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009 追憶と覚醒の12分間

 ハギは、花の山に敵影を認めた。自分の視界ではなくハトジュウの視界でとらえているから、3Dミニマップ上では遥か先にいることになっている。おそらく敵には気づかれていないだろう。


 そこで一旦足を止めて簡易罠を仕掛ける。

 <パンナイル>で神代猫を街に入れさせないためにも使った、縄と札を使った頼りない結界だ。

「この程度じゃ、あの爆発受けたらすぐ千切れ飛んじゃいますねえ」


 相手はあのクレーターを作った化物だ。それでもハギは微力とは知りながらも、着々と準備をしていく。


 ハトジュウを高い木にとまらせマップの範囲を限定する。これならば、精度に不安があっても相手の動きがあれば警戒はできる。

 

 さらに、ヤクモを川岸の菜の花畑の中を静かに進ませる。

 <サクルタトルの深き穴>でも分かったことだが、ヤクモの隠遁能力は折り紙つきである。あのように目立つ赤い服を着ているにも関わらず、枝道のない坑道の中を敵に発見されずに降りていくことができたのである。こちらから見ても菜の花を一本も揺らさずに進んでいるのが分かる。


 やがて、敵の正面に回り込んで静かに伏せて待機した。


「これがオオカミの頭というなら、バジルさんの顔はよっぽど可愛いですね」


 ヤクモの目を通して情報を受け取る。敵の姿は醜怪だった。毛むくじゃらの人の顔を龍の骨の上にかぶせたような頭部が、マントのような布からニョッキリと生えている。地面とマントの隙間から見えるのは二本の足ではなく、何本もの触手である。


 敵は舞華の横たわっていたところにいた。なにか探しているらしい。

「こんなことなら、あざみさんとリアさんを使いに出すんじゃありませんでしたよ」

 ハギは独りごちた。


 敵は捜索をあきらめ、ハギの方を振り返った。姿が見えているわけではないから、もっと遠くの方を見ているのだろう。

 やがて触手に力を貯めたと思うとハギの方に向かって突進した。

「来る!」


 ハギを見つけると敵は触手を鞭のように振るった。

 しかし、その手はハギに触れる前に爆発した。

「ギ!?」

 軋るような音を立ててハギを睨みつける。


 乱雑に張り巡らせた結界の一本に触れたことに気づく。


「ギギギ?」


 首を九〇度ひねる。そして首を異様にねじったままの姿勢で、結界を飛び越えようとした。


 しかしハギから放たれた光線を寸前で躱して元の位置に戻る。


「せめて足止めくらいはさせてもらいますよ」


 <鏡の神呪>――。


 <神祇官>であるハギの最大攻撃力を持つ呪文である。残念ながらディルウィードのような<妖術士>の呪文に比べれば力がない。直撃していたとしても、これで仕留められるような敵ではないのは十分承知である。


 この諦めにも似た感情が、ある失策を呼び込んでいた。


 集団戦にあっては、符術を併用しての広域結界術と敵味方のステータスの監視がハギの役割である。今は単独で仲間が到着するまで持ちこたえるのが役目であるため、敵のステータスを確認するという大事な仕事を怠ってしまっていたのだ。


 倒せる相手ではないという判断は間違ってはいない。

 ただ、確認していたらすぐに気がついたはずである。

 この敵の前にそのように単独で立ちふさがるのがどれほど危険な行為であるのかを。



■◇■



「じゃあ、話してもらおうか。君が一部記憶を封じ込めてしまうほどの衝撃的な事件を」


 桜童子はそれほど焦った様子もなくゆったりと椅子に腰掛けて言った。


「リーダーさん。今はみなさんを追いかけていった方がよいのでは」

 桜童子は椅子に腰掛けなおすと、首を横に振った。


「ハギだけに追わせたのはオイラの失策だ。だから手を打った。ただし、時間が必要なんだ。その間、オイラここから動けねぇんだよ。この時間を無駄に費やすよりは、少しでも君の話が聞きたい」


 桜童子の意思は固いようだ。

 ぼくは観念して覚えている限り話すことにした。




「ダリエルとぼくは旅をしていました。

 ぼくは彼が濡羽なのではという思いを抱えていたのですが、直接確かめることはありませんでした。ぼくの心に濡羽が安らぎをくれたのは間違いありませんが、ダリエルもまたぼくに安らぎを与えてくれていたからです。

