012 欺きの典災と彩りのエレメンタラー
「山丹ちゃん?」
山丹は突如足を止め、おすわりのような姿勢を作って背中の舞華を軽く振り落とすと、寂しげな表情を一瞬だけ見せ、北東の森へと走り去っていった。
「先に行く」
桜童子を乗せた<鋼尾翼竜>は舞華を置いていった。
舞華は全速力で駆ける。<冒険者>の足でも飛竜の速さには到底かなわない。
息を切らせて走っていると、行く手を塞ぐようにぞろぞろとエネミーが現れ始めた。
バジルは桜童子が到着するなり食ってかかった。
バジルが悪いわけではない。イクスがミスをしたわけでもない。
ただ運が悪かった。
しかしバジルは桜童子を責めなくてはこらえられなかった。
「どうしてもう三十秒早く来なかったんだ。何ちんたらやってんだよ。てめえのせいでイクスはなあ! イクスはなあ!」
「そんなことより、その時の状況を話せ」
「そんなことだとぉ! イクスは大切な仲間じゃねえのかよ!」
拳とともに「てめえ、見損なったぜ」という言葉をぶつけようとしたバジルだが、その瞬間<独角聖馬>が放った光の玉を受け、怯んだ。
「落ち着け。敵を知るならこの時をおいてほかにない」
桜童子は相変わらずふわふわとした姿だが、その声にはある種の凄みがあって、バジルは少しだけ頭を冷やす。
戦場では<鋼尾翼竜>に変わって<独角聖馬>が目まぐるしく飛んで触手の化物の注意を一身に引き受けている。その背にまたがるのは<火雷天神>である。
<独角聖馬>は敵を<ハンティングダンス>で翻弄しながら、バジルにしてみせたように光の玉を飛ばして、サブヒーラーとしての役割を果たす。桜童子の命令なしにそれをやってのけるので、負傷者の多い戦場では貴重な存在だ。
たしかに三十秒は言い過ぎだが、あと三分早ければバジルの出血を止める治療魔法より先に、イクスに蘇生魔法を使っただろう。しかし過ぎた時間を嘆いてもこの先を生きる者の役には立たない。
どうやって生き抜くか、先の経験から学ぶことは何か、それを考えるのが残されたものの使命である。
「必要なものは情報だ。一秒も無駄にしたくない。お前ならわかるだろう」
バジルも引きこもりの傾向はあるが歴戦の士である。やる方ない憤りを飲み込んでから、イクス死亡の経緯を話した。
「魔法が特定できない?」
触手攻撃が効を奏さないと判断したのか、<欺きの典災>カホルは魔法攻撃に切り替えたのだという。
その魔法攻撃はバジルやイクスを狙っていたが、一本の触手が治療に専念しているシモクレンの方を向いた。
その動きに気づいたイクスが巧みに射線上に割って入り<ディスカード>を使おうとした。
<ディスカード>は守りたい相手の近くで素早く動くことで相手の敵愾心を自分に惹きつけ翻弄する技である。シモクレンから距離が離れていたことが災いしたか技が未熟だったか、イクスはまともに火炎魔法を食らってしまった。
しかしHPはまだ半分ある。次の一歩を踏み出そうとしたときイクスは自分が<凍結>のバッドステータスを付けられていることに気づく。
炎を食らって<凍結>が付くという異常事態に、次の一手への対処が遅れた。
氷の刃と化した触手がイクスを貫く。また不思議なことに身体の反対側から電光が迸った。これが致命的ダメージとなりイクスは敗北したのである。
「さすが、<典災>といったところか」
桜童子は<決定の典災>シンブクにあっという間に死亡させられた経験がある。<海難くの典災>ヒザルビンには、<パンナイル>・【工房ハナノナ】合同四十八人級大規模戦団が半壊させられた。
分身であるダリエルを濡羽が倒し、たとえその力が半減していたとしても、<典災>が一筋縄ではいかない敵であるのは十分承知だ。
「イクスの仇はオレ様が討つ」
桜童子の発言を弱気と捉えたのかも知れない。バジルはナイフを敵に向けて宣言する。
