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何でも解決!便利屋さん。
そんな怪しい看板の立つ事務所をバイト先に選んだ私は、きっと類希なる珍しい女の子に違いない――変人ではないと言い切りたい。
その怪しい事務所は、駅前から少し離れた小さなオフィス街にある。それもまた、小さなビルの二階。
両側のビルは五階建てと六階建てのビル。両側から押し潰されてしまいそうな小さなビル。
ビルの書面見て右側の階段の所に看板が一つ。
『何でも解決!便利屋さん 二階へ』
と書いているだけ。
色も何も無い。白地の看板に黒い字で書いてあるだけの看板。
そんな場所に事務所がある事すら知らない人の方が多いのではないだろうか。
――きっと知らない人が大半、もしくはそれ以上に違いないだろう。
客と言えば、警察には頼めない案件を持ち込んで来る人や、危ない仕事関係の人、など人数は少ないものの来るのだ。
しかし、そんな仕事をしているからと言って、決して、法律に触れる案件ばかりを熟している訳ではないのだが。
やはりそう言う案件は、いけない事をしている罪悪感がどうしても出てくる。そのため印象にも残りやすい。
他にも『犬を探してくれ』『出店を手伝ってくれ』『人手が足りないから仕事を手伝ってくれ』など何でも仕事がある。
と、まぁ、こんなアルバイト先に学校の放課後にほぼ毎日のように通う私だが。
私がバイト先でする仕事は殆どが事務所の掃除である。後は、お客様にお茶を出したりするくらい。
客なんて殆ど来ることがないのだが。
今日もいつもと変わらない。お客さんが来た時は非日常と言ってもいい。
今現在も事務所に向かっている途中である。
私は私立高校――事務所の最寄り駅より三つ離れた駅、そこから徒歩五分の学校に通っている。
田舎でも都会でもない――何とも言えない中途半端に都市開発が進んで止まっているような街中である。
遊べる場所も少なく大きなショッピングセンターは学校より更に二つ目の駅にしかない――事務所からは五つ離れている。
事務所の周りには大きなビルはあるものの、どれも中小企業の会社で買い物できる場所や遊べる場所などはない。
あるのは駅前に数件ある居酒屋か、コンビニが点々と散らばっているだけである。
駅から更に遠ざかっていけばスーパーが
あったりするのだが。
ふと、携帯電話(もちろんの事、スマートフォンである)の時計を見てみる。
四時二十三分。
おおよそ駅から事務所まで徒歩十五分かかる。
現在半分くらいまで来たので、残り、七、八分と言ったところだろうか。
何時からバイトが始まると言った決まりは無いのだけれど、一応、いつも四時三十分には事務所に着いている。
このまま歩いていると、ぎりぎりに到着するか、少々遅れる事になる。
私は少し小走りに事務所まで向かう事にした。
しばらく経って――四分くらい経って私の携帯電話が震えた。
授業中はマナーモードにしているため、解除せずに今に至ったのだ。
着信の相手は。
田中剛兵。
――例の事務所の責任者にして、唯一の従業員だった。
「もしもし……。え……」
私は小走りを止め――立ち止まり、電話に出た。
「本気で言ってるの? …………いやいや」
その男の声は低く、気怠そうだった。
おそらく、テレビを横目で適当に見ながら、ソファで寝転んでいるのだろう。そんな光景が私の頭の中にはっきりと浮かんでくる。
「……わかりました」
少々不機嫌な声を出して私は電話を切った。
そして、私は来た道を戻り始める。
小走りにではない。
歩いてだ――それも普通に歩くよりゆっくりと、まるで電話の相手の気怠さが移ったかのように重たい足取りで。
電話の用件はこうだ。
『小腹が空いたからプリン買って来て』
ちなみにコンビニはつい先程通り過ぎている。
更に言えば目の前にあるビルを曲がれば事務所が見える――目と鼻の先が事務所だ。
どう考えてもコンビニに戻るより事務所に向かった方が早い。
コンビニはここから徒歩五分くらい――今はゆっくりと歩いているので八分くらいかかるだろう。
