Phase4 宿
「ここは?」
レミアに話しかけたつもりだが居ないようだった。
自分の周りにはあまり上等とは言えない布団に毛布、それだけしかない。どうしようもないし、部屋の外に出てみることにする。
階段を降りると、アルコールのにおいがする。どうやらここは酒場かなんかのようだ。
「起きたのか、レミアはお前が起きないからどっか行ったぞ」
髭をはやした巨体のおっさんに言われた。
「ここはどこですか?」
「酒場兼宿屋だよ。見てわからんのか」
低めの声でいわれ、すごく怖い。髭と巨体が威圧感を増幅させている。そんなに脅すような声で言わなくてもいいのにと思う。
「レミアから何か言われていますか?」
「いや、特にはなんも言われてねえな。強いて言うなら適当なところに寝かしといてって言われたくらいか」
本当は街に向かう道中にこの世界の常識について聞くつもりだったからとんだ誤算だ。
でもレミアはきっと帰ってくるはずだ。ここまで運んでもらった代価、血を吸われてないだろうし、もし帰ってこなかったら無一文だからこのおっさんに殺されかねない。レミアが帰ってくるまで部屋でおとなしくしているのが上策だろう。
「じゃあしばらく部屋に戻っていて良いですか?まだ体調がもどっていなくて」
「そうか、後で女房に体にいいものもっていかせるからゆっくり休んどけ」
見た目ほど悪い人ではなさそうだ。けど本当は体調が悪い訳ではないし、レミアを待つためとはいえ、罪悪感で少し気が重くなる。
部屋に戻ってみて、特にすることもないので自分のスキルを練習する。ステータスウィンドウを見てみるとかなり魔力が上がっていた。
佐藤要
LV.1
体力120/120
魔力240/240
スキル 結晶作成・操作
恐らくだが魔力を使えば使うほど最大値が増えるのだろう。
何処まで上がるのかはわからないが、オリハルコンのインゴットを作れるくらいにはなりたいと思う。
今のところ魔力を指定して結晶を作成することと、何も指定せずに作成することしかしていないが、逆に作成する量を指定してもスキルは発動できるのではないかということに気がついたのでやってみる。
「塩十グラムでろ!」
早速実践してみたら、手に塩ができたが本当に十グラムなのかわからない。
しかし、ステータスウィンドウをみると魔力はほんの少しだけ減っていたので、多分成功している。
スキルを使って見る度に疑問が浮かんでくる。本当に叫ぶ必要があるのだろうか。これまで叫ぶと結晶が出てきたが、スキルを使う意思があれば使えるのではないだろうか。
そう思って頭の中で塩が十グラムでるように念じてみると普通にできた。
今まで誰もいないとはいえ叫んでいたのが恥ずかしい。
そこまで実験して、疲れたので布団にもぐって天井を見ると石が光っているのが見えた。
「LEDみたいなものか?にしては光量が多すぎるしその辺に落ちている石っぽいな」
独り言をつぶやきつつ、色々と考えているとドアがノックされた。
レミアだろうか?
「体調はどうだい?」
食事を持っている。きっとおっさんの女房だろう。
二十年位前は目を見張るような美少女であったのだろう。目は大きく、凹凸のはっきりした体つきをしている。エプロン姿が様になっている。
「は、はい。少しよくなりました」
「そうかい、体調にいいもの作ってきたから遠慮なくお食べ。昼ごはんはまだ食べてないでしょう?」
もしレミアが戻ってこなかったらと思うと、気が重くなった。
「ありがとうございます。少し気になったことがあるのですがいいですか?」
「なんだい?」
「天井についている、光っている石みたいな物は何でしょうか?」
「それは光の魔晶石よ。それなりに高価なものだからあまり等級の高いものは置けないんだけどね」
魔晶石というものがあるらしい。きっと魔力をため込んで光る石なのだろう
「だいたいどれくらいするのですか?」
「まあ銀貨で二、三枚くらいよ。そこに置いてあるのは六級だし、不純物のせいで寿命も一年くらいしかないわ」
銀貨二、三枚高いのか低いのかよくわからないがそれなりには高いようだ。あとでレミアに貨幣価値を教えてもらおう。
「なるほど、この近くで魔晶石を売ることはできますか?」
「街の中心街のほうに行けば買い取ってくれるかと思うわよ。話していると冷めちゃうからそろそろ食べなさい」
つい長話をしてしまった。持ってきてくれたのはお粥と何かわからない赤い汁物だったが湯気はもう見えなくなっている