 それで満足して納得していたのかもしれません。


 ダリエルは時折、ぼくのもとから離れて何日か戻らないことがありましたが、濡羽なのだとしたら<Plant hwyaden>の執政があるのですから当然かもしれません。


 しかしやはりひとり旅は心細く、ダリエルが戻るととても安心したものです。


 ただ、そのダリエルに違和感を覚えたのが、<ドラッケンズエーレ>伝いに<マヴェール盆地>に出たときのことです。


 ぼくたちは、<梟熊>を伴って道案内をする<猫人族>の少年を雇い、その彼の家に泊めてもらいました。


 雪の降る夜半のことです。<レッドストン山地>から<鋼尾翼竜>が大量に飛来してきました。どこの家の者たちも雨戸を閉めてやり過ごそうとしていたのですが、なぜかダリエルは外に出かけて行きました。


 しばらく経っても戻ってきませんでしたので、ぼくは探しに出かけました。


 急に雪に混じって<鋼尾翼竜>が降ってきたのにぼくは肝を潰しました。

 空中で意識まで凍りつかせたかのように、<鋼尾翼竜>は地面で完全に無力化してしまっていました。

 落ちてきた衝撃で、畑の横の小屋は潰れていました。


 ダリエルの仕業なのか、笑い声が雪の中に聞こえた気がしました。

 ぼくは彼の名を呼びながら、雪の中へと歩を進めました。


 彼はどこにもおらず、ぼくは来た道を引き返しました。

 <鋼尾翼竜>は目を覚まして飛び立ったのでしょう。潰れた小屋だけが残っていました。


 泊めてくれた<猫人族>の少年の家に戻ったぼくは悲鳴をこらえるのに必死でした。


 <猫人族>の少年は腸を食いちぎられるようにして絶命していたのです。

 扉はしまっていたので<鋼尾翼竜>の仕業とは思えません。

 従者の<梟熊>もどこにもいません。


 金貨が飛び散っていましたから、何者かが侵入し<梟熊>を殺害し、少年を食いちぎるとぼくが戻る前に家から抜け出し、虫の息だった少年は絶命したのかもしれません。

 そこにぼくは口を押さえたまま突っ立っていました。数分は経ったでしょう。少年は泡と化して消滅しました。

 ぼくは家を飛び出して、右も左も分からぬ山中をただひたすらに走り続けました」




 ぼくが一息つくと、桜童子が聞いた。


「君がおいらの<鋼尾翼竜>を見て怯えたのは、そういう経緯がフラッシュバックしてしまうからなんだな」


 ぼくは頷いて続けた。




「そのような出来事はそれだけではありませんでした。ぼくが無事にイースタル側に下りると、親しげに声をかけてきたものがありました。ほかならぬダリエルでした。


 <猫人族>の話をしましたが、彼は知らないと答えました。でも濡羽ならばそれもありうるような気がしました。


 しばらく旅を続けていましたが、<時計仕掛け>作品を作る少女の身に同じような災難が降りかかりました。


 しばらくダリエルと別行動をとっていましたが、次の街に移動するため合流すると何だか彼は上機嫌に見えました。


 町を出る頃、ひとつの噂が流れてきました。

 <大地人>少女がベッドごと噛みちぎられて亡くなったそうなのです。


『<魔狂狼>でも出たかな。物騒だね』

 ダリエルは、そんなバカなと言いたくなるようなことを澄ました顔で言いました」


「ふうん」

 桜童子は何か考えるように相槌を打った。先程の飛羽の話と重ねて考えているのかもしれない。



「ある時アキバ近くの町で、ぼくは不思議な女性に遭遇しました。


『Excuse me. あー、やっぱりそうだ。君はわたしに逢っているのを覚えているだろう? え、覚えてないのかい。エンパシオムの捧げ方を月の海で教えたはずなのだけどね』


 ボーイッシュであるのに美しい女性でした。記憶を探ったのですが、どうにも覚えがありません。どこか遠い夢の中で見たような気ならします。


『じゃあ、これなら覚えているかい』

 そう言うと彼女は<召喚術師>らしく、戦技召喚してみせました。


『アルクィンジェなら忘れられまい』


 天使のような姿をしているのは<二姫>です。

 ぼくは最初に神殿送りになったとき、青い星の夢を見た気がしていました。

 そこで出会った天使は夢ではなく実在していたことを、そのときはじめてぼくは思い知らされました。


『ふうん。やっぱり共鳴している。君の抱えているその大きなエンパシオムに引き寄せられた悪い虫に、君は狙われているのかと思って声をかけたんだが、どうやらそれは違ったようだ』