現在時刻四時二十七分。
立った今、四時二十八分になった
どれだけ急いで小走りに言っても、全力疾走で言っても四時三十分には着かない。
別に何時に事務所に着かなければならないと言う事もないので別にいいのだが。
では、ただプリンを買いに戻るのもアレなので――面白くないので、話の種として、田中剛兵について適当に、本当に適当に、どんな人物か紹介しておこう。
田中剛兵。
職業は『何でも解決!便利屋さん』の従業員――従業員と言っても一人しかいないので、事務所の社長だ。
ちなみに事務所の奥で寝泊まりしている。
事務所が家なのだ。
彼のところへバイトに来始めたのが去年の夏の終わり――九月頃だった。
半年以上の付き合いになるのだが、私は彼が毎日働いている姿を見た事が無い。
春休みも数日くらいは事務所を空けて、何処かへ行っていたけど。その他は一切どこにも出かけず、事務所でダラダラしていた――流石に学校のある平日の昼間は知らないが、それでも放課後に事務所に来ても必ず事務所のソファで寝そべっている。
私の中での駄目人間の中の駄目人間――駄目人間キングだ。
背はあまり高くない。
私の身長が一六三センチなのだが、そんな私と大して変わらない背丈――私より少し高いくらいだ。
推定一七〇センチ。
容姿は整っている――格好いい感じ。
しかし、格好いいと言っても、目つきは悪く、体つきも思ったより筋肉質だ――ワイルドと言った感じなのだろう。
髪の毛は結構長い。そして癖毛――癖のおかげで見た感じはそんなに長くなく見えるがボリュームはすごい。
後ろ髪とか横は程よい癖でまとまりのある感じだが、前髪は一層癖が強いのだろう、縦横無尽に跳ねている。
本人も前髪は気になるらしく、気になることがあると前髪を横に流して癖を目立たなくしている――実際はあまり気になることが何もなくても自然と手は前髪に行くみたいで、結構な頻度で前髪を触っている。
癖毛が気になり、髪の毛を触る癖が付いてしまったみたいだ。
癖毛で癖がついた。
我ながら全く面白くもないセンスを悔やむばかりである。
ちょうどコンビニに着いたところだ。
とりあえず入店して、デザートコーナーでプリンを見つけた私は、それを一つだけ買ってコンビニを後にした。
別に私は欲しいものがあってコンビニに来たのではないのだから、何も買わなかった。
ついでに買っておこう。
そんな気持ちが金欠を起こすのだ(経験談より)。
とりあえず本日の一つ目の仕事のお使いの品を無事に手に入れる事が出来たので、再び事務所へと向かう。
次は私の話でも少ししようか。
私の名前は五月女つばき。
先程から言うように女子高生だ。
今は二年生――剛(田中剛兵のこと。皆、こう呼ぶ)とは高校一年生の頃からの付き合いになる。
そもそも私がこの事務所でアルバイトするきっかけは私の父、五月女光一にある。
その話の前に先程も少し話したが私の家柄の事について話しておくべきだろう。
私の家は世間一般で言う、危ない系の家柄である――ヤクザなんて呼ばれたりもする。
五月女組。
――いくつもの事業を立ち上げている。
――有名な大企業や警察官系に強いコネを持つ。
そんな五月女組のトップが私の父――五月女光一だ。
事業の一つが『何でも解決!便利屋さん』である。
何度も言う、従業員は剛一人だ。
別に剛が嫌われているから爪弾きにされている訳ではない――言い切る事は出来ないが。
剛自身が大人数で仕事をするのが嫌い――と言う理由があるらしい。それを考慮しての形なのだとか。
実際、剛のために作られた事業だと噂されていたり――実際は私もあまりよく知らない。
そんな父が。
「高校生になったし、社会も見ないと行けないから、ここで色々学んで来い」
と、この事務所に連れて行かれた話はまたいずれ。
ざっくりと紹介するならきっとこんな感じ。
あまり私の事が紹介されていない気もするのだが、自分の紹介って意外と難しいものなのだ。名前と年齢、学校などの当たり障りのない紹介なら簡単にできるが、実際自分の容姿とか自分の性格、性癖とか、赤裸々に相手に伝えるには憚られる。
