表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇敢の剣  作者: ねこじゃ・じぇねこ
第2部 鴉
30/63

12.魔術師長

 具体的にどうするのか。それは今から考える。常に見守り続け、訪れた時に力を貸せばいいのか、いっそわたしから白椿を探しに行くのか。はたまた、この神殿にて地位のある者に近づいて説得するのがいいのか。


 ――魔術師長。


 ふとカタナの言っていたことが頭を過ぎった。

 朱鷺と鵺。鳥の名前を持つ二人。カタナの言う事が本当ならば、わたしの言葉にも耳を傾けてくれるのだろうか。淡い期待を持ちながら、わたしは御殿を放浪していた。レラに身を包むわたしの姿は誰も気付かない。番人や神官は仕方ないけれど、魔術師として働いている者までも気付かないこの御殿の環境は、正直怖いものがあった。

 不安を覚えているうちに、彼らの一人のものと思われる部屋は見つかった。

 現代の勇敢の国の文字で刻まれている肩書。重厚な扉は開かれ、重たい表情で出て行くのはカタナであった。疲れ切った表情でそのまま何処かへと去っていく。わたしには気付かなかったようだ。開かれたままの扉が男に閉められるより先に、わたしはそっと中へと忍び込んだ。

 その途端、ふと机に向かっていた女の目がわたしの影を追った。


 ――鬼族だ。


 目があって、わたしは緊張した。レラに身を包んでいるはずだけれど、彼女の眼差しは迷いなくわたしを捕えている。一方、扉を閉めた男の方はあまり気付いていないようだ。振り返り、女の様子に気付いて不思議そうに首を傾げる。


「どうした、朱鷺」


 彼女が朱鷺。果実の主治医だと言っただろうか。鬼族の血を引いているのは雰囲気で分かる。角の名残があるかどうかでその血の濃さもだいたい分かる。彼女に流れる血は薄いようだ。ほぼ人間に寄っている。その顔立ちも人間のものと大して変わらない。目鼻立ちがはっきりとしている。聖域南部に多いと聞く顔だろうか。

 朱鷺はわたしの顔をじっと見つめたまま、呟いた。


「鵺、あなたには見えませんか」


 鵺と呼ばれた男が不思議そうに朱鷺を見つめ、やがて彼女の視線通りわたしのいる場所を辿っていく。目を細めて何かを唱えた。彼はわたしと同じく純血の人間か、魔族の血がごく薄いものなのだろう。

 やっと気付いたのか、彼は驚いたように一歩踏み出した。


「誰かそこにいるのか!」

「鵺」


 思わず大声を出した彼を朱鷺が制した。

 驚かせはしたが、朱鷺の様子を見る限り敵意はない。不思議な雰囲気の双眸でわたしをじっと見つめ、そして声を潜めて話しかけてきた。


「風を手放しなさい」


 優しい声に思わず従ってしまった。

 レラが身体から離れるや否や、鵺が動揺を見せた。唯一の出入り口は塞がれたまま。隙間でもなければレラを使っても離れられないだろう。


「子供……?」


 驚く鵺の言葉に少しだけ不満が生まれる。でも、仕方ない。この国の決まりではわたしはまだ子供なのだから。

 朱鷺の方は動揺せずにわたしを見つめ続けていた。


「あなたは誰ですか。何故、此処に居るの?」


 幼子に話すような声。だが、舐められていると憤慨する気にもならない。わたしにとっては鬼族もまた人狼のように恐ろしい存在だ。その血がどのくらい流れているかは分からないが、わたしの姿をあっさり見抜いてしまっただけの才知もあるような人物。穏やかさに甘えて牙をむけば、何をされるか分かったものではない。

 彼女自身、自分の鬼族の血を信頼しているのだろう。だからこそ、侵入者のわたしを前にしてもこうして余裕のある態度を取れるのだ。

 穏やかでありながら威圧するような眼差しを受けながら、身を正してわたしは敵意のなさを訴えながら膝をついた。


「御無礼をお許しください。わたしの名前は鴉。勇敢の聖域の外からやってきた魔女です」

「聖域の外……」


 鵺が呟き、顎を掻きだした。考え込むような表情だが、先程のような警戒心は引っ込んでいるらしい。朱鷺もまた同じだった。机から立ち上がることもなく、わたしを眺め続けている。


