◇後編◇
そして、2月14日。
例のものをあげる日になった。
前日の放課後、私は急いで家に帰りチョコを作った。
私は、時々休みの日にお菓子を作ったりする。料理は得意といえば得意である。
チョコは仲のいい友達用と航用を作った。でも、いつもより倍時間がかかってしまった。
原因は、あの日の放課後航に言われた言葉と航の表情。
それが、四六時中頭から離れなかった。ずっと胸がドキドキしていた。
そして、屋上に向かっている今も胸がドキドキしている。
このドキドキは何?
なんで、いつも意地悪する航にドキドキしているの――?
手に提げている薄いピンクの紙袋の持ち手をギュッと握った。
こんなにドキドキしている私を航なんかに見られたくない。
でも、足はどんどん階段を登っている。
帰りたいはずなのに、どうして?
あいつはいつも私に意地悪をする。
なぜなの?
なぜあんなやつに胸がドキドキしているの?
考えれば考えるほど分からず、底なし沼にはまっていくようだった。
そして目の前には屋上のドアがあった。
どうしよう、胸のドキドキがおさまらない。
手が振るえている。
これは、何なの?
どうなっているの?
分からない、分からない!
こんなの見られたくない。
もぅ、こうなったら渡し逃げだ!!
少し銀の塗装が剥げているドアノブに手を伸ばした。
ギィと小さく鈍い音がしてドアを開いた。
思った以上に風が強く、髪が視界を遮った。
少し肌寒い。
「わっ」
乱れた髪を直しながら正面を見てみると、背をむけ空を眺めている航がいた。
あ・・・
直しても直しても乱れる髪をなだめながら、ゆっくり航の方へ歩いていった。
そういえば、いつの間にあんなに背中が広くなったんだろう
身長も、私が高かったはずなのに
手の大きさも大きくなって入学した頃とは全然違う
胸のドキドキはさらに大きくなった。頭のてっぺんからつま先まで体全体がドキドキしていた。航に近づくにつれてだんだん目線が落ちてきた。
「よっ、ちゃんと作ってくれた?」
頭の上から聞こえてきた声に体がビクッとした。いつもよりやさしい声だったから。
「あ、う、うん。はい、これ。じゃ、じゃあね」
少し震えながら言った。航に紙袋を押し付け、ドアに向かって帰ろうとした。
やった、渡し逃げ成功した。
と思ったが、私の体は動かなかった。左手の手首を掴まれていた。
その掴んでいる手を目で追ってみると航の顔に到着した。
「な、何?」
目を泳がせながら言った。
「・・・何で逃げるんだよ」
泳いでいる私の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「べ、別に・・・、それより離してよ」
「やだ」
腕を振ってみたが、航の力は一層強くなるだけだった。
「どうして俺と目、合わせようとしないんだよ」
「そ、それは・・・。別に」
「別に何だよ?」
再び目を伏せた。
返す言葉に困ってしまった。だってこんなこと言えるはずがない。
言ったら、笑われるに決まってる。
恥ずかしすぎて言えない。
手首を掴まれたまま沈黙の時間が少し流れた。
風は、そんな私たちの間をさっきと変わらず吹き抜けていく。
「・・・言ったら笑うかもしれないけど・・・」
沈黙を破って航が言った。
そして、私の体が強く引き寄せられ航の腕の中にすっぽりおさまった。
え・・!?な、何がどうなってるのーー!?
頭の中はすっかり混乱していた。
航の顔が近すぎるというぐらい間近にある。
「俺さ・・、お前・・・沙輝のことずっと好きだった」
耳元で囁かれた。
「え・・・?」
ハッとした。
胸のドキドキが、今まで生きてきた中で一番というぐらい大きくなった。
や・・・。
聞こえてたらどうしよう。
「今までずっと言おうと思ってきたけど、何か照れくさくって。ついつい、お前見てると・・・何かモヤモヤして意地の悪いことしちゃってさ・・・」
少し照れくさそうに航が言った。
体を伝って航の心臓の音が聞こえてきた。
私と同じぐらいはやく鳴っていた。
・・・そっか、私も――。
「沙輝は、俺のことどう思う?」
ジッと私を見て言った。
「私も、同じ。航のこと・・・好き」
私も航の目をジッと見て言った。
「ほんとに!?やったー!!俺うれしい!!!」
「きゃっ」
ギュッと抱きしめられた。
なんか、かわいい・・・
思わず頬が緩んだ。
そして私も、航との間で縮こまっていた腕を伸ばし航の後ろにもっていった。
「沙輝・・・」
それに気づいた航は、より一層ギュッと抱きしめてくれた。
「これからもよろしくね!」
私は改まって言った。
「こちらこそ、よろしくな。受験、頑張らないとな」
「同じ高校いきたいもんね」
あ、そっか。
受験・・・・。
「沙輝、頑張ろうな!」
「うん、そうだね。そろそろ、帰ろうっか。寒いし」
「そうだな」
手をつなぎ、教室へ帰っていった。
ありがとうございました。
これからも、よろしくお願いします。