 

 腰に下げている小さな魔法鞄を指差して言ったので、大きいという意味もエンパシオムという意味もさっぱり理解できませんでした。


『彼からもらったのかい。となるとそいつは餌なのだろう。太らせてから食べる気なのだね、彼は。おや、気に障ったかい。失礼』


 ダリエルのことかと問うと、彼女は言うのです。


『そのような名も持っているとは器用なやつだ。まあ本体ではないのだろうが。なるほど、本体ではない肉体の維持にエンパシオムの採取が必要ということか。そう考えれば合点がいく』


 こちらは合点が行かないどころか、不吉な予言を与えられたような気分になりました。作家の性分で今の言葉をメモだけしておいてぼくがずかずかと進むと、彼女はにこやかに手を振って言いました。


『またいつか会おう。日の差していないどこかで』」



「君はその時、腰の鞄に<二姫の竪琴の糸巻き>を入れていたのではないかい? 君は既にダリエルから受け取っていたはずだ」

 桜童子の問いに、ぼくは「おそらく」と答えた。そこらの記憶は夢の中のできごとのようでもあり、メモを取っていたところ以外は曖昧なのだ。



 その直後、ついに決定的な事件が起きてしまったからだ。



■◇■



 ハギは結界の中でジリジリとした焦りを感じていた。

 MP残量は<禊ぎの障壁>を一回張れば終いだ。

 今張っているものはもう二秒も保たない。

 先ほど結界が破られたとき、敵の触手を左肩に受け、辛うじて身体に腕がついている状態だ。ブラブラする腕を帯で縛り、特殊な歩法を続けている。


 薄いガラス片のように障壁が砕け散る。

 新たに障壁を張り直し、その内側に護符を貼って僅かに防御力を上げる。

 

 ハギは、全種族の中でも最も防御力の低い<法儀族>である。触手を受けたのが肩でなければ、こうやって立ってはいられなかっただろう。

 ただ、もう打つ手はほとんど残っていない。


 MPはほとんど残っていないし、持っている護符もあと僅かだ。それでも、みんなが到着するまでに持ちこたえなければいけない。


 できるとすれば、この歩法のみだ。

 <兎歩>と呼ばれるこの歩法は、通常バッドステータスを除去するための<神祇官>の特技である。

 ただ、以前この歩法を通常とは違って延々と続けていると予想外のことが起きたような気がする。確かではないが、今やこれに賭けるしかないのだ。


 結界が破られるのが早いか、千歩目を踏み終わるのが早いかというところだ。


「何も……起きないのか」


 ハギが目を細めて苦々しく呟いた。


「ギ?」

 ヤクモが敵の背後に立っている。

 思い違いではない。やはりヤクモは<飛梅の術>を使ったのだ。

 背中に護符をぺんっと貼ってとたとたとたと逃げる。


 敵は一本の触手で護符を剥ぎ、もう一本の触手でヤクモをたたきつぶそうとする。


「ヤクモ!!」

 

 一瞬早く背中の護符が爆発し、ヤクモを襲いかかった触手がわずかに逸れた。それでも爆風に弾かれたヤクモは菜の花の中に吹き飛ばされる。ヤクモの感覚がまだ接続されているので、おそらくは、起き上がってどこかに隠れることができただろう。