私は美少女女子高生。
痛い発言である。
ま、性癖はともかくとして、性格くらいは伝えておかなければならないのかもしれないが、実際に自分の性格を端的に紹介するのは、私は得意ではない。
苦手である。
前提に自己評価をしなければ自分の性格なんてものは分からない訳だし、自己評価した性格でも、他者評価されてみれば全く違うものだったりもするのだから。
そのため、ここでは、性格については紹介をしない。
私の性格は全て他者評価にまかそう。
他力本願。
いい言葉である。
と、やっと事務所にたどり着けた私は、ビルの横にある階段から二階へと上がった。時刻は四時四十二分。意外と早く着いた。
大きなビルの間にある小さなビルの二階なので、階段はもちろんのこと薄暗い。階段も雨風に吹き更にしされている螺旋階段――鉄か何かの金属で作られているため錆び付いている。見た感じでは、いつ、階段の鉄板の底が抜けるのか不安なくらい茶色く、黒くなっているが、実際、その階段を上ってみた感じ、まだまだ丈夫そうだったり。それでも、やっぱり手すりを触ったりすると独特の鉄臭さが手に着く。
錆も手に着く。
二階への階段を上った先にあるのは屋上へ続く階段と一枚の薄っぺらいドア(プレハブ小屋なんかに着いているやつ)があるだけだった。蹴っ飛ばしたらドアごと吹っ飛ばず、蹴った場所だけが穴があきそうだ。
私はもちろんの事、そのドアノブに手をかけ、ドアを押した。
「おいおい。遅ぇじゃねぇかプリン」
今更ながら言うけど私はプリンと言う名前ではない。
剛は部屋の一番奥の仕事机に背を向けるように椅子に座って壁を見つめていた。
壁を向いて何をしているのやら。
「いいから早くよこせよプリン。腹、減ってんだよプリン」
「私はプリンじゃない」
「あ? 馬鹿かお前? 誰がお前がプリンだって言ったよ?」
腹が立つ事この上ない。
私はわざわざ。
直々に。
歩いて。
買いに行ってあげたのに。
「はい。どうぞ!」
私はドスドスと剛の机まで歩いて行き、荒々しく袋から出したプリンを仕事机にドンと置いた。実際に結構な音が出た。
文字通りプリンだけである。
プラスチックのスプーンは無い。
コンビニでプラスチックのスプーンを進められたが、断った。
これが私からの細やかな嫌がらせだ!
椅子をくるっとまわしてこちらを振り返った剛をみて、私は驚愕する。
「……それは……!」
剛は事務所の食器棚に閉まってあったスプーンを軽く回しながら(ペン回しのように)にやけている。
「お前がスプーンを持って来ない事なんてお見通しだってんだ。伊達にお前と一緒に働いてねぇよ。だから、てめぇはプリンなんだよ。脳みそプリン野郎」
「くっ……」
腹が立つ。
腹が立つ。
向かっ腹が立つ。
「そう言う考えが頭に浮かぶのは、あなたの頭も私とそう変わらないのではないでしょうか?」
私の考えが分かると言う事は、私と同じ思考回路をしていると言う事と言ってもいいはずだ。
つまり、奴も同じプリン頭のはず。
「おいおい。お前レベルの思考回路に合わせるのなんて、アリンコの行動パターンを考えるよりも簡単で、アメーバの気持ちを理解するくらい簡単な事だぜ。いや、実際、アメーバは単細胞生物だから気持ち何か無いのかな? ってことはアメーバの気持ちを考えるよりも遥かに簡単だってことだな。お前の思考回路を考えて行動パターンを予測するのは」
「言い過ぎでしょ!」
「え? そう?」
「自覚なしですか……」
「自覚なんてある訳無だろ?」
そうやって毒を吐きながらプリンを食べ始める剛は何とも憎たらしく見える。実際に憎たらしくニヤニヤと笑みを浮かべている。だって、さっきからこっちの方をチラチラ見てくるんだもん。
あれ? もう何も言わないの?
とでも言いたげな視線を幾度となくこちらに向けてくる。
何かを言うだけ毒を吐かれ罵倒されるだけなので、私はもう何も言わない。
何も言わずに、ソファにドカッと座った。
「おやおや?」
剛は。
何で何も言い返さないんだ?
