何処へでも郵便局
僕はいつものように仕事場でコーヒーを飲んでいる。仕事はー…ここんとこあまり入ってこないんだ。不況でね…。困ったものだよ。貯金もあんまりもう残ってないのに……。
「今日は」
ゆっくりとドアが開いて杖をついた小柄なおばあさんが入って来た。お客さんかなぁ…。
「あぁ、今日は。いらっしゃい」
僕はニッコリと笑って言った。おばあさんは店をしばらく見渡し、僕を見つめ、
「あのぉーここの看板に『何処へでも郵便局』と書いてあったんですけどぉ……」
と言った。
「えぇ、名前の通り何処へでも手紙を運ぶ郵便局ですよ」 「ではー…あの死後に手紙を送ることも、できるのですか……」
「もちろんですよ」
僕はゆっくりと頷いた。
「本当ですか!?」
おばあさんは嬉しそうに笑った。
「えぇ」
「ではー……これを主人に届けていただきたいのですが」
おばあさんは茶色の小さな鞄から愛らしい文字で、『光一さんへ』と書かれた真っ白な封筒を、僕に差し出した。 僕はそれをそっと手にとった。
「死後の世界ですとー……」
僕は机の引き出しから紙を1枚と鉛筆を1本取り出した。
「こちらご記入していただけますか」
「はい……」
おばあさんは小さく頷いた。
「あ!おかけになってどうぞ」
僕は椅子を指差した。
「ありがとうございます」
おばあさんはそっと椅子に腰をかけ、記入をした。
「できました」
おばあさんはくるりと紙を回して僕向きになるようにして差し出した。
「お疲れ様です。料金の方は600円になります」
おばあさんは鞄から黒い財布を出し1000円札を出した。僕は1000円札を受け取り400円を取り出した。
「400円のお釣りです」
おばあさんはお釣りを受け取り財布に入れると鞄にしまった。
「責任をもってお届けします」
おばあさんは軽くお辞儀をしてドアを開けて出ていった。 次の日……。
僕は郵便局を休みにし、バイクで死後の世界に向かっている。
あの手紙を届けるために。
辺りが背の高い木で囲まれている。そしてトンネルの前に立ち入り禁止と表示された看板や張り紙が沢山貼ってある。僕はそのトンネルを入る。このトンネル結構長い。トンネルを抜けると土でできた長い1本道が続き、周りにはいろんな花が咲いた花畑になっている。僕はそんな道を走っていく。風が良い感じにあたり何だか気持が良い。空は淡い青で白い大きな鳥が優雅に飛んでいる。
道をしばらく進むと警察の制服を来た茶髪の若い男の人が腰に手をあてて立っていた。
「駄目だですよぉ。ここは……」
「僕ですよ」
僕はニコヤかに顔をあげた。
「あぁ、郵便屋さんかぁ……」
男の人はほっとしたように頭をこりこりとかいた。
「でも、一応規則ですから許可証を見せてください」僕はポケットから紙を取り出して彼に渡した。
「はい、オッケーです」
「いつもお疲れ様」
「いやぁ、この仕事すきなんですよ。花が綺麗ですから」
「では、また」
と別れを告げ、また僕はバイクを走らせた。 しばらく走り続けるとコンクリートの道になった。周りも木が所々生えているだけの淋しい感じだ。その道をまた走り続けると美しい川が流れて川には小さな木でできた舟が浮かんでいて、その前に1匹の青い鬼が立っている。
「オメェさんは……」
「郵便局の者です」
「あぁあ、あの噂のぉ。この後はー」
「天の川でしょ」
僕はニコリと笑ってウィンクした。
「いやぁ〜、お見通しっすねぇ」
「じゃあ〜、舟にバイクを運ぶの手伝ってもらえますかぁ?」
「あぁ、わかりやした」
1人と1匹でバイクを運び、鬼がゆっくりと舟をこぎ始めた。
「いやぁ〜、大変ですねぇ、時を行き来したり、生の世界や死の世界を行き来するんですからねぇ」
「あぁ〜まぁそぅなんですけどねぇ、手紙を貰った人が幸せそうな顔を見ると何だか幸せな気分になるんですよねぇ」
「なるほど、そういうのも良いっすねぇ」
鬼はにんまりと笑った。
「さぁ、着きましたよ」
舟はコトンと小さな音を立てた。
「よいしょと」
バイクを岸に置くと
「では」
と鬼はまた舟を漕いで行ってしまった。僕はまたバイクに乗って走り始めた。 「天国ー!」
「ありがとぅございます」
「地獄ー!」
「たっ助けて下さい!お願いします」
閻魔大王のいる所に着いた。近くにいた赤鬼に僕は声をかけた。
「あのぉー郵便局の者なんですけれども…宛先の人が何処にいるか調べてもらえますか?」
僕はそう言って昨日おばあさんが記入してくれた紙を渡した。
「ぅむ」
赤鬼は深く頷くと机の上に置いてあるパソコンを打ち始めた。そしてコピー機のようなものがピーとうなりながら紙が出てきた。それを赤鬼は取ると
「ほらよ」
と言って紙を僕に差し出した。紙には『天国 夢県花畑市向日葵町○-○ 郵便番号○○○-○○○○』と書いてある。
「ありがとうございます」
僕はそう言ってまたバイクを走り始めた。そして天国へと続く道へと進んだ。いろとりどりの美しい花たちが見えはじめた。鹿やリスのような可愛らしい動物もいる。そしてオシャレな家が沢山並んでいる。向日葵町は遠いいのかなぁ。僕は地図を手に取った。少しあるみたいだ。僕は長いこと走り続けた。すると向日葵畑が一面に広がっている所に出た。
