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それから私は、ゲームをしながらバイトの時間を過ごした。
途中電話が鳴ったが、私が出る前に剛が受話器を取った。
「はいはい。便利屋です」
やる気の無い声で電話に答える剛はいつものことなので気にならないが、何の電話かは少し気になるので、ゲームの手を止めて少し剛の話し方に気を使ってみる。
「……。はいはい。……なるほど」
適当に相槌を打っている感じ、あまり大きな仕事ではないのだろう。
それでも普段こない仕事が来たのだからもっと嬉しそうに接客すべきだ。
「……それでは明日にでも……。いえ、こちらはいつでも大丈夫なんで。……はい、分かりました」
では。と剛は電話を切る。
明日は仕事らしい。
いつでも。と言った感じから、どうやら私はいてもいなくても出来る仕事らしい。
「はぁ……」
ため息をつながら、剛は机へと戻る。
「せっかくの久しぶりの仕事なのにため息つくのはどうかと思うけど……」
「あのなぁ……。お前が知らないところで俺はせっせと働いてるの……」
それは初耳。
いつもゴロゴロしているだけだと思っていたけど、意外にも仕事を熟しているらしい。
まぁ、それが本当かどうかは定かではないけど。
定かではないと言ったけど、私は嘘だと確信のようなものを持っている。
だって放課後いつも事務所でゴロゴロしている大人が働いている想像ができない。
「あぁ……。明日も忙しいな〜」
とらしく仕事をしているような口ぶり。絶対に忙しいなんて嘘だ。
剛は再び本を読み始める。
私はすっかり冷めてしまったカフェオレを飲み干し、ゲームを開ける。
それにしても、このゲームは剛一人で進めたのだろうか。
だとすると、凄い槍込み精神がないとここまで出来ないのだけれど……。
もしかするとインターネットに繋いで全国の人とプレイしたのではないだろうか? それならばこのプレイ成果も納得は行く。
私だってネットに繋げば五〇〇時間プレイすればこのくらいは出来るはずである。
多分……。
「ねぇ。DS、ネット繋いだ?」
「あぁん?」
剛は本から一旦目を離し、私を睨む。
「繋いでねぇよ……」
そもそも、この事務所にはWi-Fiは飛んでねぇ。有線LANだ。と剛は続けながら本に目を落とす。
どうやら本はいいところらしい。
それにしても、一人でここまでするのは中々骨が折れる。
ゲーム好きの私でも嫌になる。
それにクエスト進行状況を見れば凄腕の持ち主だ。
私より遥かに上手い。
プロか?
仕事もせずに一体何をしているのやら……。
いや、ゲームか仕事の時間を費やしてまでゲームしているのか? だからこんなに成果を上げているのか。
いやはや、ゲームの中なら剛はバリバリ仕事を熟している凄腕ハンターさんなのか……。
「ゲームばかりしてる暇があったら、営業にでも行けばいいのに……」
「バカ言え、そんな暇はねぇ。ゲームばかりしてる訳でもない」
じゃ、何してんだ?
さておき。
「私、そろそろ帰るから」
時間は午後六時半過ぎ。
今から帰って一時間後に家に着くくらいかな……。
「ん? あぁ、お疲れさん」
あぁ、そうだ。と剛は奥の部屋まで入って行った。
剛の机の横にある扉からは突き当たりはトイレ、扉を入ってすぐ左の扉からは剛の私生活スペースとなっている。シャワーもある。
私生活スペースと言っても、一日の大半を事務所で過ごしているであろう(学校に行っている間剛が何をしているのか知らないので予想)剛にとっては、寝室と言った方が合っているのかもしれない。
寝る、選択する、シャワーを浴びる、以外剛が生活スペースに入る事は少ない。
すぐに戻って来た剛はDSの充電器を持っていた。
「DS持って帰んなら、これも持って帰れ」
とドア付近から剛は私に充電器を投げた。
コードがフワリと空中でばらけたが、コードを間儀上げるようにキャッチ。
ナイスキャッチ。
「充電器まで持っているとは用意周到だこと」
私はコードを鞄に入れる時にふと思い出す。
「ねぇ、DSのケースは?」
「お前の部屋」
そう言われてみれば部屋にDSのケースはあった。
「ケースごと無くなってたら、気づくだろ? 中身はケース空けないとあるかどうかも分からねぇし」
計画的犯行か?