と言わんばかりに耳に手を当てて私の言葉を待っている。
ここは無視を決め込むか。それともこの喧嘩を買うべきか。仮に無視したとして、その後、剛は素直に引き下がるか。毒を一方的に吐いて来ないとは限らない。いや、むしろ一方的罵倒を浴びせられる形になる。では、逆に立ち向かってはどうか。果たして、私に勝ち目はあるのだろうか。
う〜ん。
何とも言えない。どちらにしろ、けちょんけちょんに罵倒されるのだ。
「黙っちゃってどうしたのかな〜? あ、耳が悪くなったのかな、最近の女子高生は老化現象の現れが早いんだね〜」
思考を張り巡らしている間にどうやら、選択肢は、
『無視をする』
になってしまったようだ。
選ばずして話が進んでしまう感じ。何とも負けに向かっている気分だ。
場の空気を制された感じ。
「そうです。最近の女子高生は耳が悪くなるのが早いんです。」
「そいつは違うな。耳が悪くなるのが早いのはお前だけだ。全世界の女子高生に謝って来い。このビルの屋上から世界に聞こえるように大きな声で」
ちょっと、想像してしまった。
いや、色々と怒るところがあったのだが、想像してしまったのだから仕方ない。
私は屋上に行ってこのビル街に叫ぶのだ。
最近の女子高生の耳が悪くなるのが早いなんて言ってごめんなさい。
と。
何とも奇妙な女子高生である。深夜ではない。夕方のため多くの人はあちらこちらで仕事をしている。外を歩いている人も少なくない。そんな中、いきなり、小さなビルの屋上から女子高生が叫んでいる図ってメチャクチャまぬけそのものだ。
「って、ちょっと待って。そもそも最初に言い出したのは剛でしょ?」
「俺の言った言葉はお前の発言で上書き保存されたんだ。つまり俺の発言は過去になり、上書きされ消えたのさ。現在は、そして未来も、お前の発言が問題視されるってことだな」
何だ、その、
最後にボール触った奴が片付ける。
みたいな、小学生の男子がよくやるルールは――ま、私も経験が有るのだけれど……。
「そのルールの適用が通用するのは小学生まででしょ?」
「じゃあ、聞こう。そのルールを小学生までだと言うはいつどこで出来た?」
ルールのルール。
ルールなんだから、ルール以外の何でもないでしょ……。
「えっと……。私が作った、じゃ駄目?」
「却下しまーす」
剛は食べ終わったプリンのカップにスプーンを差し込んだまま、仕事用机の端――私の方(仕事用机はソファーの方を向いている)に置かれた。
私に後始末をさせる気なのだろう。
「じゃあ、その却下を決めるための基準誰が決めたの?」
なかなか良い切り返し!
「その質問も却下されまーす」
「なっ?!」
良い切り返しを即答で拒否されてしまった私は、言葉に詰まるばかりである。
「ルールや法則ってのは自分で――自分に制限を付けるために決めるもの、ってことさ。だから、客観的意見は必要無いの。客観的意見で自分のルールが変わるんなら、そいつは中身のねぇ――自分の意志の無い人や場の空気に流されやすい奴だな……」
お前はどっちの側なのかな、と剛は一方的に意見を言い、椅子を回して壁の方へと向いた。
確かに、その通りだと思う意見だが、自分の意見を主張するのは分かる。でも、それで私が剛のルールに従わねばならない意見にはなっていない。
それは剛自身がそう言っている。
言い返そうが迷ったがここは私が大人の対応をすることにした。
大人の対応と言えば何だか相手より上に立っている気持ちになれるが、実際は歯向かっても倍返し以上に罵倒されるのが嫌なので戦線離脱――尻尾を巻いて逃げているだけ。
「で、結局は何が言いたかったの?」
「ん?」
再び私に向き直る剛は面倒くさそうに頭を掻いている。
「別に……。ただ、お前を苛めたかっただけ」
「立ち悪すぎる!」
ははは、と笑う剛は嬉しそうだ。
お前のそう言う顔を見たかった。と言ってまた壁の方を向いた。
酷い奴である。
壁の方ばっかり見やがって、何が見えるのやら。
ふと不思議に思った私は剛を観察してみる。
剛をよく見ると心做しか、下を向いているような……。
私はゆっくりと音を立てないように剛の背後から――机の上を乗り上げるようにして覗き込んだ。
「あっ?!」
「うわっ?!」
剛は驚いたようにバッとこちらを向いた。
いや、驚いたのは私だ。
「それ私のDSじゃない? なんで剛が持ってるのよ? いや、それ以前に何でここ(事務所)にあるのよ?!」
「え? これお前のやつ?」
白々しいにも程がある。
「いやいや、知ってたでしょ? 確信犯でしょ?」
「さぁ、何のことやら……」
剛は全く動じず、すぐにゲームに戻った。
「人の話を聞け!」
「いや、聞いてる」
「ゲームしながらか?」
まだゲームを止めようとしない。
剛は首を縦に振り頷く。
頷くだけである。
私はDSを取り上げた。否、取り返した。
「ちょ、待て! レウスに殺される!」
あたふたと手をばたつかせDSを取り戻そうとする剛だが、これは私のDSなので私はゲーム機を閉じて制服のポケットへとしまった。
チラッとゲーム機の画面を見たけど、レウスなんていなかったし。
「返せよ」
「いやいや、これ私のでしょ?」
「違う。俺のだ」
「じゃあ、ここのアナログパッドの傷は何であるの?」
私はゲーム機をポケットから取り出し、開いて剛に傷を見せつける。
「あぁ、その傷か? ゲームやってて、落としたら下にコップがあってな……。幸いコップは割れなかったから……」
「お前が付けた傷か?!」
奇麗に使ってたゲーム機に、ある日突然、傷が付いていたので疑問に思っていたのだ。
犯人はお前か?!
