表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

5

「じゃ、私は先に登ってます。お嬢は足下に気をつけて登って来てください」

 逃げるようにギンさんは石段を駆け足で登って行った。

 袴ってなんじゃい?!

 私はしばらく、その場で自分の服を見回してみる。

 別に、変なところはない。

 ないよね……?

 とりあえず、石段を登るにしても、ギンさんにあんな風に――ワンピースに合わない、なんて言われて皆の前に行くのは結構勇気がいる。

 けどまぁ、今から着替えに戻ってたら遅れるし、仕方ないのでこの格好で行く。

 私が選んだ服だ。自信を持って、堂々としていればいいんだ。

 石段の前で一人ウジウジとしていると。

「つばき。何してんだ?」

 と剛が後ろから声をかけて来た。

「いや、別に……」

「何じゃそりゃ? 変な奴だなぁ」

 ん? 今、変と言ったか?

「どこら辺? どこら辺が変?!」

「あ?」

 怪訝な顔をして剛は私を見ている。

「石段の前で身悶えしてるとこ?」

「いや、身悶えなんてしてない。そんな可哀想な子を見る目で見ないで」

 そんな可哀想な感じに見えてたのだろうか?

 そのように見えていたのなら確かに変な子だし、可哀想な子に見えてしまうのだろう。

「そんなことより!」

「いや、そんなことで片付けていいことじゃないだろ?」

 それは確かに……。

 今、剛の中で私は、何もないところで身悶えしている変な子なのだ。

「いや、大丈夫。私は正常だから……。身悶えに見えたかもしれないけど、身悶えじゃないから」

「ま、別にいいけど……。いつものことだし」

 こいつめ。いつも私をどんな目で見てるんだ……。

「この服装! この服どう思う?」

 私は両手を広げて、ワンピースを剛に披露する。クルッと回ってみたり。

「え? 別に普通じゃないの……」

「だよね?」

「年相応だろ……。ただ、強いて言うなら、そのフリルの着いた水色の下着は似合わない」

「なっ?!」

 何処見てるんだこの変態。

 あれか。クルッと回った時に見えたのか?!

「そこは見なくていいの。って言うか普通は見えないの」

「いや、でもお前がさつだし。あんまりスカート履いてても気にしてないだろ?」

 それは確かにそうかも……。

「でも女の子のスカートの中は宇宙なの。無限の可能性を秘めた超空間なの。それを気安く見ていいもんじゃないの。分かる?」

「いや全く」

 そんなことより、さっさと登ろうぜ。と剛は石段を登り始めたので私もそれに続く。

「そもそも、そんだけスカートの中は宇宙だの、超空間だの言うんなら、自分に似合った下着を着けとけ。あれだぜ? 宇宙を見たと思ったら、宇宙小せぇ?! って驚くどころか、逆にがっかりするぜ……」

「うるさい。私のお気に入りのパンツ見てがっかりとかマジ失礼」

 剛は振り返らず坦々と登り辛い石段を登って行く。

「はぁ〜。宇宙は小さかったなぁ……」

「まだ言うか?」

 剛のペースについて行けずだんだんと二人の距離が遠ざかる。

「はぁ〜。宇宙は四畳半くらいかなぁ……」

 小さっ?!

 もうすぐ石段も終わる。

 神社の入り口の鳥居がだんだんと大きくなって行く。

 剛はもう最後の一段を登りきった。

 私は剛に追いつくために石段を駆け足で登る。

 剛に追いついたのは鳥居をくぐってすぐのところ。どうやら登りきった後で少し歩くスピードを落としたらしい。

 鳥居をくぐった先は神社の本殿。更にその前には賽銭箱。その上に大きな鈴。

 剛は真っ直ぐに参道の真ん中を通って本道の方へと歩いて行く。

 私もそれに続く。

「ねぇ、参道の真ん中は神様の通り道で歩いたらいけないって知ってる?」

「知ってる」

 知ってて真ん中歩くとかどんだけ罰当たりなんだ。

「けどな。神様って信仰がないといないも同然なんだぜ?」

「だから、人間様が一番偉いって?」

 そゆこと。と剛はズカズカと中央突破を図る。

 ま、後に続いている私も罰当たりなのは一緒だ。

 神社の境内には沢山の五月女組の人たちがごった返している。

 ブルーシートを張ったり、お酒などの飲み物を運んだり、普段は人も来ない寂れた小さな神社に賑わいが戻っている。

 参道を歩く途中、いろんな人から、

「おはようございます。お嬢」

 と声をかけられたので、その度に、

「おはよう」

 と元気よく挨拶を返す。

 私には皆挨拶をくれるが剛には皆見向きもしない。剛も同じで誰とも挨拶を交わそうとしない。

 ズカズカと参道を歩いて行く。

 本殿の前に私の父さん――五月女光一とギンさんが何やら会話している。

 父さんの手には一本の日本刀。

 そう言えば毎回、お祭りや何かの行事ごとには必ず父さんが持って来ている日本刀。

 大切なものらしいが私はあまりその刀の大切さを知らない。

「ちっす」

 ここで剛が初めて挨拶をした。

「あぁ、来たか。あんまりゆっくりしてるんで来ないかと思った」

 おはよう。と父さんは返す。

 剛はギンさんには挨拶をしない。

 それはギンさんも同じだった。

「つばきも遅かったな……。ギンと一緒に来ると思っていたけど……」

「おはよう。父さん。えっと、下まではギンさんと一緒に来たよ。そこからは剛と一緒」

「おはよう。そうか……」

 剛は私と父さんが会話を始めたかと思うと、すぐに賽銭箱にお金を放り込み鈴を鳴らし参拝を済ます。ちなみに今の動作に拝むと言う動作は一切なかった。

「つばきもお参りしときなさい。賽銭は持ってるか?」

 私はパーカーのポケットから五円玉を取り出した。

 ちなみに私の今持っているお金はこの五円玉だけだ。

 お賽銭を入れて鈴を鳴らす。二礼二拍手一礼を忘れずにする。

「それよりもつばき。境は珍しい格好をしているな……」

「え?」

 私は父さんの方を振り返る。すると自然と横にいるギンさんも視界に入ってくる訳で……。

 ギンさんは私と目を合わせまいと明後日の方向に視線をやる。

「何が珍しいのかな……?」

「いや、お前がスカートと言うのは珍しい。ジャージのイメージが強いからな……」

 父さんも失礼な人だな……。

 一人娘の女の子らしい格好を珍しいなんて……。

 ギンさんの方が少し揺れているのが分かる。

 明後日の方向を見ているだけでは堪えられないのか、私に背を向ける形になっている。

「ギンさん笑い過ぎ……」

「いえ……。決して笑っている訳では……」

 声が震えてる。

「私だって女の子なんだからワンピースぐらい着ます」

「そうかい。お洒落に目覚めたのか……」

「父さんもギンさんも失礼極まりないな……。剛は普通だって言ってくれたのに」

 父さんとギンさんは目を合わせてから剛を二人してみる。

「ん?」

 剛も二人を見比べる。

 二人はクスリと何かを悟ったように笑う。

「ま、剛はそうだろうな……」

「何それ?」

 二人して何か分かったように頷いて……。

「光一さん。お嬢に似合う服って何が思いつきますか?」




「袴」




 と答える父。

 笑い合う二人。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