも、わたしにとっては美しく、逞しく、そして儚いものだった。
規範にはしない。
けれど、この尊重は頑ななものとなるだろう。
わたしはこの神殿に正式に迎えられる。
聖域の外の魔女ではない。今後はもっと身近な存在として、果実や勇敢の剣に寄り添いながら生きる魔術師となるのだ。
朱鷺と鵺を支えながら、カタナとサヤ様が懸命に守ってきた世界を、悪魔から守らねばならない。
わたしに出来ることは何だろう。
人々が悪魔の言葉に耳を傾ける必要がないように。
神殿のなかで出来ることは何だろう。
この戦いの景色が、少しでも国王に、王族に、その側近に、そしてすべての国民に伝わってほしい。そして、感じ取ってほしい。
不幸の種をばらまかないようにするにはどうすればいいのか。
誰かが悪魔の犠牲にならないためには、どうしたらいいのか。
国民全員で考えられるように、わたしは伝えていかなくてはならない。戦火に消えた聖典の代わりに、紅が滅ぼした記録の代わりに、わたし自身が見てきたもの、知ってきたもの、教わってきたものを多くの人と共有しなくてはならない。
この場所で自分に出来ることをし続けていく。
いつかわたしの噂は風となってコタンまで届くだろう。そこで師匠は何を思うだろう。彼女なりにわたしの決定を尊重してくれるだろうか。
不安はいくつもあった。
それでもわたしはこの決断を変える気にはならなかった。
やがて再会する二人。共に次なる百年を願って歩み続けるだろう二人。勇敢の剣と黄金の果実。カタナとサヤ様が抱いていた切なる願いはわたしの中でも消えたりしない。
これは、わたしが出来る慰め。
鴉の翼では頼りないかもしれないけれど、せめて悪魔の手を拒む暗幕となって寄り添う二人を引き離さぬように守り続けたい。
これが、わたしの決意。
巫女と聖女が百年の時を過ごせるように、この夕暮れのような勇敢の赤色を悲劇の色に変えてはならない。
多くの人々があこがれる勇敢を信じて、赤い天使のもたらした奇跡を信じて、この世界に宿る希望を信じて、多くの人々の思いが紡いできた歴史を信じて、これからも戦い続けていこう。未来はおぼろげなものだけれど、それでもわたしは前に進むのをやめたりしない。
わたしはこれからも戦い続ける。
もう十分戦ってきたこの二人の代わりとなって。
「だから」
墓石に手を当てながら、わたしはそっとつぶやいた。
「さようなら」
過去とは別れ、未来と共に歩まなくては。
そしてひたむきに生きていきたい。
「わたしは、あなた達の生きる世界を守りつづける」
勇敢の剣のように。




