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006 本当のお姫様ための条件

 <P-エリュシオン>に大人数が集まった際、食事は二階で行うことが多い。


 ひと月前まではてるるという<冒険者>がいたため、野外で食事をすることが圧倒的に多かった。彼女は普段は内気な女子大生だが、一度<食闘士>としての使命に燃えると近隣住民を巻き込むほど盛大な食事会の中心となって料理の腕をふるうのである。


 そのてるるも<アキヅキ>に移ってしまった。彼女は本来フリーランスなのである。

 彼女が【工房ハナノナ】を去ったあとも、地域の<大地人>から夕食会の要望が根強く挙げられた。

 しかし彼女のような腕利き料理人は【工房ハナノナ】にはいない。

(【工房ハナノナ】の料理人はイタドリだが、ドワーフ村に滞在中である。たとえ帰ってきていたとしても、料理の腕があまりにお粗末なため振舞うことは実質不可能である。)


 そこで、<もういいじゃね?>派と<しょうがないからやるだけやっとく?>派に分かれて議論が続けられたが、最終的に<やるだけやっとく>派の代表であったハギが、アイテムを使って料理を振る舞い続けることにした。

 それが例のふりふりエプロンなのである。


 てるる人気に支えられた食事会は、次第に規模が小さくなり二週間ほどで要望の声も上がらなくなってしまった。さすがにてるるとその料理の絶大な人気を、ふりふりエプロンを着けただけのハギが継ぐにはいささか無理があったのかも知れない。


 調理場は一階にあり、そこにテーブルもある。だが、全員が掛けるには不足するし、何よりふりふりエプロンを着けたハギの後ろ姿を見ながら食事というのは何となくだがあまり美味しそうに思えないというのがみんなの意見(実際にはバジルの強硬な意見に逆らうのも面倒になって試してみたところ眺望もよく、みんなのお気に入りになったという経緯がある)で、それ以降大人数で食べる際は二階に運んでいくことになった。


 半月状のテーブルを二つ向かい合わせていて、真ん中を人が通れるほど隙間を空けている。

 左手の子ども用椅子にウサギのぬいぐるみが飾ってあるように見えるが、彼こそがギルドマスターの桜童子にゃあと知って舞香はいささか驚きの表情を浮かべる。


 さらに窓際にサブギルドマスターであるシモクレンが陣取る。舞華の目からすると、豊かな体つきをしたシモクレンは母性に満ちた女性で、何だかぬいぐるみを介護しているかのように見えた。


 桜童子をシモクレンとはさんで座ったのがサクラリアという女子大生だ。<大災害>に巻き込まれさえしなければ、今頃キャンパスライフを謳歌していたに違いない。

 その横に座るのが大地人少年ヴィバーナム=ユイ=ロイである。先程の質問は「なんか難しい質問だから、メシ食ってからにしようぜ」と言ってはぐらかされている。

 手前に二脚椅子があるが、ディルウィードという青年とイタドリという女性のためのスペースらしい。いつでも戻ってこいというメッセージをこめているようだ。

 

 右手の奥から狼牙族のバジル。大地人ネコ娘のイクソラルテア(通称イクス)。その後ろに<剣牙虎>の山丹。横の帽子掛けのような止まり木にいるのが<式神鶏>ハトジュウ。イクスの横に狐尾族剣士たんぽぽあざみ。その横が法儀族符術師ハギ。手前の子ども椅子には<式神童>ヤクモが座る。


 テーブルの間の通路は舞華が座るために塞がれた。蝶番で天板が持ち上がる仕組みにしてあるらしい。舞華の席に座ると確かに景色が美しく見える。


「あの、ぼくを助けていただいたようで、ありがとうございます」

 桜童子はひょいひょいとぬいぐるみのような手をひらつかせて舞華の礼を遮った。


「むしろ、そこのバジルとイクスが迷惑かけたようだなー」

「いえ」

「調査にでも来ていたのかい?」

「いえ、そういうわけでは」

「君は<Plant hwyaden>のようだけど」

 名目上、<ナインテイル自治領>は<ナカス>占領宣言を以て、<Plant hwyaden>の支配下に置かれていることになっている。

 実質上は<九商家>のある<パンナイル>や<アキヅキ>のように独自に力を蓄えている地域や、辺境のためあまり関与を受けていない<サンライスフィルド>のような地域もある。