「鴉。鳥の名前と言う事は、私どもと同じ流れの魔力を受け継いでいるということですよね。あなたの師匠の名前は? どうして此処に居るの?」

「師匠の名前はエトピリカ。それ以上は申せません。ですが、信じてください。わたしはカタナを支え、サヤ様をお守りしたくて此処に来たのです」


 訴えるわたしを鵺と朱鷺の両方の目が見つめている。その目の奥に潜む感情はどのようなものだろう。取り囲まれている以上、考えるだけで怖かった。


「エトピリカ……」


 その名に驚いた様子で鵺と朱鷺は顔を見合わせた。だが、それ以上は何も触れずに、朱鷺の方がわたしを見つめて言った。


「聖域の外から来たというのはとりあえず信じましょう」


 少しだけ緊張が解けた。


「カタナとサヤ様を守りたいと仰いましたね。ですが、鴉。あなたの身体には見逃せない雰囲気が宿っています。心当たりはありますか?」


 穏やかに問われ、わたしは息を飲んだ。その鬼の目が見つめている先を感じて、わたしは思わず左胸を抑えた。その行為に朱鷺がやや目を細める。そして、考え込んだままの同僚鵺に向かってこう言った。


「鵺。ちょっと壁を向いていて貰えます? もしくは、廊下に立っていて」

「は? 廊下に?」


 驚く彼の表情に顔が真っ赤になった。朱鷺が何を意図してそう言ったのかが分かったからだ。だが、何を戸惑う事があるだろうか。朱鷺が見抜いているのはこの左胸の呪いだろう。機械人形の夕暮には躊躇いなく見せられたのだ。初対面とは言え、朱鷺にだって見せられる。問題は鵺だ。さすがに男性の前で服を脱ぐのは恥ずかしい。

 まだ状況が分からぬらしい鵺に対して、朱鷺はにっこりと微笑みながら言った。


「分からない人ね。とにかく壁を向いていればいいの。あとで説明しますから」


 笑いつつも浮かべられたその鬼の目の真剣さにはっとしたのだろう。鵺は大人しく従って背中を向けた。その様子をしっかり確認しておいてから、朱鷺はもう一度わたしの姿を見つめた。


「御見せいただけますか?」


 断るような理由なんてなかった。大人しく胸をはだけて見せてみれば、すぐにその表情に陰りは生まれた。

 剣の印。勇敢の国のあちらこちらで見ることのできるこの印。この神殿でそれなりの地位があってもなくても、きっと馴染み深いものだろう。だが、それが逆さにされているというこの痣は、まさに呪いとしか呼べないだろう。

 だが、朱鷺の表情は禍々しいものに嫌悪を抱くようなものではなく、引っかかりを解消できずに苦しんでいるようなものだった。


「その印の意味をあなたはどう捉えていますか?」

「……これは、呪いです」


 わたしは静かに答えた。


「悪魔の印です。付けた者は御印だと主張しました。でも、違う。これをつけた女は、果実を狙っているのです。わたしを唆しもした。この国の民を罪人へと変えてしまう恐ろしい悪魔なのです」


 感極まりそうになるのを堪えてわたしは訴えた。そんなわたしの言葉に壁を向く鵺と机につく朱鷺がほぼ同時に呟いた。


「……また悪魔か」

「――御印」


 それぞれ違うものに着目したようだ。朱鷺の反応に鵺が関心を持った。振り向こうとする彼に、朱鷺は一言告げる。


「待って」


 制してから、わたしをちらりと見つめて頷いた。


「もういいわ。十分見たから」


 手早く着直すと、ようやく鵺もこちらを振り返る事が許された。落ち着いてから、鵺は今一度朱鷺に向かって訊ねた。


「さて、君の見たものを教えてくれるかな?」

「あなたもその目で見たことがあるものよ」


 朱鷺はそう言ってあしらうと、わたしを見つめたまま溜め息を吐いた。


「御印と言いましたね。その逆さの御印、私もよく見たことがあります。悪魔とあなたは言いましたが、印を与えた人はそう名乗らなかったはず」


 そう言ってから、朱鷺は妖しげに目を細めた。


「当ててみましょうか。紅という女ではありませんか?」


 その言葉に、わたしは震えた。まだその名前は言っていないはずだ。予め耳にしていたのならわざわざこんな言い方もしないだろう。それに、何よりも御印という言葉に反応を示し、これを見たことがあるとまで言った。その理由が分からないほど、わたしは馬鹿ではなかった。


「まさか……魔術師長……あなたも?」

「朱鷺でいいわ。赤い天使を名乗る女からの頂き物ならよく覚えがあります。サヤ様も孵っていないような随分と前の話です。先代の死に嘆いていた頃、優しく私に話しかけてきたのです。あれからその姿も声も感じてはいません。この痣のことを忘れれば、きっと幻だと思ってしまうくらいに記憶も薄れてきている。しかし、あなたはあれが悪魔だと言うのですね……先代のあの子達を追い詰めて、破滅させた悪魔だと……」

