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001 浮立舞華は4度死ぬ

プロローグ


■◇■


太古の植物のようにも見える緑に覆われた高い塔にぼくたちはいた。


打ち捨てられた少女の亡骸に悪い予感を催しながら、塔を駆け登る。

「ダリエル!」


窓ひとつない天辺の部屋にはダリエルが立っていた。


「あれは、君がやったのか!?」

ダリエルは悔恨の表情を浮かべているようだったが、きしるような声をあげ、溶けるように虹色の泡となった。

しかし、幻影のようにダリエルはまだそこにいた。


ぼくは夢でも見ているのだろうか。

ぼくはダリエルの名ではなく、懐かしい人の名を呼んだ


濡羽、と。

 『エルダーテイル』の世界において、吟遊詩人は「バード」と呼ばれる。

 バードとは、ケルトにおける知識層の一種である。

 ファンタジー世界において、ニンジャが実際の職能よりも幻想的な能力を有していると思われているように、バードも歌や言葉の力により幻想的で神秘的な力を有していると考えられている。

 『エルダーテイル』もセルデシアというファンタジックな世界を舞台とするロールプレイングゲームなのだから当然バードも優れた力を有している。


 ぼくは、物書きを生業としている。血なまぐさい話を考えては目立ちたがりの主人公たちに解決させるという、いわゆるミステリ作家だ。「名探偵浮立舞華」といえばひょっとするとだれかきいたことがある人もいるかも知れない。

 もっとも、ネットの批評などを見ても「人間が描かれていない」とか「トリックが陳腐。他作品の焼き回し」とか、それこそどこかの批評の焼き回しのような評価が付くのがぼくの作品だ。それでもわざわざぼくの作品を購入して読んでくれた上に、感想まで返してくれるのだからありがたい読者なので文句は言わない。


 そんなぼくが、どうしてネットゲームの世界に足を踏み入れたかというと、次回作でMMORPGにおけるRMTリアルマネートレーディングの問題に踏み込もうと考えていたので、調査がてらに試してみてはどうかと長年世話になっている某誌編集者のA氏に『エルダーテイル』を勧められたのがきっかけだった。



 パッケージの騎士が格好よくて、そのキャラクターを作りたかったのだが、それは、この世界の案内役にあたるNPCというものでその人物になることはできないのだそうだ。


 キャラクターメイクの時点で諦めてしまうと踏んでいたのであろう。A氏は忙しい人だが、初心者のぼくに随分と付き合ってくれた。


 ぼくは職業柄、吟遊詩人という職業に惹かれた。詩も多少は書けるつもりだ。そんなことを言ったら郷里の巨星と呼ばれた詩人から憐みの目で見られるかもしれないが、ぼくも物書きのはしくれだ。

A氏は「それもいいんじゃないですか? 先生の飲み会の一発芸、ジャグリングですしね」と請け合ってくれた。

「ああ、うん」

 ぼくが生返事をしたのは、「それが吟遊詩人なのか?」と首をひねってしまったからだ。


 そこでぼくは西洋の歴史の資料を探ってみた。すると、少々謎が解けた。

 どうもファンタジー世界における吟遊詩人は多様なイメージが混在しているらしい。吟遊詩人というと、地方を巡歴して楽器を演奏し、物語を歌って聞かせるというイメージが強い。

 だから、吟遊詩人は歌や言葉で幻想的な技をなすと思われている。これがバードと呼ばれるゆえんだろう。

 ただ、このように騎士団などに随伴し行く先の城で歌曲を披露したのはトルバドゥールと呼ばれる吟遊詩人である。階級は高く宮廷歌人と呼んでもよい身分の者たちだ。日本風にいえば御幸に随行する山部赤人のような人物といえるのだろう。


 実際に彼らの歌を民間に広めて回ったのはジョングルールという存在だ。大道芸も披露したらしく、剣をジャグリングする技もみせたらしい。せいぜいぼくができるのはビールの空き瓶程度だが。