確かにケースがあればDSはあると思っていた私だけど……。
まんまと騙されていたわけか。
このまま気づかれずにDSを返してれば完全犯罪だったのに。と言った剛は残念そうだ。
私は鞄に入れるかポケットに入れて持って帰ろうか少し悩んで、鞄に入れた。
鞄に入れるといろんな物が入っているのでぶつかり合って傷がつくかと思って、何も入っていない制服のポケットに入れて持って帰ろうか迷ったのだが、もう既に傷だらけのDSなので、別に傷が少しくらい増えても同じ事だと思っての行動だ。
私はソファから立ち上がり、鞄を肩にかける。
「今度からは一言断りを入れて」
「へいへい」
適当に返事をして机に戻り文庫本を読み始める剛に少しイラッとしつつも、出入り口の方へと向かう。
この薄いドアを思いっきり閉めて壊して帰ってやろうか。と考えて、
「あ、そうだ」
思い出す。
家から剛への伝言を……。
「今週の日曜日、神社でお花見するから仕事入れるなってお父さん言ってたから」
「花見?」
剛は文庫本から目を上げて答える。
「そう言えばそんな時期か……」
私の家では組の皆で毎年この季節にお花見をする。ちょっとしたお祭りみたいで楽しいイベントだ。
「わかった。んじゃ日曜日は、日曜日は仕事しない」
なぜ二回言った?
まるで他の日にはしっかりと働いているみたいじゃないか……。
「それじゃ、確かに伝えたから。お疲れ様」
「ん。お疲れ」
私は事務所を後にした。
四月頭のことだ。外は暗くなっていた。
冬に比べれば大分日が長くなったがそれでも午後六時半を過ぎれば暗くなる。
日中は暖かくなったが夜はまだ肌寒い。私は小走りに駅まで向かう。
駅までの道のりには多くのスーツの会社員が皆同じ方向へ向かって歩いている。
駅に着いた頃にはじんわりと汗がにじみ、体も温まりあまり寒さを感じなくなった。
背中の半ばまである髪の毛が首筋に引っ付く。
不快に思い私はゴムで後ろ髪を縛りポニーテールにし、駅のホームで電車を待つ。
もう少しで電車は来る様だ。小走りに駅まで向かわなかったらこの電車には乗れなかっただろう。
バイトの帰りにはいつもこの時間の電車に乗る。いつもと言っても時々、早かったり、遅かったりするのだけれど。
今日はいつも通りのパターンで帰宅できそうだ。七時半前くらいには家に着けるだろう。
私はホームで電車を待つ間、電話をかける。
電子音の後にガチャと受話器が取られた。
『もしもし』
「つばきです。いつもの電車に乗るから、お迎えよろしくお願いします」
『あぁ、お嬢。わかりました。お迎えに上がります』
「よろしく〜」
と電話を切ると丁度、電車がやって来た。
家の最寄り駅まで二駅。時間にして七、八分。
その時間を私はスマートフォンでゲームやSNSをみて時間を潰す。
あ、そう言えばスタミナ全回復してる。ゲリラダンジョンも確か、七時から……。
今日はゲームをすることに決まった。
下車した後は決まりきったルーチンワークのように改札を抜け、階段を下りて車を探す。
今日は青い、クーペタイプのスポーツカーが止まっていた。
私は助手席に乗り込む。
「お帰りなさい、お嬢」
「ただいまー。珍しいね、ギンさんが迎えに来てくれるなんて」
運転席の男は銀閣。鬼口銀閣。
名に『銀』を持つ男。
今は運転席に座っているから分からないが、背は高く、体の線は細い。
目つきは悪く、坊主頭が更に人相の悪さを加速させている。
「ちゃんと、剛には伝えといたから……」
「ありがとうございます。それで、あいつは……」
「来ると思うよ」
ギンさんはゆっくりと車を走らせ始める。
「そうですか……。剛もお嬢もあまり知らないと思いますけど……」
大事な行事なんで。と何処か重い表情で話すギンさんはお花見をあまり楽しみにしていないのだろうか?
そう言えば毎年ギンさんはお花見の前後の日はあまり笑わずに険しい表情をしていたような……。
「ま、お嬢にはしっかり楽しんでいただかないと」
車が赤信号で止まる。
「ギンさんは楽しみじゃないの? お花見」
少し苦笑いして、何処か遠い目で、
「そうですねぇ……。昔は毎年楽しみだったんですけどねぇ……」