「んじゃ、この外側の傷は?」
「あぁ、それは階段から落とした」
「これもお前か?!」
驚きの連続である。
いや、日に日にゲーム機がボロボロになっていくので絶対に誰かが触っていることには気がついていた。犯人が見つかるか、私のDSが動かなくなるかどっちが先か心配していたが、犯人が見つかって良かった。DSは傷だらけだがまだ動く。
って言うか……。いつから私のゲームでこいつは遊んでいるんだろう。
そんなことよりも。
「私の部屋に置いてあるゲームを持って来てるってことは、私の部屋に勝手に入ってるってこと?」
「んま、そうなるな」
プライバシーの侵害である。
大の大人が年頃の女の子の部屋に無断で入って物を物色してるって最低だ。
私の部屋に鍵を付けるべきだろうか。
でも、私の家って大きいけど、何と言うか、昔ながらのお屋敷で、いかにも和って感じだ。庭園まであるくらいの和って雰囲気の。
ドアノブなんて我が家に存在しない。
襖である。
障子である。
襖の扉に鍵をどうやって付けるのだろうか。
「部屋に入ったくらいで、あーだこーだ言うなよ」
「純情なる乙女の部屋に勝手に入るのは、あーだこーだ言ってもいいと思うけど。男として最低のことしてると思うし」
「いや、バイトの従業員がどんな生活をしているのか、どんな趣味を持っているのか、どんな性癖の持ち主かを見極めないと任せられる仕事も任せられん」
これは自宅訪問だ。いや家庭訪問だ。と剛は言う。
「許可は取ったの?」
「それは必要か?」
最低だ!!
不法侵入で警察呼ぶぞ?!
「二度と入らないで!」
「入って――見られて困るものでもあるのか?」
「そう言う問題じゃない」
「じゃあ、そう言う問題だ?」
え? どういうって言われたら……。どういう問題なのだろう?
あまり深く考えたこと無かったけど……。別に見られて困る物――やましい物も無いし。別にいいのでは?
「いや、別に問題は……」
「無いだろ? だってお前の部屋男の部屋みたいだもん」
と剛が言い終わった瞬間、私は剛にDSを投げつけた。
だって、勝手に部屋に入るのはこの場合、百歩譲って許すとしても……。
『男の部屋みたい』
って何じゃそれ?!
ベッドと布団は青色だけど。カーテンは水色だけど。少年漫画とか本棚に沢山並んでるけど。最新ゲーム機(に関わらず過去時代を築いて来たゲームもある)は全部そろっているけど。
確かに女の子っぽい部屋ではないけど、別に男の子の部屋っぽくもない!!
「……てぇ」
投げたDSは剛の額に命中した。
DSは額に直撃し、剛の膝の上に落ちた。
こんなことをしているからDSに傷がつくのだと私は深く反省した。
剛は額を摩りながらDSを机の上に戻す。
「物は大事に使え」
「無断で借りて傷つけて返す奴に言われたくない」
「無断って断ることは必要無いって書くよなぁ」
「いや、それは剛の理論であって世間一般では断り無しに、って意味だから」
「傷つけるって何かかっこいいよな。お前の好きそうな言葉じゃないの? ほら、俺は仲間を傷つけてでもやらねばならないことがある! みたいな」
「確かに信念を感じる台詞だけど。今現状傷ついてきたのは、仲間じゃなくて私のDSだから」
「歴戦のアイテムだな」
「聞こえがいい?!」
物は言い様だ。何か納得してしまう自分がいる。
「この傷は、彼の栄光の決戦で付いた傷で。この傷を見るたびに思い出すのさ……」
「そんなに思い出深い傷なの?!」
「更にこちらの傷は伝説のドラゴンの一撃を喰らった時の……」
「DSで何と戦ってるの?!」
驚きの連続である。まるで私のDSが勇者の装備の様だ。
ドラゴンって何だ?
