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勇敢の剣  作者: ねこじゃ・じぇねこ
第1部 カタナ
13/63

13.魔術師長

 女人狼白椿が今宵も来るかもしれない。

 聞きたい事は山ほどあるし、サヤの言伝をこの口でしっかりと聞かせたい。

 しかし、落ち着いて彼女を待たせてくれないのが、二人の魔術師長であった。中年女性とそれよりも少しだけ若い男性。

 朱鷺と鵺である。

 場所は朱鷺の部屋。私を椅子に座らせて、二人は立ったまま取り囲むように私を見つめ、ぴりぴりとした緊張感を漂わせていた。

 部屋に戻る途中で呼び止められ、そのまま連れてこられたのだ。

 風呂に入ることも、衣服を着替えることもさせてはもらえなかった。服は悪魔憑きのその力で引き裂かれたまま、身体は治癒しているが、必死にその力から逃げたあの時のままで、私は此処にいた。


「何があったかを逐一教えてください」


 正面の机の椅子に座り、深刻な表情を浮かべている朱鷺に促され、異様な緊張感に包まれながら私はどうにか応じた。


「墓からの帰りに襲われた。魔術師でもなければ、魔族でもない。純潔の人間。それも私と歳も変わらない娘でした。この力は、ただものではない。悪魔の力なのです。私にはその断片が見えました」

「……悪魔か」


 傍にいた鵺がぽつりと呟いた。


「またその言葉を聞くとは」

「また?」


 問い返してみれば、朱鷺が深い息を吐いて答えてくれた。


「先代のあなた達のことです。果実は殺される前に、罪人に向かって『あなたは悪魔に騙されている』と叫び、剣は此処を発つ前に『悪魔から果実と罪人を解放させてみせる』と残しました。けれど、残された者たちは誰も分からなかったのです。悪魔とは何なのか。彼女たちが何を見ていたのか……二十年以上経った今も、はっきりとしないまま」

「カタナ、君は何を見たんだ? 娘と言ったね。その傷跡から感じる魔力は人間の娘が放つには異様なもの。聖域の外の魔物達に匹敵する禍々しさだ」


 触れようとする鵺の手を無意識に避けた。きっちり治ってはいるが、あの異様な悪魔の力の及んだ場所を、善良な民に触らせてはならない気がしたのだ。


「……すまない、鵺」


 短く詫びて、私は二人に告げた。


「彼女は明松という名前だと聞いている。今もこの近くをうろついているはず。彼女の事を知っている人がいるんだ。まだ十五、六歳の少女だが、聖域の外を知っている魔術師。鳥の名前を持っている子だ」

「――鳥の名前」


 朱鷺がふと呟いた。その意味する事を分かっているという反応だった。


「彼女は三百年前の聖典を読んだと言っていた。聖域の外には戦火を免れた資料が残っているそうだよ。そこにははっきりと悪魔と言う存在が残されているらしい。俄かには信じられないかもしれないけれど、彼女はそう言っていたんだ」


 鴉は今どうしているだろう。

 そして、明松は今どうしているだろう。

 不穏は常に私の心に巣食っている。

 白椿と明松が接触することが怖い。白椿が何故、悪魔の力を帯びた小刀を持っていたのかを考えると、じっとしているのが辛かった。


「我々と同じ源流を持つ魔術師の少女か……」


 鵺が呟いた。


「聖域の外は魔物達の領域だ。そこから持ち込まれる話はそう簡単に信じられるものではないが、先代の末路の事もある。聖典に書かれていないもの、聖典から何故だか抜けおちているものがあるはずだと、神官もやっと考え始めている。それに、君を苦しめたあの力も解明されていないとなれば、あらゆる可能性を見つめなくてはならないだろうね」


 うろうろとしながら、鵺は言った。

 その動きを何となく見つめていると、正面に座っている朱鷺が話しかけてきた。


「カタナ。今はどうですか? 昨日のように苦しいということはないのですか?」

「大丈夫なようだよ、朱鷺。昨日、印より感じたあの不気味な匂いは消えている。痛みもないはずだ、そうだろ、カタナ」


 鵺に言われ、頷いた。

 痛みはない。左胸の苦痛もすっかり治まっている。明松に傷を負わされたからといって、また昨日のように苦しむと言う事はなかった。

 同じ悪魔の力であるはずなのに、何故だろう。


「悪魔とかいう存在について、まだ分からないことだらけだ。聖典に仮にあった存在ならば、故人は資料を残していたかもしれないが、そんなものこの聖域の中には一切残っていない。同じ悪魔の力でも、何故、昨日の女人狼の方が強力な力を持っていたのか……」


 鵺はうろうろとしながら語り続け、やがてぴたりと立ち止まった。無言のまま考えをまとめているらしい。そんな彼の様子を見つめていた朱鷺が、ふと私へと視線を戻して口を開いた。


「女人狼といえば……サヤ様は昨日も、今日も、彼女の事で気に病んでいました」


 思い悩んでいるのは、腑に落ちないものがあるからだろう。

 女人狼白椿。彼女は私を傷つけた。悪魔の力を宿すと言う危険な小刀を携え、再び此処へ来るはずだ。そんな彼女の訪れを果実の主治医が歓迎できるはずもないだろう。それでも、サヤは彼女の真意を信じて待っているのだ。


「あの小刀が本当に悪魔の縁のものであるのなら、あの女人狼もまた悪魔と関わりのある人物なのでしょう。そんな危険な人をサヤ様に近づけるなんて出来るはずも御座いません」