「バジル、落ち着けってー」
「てめえ! イクスが死んだってのによくまあそんなのんびりと!」
バジルの憤りはまた頂点に達する。
「ったく、ハギ! お前ぇ仕事サボったろ」
桜童子はバジルの怒りを平然と受け流して、後ろを振り返りハギを見た。
眠るヤクモを膝に抱えているハギは首をひねる。
「とにかく、イクスが残してくれた情報を使っておいらたちはアイツを打倒しなくちゃなんねえ。だから、落ち着いて考えるんだ。ここが踏ん張りどころだ。さあ、【工房ハナノナ】のものづくりの力、見せてやろうぜ」
桜童子はにやりと笑った。元がぬいぐるみだからいつもの笑顔と変わらないようにしか見えない。
「バジル、もうすぐ舞華君もこっちにたどり着く。たんぽぽとリアもこっちに向かって来ているはずだ。この周りにそろそろおいらに惹かれたエネミーたちが集まってくる。そっちの討伐を頼む」
「こんなときに、エンカウント異常ってのは、くあー厄介だぜ」
腹立ちまぎれに皮肉でもぶつけているつもりであろうが、バジルは素直に指示通り背を向けて走り出した。その苛立ちも従順さも桜童子への信頼があればこそなのだ。
「<火雷天神>! こっちへ」
桜童子は<火雷天神>を呼んだが、敵を翻弄するのがよほど楽しいのだろう。<火雷天神>は<独角聖馬>から降りようとはしない。
「おいら忠告しましたからね。<従者召喚:ウンディーネ>!」
桜童子はまだ、一度に二体従者を召喚することには成功していない。<水澪愛娘>を呼ぶためには<独角聖馬>を一旦しまわなければならない。
当然、不意にユニコーンが消えれば<火雷天神>は落馬する。尻を押さえるようにして<火雷天神>が触手から逃れてくる。
「おのれ、あやかしうさぎぃぃい」
「忠告しましたよ。ウンディーネ、<エレメンタルボルト>でいい。こいつを狙って」
桜童子は水色の絵の具を手の上の空間に出現させる。<画家>の能力である。それを撃ち抜いたウンディーネの氷結呪文は絵の具の色をまとい、カホルに向けて迸る。
<エレメンタルボルト>は<エレメンタルレイ>に比べればダメージは大きくない。だから触手で簡単に弾かれてしまう。数発繰り返して切り替える。
「<風翼乙女>! <エレメンタルボルト>!」
「なんじゃ、魔力の温存か」
<火雷天神>が聞くが、緑色の風の矢を飛ばしただけで桜童子は答えない。たしかに、ダメージが小さい分、術者のMPを使わないで済むのが<エレメンタルボルト>だ。
「<火雷天神>、炎の息をあいつまで飛ばしてください。おいらの毛は焼かないでくださいよ」
「舐めるな。毛一本焦がさぬか、ウサギの丸焼きか。どちらかじゃな。手を目一杯伸ばしておれ」
この攻撃には<典災>も飛び退る。
「もっとダメージ落としてください」
「全く、何が狙いじゃ」
ようやく触手が炎の息を弾いたのでそれを繰り返す。
「今度は雷撃です。ダメージは落として」
赤の次は黄色の絵の具を用意する。これも何度か触手で弾かせる。
「やれやれ、人使いの荒いウサギじゃ」
どちらが術師かわからぬ呟きを漏らす<火雷天神>。
「四つが絞れれば十分でしょう。エースちゃん!」
<絶海馴鹿>を召喚して、桜童子と<火雷天神>はまたがる。
「頭上から攻めます。接近戦も行きますよ。今度は全力でお願いします。気を抜いたら死にますよ」
「相変わらず面妖なウサギじゃ。何を考えておるかさっぱりわからぬ」
<絶海馴鹿>は光の粒を撒き散らして空を翔る。敵の頭上に来ると桜童子たちは空中に踊り出た。ゆっくりと落下する。エースの能力で<飛行>状態を保っている。
敵は桜童子と<火雷天神>めがけて氷の矢の雨を吹き上げてきた。
「雷、最大火力で!」
「氷ならそこもとの出番じゃろ」
そう言いながらも<火雷天神>は雷を落とす。