コップの上に落としただけじゃないのか?
「かの有名な勇者となって魔王を倒しに行くRPGの主人公だって、あれこれ構わず、無断で宝箱の中身を頂戴して行くし、家の中にある壷や樽を家の住人がいるにもかかわらず無断で壊して、中にある小さなコインなんかを取って行く。タンスの中の服や、薬草なんかも嬉しそうに持って行く。お前はこれが窃盗だと思うか?」
「いやまぁ……」
普通に考えれば窃盗だけど、そのお陰で随分と助かっているのだけれど……。
「俺はそれと同じことをしている」
「な、なるほど……」
妙な説得力がある。
「そして俺は世界を救うため、魔王を倒しに行かねばならない」
「おぉ……」
「お前の犠牲はいつか報われる」
「ん? 私の犠牲が報われるのは魔王を倒したらだよね?」
いや、この世界に魔王いないし……。
「そうだ。次にお前が世界を見るとき、エンディングが流れた後の世界を見ることが出来る」
「いや、そんなゲーム何も楽しくないよ?!」
「何? 分かった。んじゃ、レベルもMAXにして世界最強にしてやる」
「ストーリーとレベル上げが醍醐味のRPGで、それをやり尽された後にどうやって楽しめと?!」
そんなゲームは認めない。
って言うか、それはゲームでは無い。
楽しめないゲームはゲームではない。
「ん? 最初からにすれば?」
「言われずともそうさせてもらうよ?!」
私は机の上に置いてあるDSを取り、ソファに戻った。
某RPGの話をしていたが実際、剛がやっていたゲームは某ハンターゲームだ。
私はゲームを開きゲームを始める。
DSを開いたのは久しぶりだったがやり込んだゲームの一つだ。そんな簡単に腕が落ちたりはしない。その筈だったのだが、どうやら剛は私よりもこのゲームが上手いらしい。
私の見たことも無いような装備をしているし、何かゲームの難易度が凄く高い気が……。
クエストを即座にリタイアし、どこまでゲームを進められたのかを見てみる事にする。
いや、驚きだね。ここまで進めてるの?
クエストの進行率も凄いが、防具や武器も……。オリジナルのセットもいくつも作り、スキルも厳選されている。何よりも一番驚いたのはプレイ時間。
五〇〇時間オーバー。
私がプレイした時間は確か、一〇〇時間以上だったはず。
五〇〇時間って……。
どんだけやり込んでいるの?
私がこのゲームを止めたのが二ヶ月くらい前だっただろうか。それからすぐに剛が始めたとしても……。
一ヶ月二〇〇時間。
一日六時間以上。
仕事もせずにこの男は何をやっているんだ。
呆れて、物も言えない。
私はいったんゲームを閉じて、給湯室(敷居で囲っただけの簡易給湯室)にコーヒーを入れに行く。
私用のマグカップにミルクを半分くらい入れ電子レンジへ。その間に剛のコーヒーを入れる。
剛はその日の気分でブラックだったり、砂糖を入れたりと変わるので、
「今日はどうする?」
と声をかける。
「砂糖二つにフレッシュ」
今日はどうやら甘いのが飲みたいらしい。
インスタントのコーヒーを適量瓶から剛用のマグカップにいれお湯で溶かしてから角砂糖二個とコヒーフレッシュを一つ入れスプーンで掻き混ぜる。
剛のコーヒーが出来たら私は電子レンジからミルクを取り出しコーヒーを掻き混ぜたスプーンを入れる。そしてインスタントコーヒーを少なめでミルクの中へ。お湯を注ぎ足して、マグカップを二つ持ち剛の机まで運ぶ。
「サンキュ」
剛は何かの文庫本を読んでいた。ブックカバーがされているので何を読んでいるのかは分からない。
私はソファに戻り、ゆっくりとマグカップの中身を掻き混ぜゆっくりと一口。
やっぱりガムシロップは入れるべきかな?
とか考えながらまた一口。
でも取りに行くのも面倒なのでこのままほろ苦いカフェオレを飲むことに決める。
私はゲームをしながら、ゆっくりとカフェオレを飲みながら今日のバイトの時間を過ごすことにする。