「式神に救われるなんて、術者冥利に尽きますね」


 猛り狂った敵の触手が結界を叩き割ったが、ハギはそれより早く後方に飛び退っていた。

 触手が雨あられのように降ってくるが、ハギには触れられない。

 決してハギの避けるスピードが上がったわけではない。


 安全圏を察して先に身を躱しているようだ。


「ギイ!」


 ハギは今まで思い違いをしていた。

 足止めをしなければいけないという思いが先走って、防御力の弱さを顧みず、自分の足を止めて戦っていたのだ。


 自分に向けられた攻撃を、全て躱して凌ぐことができれば十分足止めになるではないか。

まるで<武闘家>の発想だが今のハギならそれが可能だ。


 敏捷性が上がったわけでもないのに、どうして全ての攻撃が躱せるのか。

「なるほど、これがディル君たちの言っていたやつですね」


 New SKILL <金鶏暁夢ヴィゾニフルズドラウマ



 ハギの視界に新技名がポップアップされた。

 3Dミニマップに変化が起きていた。

自分の背後にまでマップが広がっているのだ。今まで自分の見える視界にヤクモとハトジュウの情報を統合していたため、前方空間しか表示されていなかった。


 しかし、ヤクモが動いたことでハトジュウも見る位置を変えた。その時ハギは気づいたのだ。

 ハトジュウの視界を主軸に、自分とヤクモの情報を統合すれば、前方のみでなく自分の周囲を見ることができるのである。

 ハギの視界にもグリッド線が見えている。3Dミニマップと対応させることで攻撃の軌道が読めるのだ。


 もともとミニマップとは不意に攻撃を受けることを無くすためのものである。この<金鶏暁夢>は攻撃を喰らわないことに重点を置いた技である。殻に閉じこもって攻撃を耐えているうちは気付く余地などない。

 全く防御力を持たぬヤクモの勇気ある一歩が、ハギの凝り固まった思考を叩き割った。


 ただ、いくら攻撃の筋が読めても爆発的な勢いで攻め込まれると、避けきれないことが多くなる。致命傷でこそないが、HPがガリガリ削られていく。


「どうやら、ヤクモの意識が途切れましたね」


 いよいよHPも底を尽く。

 ハトジュウが木から飛び降りて、攪乱しようと敵の目の前を横切る。

 もう口伝も発動していない。

 ハトジュウもついに触手に弾かれる。


 ハギは観念して目を閉じる。


「ハギにゃんお待たせにゃキィイイイーーーック!!!」


 車がぶつかるような激しい音と、凄まじい風圧がハギの前で起きた。

 ハギが目を開けると銀色の背中が見えた。


「え、イクスちゃん?」


 イクスはそれに答えず、腕を伸ばして親指を立ててみせる。


「ハギさん、早うこっちへ!」

 シモクレンがヤクモに治療を施しながらハギの背中に呼びかける。

 よろけるようにハトジュウを拾い、ハギは治療の輪に加わる。


「でかしたぞ、ハギの介! 戦闘はオレ様とイクスに任してな」


「ふんぞり返っとらんで、早うあんたも行きぃな」

「イクスが結構強いから、ちょっとオレ様躊躇中」

「ふざけとったらあかんて!」

「へいへーい」

 

 バジルは躊躇したと言っているが、おそらくそこまで思案した結果ではなく、ただただ驚いただけに違いない。


 今やイクスは銀色の颶風だった。

 それまでのイクスは、山丹にまたがってバジルのナイフを借りて中距離から攻撃するのが主だった。

 今は触手を赤い双剣で弾きながら、旋風のようにして相手の胸元に切り込んでいる。


 ようやくバジルはその隙を縫ってナイフを投げた。触手が払い落とそうとする隙を見抜き、イクスは飛び上がり風車のようにして襲いかかる。その動きをフェイクにして更に空中まで跳ね上がると、狼のような頭部に踵落としを食らわせた。


「ユイのようにはうまくいかないにゃ」

 とんぼ返りで距離をとったイクスは呟いた。技の派手さの割に与えたダメージは軽微だ。


 バジルは攻撃を続けながら今のイクスの動きを振り返る。

 <クイックアサルト>から<ラウンドウインドミル>の途中キャンセル、<ユニコーンジャンプ>からの踵落とし。


「完全に<盗剣士>っぽい動きだな。まあオレ様だったら頭にマーカーちゃんと設置してくるがな。しかし、直接攻撃なんてリア嬢ちゃん相手にしかしてなかったじゃねえか」


「この赤い剣がそうやって戦えって言ってるにゃ」


 敵はバジルと距離を詰めようと襲いかかる。イクスも背後から追いすがって触手を切り払う。

 バジルが敵を引き回しイクスが追撃する形に変わってきた。

 少し距離が取れたので、ハギは桜童子に念話で報告を始める。


「ええ無事です。ギリギリですけど。現在バジルさんとイクスちゃんが敵と交戦中。敵の名前、判明しました」




 欺きの典災カホル―――。


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