「じゃあ頂きます」
俺が食事をとり始めるとおばさんは部屋から出ていった。
「しかし魔晶石か」
スキルを使うことで作れるのではないかと思った。
作って売れば無一文から脱却出来るのではないだろうか。
口の中の食べ物を咀嚼し終わり、とりあえず作ってみることにした。
加減が分からないので魔力で百程を使って魔晶石を作成してみる。
念じてみると、足の親指くらいの大きさの石が現れた。かなり小さく感じてしまう。塩や氷なら百も代償にすればとんでもない量を作れるはずである。
しかもこの魔晶石は光っていないし、特に力を秘めているようには感じない。普通の石と見分けがつかず、灰色で、少し力を入れると割れてしまった。
魔力の無駄遣いだったかもしれないと思ったが、おばさんは光の魔晶石って言っていたし、属性が付加されていないだけかもしれない。
まだ実験したいので魔力は十分の一程度にしておく。現れた魔晶石は豆粒にも満たない程度の大きさだが、異様に光が強い。おそらくだが、魔力を十しか使っていないのにこんなに光るのは不純物が少ないのかもしれない。
さっきおばさんも不純物があるせいで寿命が長くないって言っていたし、魔力の消費効率が悪いのだろう。
ここで『スキル:結晶作成・操作』の操作に関しては今まで一度も使ったことのないことに気がついた。
とりあえず光の魔晶石を手にとり、操作をしようとするが、スキルの使い方がわからない。
棒状にしてみようと念じてみるとたしかに棒状に変わったが、魔力の消費が大きい気がする。体の中から何かが抜けた感覚がして違和感がある。ステータスを確認すると魔力が五十ほど減っていた。
操作は魔力を大量に消費するようだが、応用が色々効きそうだ。
しばらく用途を考えていると、ドアがノックされた。
多分レミアだろうと思いつつ、ドアを開けると案の定レミアがそこに立っていた。
「やっと起きたの?」
血まみれの格好から着替えたみたいで、露出の少ない格好をしている。
きっと普段着なのだろう。血まみれな状態で過ごしたいとは思わないだろうし着替えるのは当たり前か。
「起きたのは結構前だけどスキルの練習をしていたんだ」
「どんなスキル?」
「結晶を作ったり操作するスキルみたいだ」
そう言うとレミアは置いておいた光の魔晶石を手にとって、しばらくすると目を見開いていった。
「この魔晶石、魔力の伝導率がかなりいいわね」
独り言のような小さな声だが聞き取れた。上質なもののようで、売ればお金になるのではなかろうか。
「量産は可能なの?」
「今の調子だと、魔力が最大値であっても二つが限界かな」
一つでもそれなりの値段で売れるらしいので良かった。
魔晶石について聞いてみると、魔法使いの杖や研究用の触媒、果てはランプ等の日常用品にまで使われるようだ。 魔法使いというのもいるらしいし俺も魔力があるから使えないだろうか。
「ご飯。聞きたいことは食べながら」
血は貰うけどね、と付け加えられたが、美少女に吸って貰えるのなら本望だ。
部屋を出て、酒場に向かうと厳ついおっさんが冒険者と思われる集団に食事を持っていっていた。
「マスター、二人分」
「はいよ」
冒険者の隣の席に腰かけるが、酒が入っているのか非常にうるさい。
話を聞いていると依頼を達成したお祝いに飲んでいるようだ。
しばらくして出てきたのはパンとサラダと毒々しい色をした赤色のスープ。トマトスープくらいの色だったら躊躇なく飲めるけど、この色はなかなか見た目がきついので一体何なのか聞かずにいられなかった。
「何かのスープ。飲んでみたら?」
そう言われたので飲んでみると、大豆系の味がする。食感もあまり体験したことのないようなものだったが普通に美味しい。
「とりあえず色々と聞いていいか?」
どうぞ、と言われて一番気になっていた魔法について聞いてみた。
レミアは魔法使いではないらしいので、詳しいことは分からないらしいが、概要を話してくれた。
魔法は魔力と練習が足りていれば特殊な属性のものでない限りは一応使えるそうだ。
もちろん人によって向き不向きの個人差はあるようだが、魔法を使う職業につかない限りはそれほど困ることはないらしい。
「もう少し聞きたいことはあるけど血はいつ吸うんだい?」
「食事後、歯を磨いたら」
レミアはもう食事をとり終わったみたいだ。部屋に先に行っている、と言われたので俺も急いでパンとサラダを胃に詰め込んだ。