 ――それは、尤もな意見だろう。


 白椿が私に牙を剥いた理由はよく分かる。だが、その牙は鴉の言っていた悪魔の息がかかっているもの。悪魔の狙いが果実であるのなら、白椿の目的のものがサヤの傍にあるというこの状況はまずいかもしれない。そもそも、奴もまた契約済であるという可能性はないのだろうか。明松のような異常性は感じられなかったにしても――。

 考えをいったんやめ、私は朱鷺に向かって言った。


「サヤの思い悩みは毛皮の事でしょう。サヤが預かっているという黄金の毛皮は、あの白い人狼――白椿と言う女性の縁者のようです。遺族としてどうにか取り返したいのでしょう。サヤもまた夢枕に毛皮の主が現れると訴えていました」

「その話なら、私も常々聞いております。とはいえ、神官長はまだ御戻りでない。忙しい各部隊長に任せるわけにもならず、私共が預かるには少々人入りが多すぎます。それに、サヤ様が手放そうとしないのです。自分の手で返し、毛皮の主の言葉を伝えたいと」


 否定的な匂いを含ませて朱鷺は言った。


 私はいったん黙した。

 明松と白椿。両方ともこの目で見れば、言葉にはし辛くとも決定的な違いがあるように思えた。赤い光、翼のような不気味な存在感。何が違うのだろう。白椿との違い。それは、何も持たずに異常なことをしたかどうか、だ。

 魔術師の素質など微塵も感じられなかったのに、鴉以上の異様な術で明松は私を傷つけた。一方、白椿は違う。悪魔の小刀とやらを持ち出すまでは、”普通”の人狼に思えた。

 そのあとのことだって、理性しか感じられなかったものだ。


 と、ここまで考えて、私は気づいた。


 無意識になのかは分からないが、無理やりにでもいい方に考えようとしている。だって、サヤが信じているのだ。白椿を信じて待っている。この事実ばかりが私の感情を縛り付けてしまう。


「……サヤがそう言うのなら、私はそうさせてあげたい」


 素直にそう言って見れば、朱鷺も鵺もほぼ同時に溜め息を吐いた。


「思っていた通りの反応ですね。ならば、カタナ。あなたにお願いがあります。しばらくの間、サヤ様と寝食を共になさってくれませんか? いつ、その白椿とかいう御婦人が、少々手荒な方法で毛皮を受け取りに来てもいいように、その時に、何かよからぬ事があっても対処できるように、あなたが傍にいてあげて欲しいのです」

「――つまり……サヤの部屋に?」

「ええ。その御方が毛皮を取りに来るまでの間です。万が一、何かあればすぐにサヤ様をお連れして純潔の扉をくぐりなさい。落ち着かないかもしれませんが、お願い出来ますか?」


 朱鷺の言葉には絶対性など無い。これが神官長や王族の言葉であれば、私に拒否権など無かっただろう。しかし、魔術師長は私と対等の存在。幾らでも拒否していいものだ。だが、この依頼を何故拒否する必要があろうか。不都合があるとすればサヤの方。私は一向に構わなかった。


 万が一、サヤの信頼が裏切られることがあったとしても、その時は私が守らなければ。

 戦うのではなく、逃げるという手段で。


「分かりました」


 短く答える私を見つめ、鵺は少々顔をしかめる。


「出来れば、早いうちに解決してほしいものだ。常に果実に触れさせておくのも、剣の心には負担になる。カタナ、くれぐれも抱え込むなよ。サヤ様に同調し過ぎれば、守りたいものも守れなくなってしまうのだからな。それを忘れるな」

「勿論」


 サヤの愛しさと恐ろしさは剣の自分が一番よく分かっているつもりだ。

 彼女の事になれば必死になってしまう事は自覚している。しているけれど、自分ではどうする事も出来ない。これも勇敢の剣として生まれたのだから仕方ない事なのだと教えられているが、別に剣ではなくてもサヤに魅了されてしまった者たちは多数いるものだ。

 何もかもサヤの所為にするつもりはないが、十分気をつけなければ。鵺の言う通り、守れる未来も守れなくなってしまうだろう。


「その傷を作った人物……名は、明松と言いましたね」


 ふと朱鷺が言った。


「悪魔の力を使うのだと。彼女はまだこの近くに居るのでしょうか」

「……多分。けれど、鳥の名前を持つ子によれば、悪魔や悪魔に憑かれ自我を狂わせるほど同調してしまった者は、結界を越えられないらしい。御殿の門をくぐる事は出来ず、悪魔は新たなしもべを探すのだと。悪魔憑きを殺せば、殺した者に悪魔は取り憑くそうです。悪魔憑きとなって日が浅い者は、結界も越えられるのだとか。危険があるとすれば、外回りの番人に取り憑くことかもしれません」

「殺しても駄目、結界も超える方法があるか。発信源は信用出来ずとも、無視するには怖い情報だ」


 鵺が言った。


「明松という女の特徴は? 見かけても近づかぬようにと伝える必要があるな」

「特徴は……私と同じくらいの年齢の女で、薄汚れているが良く見れば高貴な衣服に身を纏っている。獣人の血を引く者ならば、こびりついた血の臭いを感じるだろう。ともかく、場違いな一般人だ」

「よろしい。私が部隊長にそう伝えておこう」


 鵺の言葉に私は静かに頭を下げた。


「……お願いします」

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