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「じゃ、私は先に登ってます。お嬢は足下に気をつけて登って来てください」
逃げるようにギンさんは石段を駆け足で登って行った。
袴ってなんじゃい?!
私はしばらく、その場で自分の服を見回してみる。
別に、変なところはない。
ないよね……?
とりあえず、石段を登るにしても、ギンさんにあんな風に――ワンピースに合わない、なんて言われて皆の前に行くのは結構勇気がいる。
けどまぁ、今から着替えに戻ってたら遅れるし、仕方ないのでこの格好で行く。
私が選んだ服だ。自信を持って、堂々としていればいいんだ。
石段の前で一人ウジウジとしていると。
「つばき。何してんだ?」
と剛が後ろから声をかけて来た。
「いや、別に……」
「何じゃそりゃ? 変な奴だなぁ」
ん? 今、変と言ったか?
「どこら辺? どこら辺が変?!」
「あ?」
怪訝な顔をして剛は私を見ている。
「石段の前で身悶えしてるとこ?」
「いや、身悶えなんてしてない。そんな可哀想な子を見る目で見ないで」
そんな可哀想な感じに見えてたのだろうか?
そのように見えていたのなら確かに変な子だし、可哀想な子に見えてしまうのだろう。
「そんなことより!」
「いや、そんなことで片付けていいことじゃないだろ?」
それは確かに……。
今、剛の中で私は、何もないところで身悶えしている変な子なのだ。
「いや、大丈夫。私は正常だから……。身悶えに見えたかもしれないけど、身悶えじゃないから」
「ま、別にいいけど……。いつものことだし」
こいつめ。いつも私をどんな目で見てるんだ……。
「この服装! この服どう思う?」
私は両手を広げて、ワンピースを剛に披露する。クルッと回ってみたり。
「え? 別に普通じゃないの……」
「だよね?」
「年相応だろ……。ただ、強いて言うなら、そのフリルの着いた水色の下着は似合わない」
「なっ?!」
何処見てるんだこの変態。
あれか。クルッと回った時に見えたのか?!
「そこは見なくていいの。って言うか普通は見えないの」
「いや、でもお前がさつだし。あんまりスカート履いてても気にしてないだろ?」
それは確かにそうかも……。
「でも女の子のスカートの中は宇宙なの。無限の可能性を秘めた超空間なの。それを気安く見ていいもんじゃないの。分かる?」
「いや全く」
そんなことより、さっさと登ろうぜ。と剛は石段を登り始めたので私もそれに続く。
「そもそも、そんだけスカートの中は宇宙だの、超空間だの言うんなら、自分に似合った下着を着けとけ。あれだぜ? 宇宙を見たと思ったら、宇宙小せぇ?! って驚くどころか、逆にがっかりするぜ……」
「うるさい。私のお気に入りのパンツ見てがっかりとかマジ失礼」
剛は振り返らず坦々と登り辛い石段を登って行く。
「はぁ〜。宇宙は小さかったなぁ……」
「まだ言うか?」
剛のペースについて行けずだんだんと二人の距離が遠ざかる。
「はぁ〜。宇宙は四畳半くらいかなぁ……」
小さっ?!
もうすぐ石段も終わる。
神社の入り口の鳥居がだんだんと大きくなって行く。
剛はもう最後の一段を登りきった。
私は剛に追いつくために石段を駆け足で登る。
剛に追いついたのは鳥居をくぐってすぐのところ。どうやら登りきった後で少し歩くスピードを落としたらしい。
鳥居をくぐった先は神社の本殿。更にその前には賽銭箱。その上に大きな鈴。
剛は真っ直ぐに参道の真ん中を通って本道の方へと歩いて行く。
私もそれに続く。
「ねぇ、参道の真ん中は神様の通り道で歩いたらいけないって知ってる?」
「知ってる」
知ってて真ん中歩くとかどんだけ罰当たりなんだ。
「けどな。神様って信仰がないといないも同然なんだぜ?」
「だから、人間様が一番偉いって?」
そゆこと。と剛はズカズカと中央突破を図る。
ま、後に続いている私も罰当たりなのは一緒だ。
神社の境内には沢山の五月女組の人たちがごった返している。
ブルーシートを張ったり、お酒などの飲み物を運んだり、普段は人も来ない寂れた小さな神社に賑わいが戻っている。
参道を歩く途中、いろんな人から、
「おはようございます。お嬢」
と声をかけられたので、その度に、
「おはよう」
と元気よく挨拶を返す。
私には皆挨拶をくれるが剛には皆見向きもしない。剛も同じで誰とも挨拶を交わそうとしない。
ズカズカと参道を歩いて行く。
本殿の前に私の父さん――五月女光一とギンさんが何やら会話している。
父さんの手には一本の日本刀。
そう言えば毎回、お祭りや何かの行事ごとには必ず父さんが持って来ている日本刀。
大切なものらしいが私はあまりその刀の大切さを知らない。
「ちっす」
ここで剛が初めて挨拶をした。
「あぁ、来たか。あんまりゆっくりしてるんで来ないかと思った」
おはよう。と父さんは返す。
剛はギンさんには挨拶をしない。
それはギンさんも同じだった。
「つばきも遅かったな……。ギンと一緒に来ると思っていたけど……」
「おはよう。父さん。えっと、下まではギンさんと一緒に来たよ。そこからは剛と一緒」
「おはよう。そうか……」
剛は私と父さんが会話を始めたかと思うと、すぐに賽銭箱にお金を放り込み鈴を鳴らし参拝を済ます。ちなみに今の動作に拝むと言う動作は一切なかった。
「つばきもお参りしときなさい。賽銭は持ってるか?」
私はパーカーのポケットから五円玉を取り出した。
ちなみに私の今持っているお金はこの五円玉だけだ。
お賽銭を入れて鈴を鳴らす。二礼二拍手一礼を忘れずにする。
「それよりもつばき。境は珍しい格好をしているな……」
「え?」
私は父さんの方を振り返る。すると自然と横にいるギンさんも視界に入ってくる訳で……。
ギンさんは私と目を合わせまいと明後日の方向に視線をやる。
「何が珍しいのかな……?」
「いや、お前がスカートと言うのは珍しい。ジャージのイメージが強いからな……」
父さんも失礼な人だな……。
一人娘の女の子らしい格好を珍しいなんて……。
ギンさんの方が少し揺れているのが分かる。
明後日の方向を見ているだけでは堪えられないのか、私に背を向ける形になっている。
「ギンさん笑い過ぎ……」
「いえ……。決して笑っている訳では……」
声が震えてる。
「私だって女の子なんだからワンピースぐらい着ます」
「そうかい。お洒落に目覚めたのか……」
「父さんもギンさんも失礼極まりないな……。剛は普通だって言ってくれたのに」
父さんとギンさんは目を合わせてから剛を二人してみる。
「ん?」
剛も二人を見比べる。
二人はクスリと何かを悟ったように笑う。
「ま、剛はそうだろうな……」
「何それ?」
二人して何か分かったように頷いて……。
「光一さん。お嬢に似合う服って何が思いつきますか?」
「袴」
と答える父。
笑い合う二人。