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002 時計仕掛けのオウルベア

 熱帯に近い<トオノミ地方>の二月は美しく芳しい花の季節だ。梅や桃や桜が一度に咲いたような柔らかい色の花が山を覆う。


「アタシさぁ、花粉症だからこの時期地獄なんだよねー」

 キツネ耳をピルピルと震わせて、あざみは花を見上げた。


「今もひどいんですか? 花粉症用の霊符なんてないですけど、大丈夫ですか?」

 ハギは心配そうに聞いた。

「あざみー、だいじょぶー?」

 ヤクモもハギを真似て聞いた。

「には! 今は平気だよ。ありがとう、ヤクモ」

 あざみはヤクモの頭を撫でた。



 【工房ハナノナ】の面々は花見にやってきていた。一月の騒動以来ギルドマスターの桜童子は<火雷天神宮>に駆り出されることが増え、ようやく先頃<サンライスフィルド>に戻ってきたところだ。



「ディルやドリィにもみせてやりてぇな」

 ウサギ耳のぬいぐるみのような姿をした桜童子がのんびりと言った。その彼の頭に、式神鶏のハトジュウが花の枝から舞い降りてとまった。

「おーい、ハギ。ハトジュウをちゃんとしつけとけー」

「リーダー、それも異常エンカウントの影響じゃないですか?」

 ハギは笑う。ヤクモもハトジュウもハギの式神である。


 ギルドマスターの桜童子には異常エンカウントの性質があるが、この花の山はエネミーの低出現地ラッキークローバーフィールドにあたるらしいので、こうしてのんびりと花見ができるのだ。


 バスケットを開き終わったシモクレンが、困り顔の桜童子からハトジュウを受け取った。そして、まるでお母さんのような声で年下の仲間たちを呼んだ。

「リアちゃーん、ユイー! おべんとやでー!」


 丘をサクラリアとユイが駆け上ってきた

「バジルはんとイクスは?」


 シモクレンが聞くと、ユイたちは息を切らせながら答えた。

「なんだか楽しそうに走って遠くまで行っちゃったよ」

「変なエネミー見つけたらしいよ」

 サクラリアが付け加える。


「ちょっと、それは心配ねえ」

 シモクレンがため息をつくと、桜童子が声をかける。

「心配ねぇだろー。山を下っちまうとイクスにはちょいと厳しい敵も出るが、山丹もついてるし、バジルだっているんだ」

「むも、イクス姉ちゃんも大地人だけど、もぐむ、ちゃんとレベルアップしてきて、十分強くなってるって」

 ユイは早速サンドウィッチを頬張りながら喋った。

「あ、ずる! アタシ玉子サンド好きなの知ってんだろー」

 そこにあざみがやってきてふさふさの尻尾でユイの頬をビンタする。

「やめてー! ユイをゆるしてー」

 サクラリアが横からアザミの尻に顔を埋めながら抱きつく。ハギも仲裁に入る。

「はっはっは、嬉しいもんですね。似合わぬふりふりエプロン付けて料理した甲斐がありましたよ。あざみさん、大好きな鮭おにぎりも握ってますから。ハイ」

「あざみー、ハイ!」

「ありがとー、ヤクモちゃーん。もう可愛いかわいい」



 ふわりと暖かい風が吹き、花びらが舞い散る。

「うわー! すっげーきれー!」


 花びらに見惚れる仲間たちを置いて、桜童子はサブギルドマスターに声をかける。

「相変わらず、レンは心配性だな。大丈夫だろう。このあたりの敵はレベルが低い。バジルもああ見えてイクスのことを気にはかけているのだろう? ちょっとリアの言った変なエネミーってのが気になるがな」