「あぁ、あの家だ」
赤い屋根の家が目についた。表札には『高上 光一』と書いてある。その家の前に1人のおじいさんがいる。その周りには沢山な子供達が並んでいる。近づいてみると駒で遊んでいるのが見えた。
「おじいちゃん、できないよぉ……」
1人の髪を2つに結んだ女の子が嘆いている。
「構えがわるいんだよ。構えはこうだ」
おじいさんは駒をする時の体制をとった。
「こうして勢いよきひもをはなすんだ」
「あのぉー……高上 光一さんですかぁ?」
僕はおじいさんに話しかけた。
「そうですけど……」
「あなたに手紙を届けに来ました」
僕はニッコリと笑っあの手紙を差し出した。
「私にですかぁー?」
おじいさんは手紙を手に取ると
「さっ佐恵子からだぁ!!」
と目を大きく開いて言った。
「ありがとうございます」おじいさんは満面の笑みを浮かべた。
「いえいえ」
この瞬間が僕は好きだ。
「おじいちゃん誰からぁ?」
と男の子は興味津々にいった。
「妻からだ」
「読んで読んで」
「読んで」
「読んでよー」と子供達は一斉に頼み始めた。
「わかったわかった」
おじいさんは封筒から紙を取り出し、手紙を読み始めた。 「光一さんへ
今日は。足は悪くなりましたが私は今もおかげ様で元気に春を迎えることができました。
長女の美恵子は昨年、子供が大きくなったからとパンを作る仕事を始めたようです。大変そうですが、友達ができたとか少し楽しいみたいです。子供の美華は今年中学に入ったようです。テニス部に入り楽しくて仕方がないみたいですよ。夫の昇一さんも大分会社に認められたようです。次女の菜衣子は今も独身でバリバリ仕事をしています。仕事がすごく楽しいようで。
長男の竜彦は新しい商品を開発しるのに没頭しています。そして無事に花嫁を貰うことができました。凄く良いお嫁さんで、よく一緒に買い物に行くんですよ。私の楽しみの1つです。
光一さんと過ごした日々はとても幸せでした。
貴方に高校時代、告白を受された時、どんなに嬉しかったことか。初めてのデートで動物園に行ったことも未だに鮮明に覚えています。
両親に結婚を反対され、駆け落ち何かしましたね。裕福な生活ではありませんでしたが、幸せでした。その後美恵子が生まれ、貴方が喜んでくれた時は嬉しくて嬉しくて。その後の思い出も幸せなものばかりが頭をよぎります。光一さん、私は今でも、いえ、永遠に愛しています。死後の世界で会えますようにと願っています。最後になりましたが若い女性とーなどはないようお願いします」 おじいさんの目からポロポロと大粒の涙が流れている。おじいさんは写真であろう紙を封筒からだし、ニッコリと笑った。
「おじいちゃん、見せてぇ」
「私も見たい」
「僕もぉ」
次々と子供達は声をあげた。僕はバイクにまたがった。
「郵便屋さん、待ってください」
「何でしょう?」
「返事を佐恵子に書くので、少し待ってもらえますかぁ?」
「良いですよ」
僕は笑顔で答えた。
「どうか、中へ」
おじいさんは家のドアを指差しながら歩いた。
「あぁ、すいません」
僕はバイクから離れ、家へと歩いた。
「私もぉ」
「僕もぉ」
子供達がまた次々と声をあげた。
「わかったよ」
おじいさんは少し子供達の方を振り返ってから家に入った。
テーブル1つと椅子が幾つかある部屋に案内された。おじいさんはお茶とようかんを出してから他の部屋に行ってしまった。僕は子供達とお喋りをしながらおじいさんを待っていた。結構時間がかかっている。
「すいません、お待たせして……」
おじいさんは白い封筒を持ってきた。
「おや……」
おじいさんが見た先にはぐっすりと寝た子供達が映ってた。
「寝ちゃったみたいです」
「まぁ、ゆっくり寝かしておきます。子供達がいると何だか家の中が明るくなる感じで楽しいんですよ。はぃ、こちらをお願いします」
おじいさんは僕に手紙を渡した。
「こちらにご記入お願いします」
と僕は鉛筆と紙を取り出した。
「あぁ」
おじいさんはそれを素早く記入し僕に差し出した。
「あのぉ、生の世界でいう料金みたいのは……?」
僕は紙を受け取り
「いりませんよ。料金は死の世界からの場合は無料です。お金が存在しないので……」
と説明した。
「そうですか」
「では……失礼します」 そして、僕は今あのおばあさんの家の前にいる。
「あら……この前の郵便屋さん」
おばあさんはちょうど家から出てくる所だった。
「今日は」
僕はいつものように笑顔で挨拶した。
「郵便です」
僕はあのおじいさんから受け取った、封筒をおばあさんに差し出した。
「光一さんから!!」
おばあさんは嬉しそうに封筒を開け、紙を出した。
「お父さんがどうしたのぉ?」
家の中から若い女性が出て来た。
「あら、今日は」
その女性は僕を見ると微笑んで挨拶した。
「今日は」
おばあさんはふふっと笑いながらも涙を浮かべている。この瞬間が、僕には嬉しい。この仕事、まだ、辞められないな。 僕はまたいつもの様にコーヒーを飲んでいた。するとドアがゆっくり開いた。お客さんかなぁ〜。