「こんなところに、仲間も連れずに現れるなんて、よほどの理由があるんとちゃう?」

 シモクレンが話を継ぐ。

「それが、ぼくにも」

 わからないのだ。舞華は<ナインテイル自治領>に渡った記憶すらないのだ。


 不審に思われても嫌なので、舞華は自分のことを語ることにした。


「ぼくはジョングルール。旅をしては芸を見せ、話を聞かせるのが仕事です」

「私とは違う感じの<吟遊詩人>なんだね」

 サクラリアはパスタを頬張りながら言う。サクラリアは歌の力を駆使する<吟遊詩人>である。<ブレイドシンガースタイル>は取得しているが、舞華のようなジャグリングは得意ではない。

 

「サブ職業は<小説家>のようだけど?」

 豚バラを串に刺して口に放り込んで聞いたのはあざみである。

 この疑問はハギが答える。

「ボクは、メインが<暗殺者>でサブが<追跡者>ですがニンジャだと名乗る人物を知っていますよ」



「小説家っていうのは珍しいよな、この世界で。じゃあ、向こうの世界での職業も小説家ってことなのか」

「ええ、名乗る程のものじゃありませんが、向こうでは細々とミステリを書いていました。えっと、バジルさん」

「うっひょお、オレ様小説家に初めて会ったぜえ。サインもらっちまおっかな」


「ろくに作品も読んでないんだろう? バジル」

「そういうおめぇは読んだのかよ、にゃあの介」

「名探偵浮立舞華シリーズなら読んだことがある。まあ、あなたがその作者というならね」

 舞華は頬を染めて笑った。

「ぼくも自分の読者に会ったのは初めてです。編集者さん以外で」


 バジルは煮っ転がしを噴き出さんばかりの勢いで喋る。

「なあ、なあ。小説家っていうのはたくさん本を読むものなのか」

「そりゃあ、資料が必要になったりするので。それにもともとぼくは読書が好きな質で」

「オレ様聞いてみたかったんだよ! プロの読書家に!」

「書く方は一応プロですけど読む方は」


「ほら、これ! これだよ! これ」

 箸でマメ科の野菜をつまんで見せる。

「えんどう豆……ですか」

「そうそうそうそう、何かいただろ、なんかそんな姫様」

「何にゃ、それ」

 イクスが呆れる。


「どんな話だったかわかんねえけど、何か納得いかねえ話だったんだよ」

「タイトルもわかんねーんじゃ、小説家のねーちゃんも分かんねえだろ」

 ユイも首をひねる。<大地人>のふたりは全く聞き覚えもない話らしい。


「にゃあちゃん、分かる?」

 シモクレンは桜童子に尋ねる。

「アンデルセン童話の『エンドウ豆の上に寝たお姫様』か?」


「ああ、それならぼくも分かります」

 舞華が受け合うと、桜童子は笑って言った。

「そんじゃあ、ジョングルールの本領発揮を期待してもいいのかな」



 舞華は頷き、かいつまんで童話の内容を話した。かいつまむほどもないほど短い作品なのだが、正確に覚えていない分をごまかすためだ。



「昔々あるところに、そろそろ妃を迎えようかという王子様がいました。ただし、王子が求めていたのは、『本当のお姫様』でした」

「おうそれだそれ!」

「兄ちゃん、しっ!」

「腐れバジル、黙るにゃ!」

 <大地人>のふたりは、真剣に聞いていたらしく、バジルを注意した。


「王子は『本当のお姫様』を求め世界中を旅しますが、ただのひとりも出会うことはできませんでした。王女はたくさんいるのです。でも、出会った王女がただひとりも『本当のお姫様』ではなかったのです。王子はふさぎこみました。それでも王子は『本当のお姫様』を求めてやみませんでした」

 桜童子の茶をすする音だけが響く。


「ある夜、ひどい嵐になりました。その稲光と豪雨の中を歩いてきたらしいひとりの女性が城郭の門を叩きました。王が開門を命じるとそこに立っていたのは、王女様でした。ただし、ひどい雨と風のため髪も服も靴もずぶ濡れになっていましたが、彼女は言うのです。『私が本当のお姫様なのです』、と」


「えんどう豆出てこなかったにゃ」


「ここから、その女性は試されるんですよ、イクスさん。二十枚のマットレスの下にエンドウ豆を敷き、さらに羽毛の布団をたくさん重ね、その上に寝せたのです。それに気づくことができたら『本当のお姫様』というわけです」


「ハア? 気づかなかったら何? 本当じゃないわけ?」

 あざみが首をかしげる。


「そうなんです。装っているだけの王女なら寝心地を聞かれたら、あまりのふかふか加減に『ぐっすりと寝られました』と答えるはずです。しかし、嵐の中現れた王女は『寝付けませんでした』と答えたのです。体にアザができるほど、彼女は敏感だったんです。王子は彼女を『本当のお姫様』と認め、妃に迎えました」