「あら、にゃあちゃんこそ心配性なんやから。しかも、珍しく推理ミスしとるよ。ウチはそこ心配しとらんのんよ」


 シモクレンは桜童子をじっと見つめてからバスケットを振り返る。

「これ、全部食べてもうたらどないするんやろ」


 桜童子は頭を掻こうと短い手を頬まで伸ばした。

「やれやれだなー」


■◇■


 菜の花揺れる川沿いの道で、<剣牙虎>山丹にまたがる猫人イクスと狼面が生身になりつつあるバジルは敵と遭遇していた。


「だーかーら! ナイフはそうやって投げるんじゃねえって」

「うるさいにゃ! バジルは教え方が下手くそにゃ! それにそのナイフ軽すぎるにゃ!」


「だーったら自分用作れっての! おら、そっち行ったぞ」

「山丹、右にゃ!」

「がう!」


 敵は熊のような姿をしていた。だが頭部はフクロウのもので、背後から攻めようとも首がぐるりと回り、死角がなくなる。

 <梟熊(オウルベア)>だ。

 この辺りでは珍しくないエネミーであるが、サクラリアが言ったように変な点がある。


 <梟熊>が腕を振るって横に薙ぐ。

 咄嗟にイクスは山丹から飛び降りて爪を躱す。しかしイクスの服の胸元はざっくりと裂けていた。

「ちゃんと躱したはずにゃ!」

「貧乳で助かったな!」

「節穴腐れバジル! レンちゃんほどではないけどちゃんとあるにゃ! それよりあいつの手、なんなのにゃ!」

「ああ、手がギミックに変わった」


 <梟熊>は幻獣であって、腕にギミックをしこめるような種類の敵ではない。しかも、そのギミックは不可思議なノイズともに姿を消し、代わりに通常の熊の腕がそこにはあった。

「特殊な現象、と見るべきにゃね?」

「異常事態って言った方がぴったりな気がするぜー。こうなりゃ予定通り離れて戦うしかねえな。安全な距離を保ってポイントに追い込むぞ。おめえはハギからもらった爆裂符を使え」


 指示を出しながらも、バジルはマーカーを設置していく。

「うおっと! 今度は尻尾が生えやがった」

 バジルは機械仕掛けの尻尾の鋭い突きをぎりぎりで跨いで躱す。

「粗末なモノで助かったにゃ!」

「本気になりゃあんなものはたき落としてやれるんだよ!」

「それは見ものにゃ!」


 仕掛けた符を次々爆発させながら<梟熊>を追い立てる。

「ちょ、ハギの介! 爆発が特撮級じゃねえか」

 前が見えないほどの爆発にうろたえながらも、予定通り<梟熊>を土手下に追い込んでいく。


 人の背丈ほどの菜の花の中で、特大の爆発が起こる。これはバジルの仕掛けた魔法だが、ハギの霊符の効果と相まって<梟熊>もひとたまりもないはずだ。


「やったにゃか!?」

「おい、それより、今、女の悲鳴が聞こえなかったか」

「え? 空耳じゃなかったにゃか!?」



「おいおい、そういうの気づくのおめぇの役目だろうがよ、イクス」

「狼牙族の方が鼻が利くにゃ! 節穴腐れバジル!」

「猫人族のその耳はお飾りかよ! 貧乳乳出し娘!」

「出してないにゃ! それよりその声って」

「無関係の人間が巻き込まれてなきゃいいがなあ」

「いや、ちょっと、ちょっと待つにゃ!」


 爆発の煙が晴れると、菜の花の抉れた一帯があるのが見え、その中心付近に人が倒れているのが認められた。


「<梟熊>どこにもいないにゃ」

「泡になったの見たか」

「いや、見てないにゃ。それよりその娘、生きてるにゃか?」

「ちょ、ちょっと待て。大丈夫、まだHPは残っている」


 イクスは大地人なので、HP残量は見えない。大きなけがはしていないようだが、爆発の中心にいたので気が気ではない。

「レンちゃんに治してもらおうにゃ」

「おい、山丹。運んでやってくれ」

「がう」

「自分で運ばないのかって言っているにゃ」

「オレ様の背中は美女専用なんだよ」

「この子すごく整った顔して可愛いにゃよ」

「オレ様の美女基準には残念ながら足らねえなあ。カワイイじゃだめなんだよ、カワイイじゃ」

「そんなことはどうでもいいから運ぶにゃ」


 イクスが倒れている女性を抱き上げるようにして起き上がらせるとそのまま山丹に跨った。

 その間にバジルはステータスを再確認する。


「浮立舞華、吟遊詩人、………小説家、ねえ」


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