004 菜の花畑の竪琴の糸巻き
「何なん、あんたらは。ちょっと出かけたら厄介事もってきてからに」
シモクレンは女の子を抱えたイクスを見るなり憤りの声を上げた。
「リアちゃん。ちょっとシート広げてあげて。ユイ、ハギさん。女の子をそっとおろして」
「オレ様、何したらいい? こいつの服ひん剥けばいいか?」
「バジルはんはそこでじっとしとき。あと、四百字以内で反省文書いといて」
「なにー! オレ様悪くねーし!」
バジルはうろたえながら後ずさる。その裾をつかんでヤクモは言った。
「バジル、かっこわるい」
「くおー! ひっさびさに聞いたぜそれ! っていうかオレ様が悪いんじゃねーって。いや、多分、ちょっとは悪いかも知んねーが」
そんなやり取りをする二人を押しのけるように、桜童子は前に出た。治療を受けるヒューマンの女性をじっとみつめた。
「その女、浮立舞華っていうらしいぜ」
バジルは桜童子に耳打ちした。
「見りゃあ分かるさ」
<冒険者>である桜童子にはバジル同様ステータス画面が見える。桜童子が見ているのは別のものだった。
「バジル、かっこわるい」
「二度言うんじゃねーよ! 今の親切心だろ、親切心!」
桜童子は<召喚術師>である。
<召喚術師>や<付与術師>は魔力の流れである<マナ>を見るのに長けている。浮立舞華の胸元に蟠るマナに気付いたのだ。
「<絶海馴鹿>!」
桜童子は振り返ると従者召喚をした。
光の粉をまき散らしながら一頭のトナカイが現れる。
バジルはヤクモを抱きかかえ素早く飛び退った。
「おいおい、にゃあの介! やるならやるって言えよ」
バジルは非難したが、桜童子はそれを軽くいなしてトナカイに話しかけた。
「エースちゃん。この娘の胸元を嗅いでみてくれ」
トナカイはおとなしく指示に従うと、シモクレンの治癒魔法の中に鼻先を突っ込んだ。そして桜童子を振り返ると軽く前足で土を掻いた。
「だろ?」
桜童子の問いに<絶海馴鹿>は頷いた。そしてそのまま前足を折り曲げて桜童子を待つ。<絶海馴鹿>の意図を汲んで桜童子はひらりと跨る。
「え、何? 何? にゃあ様、どこか行くの!?」
サクラリアが尋ねる。
「ちょっと調べてくる」
「リーダー! 何のおにぎり残しときましょうか?」
ハギは笑いながら言った。
桜童子がこの調子の時は聞いても無駄だが必ず何かわかる。
シモクレンもそれを分かっているらしく、口の形だけで「いってらっしゃい」と言った。
「梅干しよろしく!」
鱗粉のように光の粒を空にまき散らしながら、<絶海馴鹿>は空を駆け出す。
「なあなあ、あのトナカイ、尻の毛がハート形以外何か特長あったっけ」
バジルがイクスに聞いた。
「飛べるにゃ」
「あ、そりゃ見ればわかるんだが、それだけだっけ?」
「全く、オオカミ男は脳みその容量が足りないんじゃないのかい?」
あざみは指についた米粒を舐めながら言った。
「<ルークインジェ・ドロップス>を掘り当てるのさ」
そのとき浮立舞華が目を覚ました。そして呟く。
「<アルクインジェ>……」
■◇■
<絶海馴鹿>は菜の花の海に舞い降りた。黄色い海の中の島にも見えるそこは、先ほどバジルが起こした爆発の痕だった。
「ありがとう、エースちゃん」
桜童子はポンポンと首筋を優しく叩く。
ぶるんと鼻を鳴らして<絶海馴鹿>は土を掻いた。「まだだよ」と言いたげだ。
爆発痕を少し掘ると見慣れた青い光が漏れ出した。
桜童子が飛び降りて手に取ろうとすると、<絶海馴鹿>は激しくそれを遮った。