 『エルダーテイル』における吟遊詩人は、<武器攻撃職>に分類される。これはジョングルールとしての性格を色濃くしている表れではないかと思う。

 ジョングルールというのは民衆の階級であるから、これも日本風に言えば田楽師や放下師といった存在なのだろう。

 服装はもっと後の時代の漂泊の民をイメージした感じがするが、ぼくは人に聞かせるほど楽器が上手なわけではないから、こちらのイメージでもない。

 宮仕えのトルバドゥールのイメージも、霊験あらたかなバードのイメージもぼくにはないから、ジョングルールとしての吟遊詩人のイメージがぼくにぴったりだろう。

 人を楽しませるために文を書き、面白おかしく聞かせる。ぼくの思い描く吟遊詩人とはそのようなものだ。人並み外れて運動が得意というわけではないから、他の<武器攻撃職>よりも攻撃力が落ちるというのもぼくらしくてちょうどいい。


「ゲームの中ぐらい自分っぽくしなくたっていいんじゃないですか?」

 A氏から笑われたが、この先長い付き合いになるかもしれないのだから、違和感が大きくても困る。

 そしてぼくはアバターとしてのぼく、<浮立舞華>をジョングルールとして育て始めた。



「先生、いつもスエットですけど、やっぱりスカート似合いますね」

 A氏は第一級のセクハラをチャット越しにしてきたが、本当に忙しい合間を縫ってこうやってゲーム世界を案内しにやってきてくれているのだからぼくは文句を言える立場ではない。

 そもそもスカートなど最初の授賞式に履いていったきりで、タンスの肥やしにしかなっていない。どうせ近くのコンビニとゴミだしにしか出歩かないから、よそ行きの服すら持ってないよ、ぼくは。


 A氏はころんとした体型に似合わない、すっきりとしたイケメン王子様になっていたので毒づいてやろうかとも思ったのだけど、それもやめることにした。

名探偵<浮立舞華>を傷つけられるのは、犯人の罠に引っかかった推理ミスしかないのだ。セクハラ行為の仕返しなんて似合わない。


 だが、ぼくはサブ職業を<小説家>にしてしまっていて、名探偵を気取るには少々不都合だったが、そもそもこの中世のようなファンタジー世界に名探偵は似つかわしくない。

 <小説家>というのは便利で、取材と称して戦闘についていって経験値だけ貰ったり、立ち入り禁止のところにちょっとだけ忍び込めたりした。

 時折、A氏はBOTの活動を突き止めて現場を見せに行ってくれたり、危なげな人たちと接触の機会を持ってくれたりした。危なげとは言っても悪事の片棒を担いでいるという認識のないアルバイト感覚の大学生だったのだが。


 取材費用は<EXPポット>というものですむし、男性プレイヤーばかりなので、キャラクターがスカートを履いていると取材はいともたやすかった。

 ぼくは居間にいながらにして取材できてラッキーだと思っていたが、部屋に訪れたA氏は「あまりハマり過ぎないでくださいよ。人間がかけてないなんて言われるの、編集としては結構ショックなんですから」と言って、差し入れにお菓子と化粧品を置いていった。そんなプーさんみたいな姿して、イケメンかよ、こんにゃろう。


 そんな取材生活は、ひと月にも満たなかった。

 五月の例のアップデート、世に言う<大災害>が起きたのだ。

 運悪くA氏はその時ログインしておらず、ぼくは白馬の王子サマの案内なしに、この雑多な感情の渦巻く広大で美しい世界を渡り歩いていかねばならなくなったのだ。



 まず、このファンタジーの世界には全くミステリが似合わないことを最初の一週間で思い知る。

 ぼくがいたのは<ミナミ>の街だが、夢か現か判断しづらかったのだろう。中身は男性プレイヤーの<娼姫>たちが大いに流行った最初の三日。だんだんと現実だとわかり、自暴自棄になっていく様子は哀れだった。

 街の外に出てみればモンスターが現れ、ほうほうの体で逃げ惑わねばならず、美味くないので食事も喉を通らない。圧倒的な土の香りにむせてしまう。


 挙句の果てはモンスターに襲われても呪文で回復できるし、たとえ死んでも蘇ってしまうのだ。


 初心者のぼくがこの世界で生きていくためには、だれかに寄生するのが一番だ。そこで役に立ったのが、例の危なげな集団だ。

 この<ミズ・イラー’s>という草食系男子ギルドのおかげで、ぼくに貞操の危機は訪れなかったし、少しずつ経験値を貯めていくこともできた。どうやら<EXPポット>というものは乙女の貞操よりも価値が有るものらしかった。まあ、乙女を自称するのも気が引けるがこの世界では乙女だからあながち間違いではない。


