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勇敢の剣  作者: ねこじゃ・じぇねこ
第3部 白椿
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6.狩人の足音

 ――カタナとサヤか。


 騒がしい神殿の様子を高台から眺めながら、私はぼんやりとその名を頭に刻んでいた。

 短刀はもはや単なる武器に過ぎない。装飾が美しさから骨董的価値が幾らか期待できるという程度か。人を刺したという事実に目を瞑るならば。

 紅の言っていた事は本当だった。

 聖刀とかいう魔刀はカタナの心身を侵し、その力を抑制した。本当に死んでしまうのではというくらい元気を失くし、神殿の者たちを大変脅かした。


 私はすっかり極悪人だろう。

 もう公式に訪問する事は出来なくなった。

 早まった事をしたのは私の方だろうか。しかし、今更の事。どんなに礼儀正しく振る舞っても、まともに話を聞いてもらえなかったのだ。仕方ないことだろう。


 だが、失望してはいなかった。

 カタナが私を恨んだかどうかはともかく、サヤの方は本物だ。

 果実の巫女のあの可憐な姿。思い出すだけで心から涙があふれそうだった。私の中に流れる勇敢の民の血がそうさせるのだろうか。大神の血など忘れてしまうくらい、私はサヤという名の巫女の姿に感動していた。

 この国はあの二人の犠牲の上に成り立っている。

 あの二人はただあの場所で穏やかに暮らしたいだけなのだろう。そう思うと、紅の誘いは、やはり極悪非道としかいえないことである。


 サヤは私を待っていた。今も待ってくれているだろうか。

 私はカタナを傷つけた。彼女にとっては身内のようなものだろう。幼い頃に呼んだ聖典には勇敢の剣は黄金の果実の父親のようなものと記されていた。ならば、恨んでいるだろうか。いや、私はそうは思わなかった。

 サヤは憐れんでいる。悲しんでいる。私と私を警戒して駆けつけた番人共が刃を交えることを嫌がっていた。

 そういう生き物なのかもしれない。

 だとしたらどうするべきか。

 誰にも気付かれずにサヤの待つ場所に直接行くしかないだろう。


「残念だったわね、白椿」


 背後より声がかかった。

 振り返るまでもない。紅だ。


「たった一度の機会だったのに、あなたはあの子を逃してしまった。あの時に手に入れればよかったのに、あなたはそうしなかった」

「……する必要が無かったからね」


 私は短く答えた。


 勇敢の剣を手に入れれば、私は支配者になれる。

 言う事を聞かねばこの剣に命じて果実を奪い、聖樹を枯らすぞと脅せば、この国の人々は私に逆らえなくなるだろう。そうなれば、丹の毛皮を取り返すなど容易い事であるし、民に命じて密猟者共を捕えることも簡単だったかもしれない。

 だが、はたして丹はそんな私に愛想を尽かさずにいられるだろうか。

 あるかどうかも分からない死後の国。万が一、あるとしたら、あの世で丹に愛想を尽かされるだろう。

 そんなのは嫌だ。


「これからどうするの? 今なら勇敢の剣は寝込んでいる。忍び込むのなら今宵がその機会でしょう」

「……そう、かもね」


 空を見上げ、私は太陽以外に浮かぶものがないか見つめた。

 満月はいつだっただろう。

 今日か、明日だったはず。

 太陽が昇っている内はいい。問題は日没後だ。もうすぐ満月の夜が来る。大神の血がもっとも聖域に拒まれる時が近づいている。


「ああ、あなたは人狼だったわね」


 紅が察したように言った。


「ならばぼんやりとしている場合じゃないわ、白椿。密猟者が怖いのなら、早く隠れられる場所を探したほうがいいのではなくて?」

「……密猟者?」


 呪われたその言葉に振り返ってみれば、紅は置物のような姿で私の顔を見つめていた。


「あなたが嫌う人たちかは分からないけれど、大神殿に若くて綺麗な女人狼が出没するという噂を聞きつけて、異国の狩人達が近づいて来ているわ」


 ――異国……。


「何処の国の者たちだ」

「古の夢幻……ここより遥か西の聖域外の地域をまとめる神龍シェンロンの国の者たちよ」


 ――神龍!


 その名にぞっとした。饕餮タオティエという言葉よりも恐ろしく感じてしまうのは、丹を奪ったあいつらを思い出すからだろう。


「……そいつらは鬼族か?」

「鬼族もいるけれど、そうでないものもいる。切羽詰まっているようね。なんとしてでも祖国に獲物を持ち帰りたいらしい」


 やはり、奴らだろうか。

 新しい獲物を探しているのだろうか。

 彼らも確かに切羽詰まってはいた。開き直ってはいたが、神龍のまとめる新しい夢幻の国とかいう場所で生き延びるのに必死の様子だった。生きるのに必死な者は怖い。猛獣のようなもので、形振り構ってはいられないのは本当だろう。

 だが、哀れだと思ってこの身を捧げる愚者が何処にいるだろう。


「満月の夜まであと数時間というところ」


 紅が囁いた。


「早く隠れなさい、白椿。聖域に苦しむあなた等、密猟者にとって都合のいい獲物でしかない。誇りを奪われ、玩具のようにされてもいいの? 子を散々産まされた挙句に待っているのは廃用という名の惨殺。引退した繁殖動物の余生を過ごさせてくれるようなこと、今のあの国には期待しない方がいい」


 その言葉の一つ一つが針のように私の身体に突き刺さっていった。

 繁殖動物だなんて言葉、告げられてどうして冷静でいられるだろうか。しかし、紅が悪いのではない。もしも捕まれば、本当にそんな未来が待っているのだ。


 逃げなくては。隠れなくては。捕まれば破滅しか待っていない。戦う術なんて何処にもない。特に満月の夜は。聖域によって魔物とみなされるその夜だけは、戦うどころではないほどの苦痛が押し寄せてくるのだから。

 大神殿に背を向け、私はそっと丹に向かって詫びた。


 ――少し待っていてくれ。


 魔の夜が過ぎ去った後に、きっと迎えに行く、と。

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