 話し終わると、イクスとユイは拍手したが、たくましき<冒険者>の女性陣は納得しなかったらしい。



「何? 敏感肌だったら『本当のお姫様』なの?」

「え、それで結婚しちゃったの? そんな王子様将来心配だよう」

「ウチもバジルはんが言うように、この話謎やわ」

「豆に気づく前に二十枚も布団重ねたら背骨痛くなるって」

「そんな敏感な人がなんで嵐の中歩いてやってきちゃったの?」

「王様もそんな不審な女やってきて開門命じる?」

「そもそも私お母さんだったら、料理の腕とか見るわ」

「そんなのは宮廷料理人に任せとけばええんちゃう?」

「そか」

「でも身分を表すものひとつないのに、『うーん、寝苦しかった』の一言で妃決めちゃう国大丈夫なん? むしろ嵐の晩にやってきてそんな立派な布団出してもらって礼の一つもなしとか。アタシ岩の上でも眠れるよ? 一応礼ぐらい言うよ?」

「そこは当然って顔しなきゃ本物じゃないわけよ、きっと」

「でも基準が豆って。それでなんか役に立つの?」

「役に立つかどうかじゃなくて天性の素質みたいなものを見極めるってこと?」

「これ、アンデルセンだよね? 『マッチ売りの少女』とか『人魚姫』の作者の。何? ハッピーエンドはいいけど、ハッピーエンドになるためには敏感肌やったらよかったの? 敏感肌やったらマッチ売れたの?」


 口々に納得の行かなさを募らせるシモクレンとサクラリアとあざみであったが、ついにこの話は「謎」だ、ということで落ち着いた。

「な、オレ様の言ったとおり納得いかなかったろ。ミステリ作家の舞華ちゃんはそこんとこどう見るよ」


「ぼくは、この話をどう捉えるかというより、どう扱うかと考えてしまいます。例えば章の冒頭に<ある夜、嵐がきた。稲妻閃き雷鳴轟き、雨はザアザアと降りしきる、ひどく恐ろしい夜だった>と引用して事件の始まりを象徴しようか、などと考えるもので。ごめんなさい、解釈の面ではぼくは意見を持ちません」



 ハギは桜童子を見て言った。


「当然リーダーは納得のいく解釈を持っているんですよね」

「まあなー。ただし、私見であって一般的な解釈ではねえぞー」

 

 女子はイクスも含めて興味をもった。もちろん舞華もだ。

「そうだな、ユイとリアがヤクモを連れて外で遊んできてやってくれたら話してもいい」


「えー、私も聞きたいー」

 桜童子はサクラリアをじっとみつめる。


「うぁー、分かったよう。にゃあ様がいじめるよう。しょぼーん、私やっぱり、にゃあ様にだけは逆らえないよう」


 ハギは顎を触りながら言った。

「ほう、ということはそういうことですか」


 桜童子は微笑んで言う。

「答え合わせは必要かい?」





 サクラリアとユイとヤクモが外へと言ったあと、舞華は桜童子の話を聴いてから先程の和室にさがった。

 女性陣はえーっと声を上げたが、確かに納得のいく解釈ではあったように舞華は思った。

 意図的に<盗聴取材>をオンにしておいたから、まだ桜童子たちの会話がはっきりと聴こえてくる。


「なあなあ、怪我させておきながら言うのもなんだけどよ。あいつ、信用していいのかよ」

「不思議やねえ。なんでここに来た経緯が分からんのやろうか」

「記憶喪失でしょうか」

「いいんじゃねーの? たとえ何か意図があってやってきていたとしても、一人じゃあ生きにくい世の中であるのは間違いねえ。居たいだけ居させてやりゃあいいんじゃねえのか」

「まさか彼女がどうやってきたかわかったん? にゃあちゃん」

「まだ推論なんてよべるもんじゃないがなー」

「本当に気味の悪いぬいぐるみだぜ、にゃあの介はよう! なんだって謎を解いちまうんじゃねえのか」

「解けるものしか解けねえよ」

「アタシも分かっちゃったかもねー」

「あんたのはあてにしとらんわ」

「なんだとムダ乳!」


 喧嘩を始めたようなので<盗聴取材>をオフにする。舞華は目を閉じて横になる。


 誰がなんと言おうと、舞華にとって『本当のお姫様』は濡羽だ。だが、何だかえんどう豆が背中に当たっているような気分がして、寝心地が悪い。これはきっと<あの時>抱えてしまった謎なのだ。

 


 桜童子という奇妙な姿をした男に話してみるのもいいかもしれない。舞華はそう思った。


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