夏空と彼女のキス
ああ、なんて暑い日なんだろう。
高く昇った太陽が私の体温を上げていく。
全身から汗が吹き出していくようで、不快感が高まっていくのを感じていた。
「暑い! どうしてこんなに暑いの……!」
涼しい風が吹くのを待ち望んでいても、そんなものがやってくるはずもなく、吹くのは生ぬるい風ばかり。
アスファルトも熱を帯びていて、下からも、上からも焼かれているようだ。
どうして、こうも暑いのか、私は不思議でたまらない。
けれど、今はそんなことはどうでもよくて。
今はただ、この暑さから逃れたかった。
「そうだ……さっちゃんの家に行こう」
思いついたのは、友人の家に行くことだった。
サツキという名前の彼女は私の唯一の友人だ。
行き先を悩んだ時には、いつも彼女の元へと向かう。
私が 彼女の元へと行くといつも、仕方ないなぁ。なんて顔をしながら私のことを迎え入れてくれる。
私にとってとても大切で、とても優しい友人だ。
だから、この日も優しく迎え入れてくれることだろうと思っていた。
「おーい。さっちゃーん?」
家のチャイムを押しても、彼女の反応が無いので、外から声をかけてみた。
けれど、私の声にも反応はなかった。
外出しているのだろうか? それなら仕方ないけれど、帰るしかなくなってしまう。
それは避けたいと思った私は、彼女の家のドアに手をかけた。
……そして、それは開いてしまった。
鍵が、かかっていなかった。
「誰もいないのー?」
声をかけても、返事はない。
どうするべきか悩んでいたところで、奥の部屋からくぐもった声が聞こえてくる。
「んっ……ふぁっ……」
その声を聞いた私は、一言、お邪魔します。と声をかけて家の中に入っていく。
ユウキなんて名前の私だけれど、この時に勇気を出して家の中に侵入してしまったのは、良いのか、悪いのか。
友人の家であろうと、結局は不法に侵入してしまっているわけだもの。
けれど、入ってしまったものは仕方ない。そう思い、奥の部屋の扉に手をかける。
「ユウ……キ?」
「えっと……お邪魔、します」
ベットの上に居た彼女も、流石に私が部屋に入った気配に気づいたらしい。
この、あまりにも気まずい状況でなければ、いつもの調子で普段通りの私達に戻るのだけれど。
彼女は、顔を真っ赤にしている。
「ごめん……少しだけ部屋から出てもらえる、かな?」
「……分かった」
案外落ち着いているのか、それとも羞恥によって逆に冷静になったのか。
とにかく、一度私を部屋の外へ出すという結論に至ったらしい。
私は素直に部屋の外へ出て、先程までの彼女の様子を思い出していた。
「あれは……明らかに、だよねぇ」
私だって、人間だ。一度見たものをすぐに忘れるのは難しいが、忘れることにしよう。
そう心の中で決めたのだ。
「……もう、入ってもいいよ」
声がかかったのは、そんな時だった。
私の方がまだ心の準備が出来ていなかったが、それでも部屋へと足を踏み入れた。
「えっと……見た?」
「えっ……」
あぁ! 折角私が忘れてしまおうと決心したばかりなのに!
今度は、私がどうすればいいのか分からなくなってしまった。
ここは、そうだ。素直に今思い浮かんだ言葉を発してしまおう。
「……見た」
「……そっか」
間違えた? 間違えたよね、間違いなく間違えたよね。
ここは、そんな風に答える場面ではなかった。
あまりにもわかりやすく狼狽えている私を見て、彼女は私に近づいてくる。
「あれね、ユウキのこと考えてしていた。なんて私が言ったら、どう思う?」
「えっ……えっ?」
「……ばか、冗談だよ」
「……そっか、そうだよね」
突然、彼女が爆弾発言をした。
ああ、私ばかりが動揺している。
今日の彼女はとても強気で、私は押されてばかりだ。
私は、自分が抑えられなくなって、彼女に近づいて腕を取った。
「行こう! 外に!」
「えっ!?」
もう、何がなんだか分からなくなって、彼女の腕をとって、私は家の外へと飛び出した。
そして、彼女の手を引いて、走り回った。
そうすると、いつの間にか近所の川にかかっている、橋にたどりついていた。
「はぁっ……はぁっ……ちょっと……いきなり……こんなに走り回されたら、息が切れるに決まってるでしょ!」
「ご、ごめん。自分でも少し、反省してる」
「少しじゃなくて、反省してね」
「……はい」
少し離れた位置で彼女は、私の方を見てくすりと笑うと、一歩私の方へと近づいてきた。
「ねぇ、この際だから、聞いて欲しいことがあるんだけど、いいかな?」
「えっと……うん、いいよ」
私が言い淀んだのは、先程彼女のあんな姿を見たばかりだからだ。
散々走り回した私が言うのもどうかとは思うが、一体、彼女は何を伝えようというのだろうか。
「……私ね、ユウキのこと、好きだよ」
「……えっと、私も、好きだよ?」
何を、当たり前のことを言っているのだろうか。
私は今も昔も、さっちゃんのことが大好きで、だからずっと唯一の友達で、親友のつもりだ。
けれど、彼女は違うのだろうか? 急に、不安になってきた。
「多分、ユウキが思っている好きとは、違う好きだよ。異性ではないけれど、私は貴方が好き。恋愛対象として……ね」
「……そ、そうなの?」
「うん、多分、ユウキが思っているよりもずっと、真剣に」
「い、いや、真剣に言っていないとは思ってはいないけれど。私達、女の子同士なんだよ?」
「それが、どうしたの?」
彼女は、真剣だ。
きっと、女の子同士だとか、そういったことじゃないんだろう。
彼女の思いに、私が応えるかどうか。
きっと、それだけの話なんだ。
それ以外に、この場には必要ないんだ。
だから、私は、さっちゃんにちゃんと、応えなきゃいけないんだ。
私の、素直な気持ちを。
「……私も、さっちゃんのこと、好きだよ」
「それは、恋愛対象として? それとも……友達として?」
「……多分、今は友達として。だけど、少しだけ、恋愛対象としても好き、かな」
「ずるいね」
「……うん、ごめんね」
「仕方ないよ、私だって、急だったもんね。……だけどね、いつまでも待つ気はないからね?」
彼女はそんなふうに私に言って、ふいに、私のおでこにキスをした。
「なっ……」
「今は、これだけ。ね?」
「……もう」
「じゃあね!」
そうして、彼女は帰っていった。
ただ、暑いからと彼女の家に向かった筈の日は、私達の関係を少しだけ変える日になった。
私は、彼女から時間を貰った。
きっと、余り長い時間ではないだろうけど、彼女の想いに私がどう応えるか、しっかりと考えなければならない。
それが、私にとっても、彼女にとっても、幸せな未来であるように。
太陽に照らされて暑い日は、まだ暫く続くのだから――。