「――朱鷺」


 心配そうな鵺に朱鷺は首を振った。


「同じ印を持っている人はこの神殿に他にもいます。ですが、皆、悪夢を見たとしか教えてくれません。私が具体的に訊ねても、恐れて口を閉ざすのです。心を探ろうにも、探れる部分には何も残ってはいない。けれど、鴉、あなたは違うようね。きっとあなたの訪れは神の導きなのでしょう」


 拒まれることなくそう言われ、わたしの全身から力が抜けた。

 その場に座り込んだまま頭を下げながら、カタナに言われた事を思い出していた。彼女の言う通りだ。朱鷺だけではなく鵺もまたわたしを追い出そうという気は一切持っていない。きっと魔術に自信がある証拠だろう。わたしが何者であるのか、言葉にしない事実までも見抜く力があるのだ。

 安堵の末に、わたしは頭を下げたまま告げた。


「信じて下さるのなら、そのついでにどうかわたしの言葉に耳を傾けてください。先程、恐れながらサヤ様とお会いしてきました。どうやらお悩みがある御様子。心当たりはありますよね? サヤ様は人狼を待っている。けれど、その人狼もわたしのように悪魔に目をつけられた人物です」

「ああ、よく知っている」


 答えたのは鵺だった。


「悪魔の力とやらが宿った小刀でカタナを傷つけた不届き者だ。その悪評はすっかり末端まで届いてしまっている。何よりも不気味だ。カタナがあのように苦しんだのは初めてのことだ。資料を辿る限り、あのように苦しんだ例は見当たらない。本来ならばサヤ様はおろかカタナですらも接触させるのは懸命でないだろう」

「……ですが、サヤ様は毛皮を直接返したいと仰っていました。その為に、彼女が来たら御通しして欲しいと。悪魔は事がうまく運ばない時を狙っています。もしも毛皮をお返ししていないことと女人狼に悪魔が接触している事に関連があるのなら、一刻も早く毛皮を御返しして人狼の気持ちを治めるべきだと思います」


 頭を下げて告げれば、鵺は再び考え込んで今度は頭を掻きだした。


「なるほど、つまり君はあの女人狼が根っからの悪人ではないと、そう言いたいのだね。サヤ様が毛皮を返せば悪魔に付け入られる理由もなくなると」

「……はい、そうです。だから、番人たちが追い返したりしないように取りはからって頂きたいのです」


 無理を言っているのかもしれない。サヤ様が自ら訴えても通らなかった願いであるのだから。それでも、わたしがわざわざ赴いて悪魔の事を伝えた上で頼むことは、無駄にはならないはずのことだ。その証拠に鵺も朱鷺もわたしの訴えをすぐに退けたりはしなかった。何度か考えるような仕草を見せた上で、ようやく朱鷺の方が口を開いたのだ。


「人狼の名前は白椿。その名はサヤ様から聞いております」


 考え込んだままわたしを見ることもなく朱鷺は言う。


「とりあえず、あなたの訴えは分かりました。サヤ様のもとに毛皮があるのは頂けない。いずれにせよ返さねばならない事は決まっています。そこで、引き取られるその時まで、カタナをサヤ様の傍に置く事にしました」

「……カタナを?」


 二人の表情を見比べて、肩の力が抜けた。

 では、心配せずとも白椿を迎える準備は出来ているということだろうか。あとは彼女の訪れを待つだけなのだと。それにしては、二人して表情が優れない。


「あまりいい事ではない」


 鵺が言った。


「剣を休めるには果実と別々に置かなければならない。さもなくば、剣の心は潰えてしまう。果実を愛するが故に休息を忘れ、身を滅ぼし続けるのが勇敢の剣だ。カタナも歴代の剣と一緒だ。生まれ変わりであるのだから当然かもしれないがね」


 難しい顔をしているのはその為なのか。

 鵺は剣の主治医だと言っていた。遠くより古い聖典を軽く学んだ程度のわたしでは及ばないほど、勇敢の剣という存在の実際を知っているのだろう。


「では、出来るだけ早いうちに毛皮の事を解決させたいのですね」


 訊ねてみれば、朱鷺も鵺も複雑な表情ながらも頷いた。複雑なのは、二人とも立場があるために自由に動くことが出来ない為だろう。果実と剣の主治医にはどうしようもない。彼らの指示で動ける番人などがいればいいのだが、それを期待して動かないでいる限り、状況は何も変わらないだろう。

 私は二人に言った。


「状況はよく分かりました。私は私でカタナ達を守るために尽くします。なのでどうか、以後、お見知り置きを」


 拒まれたりはしなかった。温かなものがそれぞれの瞳に宿っている。受け入れられたという事実を受け止めると、少しだけ呪いの印が痛んだ気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