「どうした? エースちゃん」
蹄にチェーンを引っかけて青い光の元を持ち上げる。
ミニオンランクの姿の間、エースは会話することができないはずなのだが、トナカイの口から聞きとりづらくはあるが人の言葉を操りはじめた。
「けイ…ヤくヲ、解ジョし…テ」
驚いた桜童子がすぐに簡単な呪文を口にすると、緑色の魔法陣が現れ、<絶海馴鹿>は光に包まれる。
これまでよりも三倍はある悠然としたトナカイの姿が菜の花の中に出現した。押しつぶされた菜の花の匂いがあたりに広がる。
「エースちゃん、なぜ喋れたんだい」
「<アルクインジェ>の力としか、言いようがないねえ」
「<アルクインジェ>?」
桜童子の体に緊張が走る。
<アルクインジェ>とは、このセルデシア世界を震撼させたという六人のアルヴの姫のうち二番目の姫である。
中でもこの<アルクインジェ>はヤマトサーバーに関わりが深く、古王朝である<ウェストランデ皇王朝>を破壊したという逸話があり畏敬の念をもって語られる姫である。
「もぉ、ご主人。わらわをこんな大きな姿に戻しておいて、そんなにのんびりするなど、辱めというものじゃぞ。早く契約しなおすがよい」
「のんびりしてるわけじゃないさ。ただ、驚いただけだ」
「冗談じゃよ、ご主人。わらわは冗談も言えるのじゃぞ」
「<アルクインジェ>というのも冗談?」
大きな角をゆすって首を振った。
「これにはわらわは見覚えがあるぞよ」
「そのねじのようなものは何なんだい?」
ねじのようなものの先に宝石がついている。その宝石は紛れもなく<ルークインジェ・ドロップス>だ。ねじのようなものは途中に穴が開いてあり、そこにチェーンを通してペンダントにしていたらしい。
「三十有余年の眠りに就く前、わらわが目にしたとき、そこについておる宝石は<魔晶石>であったがねえ」
「エースちゃん、これはまさか」
「そう。わらわを目覚めさせる<ウフソーリング・トライアングル>のキーアイテムの一つ。<二姫の抱く竪琴の糸巻き>じゃな」
「浮立舞華というあの<冒険者>が三十数年前、その糸巻きであなたを目覚めさせるのに成功したということですか」
桜童子が手を伸ばそうとすると、エースは遮った。
「呪われておるのじゃ。人を人ならざる者に変え、獣を獣ならざるモノに変える呪いがかかっておるらしい」
桜童子は伸ばした手をひっこめて腰に当てた。
エースは、「その手で撫でてくれ」と言わんばかりに桜童子の身体に頭をすり寄せる。そして上目遣いに言う。
「おやおや、ご主人。今日はどうもすぐれぬようじゃな。成功したもののうちの一人かもしれぬし、そのうちの一人から譲り受けたとも考えられる。特定はできぬということじゃな」
桜童子はまだ尋ねたいことがあったのだが、早く再契約しろとねだるエースに負けて元の姿に戻してしまった。ペンダントは<絶海馴鹿>の角に巻き付けたまま、召喚を解除した。
桜童子はひとつため息をついて背筋に力を入れる。ピンと耳が反り立った。
「従者召喚:<ウンディーネ>!」
桜童子は召喚をウンディーネに切り替えた。それは菜の花畑を取り囲むように、この辺りに巣くう敵が山ほど現れたからだ。
「戦技召喚:<ソードプリンセス>!」
桜童子の背後に甲冑姿の乙女が立つ。
「だてに<火雷天神宮>で<冒険者>排除のバイトしてきたわけじゃないことをみせてやろうぜ、ウンディーネ。プリンセス」
水の精霊と戦乙女は微笑みを浮かべ頷いた。