 五日も経たない頃、ぼくはひょいひょいと彼らの狩りについていった。ぼくにできるのは、初期設定で身につけていた<パフォーマンス>の技術ぐらいで武器の扱いなどは未熟であった。武器の扱いどころか連携も素人だったから、モンスターとヘイトが上昇した戦士との直線上に自分が立っていることにも気付かなかった。


 そうしてぼくは、「<ミナミ>の数少ない大神殿送り」という当時は貴重で、しかしながら不名誉なあだ名を皆につけられることとなった。

 生き返ったあと大神殿の前でジャグリングしながら待っていると、<ミズ・イラー’s>の連中が息せき切って駆けつけた上に仰天したものだから思わず吹き出してしまった。


 ぼくは蒼い星の夢など見て上機嫌だったせいだろう、ギルドハウスに戻って体の隅々まで変わったところはないか見てもらった。が、体のどこにも異常はなかった。乙女のすべきことではなかったなと今ではちゃんと反省している。


 それにしても犠牲者が生き返ってしまうなど、トリックもなしに使ってしまったら、どれだけ一生懸命書いたとしてもぼくの筆力では「バカミス」のレッテルを貼られて終わりだ。死が一回きりだからミステリは成立するのだ。つくづくこの世界はミステリが似合わない。


 しかし、死を体験するというのはなかなか経験できないことではある。トラウマになりそうなほど獣の息遣いが迫ってきて猛烈な勢いで弾かれるような感覚。そこだけは何か描写に生かせそうな気がする。ただ、あまりに残念なことに、死んだのだと実感したのは生き返って後のことである。


 その後ぼくは二度神殿送りになったのだが、いずれも小説の中で被害者が感じるような「ああ、これが死なのね」みたいな感覚はなく、「遅刻する夢を見て飛び起きたら既に遅刻していた」というようながっかり感が蘇った時にあるだけだった。


 二週間も経った頃には、はっきりと二種類の人間に分かれてきた。環境に適応するものと、救援のなさに打ちひしがれ絶望するもの。幸い.ぼくは前者であるらしく、この状況を楽しむ余裕があった。

 締め切りを気にせず海外に取材旅行に来た気分を味わえていたし、ここでの人間観察が今後の創作活動の大きな糧になるのではないかという希望も感じていた。


 例えば、絶海の孤島に取り残された青年たちが一人ひとりと殺されていくストーリーはどうだ。置かれた状況に絶望し、海に飛び込もうとするもの。辺りに生息する猛獣の気配に怯え苛立つもの。おおミステリっぽくなってきたではないか。

 でも二週間はちょっと長いな。毎日一人ずつ殺されていくにしても十四人か。うーん。途中恐竜っぽい生き物の存在を持ってきて引っ張らなきゃいかんな。いや、やめよう。海外のテレビドラマでもあるまいし。


 とにかくぼくには妄想という大きな武器があったし、二週間経つ頃には剣でジャグリングするのもすっかり上手になっていた。


 四回目の大神殿送りとなったとき、ぼくはとても嫌な夢を見た。そこではっきり分かった。トラウマともいえる記憶の中をさまよって目が覚めるのだ。だからあれだけのがっかり感が体を包むのだ。

 その夢はぼくがミステリ作家を目指したきっかけとなる事件だ。思い出したくもないが忘れられない、それなのに心の奥に封じ込めていた記憶だ。


 仲間より先に目覚めて大神殿を抜け出して、ぐったりとうなだれたまま大神殿の扉を見ていると、異変が起きた。


 衛兵たちが大神殿を囲み始めたのだ。蘇った仲間たちは、衛兵たちに力ずくで中に押し返された。逆らうものは再び虹の泡に変えられる。


 困惑するぼくの前に妖艶な女性が立って言った。

「私たちの仲間になるなら出してあげる。どう? 永遠の白い闇に閉じ込められるのがいいか、私と一つになるのがいいか。貴女、好きにしていいのよ?」


 黒い瞳の美女が、この後<ミナミ>を統治する女帝、濡羽だった。


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