空中で衝突した二つの魔法は、辺りに雷鳴を轟かせ水平方向に電光を飛び散らせた。
「これはどういう……」
「同種の魔法がぶつかった結果です。落下しますよ。ありがとうエースちゃん! 行こう、<風翼乙女>! <剣閃皇女>!」
再び炎と風がぶつかり合い、同種の魔法の衝突作用が起きる。
「あやかしうさぎ! 匣を開け」
その言葉よりも先に<蒼球の玉匣>が青い光を空に投げかけた。
<火雷天神>の姿は湧き出す黒雲にかき消されていく。
落下する間に<水澪愛娘>に素早く切り替えつつ攻撃を相殺させ、攻撃してきた触手を<剣閃皇女>が切り落とす。
触手が桜童子を背後から狙ったが、巨大な手に握りつぶされる。
「ようやくからくりがわかったわい」
握りつぶされた触手が枯れ木のように燃え始め、カホルは別の触手で切り落とす。その巨大な手は、身の丈十メートルはあろうかという宿直装束の<火雷天神>のものだった。
一方、懐にもぐりこんだ桜童子は、ウンディーネに超至近距離の<エレメンタルレイ>を放たせる。
咄嗟に弾いた触手が力の半分を相殺した。いくらかは胴体へダメージを与えたようだ。それを防いだ青い絵の具が付着した触手にはダメージが無いように見える。
炎をまとった黄色の触手が桜童子を狙う。
「雷撃!」
太い柱のような電撃が桜童子の立っていた位置に降ってくる。
<絶海馴鹿>を喚んで桜童子は空へと逃げる。追ってきた触手を切り払う。
「残り七本!」
どうやら<典災>といえども、四十八人級の<火雷天神>と目まぐるしく従者を切り替える桜童子を同時に相手取るのは厄介なようだ。
<絶海馴鹿>の背に手を置いて、雲をつくような巨神となった<火雷天神>の顔の高さまで桜童子は避難する。
「からくりが分かれば、なんじゃ子ども騙しのような手じゃな」
「後からなら何とでも言えますよ。黄色二本、赤一本よろしく頼みますよ」
桜童子のサブ職業が<軍師>であれば、魔法の属性を色で判別できる。だが、<画家>である桜童子には不可能だ。
彼が考えたのは、利き腕を色で判別する方法だった。
右、左、の利き腕ではなく、属性の利き腕である。
火が苦手な触手が火を弾くはずもないし、火を放ってくることもない。
そこでわざと弾けるレベルの<エレメンタルボルト>を撃ち、触手に目印を付けたのだ。
素早く攻撃を繰り返せばより得意な腕で弾くであろうという目論見は当たった。四本の触手を除いて、全ての触手にそれぞれ別の色が付いた。
これにより、青い色のついた触手は氷結呪文専用、赤なら火炎、黄色なら電撃、緑なら衝撃風、と四元素に対応していることが判明した。
たとえ氷をまとって刺突してきても、それが黄色の腕なら電撃で迎えうてば相殺できるわけだ。
<ハンティングダンス>で<独角聖馬>を駆けさせていたのは、時間の確保だけではなくこの可能性を探るためだった。
「おのれ、ちょこまかと」
巨大なサイズになった<火雷天神>には、素早く逃げる<典災>を捕まえることが、水槽の小エビを指でつまむようなことに感じられるのだろう。腹立たしそうに言った。
「おいらが命令してもいいですか」
見かねた桜童子が聞く。
「賢しらなあやかしうさぎが。黙って見ておれ」
本気になったようである。
<典災>目掛けて太い雷を落とす。中央に落ちた雷は五ヶ所に分かれ、空中に電流の柱として伸び上がる。
「梅鉢紋のようですね」
「煩いわ」
<火雷天神>は、五本の電光の内側にカホルを閉じ込めた。その中心めがけて掌を叩きつける。まるで大気圏に突入した隕石のように燃え上がる。
カホルは赤い触手を伸ばしてガードしようとする。
「掴まえた」
溶岩のように燃える手で触手を握りつぶす。
「ギイッ」
五つの電光の柱が回転しながら狭まる。黄色の二本の触手を伸ばしてカホルは耐える。相殺しあった電撃が周囲に飛び散る。
「のわわっ、お、おい、トナカイ女子」
どうやら<火雷天神>は力を使い果たしたらしく再び黒雲に身体を包む。巨躯を支える霊力がなくなり幼子の姿に戻りつつあるようだ。<絶海馴鹿>の支えを得て墜落は免れたようだ。
カホルを追い詰めた電光が弱まりつつある。
光の檻が消えた瞬間は、いかに<典災>であろうとも気を抜いたのかも知れない。触手を伸ばしたままにしていた。
「ソードプリンセス」
その一瞬―――。
這うような姿勢で光の檻のすぐ外にいた桜童子はこの機を逃さなかった。<剣閃皇女>が華麗な剣さばきで、黄色い触手を二本とも切断する。
痛みにのたうち回るように、カホルは残る四本の触手を滅多矢鱈に振り回す。そのうち一本が<剣閃皇女>の仮面を叩き割った。兜が飛んでふわりと髪が広がる。剣を振ってなんとかダメージを与える。
その隙に敵は後方に飛び退ろうとする。桜童子は一気呵成に攻めることを選択した。
「<ブリンク>」
残る色なしの触手の四本のうち二本は移動するための脚。
もう二本は何だ。
ハギの報告にあったクレーター状の爆発痕を残したのはおそらくその二本。その攻撃を受ければ、ダメージ遮断魔法をl張っていない魔法職の体など粉微塵だろう。
だからこの追撃は刺し違える覚悟をもっての選択だ。
<ブリンク>を使用した桜童子は、敵をまっすぐ追っていかず、複雑な軌跡を描いて瞬間的に移動した。カホルにとってみれば急に背後の足元に現れたように見えたかもしれない。
ここで桜童子にとって不運が起きた。
カホルが踏ん張って方向を変えようとしたのが先ほどダメージを与えた触手であったこと。それが予想以上のダメージで踏ん張りが効かずバランスを崩したこと。
<剣閃皇女>の剣は空を切って、剣先がカホルの狼のような下顎を叩き割ったのみだ。
カホルは体をしならせ二本の触手を叩きつけるために振りかぶる。
初撃を外す可能性を桜童子は当然考慮していた。
他の従者を喚んでも爆発圏から逃れられない。
だから、頭上で剣を交差するように構えた。
二本の触手を喰らえば無事ではあるまい。
だが相応のダメージは与える。
それが桜童子の選択だ。
次の刹那―――。
「シフティングタクト!」
桜童子の姿は爆発の中になかった。
縦に裂けた顎を大きく開き、醜怪に歪めたカホルの顔の横に現れたのは、無敵の赤い旋風。
「<紅旋斬>!」
あざみが振るう刀はカホルの口に真一文字に食い込み、頭部を真っ二つに切り飛ばした。
桜童子は<剣閃皇女>と地面に倒れたまま、何が起きたかを考えた。
そしてサクラリアとたんぽぽあざみが窮地を救ってくれたことに気づいた。
バジルと舞華も立っている。周囲の討伐を終え駆けつけたようだ。
「イクスへの弔いにオメエが死んでどうなるんだよ。にゃあの介!」
バジルが腹立たしそうに怒鳴る。
あざみが倒れたカホルに背を向けて戻ってくる。
「まだだ!」
桜童子が叫ぶ。
頭部を吹き飛ばされながらも<典災>カホルは立ち上がる。
「ウンディーネ!」
「ギィアアアアアアア!」
カホルは最後の力を振り絞ったように舞華を目指して突き進む。
<水澪愛娘>が氷のフェンスを舞華の前に出現させる。
「ダリエル」
「おい、バカ、よせ」
バジルが止めたが、舞華は前に進み出た。
カホルはフェンスに残骸になったような体をたたきつける。
「キミは濡羽にはなれなかったけど、一人ぼっちのぼくに寄り添ってくれたね」
「ギイ」
「キミとぼくの旅もここで終わりだよ。キミは遠いところからきてまたどこかに行ってしまうのだろうけど、その前にぼくはちゃんと伝えなきゃいけないよね」
カホルの体はもうほとんど泡と化していた。
「ありがとう」
そして虹色の泡は空へと消えていく。
青い空に浮かんだ乾いた白い月に還っていくようだ。
地面では降り積もった花びらが静かに風に踊っている。




